第23話 私自身の生活
「お初にお目にかかります~。あたくし海軍本部憲兵団レッド・ストーンズ少佐ですわ」
それは線の細い男だった。海軍の制服を着ており、赤い丸刈りで女性のように整った顔立ちをしていた。
肌も白く、目は細く鼻もすらっとしている。小ぶりの唇には紫色のリップクリームを塗っていた。側に立つと化粧の匂いがする。おそらくは日焼け止めクリームだろう。
プラタたちが妖精王国に来て、翌朝のことである。
「俺はプラタ。ヒコ王国から来た。ネプチューンヘッドの息子だよ」
そういって銀髪でパンツ一丁の男、プラタがレッド少佐に握手をした。向こうも快く握手をする。手袋はきちんと脱いでいた。
「あ~ら、あなたがネプチューンヘッド様の息子なのね。あたくしが我が王国が所有するシュガーベイブ号に乗っていた時に見かけたことがあるわ。もう十年前だけど、あの時にネプチューンヘッド様の隣にいた子供があなただったのね。立派に成長して何よりだわ」
レッド少佐はプラタの両肩に手を触れた。女性のような白魚に似た指で撫でる。
「あのね~、この人オカマなの~?」
バナナスラッグの亜人であるコハクが空気を読まない発言をした。レッド少佐の背後にはレッドキャップの亜人である海兵たちが横に整列している。上官をオカマ呼ばわりされ不機嫌になった。
「違うよコハク。この人はキノコ型の亜人だ。あんたもオンゴ村によく行くからわかるだろ?」
ニホンアマガエルの亜人で、コハクの双子の姉であるヒスイが口を挟んだ。
キノコの亜人は特殊な体型である。男は毒キノコで女性的な特徴を持つ。
逆に女は食用キノコで男性的な傾向が強い。
これはキノコが植物ではなく菌類であることが大きい。百数十年前のキノコ戦争でオンゴ村ではキノコになりたいと願ったのだ。それでキノコ人間になった。
人間の脳には神応石と呼ばれる砂粒ほどの石がある。これは人間の想像力に応じて肉体を変化させる力を持っているのだ。
足が速いと願えば足が速くなり、歌が上手くなりたいと願えばそうなるのである。
もちろん何でも願いが叶う都合のいいものではない。あくまで努力しなければ意味がないのだ。
この力を十分に発揮した人種は日本とインドだけだという。これはその国が多神教だからである。他の国は一神教がほとんどで想像力が乏しいのだ。
プラタがへそで拳を作れるのも神応石のおかげなのである。
「正解で~す。あたくしはカエンダケの亜人なのですよ」
カエンダケは特殊な毒キノコで触れるだけで皮膚が炎症を起こすほど危険なキノコだ。
毒キノコの中でも致死量が高いドクツルダケやタマゴテングダケだと美しい男性が生まれる傾向がある。
もちろんレッド少佐に触れても炎症は起こさない。
「ところでウエスト大尉の偽物の死体はどこにあるのかしら?」
レッド少佐が訊ねると、プラタはとある樽を指さした。その中には干からびたウエスト大尉の遺体が詰まっていたのである。
少佐はしばらく遺体を見つめる。軍服を着ており、階級章も身に着けていた。
そして数分経つとため息をつく。
「間違いないわ。これはハロルド・ウエスト大尉を自称した偽物です」
そうレッド少佐は断言した。見ただけなのになぜそう決めつけるのか。それはハロルド大尉が海軍の恥さらしだからだ。
海軍は海軍家族と呼ばれており、横の繋がりがある。それ故に不祥事を起こした海兵は病死や事故と称して処理する傾向がある。
ポヤイス商会の番頭である黒いクー・シーの亜人は不満そうであったが、口出しはできない。
そもそも今まで担当していた憲兵が来なかった時点で、もう終わりなのだ。その憲兵は今朝、都合よく病死したとのことだ。そう海軍によって口を封じられたのである。
「そうだわ。実はポヤイス商会には前々から黒いうわさがあったのよね。今日はついでにそちらも調査しましょう。さあ、あなたたち根こそぎ調べなさい」
中世的なしゃべり方だが芯のある口調で命じた。レッドキャップたちは次々と店に押し込んだ。黒のクー・シーは捜査を拒否するが問答無用で逮捕される。
店の書類は押収され、ポヤイス商会の従業員たちは泣き叫んでいた。
こんなはずじゃなかった、こんなの何かの間違いだと怒声をあげている。
レッド少佐が用意した護送用の馬車に次々と逮捕者を収容していく。ちなみにこちらは巨大なカブトムシが馬車を牽いているようだ。
「やれやれ、これで一安心ね。ディープさんもあんまりむちゃをしちゃだめよ。スパイスとバナナラマも悲しむわ」
レッド少佐はひと段落すると、トロルの亜人であるディープ・ツェッペリン会長に顔を向けた。
「むっ、むちゃは、しっ、してないんだな」
「いいえ、無茶をしたわ。どうせ自分を囮にしたのでしょう? 彼らが強かったからよかったけど、一歩間違えたらあなたが死んでいたわよ」
「うぅぅ」
ディープ会長は口ごもった。図星を刺されたからであろう。本当は自分を犠牲にするつもりだが、背後には妻であるクリームが背中を睨みつけている。
「お二人は知り合いなのでしょうか?」
全身鉄で覆われたアイアンメイデンのイエロが訊ねた。
「ええ、あたくしの妻であるスパイスは、ディープさんのお姉さまですの。ちなみにバナナラマはあたくしの娘ですわ」
レッド少佐はあっさりと答えた。ディープ会長の姉と聞き、トロルの女性を思い浮かべた。
そして仕事があると言ってレッド少佐は部下を連れて去っていった。残されたのはプラタたちだけである。
「さて仕事も終わったことだし、報酬で何か買うかな?」
プラタが言った。せっかく妖精王国に来たのだから交易品を購入したいと思っている。この国では食料は輸入品が多いが、輸出品は工芸品などがあった。
妖精王国では医療品や衣服、機械などが輸出されることが多い。プラタはそれを購入してヒコ王国に売りたいと思っている。
ネプチューンヘッドは大頭船から排出された涙鉱石を売るだけだったが、プラタには貿易の大切さを教えていた。
「そっ、それなら、おっ、卸売市場へいくといいんだな。わっ、わたしも一緒に行くから、どっ、同行するんだな」
ディープ会長が提案してきた。プラタたちは断る理由がない。
「ならわが妖精王国の街並みをたっぷりと見物するといいよ。食事は他国からもたらされたものが多いけど、それ以外は学ぶものが多いはずだよ」
リャナンシーの亜人であるクリームが答えた。ちなみに昨晩食べたのは豆腐のステーキだ。妖精王国では大豆が主流である。豆腐や納豆に味噌を作るためだ。これらはかつて日本からもたらされたものである。
豆腐には昆布の筋を入れており、わずかな歯ごたえがあり驚いた。
ソースはしめじやまいたけ、シイタケが入っていた。
妖精王国は独自の料理がない。すべて他国からの輸入品に頼っていた。特にヴィーガニズムが強くなった現在は動物の肉や乳を使わない料理が主流となっている。
もっとも子供の頃は身体の作りが弱いため、ヤギウシの肉や乳を口にする。
「確かにこの国の食べ物はこれはといった特色はないな。豆腐の裏ごしで作った魚とイモの揚げ物が名物だっけ」
「フィッシュ&チップスですね。皮は海苔を代用にしているんですよ。慣れるととてもおいしいですね」
プラタが言うとクリームが補足した。
「はいです。確か医療品も最新だと聞いているです。船医としてそちらも見たいです」
ヤマビルの亜人であるフビが手を挙げた。こうしてプラタたちは妖精王国の卸売市場へ向かうことになった。
レッド・ストーンズはイギリスのバンド、レッド・ツェッペリンとローリング・ストーンズから取りました。
スパイスはガールズバンドのスパイス・ガールズから、バナナラマは同名のガールズバンドからです。
妖精王国のモデルはイギリスなので、音楽関係から名前を取っています。




