第27話 輝ける七つの海
「まったくどういうことだい、こんな理不尽なことがあってたまるものかね!!」
プラタたちが釈放された翌朝に、プレスリーの港町ではプラタたちが大頭船であるエルハヴァ号に荷物を運んでいた。
リャナンシーの亜人であるクリーム・ツェッペリンは憤りを隠せなかった。夫のディープ会長の命の恩人であるプラタが、自分たちを脅迫したなどと濡れ衣を着せられたことに腹を立てていたのだ。
ディープ会長の子供たちはプラタの両足にしがみつき、もっと遊ぼうよとせがんでいる。プラタはトロルとリャナンシーの子供の頭を優しく撫でた。
「そもそも海兵を殺しても大丈夫と言ったのはディープ会長です。飛んだ見込み違いということですね」
鉄人間のイエロが皮肉を言った。クリームは黙り込んでしまう。ディープ会長はそれを否定した。
「ちっ、違うんだな。たっ、確かに、ぷっ、プラタさんたちの話を聞くと、どっ、どうしてもおかしい話なんだな」
ディープ会長が言うにはハロルド・ウエストがすべての権限を永久に抹消されたのなら、それを発表するのはおかしいというのだ。なにせ権利の抹消は相手が不祥事を起こしたという証拠である。
海軍にしてはなるべく民衆には知らせたくない情報だ。それにその手の手続きは数か月の時間がかかる。昨日今日でできるものではない。やるならまず問題を起こした海兵に病気と称して入院させ、服毒自殺させる。それを病死として扱うわけだ。
ところが夕刊には見出しにハロルド・ウエスト元大尉が海軍及び貴族の権利を抹消されたこと、彼とポヤイス商会の悪行を赤裸々に書き記し、プラタたちに対しての誤認逮捕から、レッド・ストーンズ少佐に不正を働かせたことによりビヨンド・ハッシュが不祥事の責任を取り、准将から大佐に降格、さらに謹慎するという記事が書かれていた。
町の人々はハロルドとポヤイス商会に怒りの声を上げているが、同時に何故ビヨンドが責任を取らねばならないのだと憤慨している者もいた。
ビヨンド大佐は国民に大変人気のある軍人であった。特に孤児院経営に力を入れており、ここから海軍に入隊した人間も多いのだ。
ブルドッグの亜人であるローリング・パープル少佐やアカシカの亜人であるブラック・スネイク大尉も孤児院出身で、現在はビヨンド大佐の部下だという。
ケット・シーの亜人であるホワイト・サバス中将も海軍の英雄として有名だが、彼は名門貴族の出なので民衆受けが悪い。口傘のないものは海軍をやめても実家を継げばいいといっているが、実際はサバス家の次男であり、問題児でもあった。
ちなみにアニトラ海賊団の副船長リジーナの実家であり、ホワイト中将は父親だというのだ。
「まあいいさ。ディープ会長に何事もなければ十分だ。いい品物も購入できたことだしな」
プラタはそう言って積み荷を見る。卸売市場で購入したもので、先ほど調べたがどれも良質な品に満足した。
通常よりも安い値段で買えたのでヒコ王国に持ち帰れば大儲けできるだろう。
「まったく恩人のあなたたちに十分なお礼もできずにいるから情けないよ」
「しっ、仕方ないんだな。にっ、兄さんは、いっ、一度決めたらやり遂げるんだな」
クリームとディープ会長は何度も頭を下げた。そしてプラタたちは出向することになった。
☆
「ビヨンド・ハッシュ大佐、入ります」
「よしはいれ」
そう言って扉が開くとそこは立派な部屋であった。本棚が並び、部屋の真ん中にはソファーとテーブルが設置されてある。窓際には大きな机があり、そこには部屋の主が書類の決裁に追われていた。
三メートルほどの大きいトロルであった。白く長い眉毛に、白いひげを生やしている。
眼鏡をかけており、太い指で器用に羽ペンを持ち、サインを書いていた。
「タリエシン・ハッシュ元帥に報告いたします。ハロルド・ウエスト元大尉の不始末と、レッド・ストーンズ少佐の件がまとまりました」
ビヨンド大佐は敬礼をして報告する。話はすべて夕刊に載っていたものばかりであった。
報告が一通り終わるとタリエシン元帥は眼鏡をはずし、右手で目頭を押さえる。
「……報告ご苦労。しかし今回の件はちと乱暴ではないかね? ストーンズ少佐の行為は必ずしも不正とはいいがたいし、ウエスト大尉の悪行は外部に漏らしていいものではないだろう?」
タリエシン元帥はゆったりとしかしどっしりと語尾に力を込め、ビヨンド大佐を見据える。
「海軍の膿を出すためです。そのために私が降格する覚悟はできておりますので。もう出世の道は閉ざされましたが気にしておりません」
「……お前が出世できないのは、未婚のせいでもあるのだがね」
独身では出世ができない。これはどの国の機関でも同じだ。家庭をまとめられない人間に責任のある立場を任せられないというわけである。
ビヨンド大佐は五〇歳でいまだ未婚である。タリエシン元帥は結婚して子供を作っている。それがディープ・ツェッペリンだ。
「なあ、ビヨンド。今からでも結婚した方がいい。私の友人によい娘さんがいるのだ。まあ、親子ほど歳は離れているが、お前にはちょうどいいと思うがね」
「お義父さんその話はお断りしたはずです。私は生涯独身を通すと決めました。それは変わりません。その代わりスパイスやディープの幸せに手を貸します」
ビヨンド大佐の言葉に、タリエシン元帥は黙ってしまった。彼はまだ二十代の海兵時代ビヨンドと妹のスパイスを拾った。それから四十年、彼はタリエシン元帥を支え、妹にはレッド少佐に嫁がせたりと動いていたのだ。
「入るぞ」
突然ドアの外から声がした。すぐにドアが開かれる。それは白と茶色が混じったケット・シーの亜人であった。
ホワイト・サバス中将である。ケット・シーだがまるでライオンのような迫力があった。肩はメロンのように大きく、足はゴリラのように太かった。
「おう、ビヨンドじゃないか。聞いたぞ今回の不祥事を。よくもまあ降格なんぞ願い出たものだ」
ホワイト中将は気さくな口調であった。戦いにおいてはライオンのように獅子奮迅することで有名である。
「ええ、誤認逮捕に不正を命じましたからね。それくらいは……」
「その割には女王陛下の不敬に対してはおとがめなしなんだな」
するとビヨンド大佐はホワイト中将を睨みつける。まるで痛いところを突かれたみたいであった。
「ビヨンド、お前はそんなことをしたのか? 女王陛下は寛大だが物事には限度があるぞ」
タリエシン元帥はたしなめた。口調からしてビヨンド大佐の行為は珍しくないようである。
「……ビヨンド。お前はまだ過去を捨てられないのか。いや、大切な家族を失った気持ちはお前にしか理解できないだろう。しかしいつまでも過去にしがみついては……」
「本日はこれで失礼いたします。では」
ビヨンド大佐はすぐに敬礼すると部屋を出ていった。その様子を見てホワイト中将は呆れ顔である。
「やれやれ、ビヨンドはまったくブレないねぇ。一度決めたらやりとげる、同じ海軍に入隊したときから変わっちゃいない」
ホワイト中将とビヨンド大佐は同じ五十歳である。ホワイト中将は現場人間で他国からの海賊たちから妖精王国を護っていた。逆にビヨンド大佐は憲兵団として内側から護っている。
ホワイト中将はあらゆる槍や矢を弾く鉄の盾で、ビヨンド大佐は何でも癒せる妙薬と呼ばれていた。ちなみにタリエシン元帥は千里を見渡す巨人という異名がある。
「ビヨンドは何年経っても心に闇を抱えている。特に十八年前からは余計にひどくなっているな。まったく自分の不甲斐なさに腹が立つ」
「お前のせいじゃないだろう。俺だってガキの頃におねしょをしたり、メイドのスカートをめくっておふくろに殴られたりしたが、今もいい思い出よ」
「いや、それと同類にされては困る。というよりも元帥に対してお前呼ばわりするな」
タリエシン元帥はホワイト中将をたしなめる。この男にとっては日常茶飯事のようだ。
「ところでプラタとは何者かね? ネプチューンヘッドの息子という触れ込みらしいが」
「ああ、私はよく知っているよ。ネプチューンヘッド殿が十八年前に拾った子供だそうだ。なんでもホッドミミル王国近辺で小舟に乗った女性から託されたらしい」
「はは、やっぱりビッグヘッドから生まれたわけじゃなかったか」
タリエシン元帥はプラタの話をした。おそらく彼はネプチューンヘッドと親交があったのだろう。その際にプラタの話を聞かされたに違いない。それに秘密にしなくてはならない話でもないからだ。
「そういえば十八年前というとホッドミミル王国に海賊が襲撃したそうだな。そして当時の国王であるラグ王とナロク王妃が亡くなったそうだ」
「私もその話は聞いた。当時のホッドミミル王国には大量の金塊が積まれており、それがすっかり盗まれたそうだ。さらに双子の兄妹も行方不明になったそうだな」
「よその国とは言え、非道の話は胸糞が悪くなる。今もそいつらの足取りがつかめいそうだな」
ホワイト中将とタリエシン元帥は昔話をした。もっともその件に対してプラタと結びつけてはいない。
しかしそれに聞き耳を立てていた者がいた。アカシカの亜人、ブラック・スネイク大尉であった。
「……ディープ氏を護る命令を遂行できなかったが、とんだ情報を得ることができたぞ」
そう言ってブラック大尉はこっそりとその場を去るのであった。
今回で妖精王国編は終了です。
ホワイト・サバス中将とブラック・スネイク大尉は、イギリスの音楽グループ、ホワイトスネイクとブラックサバスから取りました。
タリエシン元帥はディープパープルのアルバムから取りました。
アニトラ海賊団のケット・シーの亜人リジーナとホワイト中将を親子にしたのは後付けです。
一応リジーナは妖精王国出身の貴族なので、彼女の家族を出そうと思いました。
妖精王国の題名はイギリスのロックバンド、クイーンの曲名をそのまま翻訳したものです。




