5-29 ノーム様、万歳
拝啓、ウンディーネ様。
お元気ですか? まだ、私との契約は切れていないでしょうか。
こっちは何とか元気でやれています。
先日、というかさっきの戦闘で、なんと陽花が感情の死んだロボットと化しました。
何を話しかけてもマイナス196度な返事しか返ってきません。
私はと言えば、陽花のご機嫌を取ろうと話しかけては、冷たくあしらわれて撃沈するのみです。
辛いです。
塩対応どころか、ドライアイス対応くらいの温度です。
でも、戦闘はきちんとこなしてくれます。むしろ、普段の馬鹿みたいにアクロバティックな動きが形を潜め、的確に攻撃を避けつつ近づいて素手で急所を潰していくその手際に、戦慄しかありません。
怖いです。
私も、あの石造りのモンスター達のような末路を辿るのかもしれないと思うと、背後を取られるだけで漏らしそうです。
そうそう、漏らしそうと言えば、このダンジョン、トイレは(中略)
まあそんなこんなで危機を脱し、私達は今、七階層へと来ました。
敵の攻撃は相変わらず激化して、2、3度、水晶宮が見えた気がします。
ていうか前に進んでる気がしないし、空もとうとう極彩色でキモい感じになり、月は4つも浮いています。
ダンジョンわからんすぎるだろっと思うのですが、ウンディーネ様の方は如何でしょうか。
早く再開できる事を祈っています。可能であれば、俺が道半ばでミンチにされる前にな!
頼む! もうなんか色々……、
「限っ界っなんっじゃあ――――!!!! うおおおっ! 敬具パンチ! 敬具パンチ!」
ガイア・ノーツを取り落とした俺は、半狂乱で目の前の鉄ガーゴイルをぶん殴った。
拳の皮膚が裂けて血が出る。でもこうでもしないと、トラバサミみたいな口で噛み砕かれて死ぬ!
「ああああっ!! ノーム! なんか、なんか変身的なのできないの!?」
「無理……」
ノーム様は隅っこの方で隠れていらっしゃるので、俺が単身挑んでる形なんだが、この鉄ガーゴイルは馬鹿みたいに硬い。
まず俺達の攻撃が通らない。ボスなんじゃないのか? ってくらい通らない。
思い切りぶん殴ろうが、斬りつけようが、メカ陽花のマシンガンパンチを食らわせようがひしゃげもしねえ。
そしてパワーがアホみたいに強い。尻尾の一振りで陽花と真琴は壁まで飛ばされ、俺は捕まっちまった。
これでもランクBの冒険者として、そこそこなステータス補正はあるってのに、全然通用しねえのな!
ていうかこんな悠長な事考えてる場合でもないんだけど、全部走馬灯めいた刹那の思考だ。
そのくらい、ヤバい! 死が音を立てて迫ってくる!
「そ、らさん……! くっ……」
「センパイ……!」
「あーくそっ! マジな最期っぽいから言っとくぞ! 俺が死んだらアパートの部屋の、棚をどけたところにあるまあまあデカめの穴、静夏さんに見つからないうちに塞いどいてくれ! 見つかったら地獄まで追いかけられて殺される! 頼んだぞ!」
よし、言い残せた!
人生のエンディングとしてはまあ中の上くらいじゃないか?
これで未練なく逝ける……わけではないけども!
俺の顔に、鉄ガーゴイルの牙が掛かる。
これは、本当に駄目なやつだ。
短い人生だったな……。波乱万丈で、それなりに楽しかったけど……。
ーーガギッ!
そんな音を聞いて、ああ、人間の骨って結構硬めの音が出るんだな、とか考えていた。
考えて……意識がまだある事に気づいた。
どうやら即死即幽体離脱、ってわけでもないらしい。手足は普通に動く。
「あれ?」
未だ鉄ガーゴイルの牙は、俺の頭蓋を噛み砕こうとしているが、骨どころか皮膚にすら牙が立てられていない。
「ふんっ! ぎぎぎ……!」
気合いで牙の間を滑り、口から頭を抜くと、眼前でトラバサミのような顎がガチンッと音を立てて閉じられた。
怖っ! どんな力で噛んでたんだこいつ。
いやそれ以前に、俺の頭、めちゃくちゃ硬くなってる?
なら……!
俺は体を反らし、勢いをつけた頭突きを、ガーゴイルの顔面に叩き込んでやる。
「ふんっ!」
『ゲッ!?』
ーーゴギンッ!
といい音がして、鉄ガーゴイルの頭がひしゃげた。
うお、何だこれ!
マジでダメージ通ったぞ!?
アス◯ロンだよなこれ、まんまアス◯ロンだよ!
まさか、この力の源って……。
バッと振り返ると、ノーム様が小さく頷いていた。
神よ!
「うおお! オラッ! オラッ! オラァッ! あっ、でもこれ頭クラクラする……」
頭突きの連打に、鉄ガーゴイルは堪らず俺を放した。
俺は地面を這うように低く構えて跳躍、鉄ガーゴイルの開いた股間に、ロケットのような頭突きをかましてやる。
『ゲッ!!!!』
どうやらきちんとダメージは通ったらしい。俺はさっきから何度も頭をぶつけてふらついているが、これなら行けそうだ。
「くっ、ふらつく……陽花、真琴、どっちか決められないか……?」
「わ、かりまし、た……今、行き……くぅ……」
「戦闘続行不能……」
「お前いよいよセリフまでロボになってんじゃねーか! わかったよ、俺がなんとか……!」
ノーム様のもたらしてくれた超硬化能力、こいつが切れる前に勝負を付けないと全滅もある。
うずくまる鉄ガーゴイルに、体重を乗せながらタックルをかましてマウントを取ってやった。
いつだったか、ミノタウロスの時もこうしてマウントからの連打を決めて勝ったな。今回は拳じゃなく頭突きだけど。
「行くぜぇ!」
そこからは一方的に俺のターンだ。
頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、ちょっと休んで、頭突き、頭突き、頭突き!
ほとんど平べったくなるまで、鉄ガーゴイルの顔面を伸してやった。
抵抗の意思を見せていた鉄ガーゴイルが、やがて動かなくなり、徐々に消えていった。
「よっしゃあ! 勝っ……おっ……」
足元がふらつき、その場にへたり込む。
頭がガンガン痛む。額を触ってもコブになったりはしていないけど、内側からハンマーで叩かれるような痛みがある。
「曽良さん!」
ようやく立ち上がれたらしい真琴に、怪我がないか調べられる。
うお、超役得じゃん。
「無事ですか、錦曽良」
「お前はいい加減人間の感情を取り戻してくれ」
くっそ調子が狂うから早く戻ってくれる事を祈る。
しかしこりゃ、しばらく休まなきゃまともに動けそうにないな。
真琴に肩を貸してもらい、なんとか立ち上がる。
陽花も腰を支えてくれた。感情が死んでも優しい奴だよお前は。
「あー、疲れた……。ちょっと休もう、さすがに死ぬ」
「ええ……。あまりゆっくりはしていられないとはいえ、もし今、強敵に襲われでもしたらおしまいですからね」
「はっは、そんな、何かありそうな事言わないでくれよ」
笑っていると、通路の奥からジャリッという音がした。
……ははは、まさかだよな。
「ほう、ここまで上がって来たか、錦曽良」
「……おわーお……」




