四 前世の夢
その晩、夢を見た。
(あの筋骨隆々の殿方は、いつかのわたくしの恋人なのでしょう)
遠く、遠く、どこかの世界で。
逞しい腕に抱きしめられていた。
置いて逝くな。死ぬな。の声。と、波の音。
そう、消えゆく意識のなかで微かに聞こえる。
(また失敗したのね。また、わたくしは)
このひとのことが、好きだった。愛されて、いた。
それなのに、いつも置いて逝ってしまう。
彼を遺してしまう。
(ごめんなさい)
冷たい体を温めるように、強く触れられて。
触れる逞しさに安堵して、目を閉ざす――……
(あのまま、わたくしは……)
こんな記憶を、少女の頃から抱えて生きている。
だから、桜綾は、人一倍に死ぬのが怖い。
もう、死にたくない。
また死にたくない。
(強い筋肉に、居てほしい)
たとえ守ってくれなくても、そばに居てくれたらいい。あわよくば守ってもらいたいけれど。
ほんとうは、ただ近くに居てほしい。それだけなのだ。
(主上に抱きしめられた時……ほっとしたの)
後宮に香るはずのない海の匂いは、自分の涙からきた幻想だった、かもしれない。
(また死ぬのなら、あなたの腕のなかで死にたいわ)
桜綾はお布団を抱きしめる。
今夜も皇帝のお渡りは、ない。