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第20話 「シーズンパレット」

<1>


 彼女の名前は秋橋璃矩あきはし りく。四人家族の秋橋家の長女だ。家族構成は、自分の他には両親と妹、それに犬が一匹。

「ほぼ女所帯で父親はさぞや肩身が狭かろう」と思いきや、実はそうでもない。本人はいたってのんきで温厚であり、口数こそ少ないが、厳格と言うのにはほど遠い。

 母親は旦那様の口数を多くした感じで、なんとなく似た者夫婦。年頃の娘である璃矩としては、息苦しくない家庭環境が非常にありがたい。


 大学生になる長女がいるのだから、年齢的にはそれ相応のはずだが、両親ともに見た目が若々しい。その若さの秘訣は恐らく、出会った頃から今なお変わらぬ仲の良さにあると思われる。日常生活で使う物のありとあらゆる物が色違いのおそろいで、さすがに人前でベタベタする事はなくなったが、明らかにいわゆる「バカップル」の延長線上にいるお二人さんである。

 趣味は旅行で、国内海外を問わず、一年に結構な頻度で家を空ける。娘としては時々心配になったりもするが、今の所全てが上手く回っているので、きっとこれでいいのだろう。ああ見えてしっかりしている両親だ、取り越し苦労に違いない。


 秋橋家は一軒家で、駅から徒歩七~八分ぐらいの場所に建っている。周囲は住宅が並び、コンビニも近所に数件あって、生活環境としては申し分ない。建物自体の大きさはいたって普通のサイズだが、別段手狭に感じた事はない。まだまだ新築と言っても良い年数しか経っていないし、引っ越したいとは当分思わないだろう。


<2>


「『秋橋璃矩あきはし りく』って珍しい名前だよね」と、よく言われる。確かに苗字も珍しければ、名前の方はもっと珍しい。「りく」と言う響きは、まず普通女の子には付けられないだろう。本人としてはその響きも字面も気に入っているので、周囲の感想などはどこ吹く風だ。でも次女の名前が「かい」で、愛犬の名前が「クー」になった時に「あー、そういう事だったのね」と苦笑とともに納得した。「もしかして男の子が欲しかったのではないか」と邪推もしたが、名付け親である両親に悪意がまるでないので笑い話で済んでいる。


 璃矩の身長は170センチを超えているので、女性としては高い方だろう。「プロポーション抜群」としばしばうらやましがられるのだが、自分ではほとんど自覚がない。と言うか、サイズが合う服に好みの物がなかなか見付からないので、実はこれまで結構苦労させられているのだ。最近は日本人女性のスタイルが欧米化してきているので、以前ほどの不自由さを感じないのが救いである。特別「かわいい服が着たい」と言う願望もないので、時には男性物のシャツなどを買ったりもするぐらいなので、元々こだわりは薄い方だ。我ながら、見た目よりも機能性重視タイプで良かったと思う。

「そのプロポーションを維持している秘訣は何?」

 これもよく訊かれる。が、維持も何も、普段から取り立てて掲げているスローガンもなければ、日課としている運動も特にない。それでも強いて挙げるのであれば、好き嫌いのないバランスの取れた食事と豊富な運動量だろうか。あと、よく寝る事。とは言え、それらも意識的に行なっているものではなく、自然にたどり着いた生活スタイルでしかない。これ以上乞われても突っ込まれても、隠し事など一切していないので何も出てこない。


 璃矩は現在大学二回生であり、三回生になったら家政科に進む予定だ。四年制大学にしては珍しい学科だが、「これがあったからこの大学を選んだ」と言っても過言ではない。自分の夢のために。

 璃矩の将来の夢は「お嫁さん」である。「まるで小学校低学年の女児のアンケート結果のようだ」と鼻で笑われてしまいそうだが、本人はいたって真剣なのだから、何ら後ろめたい事はない。保育園に通っていた時からずっと、その質問を投げかけられる度に、璃矩は一貫してそう答え続けてきた。それを聞いた者は大抵冗談だと勝手に思い込むのだが、やがて彼女が本気だと知ると、決まって複雑な苦笑や呆れ顔を見せる。なんとも失礼な話ではないか。こちらは問われたから答えただけなのに。

「もったいない」と心から言われ、「考え直せ」と続けられる。「そのルックスと運動能力があれば、他のどんな道でも選び放題だろうに」、と。余計なお世話である。誰あろう璃矩本人が、考え抜いた末に出した結論なのだ。他のどの選択肢よりもやり甲斐を感じ、憧れを抱く夢、それこそが「お嫁さん」であったというだけの事だ。では「どうしてそこまでこだわるのか?」と訊ねられれば、「一生を捧げて尽くしたい男がいるからだ」と即答する。そうすると、大抵相手は黙ってくれる。「見てみたいものだ」と言われれば、いくらでも見せてやる。と言うか、自慢しまくる。「これがわたしの旦那様だ!」と。


 趣味は花嫁修業。まさに趣味と実益を兼ねていると言えよう。料理・洗濯・掃除・買い物などなどを、璃矩は秋橋家と鎌坂かまさか家の両方でこなしている。結構大変だが、充実感がある。なにしろ、家事と言うか主婦業には終わりがない。「実はわたしってば、かなり尽くすタイプなんじゃない?」と、近頃ますます思うようになってきた。我ながら素質は充分にある、と確信が生まれつつあった。

 そう言えば、主婦業と似ているのかと思って、以前一度だけメイド喫茶でアルバイトしてみたのだが、実際やってみると全く異質なものだった。同じく尽くす職業でも、立場が対等な妻と隷属するメイドでは感覚が違い過ぎた。勤めていたのはほんのわずかな期間だったのだが、その店でかつてないほどの売り上げを叩き出し、いまだに店長から「お願いだから戻ってきて」としつこく電話があるのが困りものだ。気質的にも不特定多数に向けてのサービス業は、肌に合っていない気がする。重要なのは、尽くす相手が誰か、だ。

 今は「BLAZEブレイズ」という美容院で、カットモデル兼掃除・洗濯などの雑務やシャンプーなどの手伝いのアルバイトをしている。たまに受け付けなどを手伝ったりもするが、「自分はあまり社交的ではないのかもしれない」と言う思いが強くなった。どうも表に出るよりも裏方の方が性に合っているのだ。遊びに関しては断然アウトドア派なのだが、この逆転現象は何なのだろうか。少し考えてみただけではよく分からなかったので、考えても仕方のない事なのかもしれない。このままでは将来、両親と同じく似た者夫婦になりそうだった。


<3>


 鎌坂瑛時かまさか えいじは、秋橋璃矩あきはし りくにとって将来の旦那様であり、もはや事実婚をしていると言っても良い関係の男である。元々幼なじみの間柄で、現在は同じ大学に通っている。登下校も毎日ほぼ一緒だ。

 ふたりは同い年なのだが、この男は昔から古風で、同世代の連中と比べて圧倒的に若さがない。良く言えば落ち着きがあり、悪く言えばジジムサイ。華があるのは外見だけで、他は言動から趣味から何から何まで、とにかく地味。せっかく素材が良いのに自分でそれに気付いておらず、活かそうとしない。恋人としては弄り甲斐もあるが、はなはだ歯がゆくもある。

 璃矩は恋人が他の女からキャーキャー言われても、嫉妬するどころか鼻を高くする性分なので良いのだが、「せめてもう少し気を遣え」ぐらいは言いたくなる。「わたしがいないと何にも出来ないんだから」と言う気持ちにさせてくれるのは嬉しかったりするのだが。


 瑛時は口数が少なく、物静かな気質で、ほんの少しだけ璃矩の父親と似ているかもしれない。自分とは対極に位置するタイプを生涯の伴侶と決めたのは数奇としか言いようがないが、「もうこの人しか考えられない」というレベルまでとっくに到達してしまっているので、璃矩ががんばって磨いてやるしかない。それこそが彼女の一生の仕事だ。

 思った事をズバズバ言ってしまう璃矩に対し、瑛時は自分の中に色々溜め込んでしまいがちだ。そこが彼女としては、時々もどかしさを覚える事になってしまう。「わたしという存在がいるんだから、なんでも言いなさいよ」と、つい腹立たしくなる。瑛時にしてみれば、ある程度自分の中で整理をつけてから切り出したいのだろうが、水臭いではないか。どんなにつまらない事でも、どんどん相談してきて欲しいのに。


 璃矩のために、己のために「最強」を求め続けていた瑛時は、以前ほど気を張らなくなった今なお、プライドが高い。それはすなわち、裏を返せば、コンプレックスが強い事を意味する。つまりは自分に厳し過ぎるのである。他人に対して攻撃的にならないのは良い事だが、自分を責めるのは良くない。本人にその自覚がないのがまた厄介で、傍から見ている方としては冷や冷やさせられる。

 一時期彼は、憑き物が落ちたように穏やかになっていたが、その牙はもがれたわけでも折れたわけでもなかった。包み隠して、くすぶらせていただけだ。ごく最近、長年ライバル視してきた幼なじみが劇的なパワーアップを遂げたのを目の当たりにし、種火が再燃し始めたようなのだ。が、いかんせん、もう手が届かない。それを誰よりも瑛時自身が痛感しているのだが、武道を歩む者として、男として、どうしても割り切れない部分が残っている。

「あいつはもう人間離れしちゃってるんだから、比べたってしょうがないじゃない。ね?」

 自身も幼なじみである璃矩は、あえて身も蓋もない表現を使って瑛時の肩の荷を軽くしてやろうとした。が、

「うむ……」

 煮え切らない。さて、このやり取りも何度目の事になるだろうか。自画自賛で辛抱強く見守っていた璃矩も、いい加減イライラしてきた。元来竹を割ったような性格の彼女だ、それほど我慢強いわけではない。

(もうやーめたっ)

 方針転換だ。荒療治を施す事に決定。


「あんた、いつまでもそうやってウジウジしてたら、愛想尽かすわよ?」

「えっ!?」

 うつむいていた瑛時が、常日頃の凛々しい彼からはかけ離れた間の抜けた声と表情で、弾かれたように顔を上げた。「そんな事を言われるなんて想像もしていなかった」とその顔に書いてある。そんな彼の様子に璃矩は、胸が痛みつつも「効果あり」と感じた。

「そうだ、そうだな……。その可能性もあったんだな……。すっかり失念していた。私はひどい思い違いをしていた。遠くに目をやり過ぎ、腕の中の本当に大切なものを失おうとしていた」

 苦虫をまとめて噛み締めたかのような瑛時の表情に、璃矩は慌てふためいた。こんなのは望んだ方向ではない。

「な、なに塞ぎ込んでんのよ!わたしがあなたから離れるなんて、そんなのあるわけないじゃない!言葉の綾よ、言葉の綾っ!」

「いや、感謝する。私は今の幸福の上にあぐらをかいていた。失ってから気付いたのでは取り返しがつかなかった」

 ……鎌坂瑛時はこういう男だった。単純シンプルなようでいて複雑で、難しいようで愚直。紙一重の魅力。

「そ、そう?過程はマズかったけど、結果はオーライ?」

 恐る恐る訊ねる。彼女は自らのうかつさを呪った。

「ああ、道は定まった。私はもう迷わない。今できる最高を為し、さらなる高みを目指す。なんと至極当然の事だ。おまえのおかげで目が覚めた」

「瑛時ぃ……」

 これだ。結局、いつもこうだ。手の平で転がしているように見えて、最後には敵わない。一体何回惚れ直させられるのやら。


<4>


 鎌坂維那かまさか いな鎌坂瑛時かまさか えいじの姉であり、璃矩りくにとっては、近い将来「お義姉さん」と呼ぶ事になる存在である。その事に関しては全く問題も不満もない。むしろ一刻も早く呼びたいぐらいだ。

 維那は巫女をしているだけあり、純和風の美人である。同じく長身で、容姿を褒められる璃矩だが、「日本人離れした」としばしば評される身としては、密かにかなりうらやましかったりする。阿亜樹ああじゅとはまた違ったベクトルで、維那に憧れを抱いている。


 その超然とした雰囲気から近寄りがたい印象を与えてしまう維那だが、話してみると柔らかで温かな人柄であるとすぐに分かる事だろう。厳然とした態度なのは瑛時と祖父に対する時であり、完璧に公私をわきまえた生活を心がけている。

 そしてやはり、自分に厳しい。この辺りはさすがに瑛時と血がつながった姉弟であり、内面的にも非常に近い。傍から見ると「少々厳し過ぎるのではないか」とハラハラするほどだ。近くにいる璃矩は、「もっと肩の力を抜いてもいいのでは?」と思い、それを実際に口に出してみた事もあるのだが、人間そう簡単に生き方を曲げられるものではない。「自分でも分かってはいるのだけど……」と寂しげな笑顔を見せられては、二の句が継げなくなってしまう。

 瑛時が幼なじみであるのと同じく、維那も璃矩にとって幼なじみである。小さな日々の出来事の積み重ねにより、言葉ではないごくわずかな所作や機微からも、色々な事が感じ取れるようになった。だが、どうやら自分はまだまだらしい。

「維那さんって、『自分が幸せになりたいって思っちゃダメ』とか変な事考えてない?」

とは、もう一人の幼なじみの男の言だが、なるほど、確かにそんな感じを受けた時が何回かあった。悔しいが、実によく見ている。彼女が心を開くとすれば、やはりあいつだけなのだろうか。


 自分は今までに何度、維那の心の底からの笑顔を見てこられたのだろう。時々そんな事を考えてしまう。本気の怒りや深い悲しみや寂しさばかりが焼き付いてはいないだろうか。秋橋あきはし璃矩は、鎌坂維那にとって何番目なのだろう?訊ねたいけれど、訊ねられない問い。ノドまで来ていても、いつも飲み込まれる言葉。彼女が周囲に誰もいない時に見せる寂寥感を感じ取る度、すぐにでも癒してあげられない事が腹立たしくなる。こんなにも近いのに。目も声も手も届く所にいるのに。

 維那が抱えている孤独感は、巫女という特殊な立場が内包している問題から来ている物が全てではないだろう。彼女だって若く美しい女性だ、年頃相応の悩みや事情もあるだろう。が、その相談相手になれない事が歯がゆい。要するに、今の璃矩では力不足だという事なのだ。これだけ一緒に過ごしてきた時間や思い出があっても。

 維那にはプライベートな時間がほとんどないらしい。毎朝早くから夜遅くまで、あれだけ広大な森と社の管理を祖父とたった二人で(瑛時は学業優先であるため、手伝い程度)行なっているのだから。それも物心がついてからずっとだ。高校に通う事すらままならず、その影響でろくに友達もできなかった。そういった点では、幼なじみである璃矩達は彼女の支えになれている自覚は多少なりともある。


 維那が相談を持ちかけられる相手に、一人だけ心当たりがある。それは、もう一人の幼なじみの祖母である焼刃鈴子やいば すずこだ。生まれ育った国こそ違えど、彼女も幼少の頃よりとある神々に仕える身であり、特殊な環境下で生きてきたという最大の共通点がある。以前彼女が来日した際、維那は何やら相談を持ちかけたらしい。その内容に対する興味は多々あるが、訊ねるのははばかられる。本人の口から直接語られるのを待つしかない。鈴子が来ている事を聞いた時の様子から、待ちわびていたようだった。恐らく長きに渡って胸に秘めてきたのだろう。それが璃矩としては寂しい。本当の意味で「家族」になれるのは、まだまだ先のようだった。


<5>


 秋橋花衣あきはし かいは、璃矩りくの実の妹である。現在中学2年生で、良い表現をすると「元気いっぱい」で、そうでない場合は「野生児」が最もふさわしいだろうか。

「花衣ちゃんってどんな子?」と訊ねられても、姉である璃矩でも、正直一言で言い表すのは難しい。掴み所がないと言うよりは、捕まえられないのだ。「我が妹ながらどうにも……」と苦笑しつつ、ごまかすしかない。とりあえず、よそ様に迷惑をかけていないのが大変ありがたい。

「花衣は秋橋家の突然変異ではないか」と時々思う事がある。なにしろ両親・自分を含めた家族の誰とも似ていないし、親戚一同を見回してみても結果は同じなのだ。重箱の隅をつつけばあるいは、ごくごく小さな共通点を見出せるかもしれないが。まさにオンリーワンの存在だ。

「もしかするとこの子は、生まれてくるべき時代を間違えてしまったのかもしれない」と、思う事も時々ある。あの人並外れた行動力と勘の鋭さ、さらには妙な器の大きさ、しかるべき時代と場所に生きていたならば、ひょっとすると歴史に名を残すほどの人物になったのでは?今の世の中は、彼女にとってさぞや窮屈に違いない。性別などとは、多分関係なく。


 二人で対戦パズルゲームをしている時に、ふと「花衣は将来何になりたいの?」と訊いてみた事があった。すると満面の笑みで「旅人ーっ!!」と返答されて、リアクションに困ったのを思い出した。その時は「またこの子は突拍子もない事を……」と苦笑したが、今にしてみれば、それはピッタリなのではなかろうか。さすが、自分の事を一番良く理解しているのは本人である、と言う事なのだろう。

 では、旅人になった花衣を想像してみよう。――いけない、これでは「旅人」と言うよりは「冒険野郎」だ。のんびりとラクダの背に乗って揺られている姿より、洞窟の狭い通路を大きな岩の玉に追われているところの方が容易に想像できてしまう。だが、時に人間離れしているとすら感じる野生的な勘の鋭さと閃きの冴えが発揮されれば、案外世紀の大発見とやらをあっさりとやってのけてしまうのでは。


 そういった特異なキャラクターゆえに、小さい頃から友達が多いとは言えない花衣だったが、中等部に進学してようやく同世代の「本当の友達」と呼べる存在が出来たようで、家族一同胸を撫で下ろしている。

 現在最も仲が良いのは、クラスメイトでもある森岡阿亜樹もりおか ああじゅで、彼女の親友なども含めたグループで、年齢に相応しい放課後や休日を楽しむようになった。以前は男の子のように泥だらけになって独りで遊んで帰って来る事が多かったのだが、近頃は嬉しそうに「今日は○○に行って遊んだ」だとか「学校帰りに○○を食べて美味しかった」などと家族に報告をする。そしてそれを、毎日絵日記につける事が日課になっているらしい。

「あの子と付き合うのって大変じゃない?」と璃矩は阿亜樹に半ば本気で心配して訊ねてみたが、「うーん、確かに大変と言えば大変な時もたまにはありますけど、こっちも元気を分けてもらってる感じなんで」と言う答えが返ってきて安心した。阿亜樹のような良い友達に恵まれた事は、彼女の人生にとって大きな幸運だったと言える。

 誰とでもすぐに仲良くなれるが、広く浅い付き合い止まりだった花衣だが、人付き合いのコツを覚えたのか、急激に交友範囲を広げていた。生来の押しの強さを存分に発揮し、言葉に頼らないコミュニケーションでもって、相手の心を開かせる。最近では“あの”鳳鳴鈴フォン・ミンリン烏家ウーけ五姉妹、焼刃やいば家の多機能多目的お手伝いさんであるブリュンヒルデとも仲良くなったらしい。裏表のない性格が受け入れられ始めた結果ではないだろうか。


 花衣がこれまでの損失を一気に取り戻すかのように学生生活を謳歌するようになった事で、秋橋家の雰囲気はさらに良くなった。以前にも増して明るく、円滑に何もかもが回るようになった気がする。姉として、家族の一員として、非常に喜ばしい傾向である。「物事は何事にも、それ以上の上がないように見えても、まだまだ上があるもんなんだなあ」、と璃矩は最近になって実感していた。なんだか世界が急に広くなった気がした。すると、色々な事に対して、向上心や欲が出てきた。自分から動くだけがきっかけではない事を、「まずは行動」が信条だった彼女は学んだのだった。


<6>


 焼刃煌侍やいば こうじ秋橋璃矩あきはし りくにとって、幼なじみであり、今なお交流が盛んな人物である。昔は自分に一番近い位置にいて、今も近いのだが、このところ一番遠くに行ってしまったように感じる存在だ。

 ある日、璃矩が買い物ついでに駅周辺の商店街を歩いていると、横顔に強烈な視線を感じた。何事かと彼女がその方向に振り向くと、ファミリーレストランのガラスの向こうの店内に奴がいた。アイスティーらしきドリンクの入ったグラスを片手に、空いたもう片方の手で彼女を手招きしている。まったく、なんという眼力を持った男だ。呆れ顔になりつつも、急用もなかったので、璃矩は溜め息を吐きつつも店内へと入った。

「ちょっと、視線が痛いんだけど」

「そうか?あ、すんませーんっ」

 テーブルに右腕で頬杖を突いてにらむ璃矩とは対照的に、目の前の煌侍は涼しい顔で、テーブル一面に広がった空いた食器の数を増やしていく。まだ頼むつもりか……。

「そりゃあんたは慣れっこでしょーけど」

 彼らの周囲の女性客はもちろん、ウェイトレスや店外を歩く女性達までもが、熱い視線を煌侍に注ぎ、凍える視線を璃矩へと突き刺す。今も注文を取りに来たウェイトレスが、彼女の隣で両目をハートマークにしているところだ。居心地が非常に悪い。

「おまえもなんか好きなの頼めよ」

「ええ、ええ、頼みますとも」

 注文した品が届くまでの間、沈黙が続く。煌侍はいつものように楽しそうだが、璃矩としては間がもたない。

「で?いったい何なわけ?」

「や、特に。おまえを見かけたんで」

「あのねえ……」

「どっちかっつーと、お前の方があるんじゃねえの?話」

「―――」

 反論しようとして、璃矩は踏み止まった。確かに。言いたい事、訊きたい事、諸々ある気がする。

 

「なんかこうしておまえと話すのも久々だな」

「言われてみればそうね。いつ以来かしらね」

 やがてお互いに注文した品が届き、目の前の皿に集中する。……のだが、ヒソヒソと聞こえてくる会話が実にうっとうしい。「あの人が彼女なのかしら?」とか「うらやましいー」とか。よっぽど「わたしの旦那は鎌坂瑛時かまさか えいじという男です!」と叫んでやろうかとも思ったが、さすがに自重しておいた。

 洒落た皿に乗せられたストロベリークレープの一切れにフォークを突き刺しながら、璃矩は煌侍をチラリと見てみた。なるほど、確かに大多数の女性がうらやむのも分かる。特に最近、ますます日本人離れしてきた。


「と言うか、あんた、どんどん人間離れしていくわね」

 もきゅもきゅと咀嚼しながら、失礼な事を言ってみる。

「どこがだよ?」

 煌侍は「何言ってんだ?こいつ」とでも言いたげな不満顔だ。

「全部よ、ぜ・ん・ぶ。あんた、神様になったんじゃないの?」

「は?違ぇよ。ただ単に女神呼び出したり力借りたりできるだけだろ」

「『単に』って……。もう何もかもが思うがままじゃない。世界征服とか楽勝で」

「あのなぁ。あいつら呼び出すのって、すんげえめんどくせぇんだぞ?そんな鍵屋みたいにホイホイってわけにゃいかねえの」

「そうなの?意外と不便なのね」

「あいつらひとりひとりが天変地異の塊みたいなもんだからな。下手するとひとりでこの星ごと一瞬で吹っ飛ぶ。そりゃもう下準備とか手順とか大変なんだよ」

「ふーん、強くなったらなったで、色々あるのねぇ」

「おうよ。だがな、前とは見える景色が違う。まだまだ、もっとオレは強くなる。瑛時はこれ以上足踏みしてっと、もう一生オレの影すら踏めなくなっちまうぞ?」

 カチンと来た。今の発言は聞き捨てならない。

「瑛時が怠けてるって言うの?」

 自分でも怖いと思う声が出た。だが相手は焼刃煌侍、微動だにしない。

「実際その通りだろ。あいつは諦めた。オレが途方もなくパワーアップしたせいで、『もう追いつけない』と決め付け、それを逃げ道にして、自分を無理矢理納得させようとしてる」

 煌侍の声は低く、重く、冷たく、嘲るような響きすらあった。彼の指摘はいちいちごもっともなのは頭では分かっているのだが、璃矩にはどうにも黙認できない。

「だって、しょうがないじゃない……!」

「は?『しょうがない』?なんだそりゃ。おまえも瑛時も、いつの間にそんなに小さくなっちまったんだ?それが大切な人を守れなかった時の言い訳か?そんなんで納得できんのかよ、呆れた落ちぶれっぷりだな」

 今度こそ煌侍は侮蔑を隠そうとはしなかった。璃矩の頭に血が上る。

「あんたねえ!いくら煌侍でも、言っていい事と悪い事があるよ!」

「どう考えても言っていい事だろ。オレが何のために、おまえをあいつに任せたと思ってやがる」

「ちょっと、今さら、そんな事……」

「ああ、確かに激しく今さらだな。けどよ、おまえも今の瑛時には物足りなさを感じてるんじゃねぇのか?」

「そんな事――っ」

「心当たりあり、か」

 璃矩は俯いて黙り込む。唇を強く噛み、膝の上で拳を握り締める。つい最近、瑛時に「愛想を尽かすわよ」と言ったのは、どこの誰だったか。自己嫌悪で頭の中がいっぱいになる。

「おまえまさか、瑛時以上の男がいるなんて思ってねえよな?ついでに言っとくが、オレの中にはもう場所は空いてねえからな」

 煌侍の容赦のない言葉が、次々と胸に突き刺さってくる。

 璃矩は動けなかった。煌侍が「じゃあな。会計は済ませとくからよ」と言って席を立った後も。ザワつく周囲の声が、とても不愉快に感じる。こんなにも人がいるのに、ひどい孤独感を覚える。様々な事柄が、彼女の中で混沌としていた。瑛時にものすごく会いたい。でも今は、瑛時にだけは会えない。


<7>


 焼刃やいば三姉妹は、煌侍こうじの三つ子の妹であり、璃矩にとっても幼なじみである。彼女達が幼少の頃から一緒に遊んでいたので、少し前までは姉のような感覚を持っていたが、世話らしきものをあまりした記憶がないので、年々それは希薄になっていった。彼女達との関係が特別変化したわけではないのだが、なんとなく距離が離れてきている気がする。いや、正直「気後れしてしまう」と言った方が正しいのかもしれない。

 焼刃三姉妹は、それこそごく幼い頃から原石としての美しさを持っていたが、今ではもうほぼ完成されたと言っても過言ではないであろう輝きを放っている。だが、彼女達にはどうやらまだ伸びしろがあるようなのだ。これでは周囲にいる者達は引き立て役にしかならない。

 璃矩としては、そのような外見的な要因で隔たりは感じないのだが、付き合いの長い彼女でも「さすがに度を超えている」と思ってしまうのは、三姉妹の兄である煌侍への強過ぎる想いである。


 それはもはや、いわゆる「ブラザーコンプレックス」などというレベルではなく、“妄信”や“神格化”に近い雰囲気すら感じさせる。彼女達は「兄こそ全て。兄に害となるものは、いかなる存在であろうとも許さない」と言うオーラを隠す事なく、周囲に振りまいている。一番の幼なじみである璃矩には、煌侍がどれほど妹達を愛し、尽くしてきたかをよく知っているので、彼女達がこうなってしまったのは理解できないでもないが、それでも普通ではないと思う。

 普段三姉妹と接する時には、極力そういう感情を表に出さないように心がけてはいるのだが、彼女達の嗅覚は非常に鋭敏で、まず隠し通せるものではない。その時は今まで築いてきたつながりがまるで嘘のように、絶対零度の視線を璃矩ですら送られてしまう。もうきっと、ずっとずっと昔から、あの兄妹の間には他人には決して理解できない絆があって、何びとたりとも入り込めないのだろう。


 長女の絢華あやかは、三姉妹の中で最も人当たりがよく、付き合いやすい。見た目はともかく、運動神経が素晴らしくいい所以外の部分はごく普通の女子高生なので、変に構える必要がない。性格的にも明朗快活で、積極的に周囲に溶け込んで行こうとしている。「焼刃三姉妹と仲良くなりたければ絢華から」と言うのが、密かに流布している風説だったりする。実際璃矩が最初に打ち解けたのは絢華だったし、現在一番仲が良いのも絢華である。

 自分もかなりのハイスペックであるのに、妹二人がハイエンドクラスであるばかりに常にコンプレックスを持ち、天才肌ではなく努力の人である絢華。本人にとってはそこがまた劣等感の要因になっているのだが、周囲からすればそこが親しみやすさとなっている。璃矩も「むしろそこは長所なんだから、気にしなくてもいいわよ」としょっちゅう言うのだが、彼女は曖昧な笑みを返すだけだ。他人が考える以上に、本人にしか分からない苦労がたくさんあるのだろう。なんとか力になってあげたいものだが。


<8>


 次女の魅霧みむは「ミスパーフェクト」の異名を持ち、焼刃やいば家を実質的に管理する立場にある才女である。と言うか、もはや「才女」などと言う枠内には収まりきらない次元で、苦手科目や不得意分野を見付ける事は至難の業であろう。「この子も実は女神なんじゃないの?」と璃矩りくは最近思うようになってきた。

 子供の頃から何をやらせてもそつなくこなし、対人スキルも非の打ち所がなかった魅霧だが、やはり当時はまだどこかに幼さがあって愛らしかった。しかし今ではあどけなさは鳴りを潜め、天下無双の美しさを身に付けた。内も外もまさに完璧、一分の隙もない。幼なじみであり、気さくな性格の璃矩でさえ、何気なく声をかける事をためらうほどの高嶺の花。そしてどうやら、自分は警戒されていたらしい。


 魅霧が成長するにつれて最も変わった事、それは容姿でも頭脳でもなく、兄への愛であった。

 まだ小さい頃は、いわゆる「お兄ちゃん子」の範疇だったのだが、人格形成が進み、分別が備わっていくにしたがって、彼女は(彼女達は)兄に心酔し、やがては神格化するにまで至った。周囲の声には一応耳を傾けこそすれ、決して受け入れはしない。決して兄に洗脳されたわけではなく、最も近くで見続けてきたからこそたどり着いた境地。その中でも魅霧が、言わば「焼刃煌侍やいばこうじイズム」を最も色濃く具現化した存在となったのは意外だったが、つい最近になって璃矩は自分の認識が誤っていた事に気が付いた。

 魅霧は「パーフェクト」などではなかったのだ。燃え盛る情熱を内に秘め、率先して焼刃家の窓口となって兄の価値を相対的に高め続けてきた。己のスペックを客観的に把握し、自らに役割を課した。その抑圧された感情はくすぶる事なく増幅し、今日の彼女のパーソナリティを形成した。いつの日か彼女の枷が外された時にこそ、本当の魅霧を目にする事ができるのかもしれない。

 魅霧の“本性”を理解した時、璃矩は自分と彼女の間にあった壁の正体に気付いた。それは、紛れもなく“恐れ”だった。今の今まで気付かなかったはずだ、璃矩も彼女の事を他の連中と同じように「完璧」だと思い込んでいたのだから。完璧であるはずの魅霧が、まさか自分に対してそんな感情を持っていたなんて、想像もできなかった。


 思い起こせば璃矩は、長い間焼刃煌侍と一番近い位置にいたのだ。当然、警戒の対象に入っていてもおかしくなかった。何よりも大切な兄・煌侍を奪い取る可能性が唯一あった人物、それこそが秋橋あきはし璃矩だったのだ。璃矩が瑛時えいじと正式に付き合いだしてからも、ずっと払拭できなかった疑念の正体。「しまった!もっと早くに気付いてあげれば良かった!」と思った時には、すでに走り出していた。

 焼刃家の門を叩き、中に招き入れられて三姉妹と顔を合わせた璃矩は、開口一番に叫んだ。

「今まで本当に、本当にごめんっ!!あなた達のお兄さんを絶対に、絶対に取ったりしないから、また昔みたいに心から仲良くして!お願いっ!!」

 一気に言った。道中ずっと、口からあふれ出しそうになっていた言葉だった。

 玄関で沈黙したままの三姉妹。面食らっている。それはそうだ。いきなり飛び込んで来てこれでは。

「今さら何言ってんだ」

 苦笑しながら二階から煌侍が降りて来た。

「そんなんもう、おまえが瑛時を選んだ瞬間に終わった話だろう」

 後ろから妹達を三人まとめて抱き締めながら、煌侍が璃矩に視線を合わせて言った。それは最終確認であり、安全宣言だった。

「そうよね。あたしってば何言ってんだろ。ほんと、今さらよね。なんか悪い物でも食べちゃってたかな?」

 璃矩も笑った。三姉妹もやっと笑ってくれた。その笑顔は、錆付きかけていた彼女達の関係に、最高の潤滑油となった。


<9>


 三女のこよみは、気質的に最も璃矩りくに近いと思われる。普段はサバサバとしていて、気を許した相手にはとことん甘えるタイプ。ただ決定的に違うのは、璃矩が内外問わずに裏表がないのに対し、暦は状況に応じて態度に歴然とした差がある事だ。それはもう、ハッキリし過ぎているぐらいに。

 多分暦にとって、この世界は実に分かりやすく二分されている。“気を許せるもの”と“そうでないもの”との二つに。その“気を許せるもの”の中でもやはり特別なのが、兄と姉二人に関する事なのは言うまでもない。兄や姉といる時の彼女とそれ以外の時の彼女とでは、もはや別人と言ってしまっても良いだろう。

 ではなぜ暦は、ここまでの二面性を持つようになったのか。


 三姉妹はずっと兄・煌侍こうじにベッタリだったが、実際には常に一緒にいられたわけではない。やむにやまれぬ事情で煌侍が離れていた時、姉二人を守っていたのが暦だった。運動能力に秀でた三姉妹の中でも、頭ひとつ抜きん出た天賦の才を持っていた彼女は、それをよく自覚し、また煌侍からも「絢華あやか魅霧みむを守ってやってくれ」と頼まれていた。

 責任感の強い暦は、兄の期待に充分以上に応えた。が、それは彼女の警戒心を強める結果になってしまった。その事で煌侍は大いに悩み、反省し、後悔したのだが、他に頼める相手がいなかった。両親は全く頼りにならなかったし、親戚もまた然り。彼は一時期、「オレが暦の人生をねじ曲げてしまった」と激しい自責の念にかられていたという。

 しかし、暦本人が「あたしは誇りを持てる役割を与えてもらえて嬉しかったよ。自己鍛錬にもなったし。外面良くするのは苦手だし、今の自分は結構好きだよ」と言ってくれたのを機に、それから解放されたのだとか。


 いわゆる「ギャップ萌え」などとは違う、落差のある魅力を暦。二重人格などの類では決してない。周囲はそんな彼女を微笑ましく見つめ、本人も自分を楽しんでいる。それに何より、「兄に一番似ている」という事が自慢らしい。

 確かに暦と煌侍は、姉二人に比べて似ている部分が多い。性格や物の考え方、価値観や好み等々。恐らく暦が兄の影響を受けたのがほとんどだろうが、それが彼女の肌に合ったのは紛れもない事実だ。姉2人はそれを非常にうらやましがり、また悔しがって、何かある度に試してみるそうだが、結局断念せざるを得ない事が多いらしい。あの男は何かと特殊なので仕方ないとは思うが、実の妹ともなると想いが違うのだろう。

 ……ん、でも待てよ?璃矩と暦が似ているという事は、それだと裏を返せば璃矩と煌侍も似ているという事になってしまわないか?何と言うか、それは、とても嫌だ。魂的に。


 現在璃矩と焼刃三姉妹の関係はすこぶる良好で、幼なじみとして交流の深かった時を思い出すかのように、「ご近所の理解あるおねえさん」としての立場を璃矩は楽しんでいる。一時期のわだかまりで疎遠になりかけたが、関係が修復して本当に良かった。むしろ今は、以前よりも理想的になっているぐらいだ。

 あの子達はきっとずっと、璃矩の口から直接あの言葉を聞きたかったに違いない。欲を言えば、もっと早くにそれに気付いてあげられれば良かったが、結果オーライ。とりあえず、気付いた自分に「グッジョブ!」。


<10>


 森岡阿亜樹もりおか ああじゅ璃矩りくにとって、ハラハラさせられつつも愛らしい後輩のような存在である。焼刃三姉妹とはまた違ったベクトルで、妹的なポジションにいる。焼刃三姉妹は安心して見ていられるが、こちらは小型犬の子犬を見ているかのような危なっかしさが常につきまとう。

 正直言って、出会った時の印象は良くなかった。「瑛時えいじに近付く悪い虫」と言うのがファーストインプレッションだった。だが、ぶっちゃけすぐにライバルには到底なりえない事が判明したので、案外すんなりと彼女を受け入れる事ができた。容姿だけなら大したものだったが。


 表情がコロコロと目まぐるしく変わり、リアクションも大きく、見ていて飽きない阿亜樹。「癒し系」と言うよりは「和み系」だろうか。本人は何事に関しても全力投球で一所懸命なのだが、基本的にドジっ子属性持ちなので空回りが多く、周囲に微笑みを絶えさせない。

 が、実は「一番“化けた”のはこの子ではないだろうか?」と璃矩は時々思う。最初は本当に幼い雰囲気をまとっていた阿亜樹だったが、この頃は大人びた言動に驚かされる事もしばしばある。発言内容にハッキリとした意思があり、「意外と考えてるんだなあ」などと失礼な感想を持ってしまう。そう、最も変わったのは、彼女の内面である。


 その明るさとは裏腹に不幸な過去を持つ阿亜樹は、処世術としての人当たりの良さを早くから身に付けてはいたが、内面は屈折していた。「なぜ自分がこんな目に」という怒り・悲しみ・疑問、望んでもいないのに周囲から押し付けられる期待・好奇の目・プレッシャー。もう押しつぶされてしまう直前だった。だがそんな時、ある出会いが彼女を変えるきっかけとなった。

 瑛時との出会い、煌侍との出会い、そして最も大きかったのが維那との出会い。森岡阿亜樹という少女の人生を、大きく良い方向へと変えた出会いの輪の中に自分がいる事を、璃矩は嬉しく誇らしく思う。前述した三人ほど大きく貢献できていないのが残念だが、きっと役割が違うのだろう。


 阿亜樹は主役になれる輝きを持った女の子だ。意外とリーダーシップも持ち合わせていて、すでに彼女を中心としたグループが形成されているという。ふとした機会にその集団を目にした事があったが、素浪人のような雰囲気の無口で長髪の女の子、顔立ちは愛くるしいが眼光が怪しいゴスロリ少女、大きなヘアバンドと丸いレンズの眼鏡が特徴のいかにも委員長風などがいた。なんとも奇想天外な取り合わせだ。そこに我が妹である花衣かいも加わっているので、これらを取りまとめるのは大変な労力が要る事だと思う。なのに、それをきちんとこなせた上で毎日を楽しんでいるのだから、なかなかどうして大物ではないか。璃矩自身は「鎌坂かまさか瑛時の妻」という人生を送るつもりだが、案外あの子はひとかどの傑物になるかもしれない。

 阿亜樹の努力と和みオーラは、もはや仲間内になくてはならないものとなっている。やたらと個性と我が強いこの連中を、彼女が緩衝材となって上手く機能させている、とすら感じる事が最近ある。本人にそれを言ってみても、「ほへ?あたしってばそうなんですか?全然自覚ありませんでしたー。そんな大したものじゃないですよ、璃矩さんの買い被りですよー」だそうだ。彼女にはそのまま大きくなってもらいたいものだ。


<11>


 さて、こうして秋橋璃矩あきはし りくと彼女にまつわる様々な者どもや事柄に触れてきたわけだが、改めて見ると実に強烈だ。璃矩ほどの個性をもってしても、ともすれば薄く感じてしまうほどの超個性派集団。ひとりひとりが顔になれる「混ぜるな危険」達が、絶妙なるバランスの上でファミリーとしてまとまっている。

 それぞれにとても大切な物があって、向いている方向も別々だけれど、必要な時に必要なだけ作用しあう理想的な関係。璃矩はそんな輪の中の、ちょっとだけ端っこの方にいる。璃矩にもやっぱり優先順位はしっかりと存在していて、彼女が一番大切な鎌坂瑛時かまさか えいじのすぐそばにいつもいる。彼が中心にいたがらないので、相方である璃矩もそれに歩調を合わせて歩いて行く。


 人が変われば、形も変わる。いつしかこの輪も、大きさや色が変わる時がやって来るのだろう。それは至極自然な事だ。ではその時、璃矩はどこにいるのか。中心かもしれないし、今とは対角線上の端っこかもしれない。だけど、変わらない事がたった1つだけある。それはこの輪の中で、常に瑛時が一緒にいる事。上になったり下になったり、隣にいたり1つになったり。どんな季節が来て、周りの景色が変わろうとも、二人の色を乗せて筆を動かす握り合った手は解かない。キャンバスの何もまだ描かれていない部分は、まだまだ広く続いている。


<エクストラ>


 えいじおにーちゃんは、かいしょーなしだ。いつになったらおねえちゃんとケッコンするのかな?あんなにおねえちゃんステキなんだから、すぐにほかのひとにとられちゃうよ?かいとしては、こうじさんがいいんだけど。あ、でも、そうなっちゃうとかいとこうじさんがケッコンできなくなるからダメだな。じゃあやっぱり、おねえちゃんとえいじおにーちゃん、かいとこうじさんがピッタリしないとね。くふふ。


<了>

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