語られた三年前の真実
「えっとその、別に隠そうとしていたとかそういうわけではないのですよ? ただ、話す機会を伺っていたといいますかなんといいますか……」
グイグイと思いついた限りの疑問をぶつけてくるアルカにカイネは圧されていた。
おかげで最後の方に出た言葉はごにょごにょと空に消えてしまっている。
「あぁ、すまない」
柄にもなく少々の情が籠ってしまっていたと反省したアルカは一歩引いて、カイネの言葉を待つことにした。
「いえ、私の方こそ早くに話ておくべきでした。この話は少し長くなりますからガマニアに向かいながら話すとしましょうか」
それから馬車へと乗り込み、再びガマニアを目指して進み始めた。
荷台では二人並んで座り馬の手綱を引くのはアルカである。
昨日の夜襲から打って変わって日が昇っている間は商人の馬車の行き来が多く、ゆったりとした時間が流れていた。
「まずは私のことから話しましょうか」
何から話そうか悩んだ末、自身の出自からカイネは話すことを決めた。
「もうある程度はお分かりでしょうが、私はガマニア帝国の天帝の一人娘。本来であればローランド統一後に女帝に就く予定にありました」
そう話しながら道の先を見るカイネの目はどこか寂しげを帯びていた。
「てっきり私は団長殿は第二御息女などの政権争いに巻き込まれているのかとばかり思っていたが」
茶化すつもりではないが、アルカは一人娘と聞いて勝手な想像を膨らましていたことをカイネに伝えた。
「政権争いであることに違いはありません。ちなみにガマニアの現女帝は元ローランドの王妃ですよ」
そしてさらりと衝撃的なことをカイネは言った。
ローランド王妃はローランド陛下が死亡した後にガマニア女帝へと即位したのだという。
「それでは団長殿の実母である女帝は今――」
「表向きでは自殺、という扱いになっています。医師によると服毒によることが原因らしいです」
カイネから語られる真実は、なんとも血なまぐさい内容だった。
「ローランド陛下を殺したのは私の軍――、如いてはラディルを利用したことに代わりはありません。アルカのことでラディルは大変気に病んでいましたし快く協力してくれました。そしてローランド陛下のせいで母は迫害されることになったのだと思っていた私は殺害の命令をすることに何の躊躇いもありませんでした。これで元の生活に戻れると思っていました」
しかし、とカイネは話を続けた。
「その原因であると思われたローランド陛下を殺害した数日後に、母が亡くなりました。公にはあの戦争は二人が政略的に仕組んだものだとされ、ローランド陛下は報いを受けて母は迫害に耐えかねて後を追ったとされています。そして残された悲劇の天帝と王妃は共に手を取りローランドとガマニアの統一を成すことにしたという話です、面白いくらいに型にはまってますよね」
全ての事の発端は行動を起こしてしまったローランド陛下である。
アルカを――、自国の騎士団を棄てたのは紛れもなくローランド陛下の意思である。
しかし、それも全て天帝とローランド王妃の手の平で転がされた上での行動だったのだとカイネは言う。
「アルカには酷かもしれませんが、ローランド陛下も起こしてしまった罪はあっても同じ犠牲者の一人なのです」
「その話で行くと貴殿は何故、騎士団長という座に収まることになったのか」
「私も泳がされていたというわけですね。ガマニアとローランドが統一して間もなく……、丁度母が迫害され始めた時期ですね。両軍の管理がガガトロイ殿一人では手に余ると――、そこで私に一軍隊が預けられました。それがラディル達です」
本来であればカイネがローランド陛下を裁かなければ、王都ローランドが降伏しただけで済んだ話なのではとアルカは思ったのだ。
そうすればカイネの母が女帝を降りることもなく、ローランドの二名も細々と過ごさざるを得なかったことだろうと。
要するに現在のカイネはローランド陛下を殺害した罪を背負っていることになるはずである。
「飢えた子どもに玩具を与えたらどうなるか、結果は既に見えていたのでしょう。しかし、天帝はこのことを伏せて私のことは諸悪根源を断ち切る英断だったとして語り継ぎました。そんなことをせずに一思いに殺してくれた方が楽でよかったのかもしれません」
そう言ってカイネはキツイ笑顔を見せた。
「しかし団長殿、失礼を承知で申し上げるがその程度の功績では精々、指揮官程度に留まることが出来てやっとではないか?」
戦場での経験もない箱入り娘を騎士団長にあげるにはあまりにもリスクが大きすぎる。ローランドを傘下に加えど、ガマニアを墜そうする国はいくらでもあるのだ。
「はい、もう既にお気づきかと思いますが実のガマニア騎士団長は現在も変わらずにガガトロイ殿です。ですが、さすがに想定外だったのでしょうね。諦めの悪い私が天帝と女帝に一矢報いを入れようとラディル達を率いたまま城を出て傭兵団なる有志が集う組織を起ち上げたのは。幸か不幸かこの身に流れる血は王族の血その物でしたから天帝が風潮してくれた私の武勇伝と合わせて利用すれば大抵の人からは疑いの目を向けられることもありませんでしたし」
確かにベイトの所でも彼らがカイネのことを騎士団長だと信じ込んでいた様子をアルカは思い出した。
「アルカ。私は最初に言いましたよね、私に団長の敬称は不要であると」
どうやら華奢な見かけによらずカイネはかなり肝の座った女性であるようだ。
しかし真実を打ち明けるのに相当な勇気を要したのか、カイネの心境はアルカから返って来る言葉によって楽になりたい反面、聞きたくないという気持ちに押しつぶされそうになっていた。
いわば元は敵国だった国の内戦に無関係なアルカを巻き込もうとしているのだ。これ以上の迷惑はないといっても過言ではないことをカイネは重々に理解していた。
カイネから一通りの説明と話を聞いたアルカはしばらく馬の手綱を握ったまま考えでもまとめるかのように目を閉じていたが次第に笑い声をあげてこう言った。
「――ッ!! なんともか弱い騎士がいたものである!! よもや二度もこの私が騙されることになろうとは」
説明するまでもなく、アルカの言うか弱い騎士とはカイネのことである。
決してアルカはカイネに騙されていたわけでもなく、ただ乗りかかった舟だったのかもしれない。
「しかしその器量と勇気!! まさしく騎士にふさわしい器であるぞ? 団長殿」
「ですから私は団長では……」
いきなり笑い声をあげるアルカに驚きを隠せなかったカイネだったが、彼の誇りをこれ以上穢さない為にも騎士団長ではないことを改めて自身の口から告げた。
しかし縛るものが無くなった今、途中で下船することも出来たであろうアルカは尚も笑う。
「その胸の内にある真剣はまごうこと無き騎士の剣!! 見事な業物である。此度の戦い、貴殿が私の上を行く騎士団長を名乗るに相応しい器であることを私は認めよう。そして誓おう、このローランド元騎士団長アルカに二度の敗北は無い――ッ!!」
かつては無敗と呼ばれ支持を得た騎士団長の座とローランドの名を棄てた男が、過去に掴んだ栄光を掛けて今一度、狼煙を上げた瞬間であった。