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第10話 涙のスープ

「さぁ、特製の涙のスープだ!! たくさん食べとくれ!!」


 豪快な女性の声が銅鑼を鳴るように響いた。ここはヒコ王国にあるロウソク屋の一室だ。木製のテーブルには十人ほど囲まれて座っている。


 声の主は赤い鯛の魚人だ。全身が紅い鱗に覆われており、頭部にはヒレがついている。実際は鱗ではなく体毛で、そう見えているだけなのだ。


 名前はアマーベル。ロウソク屋の女房だ。主であるジェンチュは留守にしてある。遠出で仕事をしているようだ。彼女は寸胴鍋を用意し、大きめの陶器皿にスープを注いだ。


 それは白身魚のすり身にクルミや炒った椎の実などが入ったスープだ。昆布だしに塩で味付けされている。涙のスープと呼ばれるものだ。


「涙のスープですか。私の村だと新年を祝う時しか食べませんね」


 ヒスイが物珍しそうに言った。他の三人も同じ気持ちのようである。


「そうなのですか? 涙のスープはこの地に伝わる石のスープと同じくらい日常で食されていますね」


 オウロが答えた。先ほどの荒れ狂った様子と比べるとかなり落ち着いている。どことなく気品にあふれており、真相の令嬢を連想した。プラタが絡まなければ普段の彼女はこういう性格なのだろう。


 ちなみに石のスープとはヒコ王国の前身であるポルトガルから伝わる具沢山のスープだ。


 この話にはこんな話がある。昔旅人は飢えており民家に食事を求めたが断られてしまう。

 そこで旅人は一計を案じ、路傍の石を拾うと、もう一度民家にかけあった。


「この石は煮るとスープができるのです」と説明し、鍋と水だけを借りる。


 石を煮た後、これは古いから濃いスープにはならない。塩を加えるとおいしくなると説明し、家人に塩を持って来させた。

 その後、小麦や野菜、肉を持って来させることでおいしいスープが出来上がった。家人は感動し、旅人は石を預けて旅立ったという。

 

石のスープは赤いインゲン豆に玉ねぎ、にんにく、ローリエ、にんじん、ジャガイモ、ソーセージが必ず入り、他にもいろいろ加える料理だ。かつてはアレンテージョの料理だったがポルトガル全国で親しまれており、キノコ戦争が起きた後でも絶えることのなかったのである。 


「俺は母さんの涙のスープは大好きだぜ。でも他の地域でそれを言うと露骨に顔をしかめるやつがいるんだよな。特にオラクロ半島の連中はひどかったぜ」


「それは本来魚のすり身ではなく、白涙肉ホワイト ティアミートを使うからでしょうね」


 プラタの愚痴をイエロが答えた。これは原点となった材料が原因なのである。


 白涙肉とは大量に死んだ魚の肉をビッグヘッドが食らい、涙肉として排出したのだ。毒素は消えており栄養分は変化していない。

 ちなみに赤涙肉レッド ティアミートは地上の動物を食べたものである。

  基本的にビッグヘッドは生きている生物は食べない。キノコ戦争の毒や病気で死んだ動物や魚は食べるのだ。

 

 キノコ戦争が起きた当時はろくな食糧がなかった。手持ちの保存食はあったが土地や海はキノコの胞子で作物や獲物が撮れない時期があったのだ。

 ネプチューンヘッドと同格であるキングヘッドとミカエルヘッドがヤギにイノブタやインドクジャクなどを家畜と家禽の代用品として配られたが増えるまで時間がかかる。

 その代用品として食されたのが涙肉である。それをビッグヘッドが実の成る木に変化した後、木の実と一緒に煮込んで食べたのだ。味付けは塩で、涙肉を包む膜を粉々に砕けば簡単に手に入る。


 ただしその味はあまりよろしくない。何しろでたらめにいろんな種類の魚や動物の肉を喰らうため、かなり混ざっているのだ。その上、あぶらも抜けておりパサパサしている。栄養があっても進んで食べる人間は少なくなってきているのだ。

 巨大なアライグマやヌートリアの肉に、飼育したイノブタの肉で合い挽きしたハンバーグやソーセージならまだ脂分があって食べられる。


「あのね~、それって問題あるの~?」


「そうです。涙肉は死んだ動物や魚だけでなく、人間の肉も混じっているのです。だからレスレクシオン共和国では涙肉は食されず畑の肥料に使われるのです」


 コハクの疑問をフビが答えた。百数年前は食べる物がないので仕方なく食べたが、現在は亜人たちが新年の祝いにしか食べなくなった。人間だと涙のスープは口に出してはいけない言葉になっているところもある。オラクロ半島は亜人より人間が多いので嫌悪の対象になっていた。

 

 ナトゥラレサ大陸の闘神王国では現在でも神の恵みとして食されており、その反応はさまざまである。ヒコ王国は涙肉は入れないが魚のすり身や獣の肉を代用にして、親しまれていた。


「ですがこれからは違います。航海で食糧が不足する可能性もあります。大頭船ビッグヘッドシップなら真水に困りませんが、いざとなれば涙肉で飢えを満たさなければなりません」


 イエロが言った。彼女はコックだ、保存食は用意するがいつ不測の事態が起きるかわからない。涙肉は貴重な食糧だ。膜を壊さなければ百年は保存可能なのである。


「おう。ポセイドン号のコックは三日に一度は涙肉を使った食事を作ってくれたぜ。そもそも人間は俺しかいなかったし」


「確かに海において食糧問題は重大だ。涙肉は製造過程はともかく大事な保存食だな」


「その辺は大丈夫です。海での食事を仮定してすでに涙肉を使った料理のレパートリーは豊富に覚えました。毎日の食事を飽きさせない自信があります」


 ヒスイが心配そうにつぶやくが、イエロは力強く答えた。


「さぁさぁ、おしゃべりはやめて食事をしようじゃないか。お嬢さんたちもたんとおあがりよ」


 アマーベルは料理を勧める。彼女たちは涙のスープを口にした。魚のすり身はぷりぷりして面白い触感だった。たぶんタラを使っているのだろう。ヒコ王国ではタラは消費量が多い。塩漬けにして乾燥したバカリャウというものがある。


 木の実の食感もこりこりしてていい歯ごたえだ。木の実はビッグヘッドがもたらす恵みである。ネプチューンヘッドと接する機会が多いため、国民のビッグヘッドに対する嫌悪感はあまりない。もちろん個人でビッグヘッドに家族を喰われる者がいるが、それはそれ、これはこれである。


 フォーゴにアグア、ルスの三人もがつがつ食べている。口元に食べかすがつくとオウロが拭った。面倒見の良いお姉さんである。


「ほらほら。あんまりがっつかないの。食べ物が飛び散っちゃうでしょ?」


 オウロは優しい声色で弟たちの面倒を見ていた。たぷんたぷんと豊満な胸が揺れている。なかなか圧巻な見世物であった。それを見たコハクは首を傾げていた。


「あのね~? どうしてプラタはオウロのおっぱいを触らないの~?」


 オウロは噴き出した。けほけほと咳をしてしまう。あまりに突拍子なことなのでせき込んだのだ。


「コハク。食事中に品のないことを言うな。俺はオウロのおっぱいを触る気はないよ。母さんのは触りたいけどオウロだけは別なんだ」


「いや母さんのも触るなよ。あんたのおっぱい狂いは病気としか言いようがないわ」


「失礼だな。俺は無差別に触らない。きちんと相手の了解を得てからにする。後ろから触ったり、無許可でやることは絶対ない」


「何を偉そうに語ってるのよ!! 了解を得ても駄目に決まっているでしょうが!!」


 プラタの独白にオウロのこめかみはぴくぴくしていた。美しい人魚なのに彼が関わるとヒステリックになってしまう。ヒスイたちはその様子を見てほっこりしていた。出会って間もないがふたりの関係は血の繋がりはなくとも家族の絆を感じたのである。


「大変だ―! アニトラ海賊団が襲ってきたーーー!!」


 外から大声が響いたのであった。


 今回はオルデン・サーガシリーズで基本的な設定を明かしました。正直外来種を家畜や家禽替わりにしてもすぐに増えるわけではないですしね。

 涙肉の設定は我ながら意外だと思います。ビッグヘッドは時間が経つと木に変化するのはマッスルアドベンチャーから決まってました。でもさらっと人肉を食しているのはブラックですな。

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