第7話 諦めないと言う必勝法
突然の爆発と、校舎の半壊。川向うの街では、民家がいくつも瓦礫と化していた。
余りに巨大な魔力を帯びた魔物は、勇者の素質を僅かにしか持っていないはずの人々にも、揺らめく様に見えていたらしい。
巨大な化け物が、怪獣が襲って来たと、または集団パニックで幻覚を見たのではないかと、学校の周囲では警察や消防が集まって、大変な騒ぎになっていた。
そんな騒ぎから姿を隠すように、再び屋上へやってきた俺達は、床にへたり込む、女神フィースを見ていた。
すでに、力を使い果たした彼女は、自分の世界に帰る力もないのだろうか。
動けぬ女神フィースの元に、俺は天沼矛を持ったまま歩いて行く。
そして、一気に走り込み素早く槍を振るった。
激しく金属が打ち合う音が響き渡る。
「お主よ! なぜ邪魔をする!」
草那芸剣を振り降ろしたアマテラス様が、怒りよりも驚きに目を開いていた。
魔を薙ぎ祓い、炎を鎮める守護の剣は、しかし国産みの陽光に戸惑うようだった。
「フィースを殺せば、全てが終わる……それは分かっています」
「ならばそこをどけ! お主に出来ないと言うのならば! わたしが仕留める!」
しかし、ここで俺が引くわけにもいかなかった。
ここで引けば、必ず俺の光は濁り、彩羽の元へ帰れなくなる気がした。
「アマテラス様!」
呼びかける声は、彩羽のものだった。
「もう一度、私たちに機会を下さいませんか!」
「機会、だと?」
アマテラス様が剣を引き、少し後ろに下がる。
「アマテラス様は、清く、明るく、この世界の事を誰よりも想っています。その真心に守られ、私達は今日まで来られました。だからこそ、アマテラス様のように在りたいと願うのです」
それは、無力に守られるだけではない、
俺達の、
私たちの、
未来への意志!
「ははは……」
アマテラス様が悲しそうに、いや、嬉しそうに笑っていた。
「……お前達は、どこまで行っても、憧れ、天に手を伸ばし続けるのだな」
現存する世界最古の国家。
それが日本だ。
2600年を超える一本の歴史を、唯一紡ぎ続ける俺達には、その圧倒的な諦めの悪さが受け継がれているのだろう。
「だが、翔。お主をこやつの世界に送る事は許さん」
それはそうだろう。
フィースは一度、光を見失い闇に魅せられた女神だ。
その性は、一朝一夕には消えたりしないだろう。
だが、悪神であろうとも、祀り、共に生きて行ける強さを、俺達は持っているはずだ。
そして、神々の浄化すらも、それを支えられる力が俺達にはある。それは、この国の全ての人に勇者の素質を受け継がせるに至ったアマテラス様なら、きっと分かっているはずだ。
「ならば俺達もまた、世界を守る手伝いをさせてください!」
アマテラス様は目を瞑り、深く考えている様だった。
「大丈夫です……。私たちなら、きっと、光に満ちた未来を、切り拓けるはずです」
彩羽が俺に寄り添ってくる。
「おやめなさい…………」
その否定の言葉は、女神フィースの口からだった。
「今倒したのは、侵攻魔王軍の四将軍でも最弱の一体……。あの程度を倒したぐらいでは、この先の戦いを生き残る事はできないですわよ」
…………、四将軍の部分も気になるが、侵攻だけではなく、攻撃魔王軍とか、支援魔王軍とか、防衛魔王軍とかいそうだな……。
「あと、近衛魔王軍もいますわよ。それらで、西方面第六王子軍を組織しています」
「そっ…………それは、なんとも」
フィースが絶望するのを、流石に責められなくなってきた…………。
俺以上に青い顔をしていた彩羽が、眉に力を入れて一歩踏み出す。
「闇が、どれ程に強大であっても! 私たちの、翔くんの光は届くはずです!」
しかし、そんな精神論だけで、俺達はどこまで戦えると言うのか……。
例え、どんなに力あふれるアマテラス様の光であっても、拡散すればするほどに弱まってしまう。余りにも広大過ぎる世界全てを照らす事は不可能だ。
「ま、まずは! 戦線の後退と縮小を! 各主要都市間の防衛の強化と、全ての人々の力を一丸とした、小さくも強固な国家を作りましょう!」
いきなり具体的で現実感満載の、吉祥寺さんからのご提案だ!!
「い、いや! そうか! 防衛線が狭まれば、大量の魔物が一点に集中する時こそ、俺の、アマテラス様の力が最大限に発揮される時だ!」
限定された戦域に魔物を誘導する事が出来れば、一気に殲滅できるんじゃないだろうか。そこに、彩羽の鏡でこぼれた光も集めれば、いっそう大きな力になる。
「はははは!」
愉快そうに、アマテラス様が大きく笑っていた。
「よかろう! よかろう! どちらにしろ、今回の事であの魔物どもも、この世界に目を付けただろう。ならば、不浄を祓うがわたしの役目!」
言うなり、アマテラス様は草那芸剣を光の粒子と共に世界に還した。
そして、その背後に大きな日輪の後光をまとい、輝かせる。
「な、なぜ、ワタクシにまで……」
その光は俺達を、フィースの傷も、心の衰弱をも癒してゆく、生命の温もりに満ちた光だった。
「沙汰は決まった! フィースよ! 貴様は居るべき世界に帰り、その使命を全うして来い! わたしが、わたしの子供達が、貴様らの世界を手伝ってやろう!」
床に座り込んだままのフィースが、輝くアマテラス様を、泣くのも忘れて見上げていた。
そう、今の俺には分かる。
彼女は、ずっと一人だったんだ。
たった一人で、大切な人々が殺されるのを前に、必死に足掻いていた。
だから付け込まれた。
魔と言う心を侵す、病に。
彼女には仲間が出来るだろうか?
俺達は、仲間になれるだろうか?
折れない心が、最後まで諦めずに立ち向かえる勇気が、それだけが、本当の未来を手に入れる。
決して終わらせない世界の在り方を、アマテラス様が実践してきた、守り方が今示された。
「ワタクシは……」
涙を再び零しそうになりながらも、女神フィースの心が、再び力を取り戻していくのが分かった。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「恩返しは期待しないでくださいね!」
「ふん、貴様の羽毛で織られた反物など、縁起悪くて受け取れるか」
あぁ、確かに鶴っぽい綺麗な羽だ。
「ワタクシを鳥類扱いしないでください!」
その反論は、今まで通りの元気良さを取り戻していた。
俺は、彩羽と共に笑顔になる。
「何より、貴様が先に心配すべきは、そんな先の事ではない。そうであろう?」
「ワタシクシの世界の為、その力を貸してくださるのならば、その期待を裏切ったりはいたしません」
女神フィースの決意の言葉を聞き、アマテラス様が深く目を閉じる。
そして、後光の日輪を光の粒子へと返した。
「わぁ……」
彩羽が、その光景に声を漏らす。
再びの輝きは、女神フィースの後光として、その白い羽の後ろに日輪の光を顕していた。
「穴は開けておいてやる。上手く使えよ」
「今更、ワタクシにこんな言葉を言う資格はないのかも知れませんが」
小さく息を吸うと、慈愛の女神は微笑む。
そして、
「ありがとう」
それだけを言い残して、異界の女神は姿を消していた。
その軌跡を舞うように、美しい純白と黄金の羽が静かに舞っていた。
「あー、もー!」
と、言い出したのは、今日も可愛いアマテラス様だ。
「今更、かわいいとか褒めても、わたしは怒っているのだからな!」
「俺からも、ありがとうございます」
「全く! わたしの子供たちは、お人よしが過ぎる!」
「ふふふ」
微笑む彩羽の声が、耳に心地よかった。
「アマテラス様も、お人よしですね」
「こら、主神を捕まえてとんだ言いようだな」
そう言いながらも、アマテラス様も笑っていた。
俺達も、いつまでも守られるだけの無力なままでは無い。
ただの人間が、地道に力を積み重ねていく事、それはきっと女神フィースにとっても勇気を与える事になるだろう。
「けど、どうやって手伝うの? 翔くんは、異界にはいかないんでしょ?」
彩羽の疑問に俺は微笑む。
アマテラス様には、俺の考えていた事が全て分かっていたようだ。
「さて、わたしは今回の事で力を使い過ぎた。あやつの手伝いをするとなると、わたしの力が戻るのも、また時間が掛かりそうだな」
それはつまり、ロリ期間が延長されると言う事ですね!
「ごふっ!?」
彩羽さん、鋭いですね……。
「翔くんの熱量が、変な方向に上がった気がたしたので……」
そんな彩羽が、歪みのない清らかな心があるから、俺は道を見失うことなく、正しい方向へ行けた。
その事が、彩羽の存在が、なによりも嬉しかった。
「きゃっ!」
突然抱きついてきた俺に、初めて会話した日の様に彼女が驚き、恥ずかしそうにしていた。
それがまた、俺には嬉しくてたまらなかった。
***
休日の昼間、俺達は山奥にある緑がうっそうと茂る谷間を見下ろしていた。
「アマテラス様、今日は山ガールですか?」
「ふふん。最近はこういうファッションが流行っている様だしな」
良いですねぇ、小さい女の子がゆったりとしたカラフル半そで半ズボンの下に、ぴっちりしたタイツ状の格好は、俺の熱量を更に上げてくれます!
「アマテラス様。翔くんが浮気して困ります」
「えっ!? い、いや、これは、その違うんだよっ?!」
ジトーっと睨まれると、反論できなかった。
けど、
「けど、お前が一番大切だ! とか言ったら、ダメ男認定しますからね」
「す、すみません……」
「ははは。嫉妬してくれると言うのは、実に有り難い事なのだと、忘れるなよ翔」
肝に銘じておきます!
「しかし、アマテラス様も、いつの間に彩羽に神器を貸していたのですか?」
アマテラス様の極光を宿した天沼矛。その光をも反射する程の力はアマテラス様のその現身である神器、【八咫鏡】だ。
「いつの間にも何も、吉祥寺が告白すると決めたその日だ」
「つ、つまり、最初から!?」
「お主と共に居ようとすれば、命がいくつあっても足りないからな」
「…………アマテラス様も酷いです」
彩羽が、ぽつりとそんな事を言う。
「夢で、私に八咫鏡を貸してくれた時に、なんで、全部教えてくれなかったのですか? まさか、魔物とか、異世界とかそんな話が出て来るなんて思っても居ませんでした。……そもそも、夢の中なんて、真に受ける分けないじゃないですか」
……ん?
なんか、言っている事が変だぞ。
「い、彩羽……。君は、異世界の事を知らないで、俺に、付いてくるって言っていたのか?」
「そうだよ。もう、あの時、私すっごく泣きそうだったの我慢していたんだからね! てっきり、暴走族とか、悪くてもヤクザに狙われているぐらいにしか思っていなかったよ!!」
た、確かに! そんな話しか、俺はしていなかったな!!
「でも……、よかった」
と、彩羽がつぶやく。
「こんな大変な事になっていたのなら、私は、勇気を出して翔くんに告白して、本当によかった」
その言葉は、俺がより危険なら、なおさら付いてくると言っていた。
俺も目頭が熱くなるようだった。
「あー、言っておくけどな! 吉祥寺だって、きちんと勇者の素質があったから、わたしは神器を託したのだぞ?」
「そうなんですか?」
「当たり前だ。素質が弱い者に神器を与えても、使える分けがないだろう」
「じゃぁ、もし、素質もないのに俺に関わろうとしてしまったら……」
「その心配はない。素質が無ければ、お主に付きまとう死の呪いを感じ取り、決してそれ以上踏み込もうとはしないはずだ。それを押してでも前に出てくると言う事は、それだけで十分に、勇者だという証明になる」
「なるほど……!」
天中に太陽が昇ろうとしてた。
夏の日中と言う、今この場はアマテラス様が最も力を強くする時期と時間になる。
そして、敢えて弱めた次元結界が、今また次元侵蝕に振るえた。
「今回、わたしは助けられないからな。気張って行け!」
「「はいっ!!」」
そう、俺が異世界にいけないのならば、異世界の魔物をこっちに流してもらえばいい。
全部は無理でも、それで女神フィースの世界は時間の余裕を手に入れられる。その時間があれば、女神フィースの世界に居る勇者を育てる余裕が出るだろう。
異界の人々が、団結し力を付ける余裕が生まれるだろう。
その暁には、俺達が異世界に渡らずとも、異界の人々と勇者で、魔王を討ち倒せる日が来るはずだ。
俺達が見下ろす谷には、次々に出現してくる大量の魔物があふれて来ていた。
大小様々で、生物的なつながりも分からない異形のモノ達。しかし、それにもかかわらず、部隊ごとに統一された形状、組織だった陣形、これは、ただ暴れるだけの敵よりも、ずっと強敵な事がうかがえる。
数十匹程度かと思っていたが、最初から数千匹の大軍勢を飛ばしてきたらしい。
これだけいれば、街の一つも落とせそうな数だった。
「あわわわ……最初の一回目から、あ奴め、なんていう数を送って来るんだ!」
「アマテラス様、大丈夫ですよ! トラックと違って、手加減の必要もないのですから、例え万の魔物が来ても俺達が退けて見せます!」
「翔くん……加減してね。この山も緑も、守るべき私たちの国の一部だからね」
「そ、そうだったな。気を付けるよ」
彩羽が隣にいてくれれば、迂闊な俺が道を誤る心配もないだろう。
「さあ、俺達の」
俺が彩羽を見れば、彩羽も見つめてくる。
「「初めての、勇者活動だ!」」
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
この物語は、「主人公がトラックに轢かれて異世界転生する!」話が多い事からの、一発ネタになります。
最期まで逃げ切る事を目的にした物語で、これで完結となります。
お付き合いしていただき、ありがとうございました。