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第52話 ミスティルティンの覚悟

「さてあなたにはこのままでいてもらいます。もちろんお世話をさせていただきますよ。イーッヒッヒッヒ!」


 ミスティルティンはにやにや笑っている。まるで舞台に立つ三流の悪役のようであった。

 どこか芝居じみた態度であり、意図的に演じているように見えた。


「それはいいが、なぜ俺を縛ったままにするんだ? 俺に逃げられたら困るのか」


 プラタは皮肉を言った。彼は洞窟の中で鎖に両腕をつるされている。


「いいえ困りません。あなたをこんな目に遭わせれば、私の評判はがた落ちです。そうなれば兄バルドルが失脚後に、私が跡を継ぐことはありませんからね」


 彼はしれっといった。この男は王座に微塵も興味がないようである。

 あくまで国の未来を憂い、ラグ王の遺児に跡を継がせるつもりなのだ。


「なんであんたは王位を簒奪しないんだ。今の王様が気に喰わないなら、下克上すればいいじゃないか。俺を担ぎ上げて傀儡政権を建てたいのかよ?」

「それはない。私は王になる器でないからだ。バルドルは金だけで繋いでいる、金の切れ目は縁の切れ目だ。圧倒的な武力でその身に恐怖を刻まなければならない。そうでなければバラバラの部族はひとつになれないのだ。ひとつになった後、別の誰かが国を治めればいい。あなたはあくまでシンボルとして王座に座ったままでよいのだ」


 ミスティルティンは熱を帯びた口調で言った。彼は彼なりに王国の未来を想っていたのだ。

 プラタはやり方に対して反感はあるが、ミスティルティンに嫌悪感はわかなかった。


「それであんたは何をするんだ、自分の兄を蹴り落とすのか?」

「その通りだ。今の王に不満を持つ者は多い、その者たちの協力はすでに取り次いでいる」


 ミスティルティのやり方にプラタは舌を巻いた。この男は感情で動いておらず、きちんとコネを作っていたのだ。


 そういってミスティルティは部屋を出て行った。残るは世話役の女性だけだった。


 ☆


 数時間が過ぎた。冷たい洞窟の中で、毛皮を着せてもらったので、それほど寒くない。

 それに火鉢を用意されているので、ほのかに温かいのだ。


 オウロは自分と離されている。なぜ自分と彼女を引き離す必要があるのだろうか。

 それは男女の差だろう。プラタなら平気だが、オウロには大変苦痛を伴うのは目に見えている。

 オウロの様子から見て、彼女は不当な扱いは受けていないことはわかっていた。


 プラタはミスティルティの言葉に真実が含まれていると思った。

 確かにしゃべり方はおかしいが、演じているような感じがした。

 彼は偽悪者なのだ。悪人を演じているだけなのである。


 それをまとめて考えるとプラタはある仮説が浮かんだ。

 そこで世話役の女性に訊ねてみる。


「女。ちょっといいか?」

「はい、プラタ様。なんでしょうか?」

「もしかしてミスティルティは空ぬつもりじゃないか?」

「……」


「だんまりか。図星と言ったところか」

「……」

「大方筋書きはこうだ。ミスティルティは俺を捕縛し、人質とする。それを盾に現王に大尉を求める。そして最後はオウロを人質に取り、仲間がミスティルティンを殺す。

 助けられた俺たちは見事助けだされ、めでたしめでたしというわけだ」


 世話役の女は涙を流した。確かにバルドルのやり方は気に喰わないと思う人間もいるだろう。

 それ以上に現王の治世を受け入れている人間もいる。今はそれが大半を占めているのだ。

 そんな中で先代の遺児が現れても嫌がるに違いない。バルドルの事は知らないが、政治が変わることを良しとしない者はいる。


 ミスティルティンは自分が王になるからとバルドルを脅迫する。そして追い詰められた彼はオウロをわかりやすい形で人質にして、仲間が彼を殺すのだ。

 そうすることで哀れな王弟は死に、プラタとオウロが王座に就くわけだ。


「あんたらはそれを認めるわけか? それほどバルドルが嫌いなのかよ」

「嫌いではありません。確かに生活は向上しました。ですがこれは誇りの問題なのです。ホッドミミル王国に住む者たちの矜持が大事なのです」


 世話役が吐き出すように言った。例え不便な国でもそこに住む人間にとっては誇りを持っているのである。

 バルドルは周辺に頭をぺこぺこして、交易を繰り返していた。確かに他国の珍しい品物が入ってくる。しかし戦士としての誇りは失われていくのだ。


 白鯨女王であるピークォド・ホーキンスは海賊を相手に襲撃しては人を奴隷にして、積み荷は売りさばいている。

 それでもピークォドは女であり、軽く見られている。ミスティルティンは白鯨女王に敬意を表していた。

 そんな彼女たちが馬鹿にされるのは許せないと思っているのだ。


「ホーキンス……、エルハヴァさんも同じだったな。関係あるのか?」

「はい。エルハヴァ様とピークォド様は姉妹でございます」


 世話役が答えた。父親がクジラの亜人で、母親は人間だという。両親はすでに他界しているそうだ。


「エルハヴァ様がなぜプラタ様を連れ出したのかわかりません。ですが原因はミスティルティン様自身だとおっしゃいました。赤ん坊のプラタ様たちを利用すると思ったのです。エルハヴァ様とミスティルティン様は仲がよろしくなかったのです……」


 大方当時のエルハヴァとミスティルティンは犬猿の仲だったのだろう。ラグ王を利用して戦争を楽しむ人種だと思われていたのだ。

 実際のところミスティルティンは無謀な戦争などせず、戦争に対しては備えをし、勝てるところしかちょっかいを出さないように調べていたのである。


 ミスティルティンは国民に対して人気がない。直接の配下たちは理解しているが、他の人はただの戦争好きと思われていたのだ。


「もしかしたら敵はバルドルではなく、その部下か。変わることを忌み嫌う世代が王に内緒にして勝手に動いているというわけだな」


 世話役は頷いた。この手の話は頭よりも手足が勝手にやる場合がある。家臣たちが独断で動いているのかもしれない。


 そういった輩をおびき寄せて、プラタを救わせるつもりなのだろう。

 ミスティルティンは国のために戦っているのだ。

 プラタは彼に好意を抱いた。


「ですが私たちはあの方を死なせたくありません。どうかプラタ様、ミスティルティン様をお救いくださいませ」


 世話役の女は鍵を手にした。それで鎖を外すとプラタは自由になった。

 

「オウロ様はすでにホッドミミルの城に向かっています。お目見えとして披露するためです」


 なるほど囮と言うわけだ。


「バルドル自身はどうなんだ?」

「現国王様も立派な方です。ですが先代様と比べられてしまい……」


 王としてはそこそこの実力だが、前例が目立つため、地味な扱いになったのだろう。

 王族としては兄を慕っているが、家臣たちはそうでもない。

 下手をすれば自分たちの身の破滅だ。そのためには王族でも平気で利用する。


 プラタは面倒な話になったなと思った。


「そういえばヒスイたちはどうなっただろうか?」


 プラタはそうつぶやくのであった。


☆


「プラタはどうしているのやら」


 とある孤島でエルハヴァ号に乗っていたニホンアマガエルの亜人であるヒスイがつぶやいた。

 今は夜で星空が広がっている。モビィディック島と呼ばれており、白鯨女王の拠点でもある。


「なんや星を見て物思いに更けているんか?」


 後ろから声をかけられた。おだやかなものである。

 振り向くとそこにはオークウッドの木が立っていた。

 ベルフェゴールだ。


「……私に何か用?」

「とげのある言い方やな。まあ気持ちはわからんでもないわ、ぽっとでのうちがいきなり仲間になったんや。おもろないのも無理ないわな」

「別にあなたに問題はないわ。プラタが仲間と認めたなら、私は受け入れる」

「そうなんか。ならうちがエビルヘッド教団の司教なんか?」

「だからあなたに問題ないといったでしょう? 関係ないわよ」


 ヒスイはそう言うが、態度はかたくなである。ベルフェゴールは頭をぽりぽりとかいていた。


「どちらかというとプラタのせいね。あいつがあなたの胸を触らないのが気に喰わないのよ」


 ヒスイが気に入らないのは、プラタの態度であった。女性の胸を揉みたがる彼がオウロを救うまで他者の胸を揉まないと誓ったのである。

 このことはイエロの口から聞いているが、プラタが自分たちに対して胸を触らないことに違和感があった。


 もちろん胸を揉まれたいわけではない。しかし彼が無理をしていることに気づいたのだ。

 プラタの悪癖を認めたわけではないが、無理やり押し込めていることに不安を覚えたのである。


「そりゃあプラタが制約のために決めたことやろね。スキルというのは制約を決めると能力が強くなるんや。プラタは意識しとるわけやないけど、本能で決めたんやろな」


 ベルフェゴールは感心していた。スキルとは神応石《スピリットストーン》に強く影響する。

 精神力の強さが、そのまま力に変換されるのだ。


 だがヒスイは心配なのだ。プラタが無理をして破滅の道を歩むとしか思えないのである。

 これは女の勘であった。

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