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第七話 河原兄弟

― 翌七日・寅の刻(午前四時)



 日は変わり、暁の頃。うっすらと白み始めた(たつみ)(南東)の空に雲隠れする白い月は、夜の終わりと一日の始まりを告げる。半刻(約一時間)程前に浅い眠りから覚めた私は、とうに戦の支度を済ませ、昨日の法皇様からの書状と今後の事を考えていた。



「新中納言殿」



 そこへ静かに陣に入って来たのは、弓の名手と名高い真名辺五郎(まなべのごろう)である。



「どうした」

「朝の見張りをしておりましたところ、先ほどから()の方角より物音が聞こえるのです。索敵致しましょうか」



 ()……源氏の者か。停戦の話が進んでいればそこまで警戒する必要はないのかもしれぬが……相手が停戦の要求を呑んだとも限らぬ上、一昨日の夜討ちのこともある。私は静かに首肯した。



「承知」



 そう言って真名辺五郎が陣を出ていった矢先、源氏の先陣を名乗る者が二人、大声を上げながら駆けてきたのだ。



「平家一門の方々とお見受けする! 我は武蔵国が河原太郎私市高直かわらたろうきいちたかなお!」

「同じく次郎盛直(じろうもりなお)! 源氏軍、生田森の先陣であり候!」



 停戦の書状を受けていた我ら平家陣は、やや驚きを隠せない。だが向かってくるその姿は馬にも乗らず、藁草履を履いてたった二人の兄弟だけで押し入って来たという様子であり、あとに続く者がいるようにも見えない。平家陣の誰もが訝し気に思うばかりで、「たった二人だけでこの軍勢に何かできるものか」などと相手にしようとしなかった。



 河原兄弟と名乗った者共は我らの反応を怪しく思ったのか、矢を放ってきたのだ。



「何を平家の者共、我らがたった二人と思うて軽んじておるのか。やい、平家こそ、我らの敵っ! 一族の為、今こそ手柄をあげる時!」


 

 放たれた矢は地面にどっ、と刺さる。刹那、空気が張り詰めた。同時に、一昨日の夜討ちが脳裏に浮かぶが、たった二人のそのいでたちが、そうではないのだと私に告げる。

 相手は本気。それは家の為、名誉のため。

 しかし同時に、停戦は? との疑念も浮かぶ。まさか源氏側に書状は届いていない? いや、寧ろこのような者共らにまで、きちんと停戦の下知が下っておらぬという話であろうか。



 河原兄弟と名乗る二人組を遠くから見る。命も惜しまず、たった二人の兄弟で陣に乗り込むなど、なんと勇猛な者共であろう。

 しかし……そろそろ、やりすぎだ。兄弟は弓に矢を番え、矢を番えして次々と平家の兵を倒してゆく。



「わああああっ、あの兄弟、本当に我らを倒す気じゃ!」

「ぐっ……あんな者共など、討ち取ってくれるっ」

「待て、停戦の書状が来ていたではないか」



 やや騒然とする平家の陣。散々に弓を射る兄弟に見かねて動こうとする私の前にやって来たのは、先の真名辺五郎であった。



「新中納言殿、停戦とのことでしたが」

「こうなっては停戦などと言ってはおられぬであろう。……良い。討て」

「はっ」



 五郎は短く応えて弓に矢を番えると、ひょうっと矢を放つ。それは真っ直ぐに兄……と思われる太郎高直の胸板をぐさりと貫いた。



「あ……っ、兄上っ!」



 呼ぶ声空しく、貫かれた太郎高直は手にした弓にすがるように崩れ落ちてゆく。弟である次郎盛直は兄に駆け寄りその体を支えるも、既に絶命しているのが遠目から見ても分かった。

 弟は兄を背負って来た道を引き返そうとしたが……



「剛の者、討ち取ったり」



 真名辺五郎の強弓は容赦なく弟をも射抜き、兄弟折り重なるように地に臥した。まるで互いに寄り添い、称え合っているようにも見える。

 ……軍を離れた勝手な行動はどうかと思うが、一族の為にたった二人で攻め入るなど、敵ながらなんと見事なことであろうか。



「新中納言殿。あの者どもの首を」

「……待て。最期にひとつ、聞きたいことがある」



 私は、五郎の郎党に取り押さえられた、まだ息のある弟……次郎盛直に近づいて尋ねる。



「私は新中納言知盛。ここ、生田森の総大将である。次郎盛直と申したか。……お主らは停戦の話は、聞いてはおらぬのか」

「総……大将……殿……っ…………うっ、………我らは……何も存じては、おりませぬ……ただ只管ひたすらに、一族が為、手柄を挙げる為だけに……こうして兄とたった、二人、討ち、取りに……、…………ぐ……っ」



 息も絶え絶えになりながら、私を見て、悔しさと痛みに苦悶の表情を浮かべた次郎盛直は何の抵抗もしない。最早先ほど射られた傷が致命傷となり意識も危うく、停戦を知らなかったという話も誠かどうか定かではない。



「私を……お斬り………くださ、い…………兄と、同じ場所で最期、を……っ、……」

「新中納言殿。……どう致しますか」



 私は、取り押さえる五郎の郎党と次郎盛直を交互に見たのちに、「刎ねよ」と短く命ずる。だが、たった二人の兄弟を見て、敵ながらも称賛せずにはいられない。



「河原兄弟、と言ったか。これこそ、一人当千のつはものとも言うべきであろう。……その者共の矜持、実に天晴あっぱれであった」



 一瞬、弟の顔がはっとしたかのように見えたが、直後、真名辺五郎の郎党により首は刎ねられ、兄弟揃ってこと切れた。



 ……



 ごろり、と地に転がる、首だけになった兄弟を見る。死なせるには惜しい者共も討たねばならぬのかと思うと嘆かわしくもあり、また、停戦の話は伝わっていないのかと、複雑な思いが滲む暁の出来事であった。




こんにちは、はる❀です。

ここまで読み進めてくださり、ありがとうございます。

本作の基盤は平家物語に沿って話を展開していますが、中には別の資料を基にした部分や創作部分も含みますので、そういうものだと温かく見守っていただけましたら幸いです。


続きが気になる方はぜひブックマークを、

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今後とも、何卒よろしくお願いいたします❀^^

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― 新着の感想 ―
私市党そう、武蔵七党の1つ、見事に描かれています。面白いです。武功を立てたかったのですよね、河原氏 諸説ありますが、兄弟での。そして、知盛の 「河原兄弟、と言ったか。これこそ、一人当千の兵つはものとも…
最新話まで読ませていただきました。 歴史はあまり詳しくないのですが、こうして一つひとつの戦の背景にどのようなことがあったのかと語られると、勝者にも敗者にも壮絶なドラマがあったのだと思い知らされます。 …
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