第15話 オーセの死
今回はかなり胸糞悪い話です。
「ああ、楽しい」
そうつぶやいたのはトロルであった。二メートルほどの体格に頭はもじゃもじゃである。
たれ目で鼻は垂れており、出っ歯であった。身に着けているのは釣りズボンのみで裸足のままである。
彼はゴブリンたちを率いてとある島にある集落を襲っていたのだ。
名前はペルギュン島。ヒコ王国の南東にある小さな島だ。
船乗りがたまに食料と水を買いに寄るほどの資源はある。
村はレンガ造りがほとんどで、若い人間は何もない島を嫌って出て行ってしまった。
いるのは老人か、世間の荒波に揉まれ傷つき泳ぐ力を失った者しかいない。
トロルは集落を襲い、300人ほどの住人は縛られ、座らされていた。
トロルの手には斧が握られており、先ほどから泣き叫ぶ哀れな羊たちの頭を潰して楽しんでいるのである。
周りは血と脳しょうが飛び散り、鉄の匂いで充満していた。さらに日が照っているのでハエがうるさく飛び回っている。
「やはり頭を潰すのは楽しいなぁ。妖精王国じゃ絶対やらせてくれなかった」
トロルはうっとりとした表情でつぶやいた。周りのゴブリンたちもきゃっきゃと騒ぐ。
彼の名前はオーセ・ダイア―という。妖精王国出身の犯罪者だ。
その国では妖精の亜人が多く住んでいる。トロルとゴブリンも妖精の一種であった。
もちろん動物や花にキノコの亜人もいるが少数である。妖精の方が圧倒的に多いのだ。
それ故に妖精の方が高い役職に就くものが多い。他の亜人では出世できないわけではないが、そういう風潮がある。
オーセはそんな世情を無視した殺人鬼であった。少数の亜人たちを殺して楽しんでいたが憲兵団に目を付けられたため、海に出たのである
ゴブリンたちは彼の後ろにつき、殺した獲物の金品を持ち去るハイエナであった。
さてペルギュン島の住人は泣いていた。突如降りかかったわが身の不幸を嘆いているのだ。
「ああ、アニトラさんたちがいなくなった隙を突くなんて……。なんて我らは不運なのでしょうか」
老人のひとりが嘆いた。するとオーゼはそれを聞きつけてやってくる。
「不運だって? この僕が来たことがそんなに気に喰わないのかな?」
オーセはにっこりと歯をむき出しにしながら笑った。その様子はなんとも不気味で老人は思わず首を横に振った。
するとオーセは何の脈略もなく老人の頭に斧を振り下ろした。ぐえっとカエルのようなうめき声をあげ、息絶える。
その光景を目の当たりにした住人たちは恐怖の声を上げた。それをオーセはまるで軽快な音楽のように聞きほれている。
「だめだなぁ。僕が傷つくことを言うなんてよくない人だねぇ。そうだ、いいことを思いついた。そこのおじいさん、僕の足を舐めてください」
そういって眼鏡をかけた老人の前に足を突き出した。裸足のままなので悪臭がひどい。老人は顔をしかめると、オーセはそばにいた老婆の髪を引っ張った。乱暴に扱っているので老婆は悲鳴を上げる。
「早く舐めないとこの人を殺しますよ。僕は約束事を破る人が大嫌いなんです。舐めたら命は助けますよ」
老人は足を舐めた。老婆は長年連れ添った妻なのだ。顔をしかめながらも老人はオーセの足を舐める。
オーセは気分よさげであった。すると目を見開き、いきなり老人の頭に斧を振り下ろしたのである。
老婆はそれを見て泣き叫んだが、今度は彼女が斧の餌食となったのだ。
「ひどすぎる! 舐めたら命を助けると言ったのに!!」
「? 言ってないよ。僕はそんなことは言っていない。勝手にねつ造しないでください」
長老が嘆きながら叫んだが、オーセは真顔で言った。この男は先ほどからそれなのだ。自分で約束すると言いながらすぐに反古にする。
だましているわけではなく、本気でそう思っているのだ。
この男はサイコパスである。サイコパスとは精神病質のある人で、その人格のために本人や社会が悩む、正常とされる人格から逸脱したもののことをいうのである。
母国でも少数派の亜人殺害に際して、自分は害虫駆除をしているだけですと答えたという。もちろん憲兵団は許すはずもなく追いかけていたがまんまと逃げおおせたのだ。
今でも自分が何で追われているのか理由がわからないのである。ゴブリンたちは彼を利用し甘い蜜を吸うためにいるのだ。殺されないのは彼をおだてているからである。
善悪など関係ない。自分たちさえよければいいのである。種族や宗教など興味はなく、刹那的に快楽を楽しんでいたのだ。
「まったくわけがわかりませんね。この僕を噓つき呼ばわりするなんて。僕を追い回したツェッペリン大佐と同じです。正直母国へ帰ってあの人の家族に挨拶しに行きたいけど、警備が厳しいので困りますね。ふぅ」
オーセはため息をついた。その手に持つ斧に力を込め、長老の頭に振り下ろそうとしたのである。
しかし斧は弾き飛ばされた。何者かが石を投げたのである。オーセと住人たちは一体何事かときょろきょろ周りを見回した。
「なんだなんだ? 身動きできない相手に虐殺をするなんて、お前らは人間じゃないな」
それは筋肉隆々でパンツ一丁の大男であった。その背後にはカエルとナメクジ、鉄人間とヒルの亜人が立っている。さらにカスピトラの亜人を中心に猫の亜人たちもいたのだ。
「ああ、アニトラさんだ!! アニトラ海賊団だ!!」
「ああ、神様。私たちは助かったのですね!!」
「それにあの男はプラタだ。前にヒコ王国でネプチューンヘッド様と一緒にいたのを見たことがあるぞ!!」
住人たちは歓喜の声を上げた。プラタはともかく、アニトラ海賊団は慕われているようである。
オーセは目を見開き、歯をむき出しにしていた。激怒しているのだ。せっかく自慢の斧を振り下ろすところを邪魔されたのである。
彼は人殺しをしている自覚はなかった。殺人など日々の食事と同じで頭の片隅に残らない行為なのだ。
「なんなんですかあなたたちは。僕は楽しい気分でいたのに邪魔するなんて。皆さんこの人たちを片づけてください」
オーセはゴブリンたちに命令した。彼らは集団で弱者をいたぶるのが大好きなのだ。特に女子供を相手にすることが多く、泣き叫び命乞いをする者を無残に散らすことに喜びを覚えているのである。
「ひゃはははは!! 人間に亜人の女どもか!! 俺たちの方が数が多い!! たっぷり楽しませてもらうぜ!!}
「いひひひひ!! 特に女はすぐに殺すなよ。カエルにナメクジ、ヒルに鉄人間なんて食べたことがない。どんな味がするかわくわくするなぁ」
「猫の方も最高だぜ!! 殺した後皮を剥いで楽器にすれば高く売れるぞ!!」
ゴブリンたちは下卑た笑い声を上げながら手に持った剣や槍、弓を構えた。彼らは常人より背は低いがその恐ろしさは集団にある。
一人に対して複数でなぶり殺しにするからだ。しかし目の前にいるのは男はひとりだけで女がほとんどだ。
よって目の前のプラタは無視して後ろの女たちを狙ったのである。確実に弱い者を殺す。それは兵法にもある正しい行為と言えた。
しかし彼らは間違っていた。彼女らは弱いどころか手を出してはいけない存在だったのである。
「百裂脚!!」
ヒスイは蹴りを放った。その蹴りは目に負えず、ゴブリンたちの頭部に次々と当たった。彼らは片方の頬を砕かれ、眼球が飛び出た。中には首が反対に回り、泡を吐きながら絶命した。
「あのね~。矢を人に向けたらあぶないんだよ~」
弓を構えるゴブリンたちは妙に間延びした声を聞き、驚愕した。周りには誰もいない。どこから声がしたのだろうか。
それは地面からである。彼らは自分の足が沈んでいくのを慌てふためきながら見るしかなかった。矢を放っても明後日の方向へ飛ぶだけである。
相手はコハクだ。彼女は地面に同化して景色に溶け込むのだ。
「ひぃぃ!! なんなんだこいつらは!!」
ゴブリンたちは混乱していた。自分たちが圧倒的優位に立ち、なぶり殺しを楽しむはずだったのに、カエルとナメクジの強さに慌てふためいた。こんなのはやってられない、一方的な暴力を楽しめないなんて冗談じゃない。
彼らはオーセを見捨てて逃げ出した。元々彼らは上下関係などない。あるのは生き物に寄生する寄生虫のような関係だ。
勝てない相手には逃げるが勝ち。後で夜中にこっそりと寝静まった後に放火して復讐すればいいのだ。
だが彼らの妄想はここで終わる。アニトラを含めた船員たちが瞬時でゴブリンの背後に回り、喉元をかき切ったのだ。
ゴブリンたちは一方的に刈られていった。白猫のリジーナに黒猫のヴェルナー、虎猫のフーマオに三毛猫のイタドリも容赦なく敵の喉を無慈悲に描き切る。そのくせ返り血は一切浴びていないのだからすごい。
「あれ? なんで彼らが一方的に殺されているのでしょうか。僕には理解できません」
オーセは他人事のように目の前の惨事を見ていた。彼らが死んでも何の感情もない。自分が一番大事なので他人は徹底的に無関心なのだ。精々自分に無償で世話をしてくれる人たちとしか思っていないし、感謝の気持ちは一切ない。されるのが当たり前だと信じているのだ。
「もうあなただけですよ。何か言いたいことはありますか?」
オーセの前に鉄人間が立った。イエロだ。鉄の顔なので無表情に見える。
「ごめんなさい。許してください。僕は悪くないんです。悪いのは世間なんです。僕は被害者なんです」
オーセはいきなり泣き出した。そして土下座する。あまりの展開にプラタや住人たちは茫然としていた。
彼は本気で謝罪している。だが相手が背後に回ればすぐに忘れるだろう。イエロの足元には斧が転がっている。彼女が自分の背を向ければすぐに斧を拾うだろう。
彼にとって人殺しに罪悪など皆無だ。自分は正しく、悪いのは相手だと本気で思っている。いや疑問に思ったことなど一度もないのだ。自分にとって都合の悪いことはすぐに忘れる。そして都合のいいことだけは焼き印の如く覚えているのだ。
オーセは泣き落としを繰り返して難を逃れた。大抵は涙を流して謝罪をすれば相手はころっと騙される。騙したらすぐに相手を殺すのだ。鳥頭で三歩歩けばすぐに忘れるのである。
突如、ガスっと音がした。それはイエロの手刀がオーセの頭部にめり込んでいたのだ。
オーセは突然何が起きたのかわからなかった。頭がやけに熱く、目は赤く染まっている。鉄の匂いが鼻についた。
「あなたの悪評は知っています。噓つきオーセ。あなたを見逃せばもっと被害が広がるので、ここで死んでください」
イエロは無感情に言った。オーセは口をパクパクさせている。自分の身に起きたことが理解できないのだ。
「ぼっ、僕は謝ったんだぞ? そっ、それなのにぼっ、僕を、こっ、ころしゅ、にゃんて……」
オーセの目は大きく見開いた。目は血走り、さらに歯をむき出しにする。怒りが彼を支配しているのだ。
「しょっ、しょれが、おにゃじ、にんげんの、しゅることしゃあ!!!!!!」
オーセが怒鳴るとイエロの手がバチバチと光った。ばちんとオーセの頭は爆ぜた。傷口と目と鼻、口から煙が上がる。もじゃもじゃ頭は燃え上がり、禿げ頭になった。
彼は絶望の表情を浮かべて絶命していた。彼は本気で謝罪していたのにイエロはそれを無慈悲に踏みつぶしたのだ。人間の醜さを叩きつけられながら死ぬ。オーセに殺された者たちがこの姿を見れば、溜飲が下ったに違いない。
「瞬時にパルスを流す力です。スー義姉さんから教わりました」
イエロはそうつぶやいただけであった。何の感動もないように見える。
「すげーな。俺たちの出番はなしだよ」
「そうです。でも私はこの方たちの治療をするです!!」
プラタは黙ってみていたが、フビは縛られた住人たちを解放し、治療をするのであった。
オーセとは本来ペールギュントの母親でした。トロルは山の魔王の宮殿にてに登場しております。
ダイア―はイギリスのシリアルキラー、アメリア・ダイアーから取りました。1896年に絞首刑になってます。
さすがに生きているのはまずいので。




