4-9 強制契約
「サラマンダー……!」
とっくに火を消しているはずなのに、網の中が急に燃え上がった。
その中に、何かが見える。
祭壇のような空間と、そこに立つ黒い肌の筋骨隆々の男。
燃えるような赤い髪に、赤い大剣。
一糸まとわぬ姿は、暴力的なまでの威圧感を放ちながらも、神々しさすら感じる。
こいつが、真琴を拐かして俺を殺してくれたくそったれのサラマンダーか!
炎の中に見えるのは一体何だろうか。なんか、ウンディーネの泉に似ているようにも思える。
まさか、ダンジョンか?
サラマンダーは火の精霊だとか真琴が言っていた。ウンディーネは水の母精だとか言っていたから、ウンディーネと同じく、自分の属性みたいなものとダンジョンが関係しているのかもしれない。
しかし何故、急に俺達に話しかけてきたんだこいつ。
というか今までどこにいた? ずっと肉と一緒に焼かれてたのか?
「あなた、サラマンダーね?」
『おう、久しいなァ、ウンディーネ。人間のガキともよろしくやってるみたいじゃねェか』
「……曽良」
ウンディーネが警戒したような険しい目つきで耳打ちをしてきた。
「こいつ、誰?」
「やっぱ覚えてないのか」
「知らないわよこんな変態みたいな恰好の奴」
「言っとくけどお前もフツーに全裸の時あるからな」
ダンジョン生命体ってみんなこうなんだろうか。少なくともウンディーネに相手をとやかく言う権利はないわけだが。
サラマンダーは「カッカッ」と笑って、その姿をはっきりと浮かび上がらせた。
「おー。なんすかこの人」
相変わらず呑気こいてる陽花が、スプーンでサラマンダーをつついている。
その度に炎が揺れるように、サラマンダーの像も揺れた。
『何しやがるこのガキ。おう、真琴ォ。なにこんなとこでヌルい馴れ合いしてんだァ? てめぇ、今すぐにあのダンジョンを潰してェんだろうが』
「あのダンジョン……ヒカリヤの事、か?」
真琴の問いに、サラマンダーは大きく頷いた。
いきなり出てきて態度がムカつくなこの野郎。
真琴は許したけど、お前は許してねえからなマジで。
でも、陽花が何度つついても像は揺れるのみで、ダメージが与えられているとは思えない。
たぶん殴ってもすり抜けるだろう。
像自体は30センチ程度の小さなものなのに、勝てないってのがもどかしい。
『オレはてめぇと契約する。そして力を得る。てめぇだって、オレみたいな力が欲しいってずっと願ってたんだろうが。だったら今すぐ、目の前のこいつら殺せェ』
「なっ……なんだ、お前は! 私は、知らない……!」
『知らねェはずねェだろ。オレはてめぇに呼ばれたから、わざわざ顕れてやったんだぜェ。毎晩毎晩、力が欲しい、力が欲しいって泣き喚いてた、てめぇのためによォ』
あ、そうだ。
これ使えばいいんじゃね。
『さァ! わかったらさっさとオレと契約して、ここにいる奴ら全員燃やしぃぃぃああああああ!? 冷てえ! な、なん、何してやがぁぁぁぁぁっ』
コップの中の氷水を網に流す。
じゅぅぅぅぅ、と煙が上がり、サラマンダーが苦しむような素振りを見せた。
なるほど、やっぱこいつ、火が小さくなるとダメージ受けんのか。
となると、
「陽花、水のピッチャー取って」
「うーっす」
行儀悪く口に咥えたスプーンをピロピロ動かしながら、陽花がピッチャーを取ってくれた。
さて、ここからは俺のターンだ。
「おい、サラマンダー」
『あァ!? ひっ……』
ピッチャーに並々入った氷水を見せると、サラマンダーがあからさまに焦った表情を見せた。
いい顔するぜまったく。とても、泉ごとウンディーネを殺そうとしたくそったれには見えない。
気を使ってやるつもりはまったくないけどな。
「真琴に何するつもりだおめー。事と次第によっちゃ、善良な焼肉奉行の義務として、このまま火元の後始末しちまうぞ」
『何だとてめぇ……!? 人間の分際で、オレと対等にやり合おうってのかァ!?』
「こっちゃ人間様だぞ。おめーこそ、人間に寄生しなきゃお冷に負ける程度の存在のくせに、態度でけーんだよ」
「え、曽良、私の事そんな風に思ってたの?」
ショックを受けたような顔のウンディーネが、低い声でそう聞いてきた。
おっと、思わず本音が出ちまった。
まあ、ウンディーネはむしろお冷が大好物だし、少なくともこいつよりはずっと上の存在だろ。
『クソガキがァ……! てめぇ、今すぐ燃やして……』
「消火しまーす」
『待て、待て待て待て! おい、真琴ォ! この馬鹿、止めろォ!』
「え、と……」
おーおー焦っとる焦っとる。
楽しくなってきたぜ。
「いいかメキシコサラマンダー」
『メキ……? てめぇ何、気安くオレの名前を』
「聞けよまっくろくろすけ。いいか、お前ができるのは交渉でも命乞いでもねえぞ。選ぶだけだ。今すぐ真琴の前から消えるか、真琴のために働け。無償で」
『あァ!?』
「そ、曽良さん!?」
当然サラマンダーは反抗的な顔をする。だが、ピッチャーを見せると悔しげに顔を歪めた。
こいつを消してしまうのは簡単だ。真琴に近寄らせない、真琴にも言葉に耳を貸させない。
俺を殺した償いだとかなんとか言えば真面目な真琴は簡単に話を聞いてくれるはずだ。
けれど、それだけじゃ駄目だ。
俺と、陽花と、真琴と、ウンディーネ。これだけの戦力じゃ、あのヒカリヤダンジョンは攻略できない。
だからこいつには選ばせる。真琴の戦力となって、ヒカリヤダンジョンの攻略を手伝わせる未来を。
それも俺とウンディーネのような命を共有する関係じゃない。それじゃあ真琴の未来がなくなってしまう。
あくまでも、真琴にとってテイクだけの都合のいい関係でなきゃ駄目だ。
できるとかできないとか、そんなもん関係ない。
「お前も知ってるだろうけど、俺はウンディーネと命を共有してる。俺はウンディーネのためにダンジョンを攻略して、ボスの寿命を奪わないといけない。でも、それだと損するのは真琴だ。だからお前は無償で力だけ貸せ。できるだろ、それくらい?」
『ふざけんなクソが、んな事できるわけ……おい、やめろ、それ近付けんな!』
こいつまだ反抗的だな。
ちょっとだけ網の中に氷水を垂らす。
サラマンダーが悲鳴を上げると、ウンディーネが「ふん」と鼻を鳴らした。
「さっさと選んだ方がいいわよ、サラマンダー。曽良はね、あなたが御せるような人間じゃない。血を見るや舌なめずりし、肉と見るやいたぶって殺す。人間という種の悪業を煮詰めたような、真性の外道よ。あなたのような無力な存在、格好の玩具ってわけ」
「フフフフフフ……」
『マジかよ……』
ウンディーネのアホが好き放題に言ってくれたのに乗っかり、精一杯狂気じみた笑顔を浮かべてみた。
今どんな顔になっているのか客観的には見えないけど、陽花も真琴も引いている。
が、サラマンダーの青ざめた顔が見れたので良し。
さて、と。
もう一度強めに、サラマンダーに問う。
「ここで逃げおおせたお前が、何度出てこようが同じ事をしてやるよ。次は俺の深層水でもぶっかけて消してやるのもアリだよな。で、どうする?」
「ねえ本当に選んだ方がいいわよ! あれ掛けられたら色々と終わるから! あなたも死ねないのに死にたくなるの間違いないから! ほんと! これはあなたを思ってのアドバイス! ね!?」
「おい」
こいつ経験してるせいか妙に必死だぞ。なんならちょっとサラマンダーに寄り添ってやがる。
ウンディーネのダメ押しが効いたのか、サラマンダーは歯ぎしりをして唸った。
俺を噛み殺す勢いで睨み、次いで真琴を見て、
『いつか殺す……!』
そう絞り出すように言った。




