第21話 お前をあっと言わせるぞ
「ああ、いい海だ」
プラタはパンツ一丁のまま船首に立って潮風を全身で浴びていた。
現在彼は自分の船、大頭船であるエルハヴァ号に乗っている。
仲間4名の他に、妖精王国の商人、ディープ・ツェッペリンと従業員のブラウニーの亜人たちが4名一緒であった。
船倉にはヒコ王国の野菜や果物が入った木箱が積まれている。大頭船は船首だけ中身が詰まっており、あとは空っぽなのだ。
操舵手のバナナスラッグの亜人であるコハクは、姉であり航海士であるニホンアマガエルの亜人であるヒスイに風向きを聞きながら船を進ませていた。
エルハヴァ号はキャラベル船と同じ大きさでマストが三本ある。帆船ゆえに風で動くが大頭船なので少し刺激すれば風がなくとも、船底に生えている手足で動かすことができるのだ。
ちなみにマストの上ではヤマビルの亜人であり、船医でもあるフビが見張りをしていた。望遠鏡で周りを見回している。
「そっ、そうなんだな。うっ、海は大好きなんだな。ほっ、本当は、かっ、海兵になりたかったんだな」
トロルの亜人であるディープ会長が出てきた。ブラウニーたちは船倉に引きこもっていた。
「そうなのか。そりゃ残念だったな」
プラタは軽く流した。彼がなぜ海兵にならなかったことは聞かない。聞くべきではないと思ったからだ。本人が話をネタにするなら別である。
「いっ、今は、しょっ、商売が、だっ、大事なんだな。くっ、国には、つっ、妻と子供たちが待っているんだな」
ディープ会長は自分の事は語らず、家族の話をした。彼は昨日よりも今日の事を重要視するようである。
「はいです!! 三時の方向に船影を発見です!!」
フビが叫んだ。
☆
数分後、エルハヴァ号にガレオン船が接近してきた。それは立派な船であり、帆には妖精海軍と文字が書かれている。
船には数十体のビッグヘッドたちがいた。それはマリーンヘッドといい、妖精海軍で働く種類である。
彼らはキャプテンが笛を吹くことで動くのだ。人が少なくても船を動かせるのである。
そして一人の男が出てきた。水色の軍服を着た金髪のエルフでかなりの美形だ。もっとも冷たい目つきをしており、人によっては不快感を抱く印象があった。
「私は妖精海軍大尉、ハロルド・ウエストである。君たちはどこから来たのかな?」
「俺はプラタ。ネプチューンヘッドの息子だ。ヒコ王国から来たぞ」
プラタが自己紹介するとハロルド大尉は露骨に顔をしかめた。彼は妖精王国を愛しており外国人は大嫌いなのである。もちろん妖精王国の人間がすべてそうではなく、ごく一部なのだが、彼のように自分の心を隠さない人間はあまり人に好かれていないのだ。
「ふん。魚臭い未開地から来たのですか。それで君たちは何の用があるのかな?」
ハロルド大尉はポケットからハンカチを取り出すと、鼻と口を覆った。蛮族の吐く息を吸わないための配慮だ。露骨な人種差別だがプラタはまったく気にしていない。
「俺たちは妖精王国に用事があるんだ。そこにいるツェッペリン商会の会長さんに頼まれて荷を届ける最中なんだよ」
「ほう、ツェッペリン商会ねぇ……」
ハロルド大尉はちらっとディープ会長を見た。すぐに視線を逸らす。汚らしいモノなど見たくないという感じである。
「では、私が君たちにかける言葉がある。お前らは皆殺しだ!!」
ハロルド大尉は右手を上げると、顔が醜く歪んだ。邪悪な笑みで、相手を蹂躙するのが楽しくてたまらない、そんな表情である。
「なんだと!! なんでそんなことをするんだ!!」
プラタが叫ぶ。だが当の本人はせせら笑っていた。
「なんでそんなことをするのかって? それは私がしたいからだよ。お前ら外国人が大っ嫌いなんだよ。我が偉大なる妖精王国に汚らしい悪臭まみれの荷物などいれてたまるか。それにお前ら未開地の蛮族が祖国に足を踏み入れ、空気を吸うなど我慢ならん。それにディープ、お前にはぜひ死んでもらわないとな。私の女を奪った罪を思い知ってもらおう!!」
ハロルド大尉は笛を吹くとマーリンヘッドたちが一斉にプラタたちに襲い掛かった。
すると船倉からブラウニーたちが飛び出していく。突然の事態に混乱したかと思ったが、彼らはハロルド大尉の背中に駆け寄ったのだ。
「おっ、お前たち、どっ、どういう……」
ディープ会長が叫ぶが、ブラウニーたちは無視した。
「あ、あんたなんかと一緒にはいられないってことだよ!! 俺たちはポヤイス商会につくことに決めたんだ!!」
ブラウニーのひとりが叫んだ。おそらく彼らはディープ会長を裏切ったのだろう。彼らはポヤイス商会に情報を売ったのだ。それをハロルド大尉がこうして襲撃に来たのである。
「素直にマクレガー会長に媚びを売れば死なずに済んだんだ!! 俺たちはあんたみたいな馬鹿についていくほど愚かじゃない!! 死ぬのはお前らだけだ!!」
彼らは口汚く罵った。自分たちはとても賢いと自慢しているようにも聞こえる。しかしハロルド大尉は彼らを斬り捨てた。三人はあっという間に切り殺され、海へ落ちる。
残ったひとりは刃先を突き付けられ、狼狽していた。
「なっ、なぜ……」
「この世で最も美しく賢い私が平民の約束など守るはずがないだろう」
ハロルド大尉は歯をむき出しにして笑いながらブラウニーの喉に剣を突き刺した。
口から血が噴き出し、剣が抜かれる。喉に手を当てても溢れる血は止まらない。ブラウニーは海へ落ちていった。
「う~ん、平民を殺すのは楽しいですね~。特に相手の約束を破るのがこの上なく心が躍りますよ~。ああ、安心してください。彼らの家族はすでに始末しました。こいつらを利用したから証拠は残りません。世間では行方不明で片づけられますが、平民が消えても誰も気に留めません」
ハロルド大尉はゲラゲラ笑っていた。人を殺すのもそうだが、裏切ることも楽しくてたまらないようだ。
「さぁ、残りの連中も殺しなさい!! この大頭船は高く売れそうです。ふふふ、私の懐が大変潤いますねぇ!!」
彼は感極まっていた。だがそれはすぐに終わる。すでに行動は終わっていたからだ。
マーリンヘッドたちはプラタに襲い掛かった。しかし彼は動かない。
へそに力を入れると、でべそは拳に変化する。そして手刀でマーリンヘッドの頭をめり込ませるのだ。
頭を真っ二つに割かれたマーリンヘッドたちは海へ落ちていった。彼らは死ぬと海藻に変化するのだ。
「ふぅ、弱いな。これならおやじのパイレーツヘッドたちのほうが手強いぞ」
プラタは物足りない様子である。ハロルド大尉は焦っていた。まさかマーリンヘッドたちが負けるなどとは思わなかったからだ。
「くそっ、役立たずどもめ!! これだからデカ頭の面倒は嫌いなんだ!!」
文句を言っていると、そこに誰かが降り立った。それはマストの上にいたフビであった。
「もう終わったですか?」
フビがハロルド大尉に背を向けながら訊ねた。だが彼はフビに抱きつく。そしてナイフを手にして脅し始めた。
「ふはははは!! お前らぁ、このバケモノの命が惜しければ黙って私に殺されろよ!! そしたらこいつは最後に始末してやるからさぁ!!」
高笑いをしながらフビの喉にナイフを突きつける。
「あんたはすごい卑怯なやつだな。妖精王国には何度も行っているがあんたみたいなクズは初めてだよ」
プラタは睨みつけながら吐き捨てる。それに対してハロルド大尉は笑い出した。
「ふはははは!! 私は偉いんだ、偉いんだよ!! お前らみたいな教養も何もない下品な連中が私と対等なんて許せないんだよ!! くくくくく!! ディープ! お前の目の前でクリームをイジメてやりたかったぜ!! お前がやめてと泣き叫ぶのを無視して味わうことを夢見ていたのによぉ!!」
ハロルド大尉はもう海兵ではなかった。ただの卑劣で下劣な野蛮人であった。彼はプラタたちを蛮族呼ばわりしているが、自分自身、同類だということに気づいていないのだ。
「……、そうです。あなたは外道です。だから約束するです。あなたを確実に殺すです」
「はぁ~~~? 何言ってるんだてめぇは!! 娼婦のように汗臭いメスが私に許可なくしゃべるんじゃな……」
そこで言葉が止まった。手が動かなくなったのだ。それに力が抜けていく。いったい何が起きているのだろうか。
フビの身体に密着した部分が離れなくなっているのだ。ハロルド大尉は慌ててナイフを持つ手を振り回そうとする。だがフビは手首に噛みついた。そこからべったりと張り付き、まったく離れない。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 離れろ、離れろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
もうハロルド大尉は大混乱であった。フビから離れることができず、力が抜けていく。そして意識も薄くなっているのだ。そう死が迫っているのである。
これはフビの力だ。彼女は相手の血を全身で吸い取るのだ。一度意識して張り付けば相手の命が尽きるまで血を吸いつくす。
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! 死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!! 死を否定するぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
顔はもう涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになっていた。さらに精気を吸い盗られ老人のように干からびて死んだ。
フビは血を吸いつくすと、口から何かを吐き出した。それは鉄の塊であった。彼女は吸い取った血液、鉄分を凝縮して鉄を生み出したのである。
「ほら、約束を果たしたです。必ず殺すと」
フビは無感動でハロルド大尉の死体を見下した。遺体はミイラだ。寸鉄身に着けていない彼女に殺されるなど夢にも思わなかっただろう。
その表情は絶望に彩られていたから、その恐ろしさがよくわかる。
「こっ、この人は、がっ、ガンコナーの亜人なんだな」
ガンコナーとはアイルランドで有名な妖精だ。若い女性を口説く口説き妖精と呼ばれ、ガンコナーに口説かれた女性は、恋焦がれて死ぬという。
外見は若い男性だが、その正体は老人であるといわれている。まさにハロルド大尉にふさわしい妖精であった。
ディープ会長は悲しそうな目でハロルド大尉の遺体を眺めていた。
ハロルド・ウエストの名前はイギリスのシリアルキラー、フレデリック・ウエストと、連続殺人犯のハロルド・シップマンから取りました。
ふたりとも死亡しています。




