第62話 ツェッペリン商会と合流
「さてさっそく王都に向かうとしようか」
森の中でプラタは仲間たちの前で言った。
プラタたちはベリーの港を抜け、ここまで来たのである。途中で何の障害もなかった。
おそらく建国祭のおかげで警備は王都に集中しているのだろう。
「それにしてもアトムハートという人は何を考えているのやら」
ニホンアマガエルのヒスイは自分たちを見逃した海軍中将に疑問を抱いた。
自分たちが敵だとわかっているのに、彼女は見て見ぬふりをしたのである。
その代わりはねっかえりの海兵が突っ走る結果になったが。
「どうでもいいさ、そんなこと。俺たちを見逃すということは俺たちに暴れてほしいということさ。向こうの思惑など知ったことじゃない。とにかくオウロを救うのが目的なんだ」
プラタは自分の意思を目の前にいる仲間たちに伝える。リーダーがうだうだ悩んでは仲間たちが道に迷ってしまう。
この男は無学であるが、経験を多く積み、直感に優れている。
おっぱいに対するこだわりはこの際目をつぶってもいいくらいだ。
「ここにきたんは初めてや、歩いていくのは難儀やで。ここはひとつ馬車を盗んだ方がええんとちゃう?」
オークウッドのベルフェゴールが提案した。妖精王国は島国だがかなり広い。
かつてはイギリス、イングランドと呼ばれていたのだ。
ベリーはブリストルと呼ばれた地域で、妖精王国の王都はロンドンと呼ばれていたのである。
ベリーと王都では160キロほどの距離があるのだ。歩いていくには確かにつらいだろう。
そこに茂みからかさかさと音がした。イノブタか何かかと警戒していると、ヤギウマの馬車が飛び出してきたのである。
そのヤギウマは全身が黒い毛で覆われていた。それも黒光りしており、鎧を着こんだような重々しさがある。それが二頭もいるのだ。
「やっ、やあ! ひっ、ひさしぶりなんだな!!」
馭者はトロルであった。緑色の肌に禿頭が目立つ男である。彼の名前はディープ・ツェッペリン。かつてプラタたちが護衛した商会の会長であった。
「どうやら無事のようだね。お仲間がふたりほど増えているけど、早く乗っておくれ!!」
その隣には金髪で耳がとんがった美女が立っていた。リャナンシーで、ディープの妻クリームである。
美貌に反して気風の良い女性であった。
「うわ~、ありがとう~。みんなも早く乗ろうよ~」
「そうです! せっかくのご好意を無視するなど失礼なのです!!」
「わーい、黒いヤギウマなのだ! ロビンは楽しみなのだ!!」
バナナスラッグのコハクと、ヤマビルのフビは何の疑問もなく同意し、ロビンヘッドは無邪気に喜んでいた。
プラタたちは全員馬車に乗り込んだのである。
☆
「ところでディープさんたちはどうしてここに?」
黒いヤギウマの牽く馬車は疾風の如く駆けていた。ヤギウマの名前はアンピとプテラだという。
本来は翼の生えた蛇と表現されており、古来イギリスでは戦場で敵に脅威を与え威嚇する意味もあって紋章にしばしば描かれていたそうだ。
「私たちは逃げ出してきたのです。いいや、わざと逃がされたといいますか」
クリームが説明してくれた。ツェッペリン夫妻は無実の罪で逮捕されたのだ。店の中にご禁制の麻薬を所持していたといいがかりを付けられたのである。
しかも捜査の指揮をしたのがビヨンド・ハッシュ大佐だったのだ。抗議する弟を殴り飛ばしたのである。
ちなみに子供たちはビヨンド大佐の妹、スパイスに引き取られたということだ。
野次馬の前で「私はクリームが好きだった。それをお前が奪ったんだ」と難癖をつけたのである。それについてクリームは憤慨していた。
「そんなバカな話があるかね! 第一私とうちの人をくっつけたのはビヨンド兄さんなんだよ!」
クリームとディープは幼馴染だった。クリームは32歳で、ディープは36歳である。
歳の離れた兄妹みたいなものだが、クリームが主導権を握っている感じであった。
ディープが16歳の頃、海軍士官学校に入学した後は敬遠していたが、ある日クリームはとんでもないものをみたのだ。
ディープがしごきと称して拷問されていたのである。偉大なる父親タリエシンを持つのだから、どんな無茶をしても耐えられるはずだと。
グラウンドではトラックを百周ほど走らされ、百キロ近いダンベルを持ち上げされていた。
さらに食事はパン一切れで、睡眠時間も一時間というありさまである。
これは他の士官生だけでなく、教官も一緒になってしごいていたのだ。
クリームはこれを目撃しすぐにビヨンドに報告した。これを知ったビヨンドは激怒した。
ただちに士官学校に赴き、衰弱したディープを入院させたのである。
そしていじめを主導した生徒と教官に対し、自身のスキルで痛めつけたのだ。
目をえぐり、手の筋を切り裂いたのである。彼らは一生廃人と化し、ビヨンドの名は恐れられるようになった。
それ以降は士官学校において虐待を監視するようになったのである。
「まっ、まったく兄さんは、どっ、度が過ぎているんだな。わっ、わたしは、いっ偉大な、とっ、父さんと、にっ、兄さんがいるから、でっ、できて当然、なっ、なんだな」
「関係ないだろ! あんたがお人よしすぎるからあんな目に遭うんだよ!! それ以来ビヨンド兄さんは私の事を弟の恩人と言って土下座していたっけ。そしてこの人をもらってくれと泣いて頼まれたのさ」
本来長男であるディープを、ツェッペリン商会の養子にするなどありえない。そこをビヨンドが義父を説得し、クリームと結婚させたのである。
ハッシュ家には次女のピンクがおり、キンクス家の次男、フロイドを婿養子に迎えることにしたのだ。
「……なんともむちゃな話ですね。ビヨンド大佐はそれほどまでに権力を所持しているのでしょうか?」
イエロは自分の疑問を口にした。たかが大佐風情にしてはあまりにも越権行為がひどすぎるからである。
「……兄さんは、人様の弱みを、つけこんで。ゆすっていたんだな。力のない貴族の、養子になったり、結婚させたりしたんだな。18年前、それが、さらにひどく、なったん、だな」
ディープはどもらないように区切りながら答えた。その語尾には悔しさがにじまれていた。ビヨンドは自分に対して涙を流しながら謝罪した。力不足故に守れなかったと頭を下げたのである。
「まったくビヨンド大佐ってのは人を信じない性格なんだな。兄弟ならそいつのことを信頼しろよ」
プラタは毒づいた。彼も血の繋がらない弟たちがいる。オウロも妹と思っており、血縁と発覚した後もそれは変わらない。
ビヨンドはかつて妹のスパイス以外の家族を失ったらしい。それをタリエシンに拾われたのだ。
それ故に今の家族を失うことを恐れている。自分にもっと力があればなんでもできると思っているのだ。
「それだけじゃないよ。ビヨンド兄さんはビッグヘッドを憎んでいる。今の部下たちはみんなビッグヘッドに家族や友人を喰われているんだ。その復讐の代表者がビヨンド兄さんなんだよ」
クリームが吐き捨てるように言った。ビヨンドが追い詰められているのは、部下たちの期待を背負いすぎていることだ。そしてすべてを義兄に丸投げした彼の部下たちを嫌っているのである。
「だから、プラタに、止めてほしいんだな。その結果、兄さんを……」
ディープは最後まで言えなかった。兄を殺しても構わないなどと口にできないのである。
馬車は一路、王都へ走っているのであった。




