蜥蜴
◇
馬車を進ませる事一日半。
アルカ達は既にガマニアの領土に差し迫っていた。
遅くとも今日の夜には着くことであろう。
「ところで団長殿、一つ疑問なのだが」
夜襲以降、道中に襲われるもことなくただただ馬車を転がしていたアルカがカイネに話しかけた。
「はい、なんでしょう?」
「その団長の拠点とやらはガマニア帝国の中にあるのだろう? 敵地――と呼んでいいのか定かではないが、少なくともそのような場所に拠点を構えてしまって大丈夫なのか?」
ガマニア帝国と元ローランド領くらいの互いを警戒しあうに充分な距離があれば分からなくもないが、まさに目と鼻の先、いや腹中といってもいい。
何故そのような場所を選んだのかアルカは純粋に疑問を抱き問いかけた。
「確かにごもっともです。私が父と敵対していることは既に民には周知の事実。しかしながら私程度の規模では子供の悪戯としか思われていない様で、むしろ一方的に私が駄々をこねているように思われているかもしれません。ですが、そうした背景もあって居座ることを反対する者がおらず、私たちは静かに寝首を掻く隙を伺っているのです」
しいては、帝国としても紛争を領土内で起こせばこれ見よがしに他国から攻め入られるデメリットがあるため下手に動けない。
その様な状況で騎士や軍を動かすわけにもいかず、カイネを排除するには暗殺者を動かすしか帝国には手段がないのだという。
「しかし、それだと団長殿も精力的に戦力を集めることが出来ないのではないか? 他国に援助を求めるなど出来ただろう? 」
アルカの言うことはもっともであった。
元より今や騎士は帝国に属し、カイネに付いている騎士達はいわば異例――、帝国に対する裏切り行為である。
カイネに人望があるのかと言われれば、物好きでない限り手を貸すことは無いだろう。
つまるところ、ガマニアでの徴兵は難しいということだ。
それなのにガマニアに留まる意味をアルカは知りたかったのである。
「国の王とその娘、他国はどちらを信じるか。試さなくとも一目瞭然だと思いませんか? 出て行ったが最後、帰する場所が無くなりますし」
「ふむ、なるほど。 その有り様、まるで蜥蜴のようであるな」
「蜥蜴……、ですか?」
何故蜥蜴なのか、ピンとこなかったカイネは例えの意味を問う。
「蜥蜴は産まれたてのドラゴンに姿形が近いことから巣に居座っては餌をくすね、ドラゴンの子が大きくなる頃には別の巣へと移動を繰り返す。非力ながら賢い奴らなのだ」
「普通、気が付くものではないですか?」
「今の団長殿と同じだ。我が物顔で巣に居られては親としても手を出すに出せんのさ。追い出すのを引き換えに子にまで被害が及ぶからな」
蜥蜴とはそんな生態だったのかとカイネはアルカの語る一つの雑学に目を光らせていた。
「しかし、いくら個々が秀でていようとも数には勝てぬぞ。昔の私でも一人で軍を相手取るのは不可能である。その事は頭の片隅に入れておくと良い」
それが王都ローランドの末だった。
負けはせずとも勝てもせず、ガマニアの重厚な包囲網をローランドは少数精鋭で立ち向かうしかなかったのである。
そしてアルカが久々に見たローランド領はかつての賑わいを失い、どこか物寂しい街へと変貌してしまっていた。
だからこそ本当に勝ちたいのであれば、かつてのローランドのように選りすぐりを集めるのも一つの手だが何よりも絶対数が必要であることをカイネに伝えた。
「はい。肝に銘じて、おきます」
かつて無敗の騎士団長とも呼ばれた英雄に考えが甘いようなことを言われた気がしてカイネは少し沈んだ表情になる。
そんなカイネの様子を見て宥めるわけではないが、もう一言アルカは言った。
「しかし、同じ巣に三年も居続けるのはそう容易いことではなかったであろう。案外、民は団長の味方と思っているかもしれんぞ? 」
そして意地の悪い質問だったかとアルカは思い直し、質問を変えた。
「すまない、余計な事まで口走ってしまった。少し質問を改めよう。して、団長殿は仮に帝国を討ち取ったとしてその先に何を見る?」
「その先、ですか」
どうやらまたもカイネを困らせるような質問をしてしまったようだ。
「なに、難しい質問ではない。団長殿の夢や目標のことである」
政策や戦略などといった小難しいことではなく、単純なカイネの夢をアルカは聞いた。
「私の夢は――、みんなが幸せになれる国にすることです。その、……漠然としていますが」
母の仇ばかりを追いかけていた彼女にとって夢などとうに棄ててしまっていた。
それでも夢と聞いて思い返すのは、いつも笑顔を絶やさなかった母と過ごした日々。
もう誰にも悲しんでほしくないという願いがカイネにはあった。
「良いではないか。私も生まれてこの方、剣ばかりでここ数年に至っては幸など縁もゆかりもなかったのでな。是非あやかりたいものである」
うむ、とアルカは一つ大きく頷いた。
団長というよりも父親と娘――。傍から見れば誰もがそう思うのではないだろうか。
やがて二人を乗せた馬車はガマニア帝国の関所へと差し掛かる。




