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第10話 「剣客少女(ソーディアンガール) どりぃみんぐ☆あ~じゅ」

<1>


 あ、あ、あー。テステステス。えーっと、これって何をどう言えばいいものなんですか?……はい?もう入ってる?何がですか?マイクの電源?ウソですよね?本当ですか?じゃ、じゃあ、カット、今のカットで!最初からやり直しお願いしますっ!え、無理?どうしても?無理……ですか。


 あ、あはははは。そんなこんなで森岡阿亜樹もりおか ああじゅです……。「おはようございます」から「こんばんは」まで、「はじめまして」から「おひさしぶり」まで、とにかくみなさん、大変失礼しました……。「今回はおまえがメインの話だから冒頭であいさつしろ」って言われたんですが、早速ポカやっちゃいました。あとでまたきっとお説教です。「それだからおまえは――」とか、また色々言われちゃうんです。ぐすん。でもあたしだって、最初からこんなキャラじゃなかったんですよ?聞いてくださいよー、こんなになったのだってそもそも筆者の人が(以下原因不明の音声中断。何やら遠くでドタバタと争う物音が聞こえる)。

 ……「余計な事は言わなくていいからさっさと自己紹介でもやれ」って怒られて来ました。もういいです、やります、自己紹介。


 改めまして、森岡阿亜樹です。名前は奇抜だけど、最近特に地味キャラです。あわわ、ごめんなさい、もう言いません。名前の由来は英語の「ageアージュ」から来ているらしいです。「年々成長する」とか、そんな願いがあったのだとか。かなってるかな?随分と個性的なネーミングセンスを持った両親でした。煌侍こうじさんとは別の意味で。あ、今はおばあちゃんと二人暮しです。

 特技は……剣道です、一応。これでもずっと連戦連勝、無敵無敗街道まっしぐら!あの世界では「美少女剣士」とか「剣道界のスーパーアイドル」とか呼ばれてたんですよー、えへん。正直、こっちのネーミングセンスもどうかと思いますけど。がんばったおかげで本当に負けなしでここまで来られました。よく「天狗になってるんじゃないの?」って嫌味言われたり、「チヤホヤされて贔屓ひいきされて――」とか言いがかり付けられたりもしましたけど、自分では全然そんな覚えなんてないし、まだまだそんな風になっていいレベルだと思ってないし。でも、やっぱり悪い事言われるとショック受けちゃいます。だって、まだあたし、少女ですから。

 で、案の定剣道が嫌いになっちゃいました。人も。なんかもう、ぜーんぶ。けどけど、そんな時、瑛時えいじさんと維那いなさんに出会ったんです。……ものすごく嬉しい。この出会いがなかったらあたし、いったいどうなってたか……。それを考えちゃうと、今でもとっても怖くなります。考えたくないけど、どうしても頭をよぎっちゃう時があるんです。でもそれだけ、大切なんだと思います。


 鎌坂かまさか瑛時さんは大学生で、一子相伝の剣術の後継者、あたしの剣道なんかとは何もかものレベルが違う強さ。初めて手合わせしてもらってから今日まで、一回も一本取れない。と言うか、かすりもしない。むー、本当にあたし、強くなってるのかなー。「見て盗め」って言われても、相手が高度過ぎて難しいんだもん。ん、グチになっちゃった。恩人なんです、ものすごーく。

 この人のおかげで、またあたし、剣の道を好きになる事が出来たんです。まだまだまだまだ、ずーっと上があって、「面白いなー」って。……あれ、やっぱりあたし、ちょっぴり天狗になってたのかな?反省。ちなみに瑛時さんには、秋橋璃矩あきはし りくさんっていう、とってもステキなパートナーさんがいます。いいなあ。

 維那さんは瑛時さんのお姉さん。もーう、言葉では言えないぐらいキレイで、日本神話に出て来る女神様みたい。あたしなんかが憧れてるなんて言ったら失礼過ぎちゃう。維那さんと比べられたりしたらあたし、「美」なんて絶対付かないもん。ただの「少女」。お仕事はお社の巫女さん。巫女装束って言うのかな?あの服が似合い過ぎちゃってる。背が高くって、長いサラサラの黒髪がキラキラーって。巫女さんとしての能力がこれまでの鎌坂家の歴史の中でも一番で、今まで神主さん(男の人ね)しかいなかったのに、その歴史を塗り変えちゃったんだって。本当に女神様の生まれ変わりかも?


 うわわっと、あたしの自己紹介でした。ついつい脱線。だってだって、維那さんの事ならもっともーっと話したい事がいーっぱいあるのにー。うん、でもそれはまた今度の機会に。それはともかく、このお二人は、あたしにとっての大恩人なんです。剣道も、自分もまた好きにならせてくれた人達。まだまだたくさん他にもいるけど、そっちはまたあとで!

 あたし、全然「最強」でも「アイドル」でもなかったんです。それがわかって嬉しいっていうのもおかしいけど、今あたしの周りにいてくれる人達が大好き。幸せです!


<2>


 森岡阿亜樹もりおか ああじゅは中学二年生です。自分で言うのも変だけど、子供です。周りの人達がすご過ぎるっていうのもあるけど、そう思います。特にこっちの学園に転校して来てからは、そう実感しちゃうなー。未だに煌侍こうじさんの妹さん達三人の影響力って言うのかな、そういうのとかかなり大きい。もうあのお三人が卒業して三年とか経ってるのに。「カリスマ」ってこういう事?

 そうそう、これを説明しておかなきゃでした。あたし、ついこの間ですけど、さっき言ったみたいに転校したんです。前にいた学校には、全然良い思い出なんてありません。ちょうど剣道と自分が嫌いになってた時期と重なってたってのもありますけど。あ、でも、不登校とかには意地でもなりませんでしたよ。こう見えても、結構あたしは負けず嫌いなんです。かなり意地悪とか無視とかいっぱいされたけど、そんなのには絶対負けたくなかったんです。……だから、転校するのは「逃げ」じゃないかな?っていうのがあったんですけど、やっぱり毎日が全然楽しくなくて。結局煌侍さんからいただいていたお話を受けることにしました。って、聞いてくださいよー、その時のことー。


 この話の主犯(?)は煌侍さんなんですよ。初めてお会いして、それから段々仲良くさせてもらって、あたしの事も色々話したりするようになって。するとある時、「じゃあおまえ、転校すっか?」って。あたしは「へ?」なんてお間抜けなリアクションを返して。そしたら、「ウチの妹達の母校だよ。オレ、何かと顔が利くんだよ。おまえの家からは今の学校と方向は正反対だけど、距離は大して変わんないし、いいだろ?」って、どんどん話を進めて行っちゃう。あたしはそのスピードについて行けなくて、「ちょ、ちょっと待ってください。もう少し考えさせてくださいっ」って、その時はとりあえず言って。それに煌侍さんは「じゃあ、もう少しだけおまえの様子を見てる。しばらく経ってもおまえが楽しそうじゃなかったら、その時は強制執行するからな」なんておっしゃる。……冗談だとばかり思ってたんだけどなあ。


「阿亜樹、行くぞ」

 ……あの時は驚いたなあ。今までの人生で一番びっくりした。あれは、いつものように前の学校に登校して、朝のホームルーム前にいつものようにクラスで孤立してたら、担任の先生と一緒にスーツ姿の煌侍さんが入って来て、「阿亜樹、行くぞ」なんて言うんだもん。

 周りの女子達は「キャーッ!誰あのカッコいい人ーっ!」とか「新しい先生じゃない!?」とかの大騒ぎになってたけど、その中であたしだけが状況に取り残されてた。

 ズカズカ入って来た煌侍さんは、あたしを立たせて荷物を持たせて、教卓の前まで手を引いて行くと、「みなさん、森岡阿亜樹は今からオレが転校させます。手続きから何から全部終わってるんで、そーゆー事で」って言ったかと思うと、そのまま手をつないだまま教室を出て、校門を出て、そこに待ってたタクシーに一緒に乗ってどこかへ出発。その間あたしは「ぇ?ぇ?」って小さく言うばっかりで、煌侍さんの手の温もりとかも全然実感できなかった(もったいない事したなあ)。煌侍さんは「心配すんな、オレに全部任せとけ。これからおまえを幸せにしてやる」だって。なんか怖い顔をしてたけど、あたしはボーっとした頭で「あ、なんかプロポーズされてるみたい」とかおバカな事を考えてた。


 着いたのは超有名なお嬢様学園、煌侍さんの3人の妹さん達も通ってた中等部。確か幼稚舎から大学までの一貫教育。ここに入学するのって色々ものすごく大変なんじゃなかったっけ?それを突然「ここが今からおまえの母校だ」なんて言われても、現実感なんてこれっぽっちもなくて、頭のどこかで「うわー、この人本当にやっちゃったんだー」みたいな事を妙に冷静に考えてたような記憶が。

 フワフワした気持ちのままで学園に入って(なんと煌侍さん、顔パスだった)、「どこに行くのかなー、まずはやっぱり職員室かなー」、とか想像してたら、そこはプロ野球の試合が楽々出来そうなくらい大きくて広い講堂。学園に入ってから「やけに静かだな」と不思議に思ってたら、その理由はここに全生徒が集まってたからでした。ズラーって、キレイにそろって。制服がとってもかわいい。実はずっと憧れでした。

「あのー、煌侍さん、朝礼か何かですか?」

 今思い返すと、なんておバカな台詞。でも煌侍さんは相変わらずあたしの手をギュッと握ったまま、大股で前まで歩いていく。で、全校生徒の前にいました。つまりは、ステージの上に。

「キャーーッ!!焼刃やいば先輩のお兄さーーんっ!!」

 耳をつんざく黄色い声。あたしはそれで初めて我に返って、とんでもない状況に自分が置かれていることに気付いたんです。あと、離れた手がすごい熱を持っていた事も。

「静かに、ね」

 壇上に設置されたマイクを前にして、みんなにウインクして「しーっ」のジェスチャーの煌侍さん。で、本当にそれだけで水を打ったように静かになっちゃうし。なにこれ、魔法?あとで聞いた話だと、何人かあのウインクで気絶しちゃったらしい。

「オレの愛する三人の妹達のかわいい後輩のみなさん、焼刃煌侍です。おはようございます」

「おはようございまーすっ!」と全校生徒の恐ろしくそろったお返事。

「うん、良いあいさつだね。で、こうして集まってもらったのは他でもありません。ここにいるこの子、森岡阿亜樹っていう、有名人だからみんなも知ってると思うけど、本日付でここにオレが転校させました。なんか前の学校でつまんない目に毎日遭い続けてたみたいなんで、そんなの人生もったいないし、腹立ったし」

 そこでいったん言葉を切った煌侍さん。柔らかかった表情が真剣なものになった。

「オレはイジメとかそういう陰湿なのが大嫌いです。そんな事をする人間も大嫌いです。みんなは絶対にそんなのやんないでください。この阿亜樹はいい性質してて、オレのお気に入りの仲間です。なんで、どうか仲良くしてやってください」

 そう言って、深々と頭を下げてくれた。「はーいっ!」って言うそろった返事の中に、「嫌わないでくださーーいっ!」って絶叫してる子までいる。なんか笑っちゃう光景だけど、あたしはいつの間にかぐしゃぐしゃに泣いてた。「第一印象悪いなあ」とか思いながら、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。だからその後に煌侍さんに促されてあいさつをした時も、涙声で「森岡阿亜樹です。これからどうかよろしくおねがいします」って言うのが精一杯でした。鼻声で、濁点だらけで聞き苦しかっただろうなあ。温かい拍手に包まれて、また泣いちゃったけど。


<3>


 講堂の後に連れて来られたのは、今度はなんと理事長室。正直「まだ教室に行かないのーっ?」って思っちゃったけど、最初だし、やっぱりこういうのは大事なのかな。まぁ教室に入る前に気持ちの整理をつけるにはちょうどいいかも……なんて甘い考えでした。

 そこには中学のお偉いさんどころか、幼稚舎から大学院までのお偉いさん達がズラーリ。もちろん全員女性。広い広い理事長室だったけど、さすがにこれだけの人数が集まっちゃうと手狭な印象に。で、そんな真ん中に煌侍こうじさんと二人で高級ソファに座らされて。普段から女の人に囲まれ慣れてる煌侍さんは全然平気、むしろ、すっごく普段通り。あたしなんか圧倒されっぱなし&緊張しっぱなしだったのに。ホント、この人ってばいったい何者なんだろ?


「……はい?」

 あたしは今日もう何度目かになるかっこ悪い反応を返した。だってだって、仕方ないでしょう?「とりあえず、おまえの学費、大学卒業分まで全部払っといたから」なんて言葉を、なんでもない事みたいに聞かされちゃったら。

「え、それってどういう……?」

 すっかりパニクるあたし。疑問を口に出来ただけでもよくやったと思う。

「うん。今回の事はオレがかなり強引に進めちまったしな。その反省の意味も込めて、だ。まぁおまえが高校なり大学なりに進学する時に他所の所に行きたくなっても、そん時は好きにすれば良い。その分の金はそのままこっちの学園への寄付金に回すからよ」

 なんてこと。まだまだポカーンだけど、そっか、それで煌侍さんはこんなに学園の関係者の人達から神様みたいに扱われてたのか。これは後で聞いた話だけど、煌侍さんはこの学園全体にとんでもない額の寄付をしてるんだって。本人は「妹達が快適な学園生活を送れるように」って言うんだけど、それが半端じゃないスケールなんで、学園からは神様クラスのスポンサーで、どこまで低姿勢になってもなり足りないみたい。ふわぁ、あたしにはとても想像も出来ない世界だよー。

「で、でもでも煌侍さんっ、あたしの家にとってはそれはそれはものすごくありがたいお話なんですけど、その、それではあまりにもお世話になり過ぎでは、と……」

「んー……まっ、気にすんな。オレがやりたくてやった事だ。じゃ、そうだなー。オレはおまえが楽しそうに学園生活送ってる姿が見たかったんだから、毎日楽しそうにしてろ。そんでいいや」

「『そんでいいや』って……。『100万ドルの笑顔』ですかぁ、まさしく」

「おー、おまえ、上手い事言うなぁ。それで行こう、それで」

「んにゃあんっ、無理ですよぅ、そんなのー」

「んはははははっ」


 もー、何から何まで、スケールが大き過ぎて。小市民のあたしには何が何やら。で、やっと、やっと教室へ。煌侍さんは大学へと大急ぎで登校しに行ったから(学園幹部さん達にすっごく引き止められてたりお礼言われたりしてた)、担任の先生と二人で廊下を歩く。この学園、関係者が全員女性な事で有名だけど、しかも若くて美人ぞろい。いったいどんな力が働いて、こんな環境が出来ちゃったんだろう。まさか煌侍さんが……ってそれはないな。あの人、妹さん達にしか興味ないし。あー、でも煌侍さんのご機嫌取りの方法を学園側が勘違いしちゃった結果、ってのはありそう。もしくは純粋に煌侍さん目当てに人が集まったか。

「はあ……。焼刃やいばさん、ステキよね……」

 隣を歩く担任の先生もうっとりモード。あたしもそう思うけど、ここまでデレーっとはならないなぁ。最初はなってたけど、煌侍さんが気さくに接してくれるから、そういう「高嶺の花」みたいなフィルターがなくなったのかも。あんな人がこんなに身近な存在だなんて、本当はとんでもない事なんだろうな、きっと。

森岡もりおかさん、焼刃さんとは親しいのよね?」

 ハートマークを全身に漂わせる先生。やっぱり訊いてきましたか。

「ええ。ちょくちょく遊んでもらったり、とっても良くしてもらってます」

 ちょっと引き気味のあたしだけど、ちゃんと答えた。

「そうなの、いいわねぇ。うらやましいわぁ」

 ……うわぁ。黒っぽい感情がなくて心から、って感じなのが逆に怖いかも。煌侍さんのフェロモン、兵器レベルだよー。


 教室に入ってからのあいさつは、講堂でのアレのあとだからもう怖いものなし、落ち着いて出来た。珍獣扱いの視線は相変わらずだけど。間近で見て、さらにミーハーな感情が刺激されたのかな。これはしばらくは大変かなー、とどんよりしてたら、「はい、じゃあ森岡さんは秋橋さんのお隣ね」って先生の声が。え、秋橋?

「みゃはははははっ☆あーっ、阿亜樹にゃんだーっ!」

 耳馴染みのある苗字、と思ったら、やっぱり花衣かいちゃんでした。見慣れた姿に聞き慣れた声に、あたしは一気に安心。花衣ちゃんとクラスメイトだなんて、なんて偶然……じゃありませんでした。なんか不自然に思って後日煌侍さんに「花衣ちゃんと同じクラスにしてくれたのも煌侍さんなんでしょー?ねーねー」ってしつこく訊いてみたら、「そうだよ、うるせーなー。こういうのは隠しとくからかっこいいのによー」と白状(?)してくれました。全然大丈夫、煌侍さんは超絶かっこいいです。ここまでしてもらってあたし、本当にどうやって恩返しすればいいんだろう。「そんなのいいから笑ってろ」なんて言われても、そうはいきませんよー。


 花衣ちゃんは、瑛時えいじさんの恋人である璃矩りくさんの妹さんです。見た目が美人さんで運動神経抜群な以外、ハッキリ言って他は全然似てない。背はあたしよりも低くて、性格はハチャメチャ。こんなに落ち着きのない人は初めて見た。全身バネって感じで、いつもピョンピョン飛び跳ねてる。だから(?)体育科目の記録は全部トップクラス。煌侍さんが、いっつも「花衣ちゃん、一款能賜舞いっかんのうしまいに打ち込んでくれないかなー」って言ってるのはよく分かるけど、たぶん無理だと思う。だって花衣ちゃん、ものすごーっく飽きっぽいから。

 あたしが花衣ちゃんに初めて会ったのは、瑛時さんの所の道場。まだそこに通い始めてすぐの頃、弾丸みたいに走り込んで来た花衣ちゃんが、急に「ぴたっ」って自分で言って止まって、猫みたいな目にスゥッてなって、しばらくじーっとこっちを見てて、「あーっ、ケンドーちゃんだ――っ!かわいいかわいいかわいい!」。それから飛び付かれて押し倒されて頬ずりされまくり。あたしの悲鳴を聞いて駆けつけてくれた瑛時さんと維那いなさんと璃矩さんが三人がかりで何とか引き剥がしてくれました。とにかく、とんでもない力なんです。

 で、それ以来、ずっと不思議だった事があったんですけでど、それがその日、同じ教室で勉強するようになってみて、やっと(あっさり?)分かりました。花衣ちゃん、いつ見ても「みゃはみゃは」言って走り回ってるのに、実は成績良いんですよ。そこがずっと不思議でたまらなくて。いったいどんな勉強法をしてるんだろう?って。塾にも通ってないし、家庭教師なんかもつけてないし、学校が終わったらご近所から鎌坂かまさか家の裏山まで走り回ってる野生児だし。かなり高レベルの謎でした。その謎が観察の結果、解けました。

 普段は全然じっとしてない花衣ちゃん、ご飯と睡眠時間以外はずっと走り回ってるらしいんですけど、授業中は……寝てました。いつものあの爆発のためのエネルギーはこうして溜められてるのかな?璃矩さんによると、「あの子、一日合計で18時間ぐらい寝てるんじゃないかしら」。煌侍さんとはまた違ったタイプですごい。

 なのに、なんで成績が良いのかというと、先生が授業中に「これから言う所は重要ですよ」なんて言うと、熟睡してても耳がピクッと動いて、「みゅ?」って起きて、猫みたいな鋭い目になって、ハイスピードでノートにガリガリガリガリーって書き込んでいく。そういうポイントを絶対逃さないのは何だろう、野生の勘?だからクラスのみんなも花衣ちゃんの様子を試験前にはチラチラとチェックしてて、重要ポイントをもらさないように役立ててるみたい。ウチのクラスのテストの平均点が良いのって、実は花衣ちゃんのお陰なのかもしれない。

 興味があって、一度ノートを見せてもらったんだけど、あたしには解読不可能でした。字は意外にも(ゴメン)キレイだったんだけど、書き方とかが独創的過ぎて、そこはやっぱり花衣ちゃんワールドが満開でした。天才気質の人達って、みんなあんななのかなあ。


<4>


 この学園に通うようになって驚いた事、それは、幼稚舎の園児から大学生まで、とっても仲が良い事。今の時代、これはすっごく貴重な世界なんじゃないかな?基本は一貫教育って事もあって(あたしみたいに途中で外部から入って来る人もいるけど、やっぱり少数派)、合同イベントが行事に多く組み込まれてる。違う学年の人達とのイベントでもドキドキなのに、大学生と中学生、高校生と小学生が楽しく遊んだり勉強してる絵は、あたしの目には衝撃映像でした。みんなどれだけ歳が離れてても、自分の後輩を妹みたいに大事にして、先輩をお姉さんみたいに慕ってる。この巨大な学園全体が、そのまま「家族」って感じ。でも大学生と小学生が「焼刃やいばさんステキ」って並んで頬染めてる図って、正直どうなの?

 そんなこんなの学園生活を送ってるあたしですが、その中で毎日のように周りの会話や友達との話題に上ってくるテーマ、それはやっぱり「焼刃」ってフレーズ。煌侍こうじさんのことはもちろんいまさらで、さっきもいっぱいしゃべったんで今は置いといて、今度は三人の妹さん達のお話。


 とにかく、とんでもない人気なんです。この女の子だらけ(というか女の子しかいない)環境の中で、同性で、しかも同年代なのに、アイドルというか、スーパースターっていうか。芸能人でもなんでもないのに(スカウトは未だにひっきりなしらしいけど)。普通の学校とかなら、そこに絶対ダークな感情が入ってきちゃうんだろうけど、ここは清らかなる乙女の園、みーんなとってもピュアな気持ちでキャーキャー言ってる。「イジメとかする人間は嫌い」って言う煌侍さんの影響力、絶大過ぎ。もうすっかりこの学園全体がそれに洗脳(って言うと言葉が悪いけど)されちゃってて、アニメとか女の子小説の世界みたい。

 幼稚舎から高等部一年生までの女の子達は、あの三人を「『お姉さま』って呼びたーいっ」って憧れてるし、高等部三年生から大学生、さらにその上の先生達や関係者さん達までもが、そっちはそっちで「『お姉さま』って呼んでーっ」ってクネクネしてる。そんな気持ちもかなり分かるけど、改めて考えると、現実離れしてる感じ。普通はその高校の中とかだけのレベルで終わっちゃいますよねぇ?

 そしてそして、やっぱり三人いるって事は、三つのファンクラブが出来るのが自然な流れ。根っこではみんな三人とも大好きなんだけど、好みって要素は大きいみたいで、面白い事にちょうど三分の一ずつぐらいの人数で分かれてるんだって。よく出来てるなぁ。

 一般的なここの女子達のイメージでは、明るく楽しい絢華あやかさん、完全無欠の魅霧みむさん、かっこ良過ぎるこよみさん、ってところかな。あたしもよく「ねぇ、森岡もりおかさんはどなたの一番ファンなの?」って訊かれるんだけど、そんなの誰って比べられないよー。実際そう答えてるし。

 あたしは彼女たちに比べてずっと絢華さん達と近くて、よくしてもらってて、彼女たちよりももっとよく知ってる。それだけになおさら決められません。もっともっと色んな良い所も知ってるし、噂やイメージとは違う部分もたくさん知ってる。三人とも全然個性が違うんだもん(三つ子なのにね)、比べられないよー。


 絢華さんはすっごい努力家で、実は悩むタイプだし。魅霧さんは優しいだけじゃなくて、シャープでスマートな考え方が出来る人。暦さんは無口でもなんでもなくて、本当は誰よりも「女の子」してる人。でも三人で同じなのは、煌侍さんに対するキョーレツなラヴ。みんな、まさかあそこまでだとは思ってもいないだろうなあ……。正直、あたしには刺激が強過ぎますぅ。うん、けどそんな色んな事をあたしからはみんなには絶対言わないし、しょっちゅう「聞かせて聞かせて」ってねだられるけど、当たり障りない所だけの披露にしてる(それでも毎回大受けなんだけど)。こういうブレーキって大切だと思う。煌侍さん達とこれからも付き合わせてもらうのには特に。みんな大人だし。……花衣かいちゃん以外は。

 そして話は戻るけど、信じられないくらいにここの学園の女の子達はいい子達ばっかりで、それぞれの○○さんファンのグループ同士でもケンカとか起こらない。基本に「焼刃兄妹ファン」っていう共通点があるからかな。ケンカしないのはすごくいい事だと思う、うん。第一、したら煌侍さんに嫌われちゃうしね。

 そういう話題でももちきりな、平和で楽しい学園生活。あたしはたしかに煌侍さんのグループに入れてもらってるけど、ここ(中等部)ではそういうのも少し距離の離れたお話――なんて思い込んでたらある日、いきなりトピックの中心人物に。うわー。


<5>


 事の起こりはお昼休み。「今日はお天気もいいし、気持ちいいよね」なんて話してると、「それじゃあせっかくだから中庭でお昼にしようか」という流れに。あたしにもいつの間にか、気の合うお友達が出来てました。「日直」、「呼び出された」って無愛想に言うお友達二人に、「あーいいよー、あたし場所取りしてるからー」と気軽に返して、一人で中庭に。

 でもこの幼稚舎から大学院、さらには研究機関までそろった巨大な学園都市のこと、「中庭」なんて言っても広い広い。「自然公園」とかの名前の方がふさわしいと思う。場所は全施設のちょうど真ん中にあって、休み時間や放課後には色んな所からの色んな人達が混ざり合ってにぎわう。

「あちゃー、出遅れたかー」

「中庭」は、あの広さにもかかわらず、人、人、人。幼稚舎の女の子達から職員さん達まで、こんなお天気のいい日に考える事はみんな同じみたいで、大小のグループがあちこちに出来てて和やかムード。これは「場所取りしてる」なんて言っちゃって失敗したかなー。

 と、現在位置からちょっと離れた場所にお手ごろスペースが。こっちは合計三人だし、お隣さんにお断りを入れて、そこに陣取らせてもらおう。まだ遠目だけど、あちらも三人の……高等部のお姉さん達かな?でもなんであんな良い場所が空いてるんだろ?その周りにはなんか輪になった感じで人が遠巻きに集まってるし。うん、でも、まずは行動。

「あのー、すみません。わたし達も三人グループになる予定なんですけど、お隣よろしいですか?」

 あたし、日本語、なんか変。「わたし」なんて言い慣れない事言ってみたのがまずかったのかも。

「ええ、どうぞ、こちらは構いませんよ。……あら、阿亜樹ああじゅ?」

 振り向いた光り輝くツインテールは……。

「って、うわ、魅霧みむさんだったんですかっ」

「……その『うわ』と言うのは何かしら?」

 にっこり。でも確実にどこかがピクピクしてる。

「あわわ、スミマセンゴメンナサイ申し訳ないです。あれ、でも、ということは……?」

 左右に目を走らせるあたし。左にショートボブ、右にロングポニーテール。はうっ、そろい踏みっ。

「あ、阿亜樹ちゃんだ。ここで会うのって珍しいね」

「ん?何固まってるの阿亜樹、遠慮しないでお座りお座り」

 絢華あやかさんに両手をつかまれて誘導されて、こよみさんに両肩を押さえられてストンと正座。あうーっ、見られてるーっ、注目されてるーっ。

「あなたもお昼?」と、いつの間にか女神スマイルに戻った魅霧さんに訊かれて、「あああ、はいっ」と慌てて答えるあたし。やっぱりこの三人といると緊張するー。周囲の目がどうとかより、この神話か何かの芸術絵みたいな輪の中に入ると場違い過ぎると言いますか……。

「あれ、でも阿亜樹ちゃん、お弁当もパンも持ってないね?」

 へ?

「……あーっ、本当だーっ、あたし場所取りに気を取られてて購買部行くの忘れてたー!」

 うっかり恥ずかしオブ・ジ・イヤー。よりによってこの人達の前で……。ほらー、苦笑されちゃってるよぅ。

「あたしあたし、今から行ってきますっ」

 顔からファイヤーしそうなのを隠すためにも、ビーチフラッグのアスリート並みに立ち上がって即ダッシュ!なのに、きゃんっ!ドスン。

「まぁまぁ、待ちなさいってば」

 暦さんに右手首をつかまれてました。この人の反射神経と動体視力、とんでもない。

「うーっ……」

 本日もう何回目のお恥ずかしい場面やら。あたしは痛むお尻をさすりつつ、精いっぱいの怖い顔をして暦さんをにらむ。でも、それに返ってきたのはキレイにラッピングされた白い食べ物。これは……サンドイッチ。

「ふえ?これは?」

 きょとんとするあたし。ハトに豆鉄砲、森岡もりおか阿亜樹にサンドイッチ。

「サンドイッチ。阿亜樹ちゃんにあげるー」

 と絢華さん。あの、全然話が見えないんですけど。すると、魅霧さんがすかさずフォローを入れてくれる。

「さっきの授業、私達3クラス合同で調理実習だったの。それで作ったのがサンドイッチだったのだけど、今朝はお兄様のリクエストでサンドイッチだったのよ。お弁当も三人分作って来てあるし、どうしようかと困っていたの。そこにあなたが来てくれて助かったわ」

 ひゃあ、理路整然。あたしが疑問をさしはさむ余地一切なし。

「でもでも、せっかく作られたんですから、煌侍さんに……」と遠慮するあたしに、「んー、それは考えたんだけどね。下校時間まで置いておくと痛んじゃうしさ、気にしないで食べちゃってよ」と暦さん。

「はぁ、ではお言葉に甘えまして……」

「あーん」、ってタイミングで魅霧さんの視線の方向が変わったのに気が付いて、首だけで後方確認。すると、合流予定だった二人が、少し離れた位置からおっかなびっくりでこっちを見てる。まさかあたしが“あの”焼刃やいば三姉妹と一緒になってるなんて思ってもいなかっただろうし、しょうがないよね。


<6>


「こっちこっちー」

 あたしは努めて明るく、二人を呼び込む。おそるおそる近寄ってくる二人。二人ともただでさえ大人しい方だから、緊張しちゃってギクシャクカチコチ。やたらと上半身に力が入ってる。

「えっと、こちら、あたしのクラスメイトでお友達の神薙春かんなぎ しゅんさんと、滝口舞流たきぐち まいるさんです」

 あたしの紹介順にぎこちなくお辞儀をする二人、動揺が全然隠しきれてない。と、両脇を左右からガッシとつかまれ、そのまま後方にズルズルと連行されるあたし。

「ちょっと」

「失礼します」

 分割されたお断りの言葉がその場に残され、きょとんとする三姉妹さんから距離がどんどん離れていく。引きずられるあたし。なんかテレビで観た、捕まった宇宙人みたい(あたしは後ろ向きだけど)。

 

「バカバカ、バカ阿亜樹ああじゅ、バカ」

 三人さんが小さーく見える位置まで来て、やっと解放された。と、いきなりの春ちゃんの先制攻撃。あわ、「戻っちゃってる」。

「死ねばいいのに。阿亜樹のそんなおっちょこちょいな部分は死ねばいいのに」

 こっちはこっちで、呪いの言葉をブツブツぶつけてくる舞流ちゃん。二人とももう完全に、外交用お嬢様モードを解除しちゃっていた。

 そう、「いい子ちゃん」ばっかりのこの学園にも、やっぱりそこから外れちゃってる人達はいて、そのほとんどはあたしみたいな、いわゆる「転入組」。この二人もそれ。しかも、とびっきりの(たぶん一番の)異端児の二人。これでも実はかなり改善されたんだけど、何かの拍子に地が出ちゃう。我ながら、「一番仲いいのがこの二人っていうのはどうなのかなぁ」とも最初は思ったけど、そんな所も含めて全部大好きだからいい。他の学校みたいに無視されたりイジメられたりとかはないけど、ちょっぴり距離を置かれちゃってる二人。「仲良くしたいのだけど、勇気が出ないの」とは周りの女の子たち。お嬢様だー。

 

「滝口」と「神薙」、合わせて通称「タキナギ」。二人は中等部からの転入組で、付き合いはかなり長いらしい。お互いに似た境遇(実はものすごい由緒ある名家の生まれなんだけど、あんまりにも性格が変わってるものだから、矯正の意味でこの学園に強制的に入れられたんだって)にあって、いつの間にか二人でいるようになったみたい。

 春ちゃんは身長160センチで、150センチないあたし、140センチない舞流ちゃんと並ぶと、見事な比例・反比例。髪は長くて、なぜかいつも、どっちかの目が前髪で隠れてる。あんまり口数が多くないけど、いったん口を開くと激しい。実家は平安時代ぐらいから続く和の名家、昔は「退魔師」とかっていう漫画とかに出てくるみたいなお仕事をしていた家系だって聞いた。本人も凛とした美人さん。

 舞流ちゃんは一見ちっちゃくてかわいいんだけど(髪型の『ちょこん』って左右に付いてるショートダブルポニーとか特に。後ろ髪は肩にかかるくらい。)、ものすごーく愛想がない。「そのかわいさがもったいないから笑えばいいのに」なんて言うと、最初は「ぁぅー」ってうつむいて照れるんだけど、すぐ「うー」って子犬みたいなうなり声を出す。本当はとっても照れ屋さんなんだと思う。

 そんな二人は、なんだか色々よく似てる。無口なのにしゃべると毒々しいところだとか。普段は「お嬢様モード」の偽装をギリギリ保ってるんだけど(しゃべらないからボロが出にくいだけという噂も……)、ふとしたことで、こうして地が出ちゃう(これでもかなりマシになった)。みんなはそういう部分を怖がるけど、あたしは気を許してくれてるって気がして嬉しい。二人の他の人には言えない事情とか過去とか知ってるし、奥底はいい子なんだって分かってるし。


「バカバカ、バカ阿亜樹バカ。なぜこよみさんがいるって言わなかったバカあうっ」

「めんっ」

 春ちゃんの眉間に縦チョップを入れる。これも矯正の一環で、春ちゃん自身からのリクエストでもある。

「ぅーっ、ぁぅーっ、絢華あやかさんの前で恥かいた。死ねばいいのに、わたしなんわうっ」

「めんっ」

 舞流ちゃんの脳天にも縦チョップを入れる。これは以下略。二人はそれぞれ、眉間と脳天を両手で押さえて悶絶してる。

「少しは加減しろ。バカバカ、バカ阿亜樹バカ」

「ぁぅあぅ、阿亜樹のチョップ機能なんて死ねばいいのに」

 自分達から「地が出た時は容赦なくやってくれ」と言っておきながら反抗ですか。左右の手をチョップの形にして構えるあたし。と、静かになった(にらんでるけど)。頼まれた以上、手加減はしません。

「悪かったってば。でもあたしにだって予定外だったんだってば。もうこうなっちゃったんだし、観念して戻ろ。それにほら、チャンスじゃない。憧れの絢華さんと暦さんがいるんだから」

 ムスーッとしながらも、うなずく二人。行きとは逆に、今度はあたしが二人の手を引いて帰る。ズルズルズルズル。


「すいません、お待たせしましたー」

「遅かったのね。なんだか揉めていたみたいだけど、落ち着いたの?」

 すかさずパイプ役を買って出てくれる魅霧みむさん。このソツのなさにいつも大助かり。

「ええもう、すっかり。ほら、座って座って」

 まだグズる二人を無理やり座らせる。大きい方は「バカ、バカバカ」、小さい方は「ぅー、ぁぅー、死、死、死」とか細い声で言ってるけど、さすがにここではチョップできないので聞こえないフリ。

「ん、じゃあ時間なくなっちゃうし、食べよっか」

「そうしよーそうしよー」

 暦さんと絢華さんが言ってくれて、それぞれがさっき作ったサンドイッチを、目の前の春ちゃんと舞流ちゃんに手渡す。渡された二人は見ていて気の毒なくらい驚いて、緊張して、味も分かってなさそうに、でも大事に大事に食べていた。っていうか、三人そろって手ぶらでお昼食べに来たあたし達って……。

「阿亜樹、楽しいお友達が出来てよかったわね」

 包容力たっぷりの笑顔で、リスっぽくサンドイッチをかじるあたし達三人に、柔らかく微笑みかける魅霧さん。あちゃー……ぜーんぶ見られてましたか。


 で、あたし達はそのあと、さらにその一部始終を見ていたクラスメイト達に囲まれて、インタビューの嵐に見舞われることになったのでした。


<7>


「なんて事があったんですよー」

 休憩中、この前あった学園での出来事を話す。ここは鎌坂かまさか家にある道場。三者三様のリアクションを返してくれる瑛時えいじさん、維那いなさん、璃矩りくさん。瑛時さんは「うむうむ」って頷く感じで、維那さんは女神みたいな微笑みで、璃矩さんは「へーっ」って興味津々。今日は三人そろっててオールスター(?)、あたしもちょっぴりテンション高目。

「はー、あの三人って神格化されてんのねー」と璃矩さん。彼女はごく普通の共学の中学に通っていたので、ウチの学校の話をかなり面白がってた。瑛時さんは、もう完全に理解不能のご様子。そして維那さんは――あれ?そういえばあたし、維那さんの学生時代の話ってほとんど知らないや。一度訊いてみたいな、そう思って口を開きかけた時、「さぁ、休憩は終わりだ」と瑛時さんの一言。残念だけど、訊くのはまた今度にしよう。今は気持ちを切り替えないと。


「じゃあじゃあ、勝負ですよ、瑛時さん!」

「またか……少しは間を開けろ」

「懲りないわねー、阿亜樹ああじゅちゃんも」

 むっ、二人そろってー。さすがは若夫婦(気が早い)、息ピッタリに。でも、

「ぷーんだ。今回はあたしにも秘策があるんですーぅ」

「ほう」

 キュピーンと瑛時さんの目の端が光る。よっし、この展開に持ち込んだ。秘策は本当にあるんだもーん。璃矩さんの「瑛時ってば乗せられやすいんだから」と維那さんの優しいため息も今はスルー。いざっ。

「いつでも、どこからでもいいぞ」

 と瑛時さん。ではでは行きます。どうせこっちから行かないと秒殺されちゃうし。秘策を出せるタイミングまでは攻めまくるしか!

 打って打って打ちまくる。面面面面!激しいけれど、単調な攻め。あたしの計算通りなら、そろそろ瑛時さんが失望するはず……来た!

「今っ!」

 あたしはそれまでの上段オンリーで押した攻めから一転、身体が悲鳴を上げるぐらいの瞬発力で、低く低く、一気に踏み込む。そしてガラ空きの胴へ横殴りの居合いを一閃。

「あら、うわ、痛っ、きゃんっ」

 ……解説します。順番に、目標が予想した位置になくて驚いて→それでも届くか届かないかでイチかバチか振ってあっさりそれを払われて→軽ーく面を入れられて→かっこ悪く転がった、あたしのスライドショーでした。しょんぼり。


「ふにゃあん、これでもダメだったー」

 今度はいけるかも、って思ったのになあ……5%くらい。

「おー、でもハッとさせたよー、阿亜樹ちゃん」

「そうですね、わたくし達も驚きましたが、瑛時も虚を衝かれていましたよ。修行が足りませんね」

 璃矩さんと維那さんのフォローを背中に受けて、「そうなんですか?」と瑛時さんに目で訊いてみる。うるうるうる。

「う、まぁ、その、なんだ。これまでよりはずっと良かった、それだけは確かだ。と、それよりおまえ、今の技は一款能賜舞いっかんのうしまい杖術の一つ、『電切虚刃でんせつきょじん』ではないか。いつの間に煌侍こうじから教わっていた?」

 あ、珍しい。瑛時さんがあわあわしてる。

「実は最近ちょくちょくと。剣道だけじゃなく、色んな要素を取り入れて精進中なのです。煌侍さんは瑛時さんと違って、『そりゃ面白そうだ』って気軽に教えてくれましたよ」

「ふん、我が闘法は一子相伝だからな。大体あっちも秘伝のはずなのに、ホイホイと他人に漏らすあいつの方がおかしいんだ」

「ぶー。いーですよーだ。いつか剣道+一款能賜舞+瑛時さんから盗んだ技+その他諸々をミックスしたあたしの剣で、瑛時さんにキツーイ恩返しをしちゃいますからねっ」

「フッ、やれるものならやってみろ。いつ何時でも挑戦を受けてやる」

「言いましたね言いましたねー。璃矩さんと維那さんが証人ですからね。もう逃げられませんよー?」

「なっ、私がいつおまえごときから逃げた?!」

「あーっ、『ごとき』って言いましたねー!いつも『私と仕合うにはまだ早過ぎる』とか言って相手してくれないくせにー」

 あー楽しい。この人達とも、こんな会話が出来るようになりました。今の剣道の世界は好きじゃないけど、あたしだけの剣の道を極めるっていう目標が出来て、毎日が充実してるし、楽しいです


「結局今日もかすりもせずに負けちゃいましたー」

「ふふ、そうですね。ですが、今日は格段の進歩が見られましたね」

 今度の場面は鎌坂家の縁側。時間は夕方。私服に着替えて座って両足をぶーらぶーらさせてるあたしの、隣には維那さん。その手にはお湯のみ。似合ってるなあ。

「煌侍君にはあの技をいつ習いに行ったのですか?」

「あ、いえ、違うんですよ。あれは煌侍さんから声をかけてくれたんです。あたしが一人で道場で素振りしてたら、のぞきに来た煌侍さんが『おまえ、つまんなさそうだなー』って。で、あたしがつい正直に『はい、なんか剣道、つまんなくなっちゃいました』って言っちゃったら、『じゃ、気分転換すっか』って」

「煌侍君らしいですね」

 維那さんは柔らかく笑う。ピュアに、楽しそうに。

「『おまえもう公式大会とか興味ねぇんだろ?じゃあ楽しくやりゃあいいじゃん。“剣客少女ソーディアンガール どりぃみんぐ☆あ~じゅ”の誕生だなっ』だって。『いくらなんでもそれはないよー』、って思いましたよ」

 と、反応がないから維那さんの方を見ると、なんとビックリ。あの維那さんがお腹を抱えてぷるぷるしていた。あたしが慌てて、

「わわ、維那さん、大丈夫ですか?」って訊くと、

「や、やだ阿亜樹、あまり笑わせないで」

 あー、なんてキレイでかわいい巫女さんなんだろ。でも維那さん、笑わせてるのはあたしじゃなくて煌侍さんですよ?


「ふふ。はー……。こんなに笑ったのは本当に久しぶり。阿亜樹と煌侍君には感謝しなくてはね」

 笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を右手の人差し指の背で拭いながら、維那さんはまだお腹をさすって笑いの余韻を引きずっていた。

「――維那さん」

 自分でも驚くくらいに硬い声が出た。

「なんですか?」

「あたし、今のままでいいんでしょうか?」

 それは、ここ最近ずっと訊きたかった事。

「いけません」

 即答。思わずずり落ちた。

 でも、あれ?維那さんの声、ちょっと弾んでる?

「うえ?維那さん、ここは『あなたはそのままでいいのよ』とか言ってくれて、二人で夕焼け空を見上げてキレイに終わる場面なのでは……?」

「いけません」

 笑顔といっしょにもう一度断言。「?」マークをクイズ番組の解答ボタンと連動した帽子のアレみたいに、頭に生やすあたし。

「阿亜樹、その答えはあなたがつい先程してくれた煌侍君とのお話の中にありましたよ?」

「……あ、そっか。あたし、ずっと『今のまま』を続けてたから煮詰まっちゃってたんだ。そっかそっか。それで煌侍さんが風通しをよくしてくれて……」

「でしょう?」

「でしたねぇ」

 笑い合うあたし達。なーんだ、もう解決してたのか。これから先、色々あっても、色んなパターンの通気孔みたいなのを作っていって、自分の中のよどんだ空気を入れ替えていけばいいんだ。言うほど簡単じゃないかもしれないけど、方法は一つじゃないし。


<8>


「い、いや、そのぉ、急にそう言われてもぉ……」

 突然ピンチの場面で失礼します。森岡阿亜樹もりおか ああじゅです。

「そこをなんとかっっ。このとーり!お願いしますっっ!」

 あたしの目の前には、頭を下げて手を合わせる一人の女生徒。オールバックのロングの髪に太いカチューシャ、大きなレンズのメガネに輝くオデコ。成績優秀な生徒会長でクラス委員長。そして、剣道部主将……。

「だから、あたしはもうそういう大会とかには――」

「わかってますっ。けど、今回だけ、今回だけお願いっ!」

 あー……。こんなのにいつも三姉妹さんは悩まされてるのね。まぁ、あの人達はお兄さんが喜んでくれるならOKしちゃうんだろうけど。

「団体戦に出るのにあと一人、それはあなたしかいないのよ。勝つためには、あのいけすかない連中を倒す、二度とないかもしれないチャンスなのよ!」

「いけすかない連中」とか言っちゃってますよ、この人。あ、そう言えばこの人も「転入組」だった。確か中等部からだったかな。へー、今度ウチに試合しに来る学校、人格者の主将にそこまで言わせるほど嫌な相手なんだ。でも主将、本番にムチャクチャ弱くて、公式戦いまだに0勝なんだよね……。


「あれ?でもそういえばこの前、『欠員が三人出た』って言ってなかった?」

「言ったわよ。五人しかいない部員の内、三人。骨折と風邪と法事」

「じゃあもう二人は見付かったんだ?良かったね」

「良かった、のかしら……」

 眉間に右手の人差し指を強く押し当てて、深い深ーいため息を吐く委員長。「そうするしかなかったのよ」ってオーラが物語ってる。

「で、その二人ってどんな人達なの?」

「もういるわよ、あなたの後ろに」

「ほへ?」

 振り向いたあたしの目に、見慣れた、でも意外すぎる凸凹コンビの姿が。そして一切抑揚のない声で、

「助っ人壱号参上」

「弐号機推参」

「や、『機』じゃないから、って、しゅんちゃんに舞流まいるちゃん!?」

「なんでまた……」と言う表情を顔面いっぱいに貼り付けて、会長の方を振り返るあたし。この二人っていうのは、あたしの中で最初から候補から外れてた。そもそもよくこの二人がOKしたよね?

「もう『タキナギ』しかいなかったのよ。都合がついて、しかもある程度以上に戦力として計算できるのが……。『これまでのご乱行に対するペナルティをオールチャラ』にするという破格の条件で」

 気の毒なくらいガックリとうなだれる主将。気持ちは分からないでもないけど、あたしはこの二人の友達なのでコメントは控えておく

「滅殺」

「37564(ミナゴロシ)」

 タキナギは一応主将の手前、素振りのポーズでやる気をアピールしてる。確かにその条件なら引き受けるよね。でも春ちゃん舞流ちゃん、そのスイングは野球とゴルフのだよ。

「そ・れ・で!もうあなたしかいないのよ森岡さん!この二人を制御できるのは!試合はもうあさってなのよっ」

「あさって!?」

「バカ阿亜樹バカ、気づくの遅すぎ」

「そんなお約束リアクションは死んだらいい」

「めんっ!かけるにっ!」

 ズビシビシ。あたしのチョップが160センチの眉間と140センチの脳天に炸裂する。「ぅぬぅーっ」「ヴーあ”ー」と悶絶する二人。

「そう、その調教能力が必要なのよどうしても!お願いお願いお願い!」

 ……それであたしは押し切られた。


「今から特訓を開始しますっ」

「殲滅」

「サーチ&デストロイ」

 土曜日の朝、鎌坂かまさか家の道場。事情を話して頼んで、今日一日ここを借りられる事になった。時間は今日一日しかない。いくらこの二人の身体能力が高くても、正直不安要素しかない。それに加えて第一、タキナギには何に対してもやる気がない。そこであたしは、一つの作戦を練ってきた。

「試合は明日、時間がありません。だからもう、防御は捨てます。で、それぞれに必殺技を憶えてもらって、『攻撃は最大の防御』でいきます」

「祝砲」

「目標をセンターに入れてスイッチ」

 二人の目が輝く。ふぅ、これなら乗ってきてくれると思った。ひとまず安心。

凄惨即死猟奇斬せいさんそくしりょうきざん

「ホロコーストジェノサイド」

「や、必殺技名はいいから……」


 出だしがものすごく不安ながらも見切り発車。でも二人とも運動神経が良くて飲み込みが早いから、驚くほどのスピードでものにしていく。才能あるかも。

 途中、噂を聞きつけた煌侍こうじさんと三姉妹さんや璃矩りくさんが激励&差し入れに来てくれたり、こっそり瑛時えいじさんが覗いてて璃矩さんにからかわれたり、なんかのイベントがありつつ、ハードな一日は終了。中でもあたし的に最大の思い出は、維那いなさんとあたし達三人のお昼ごはんだったかな。維那さん、いざ実物のタキナギを目にすると、「今の女子中学生ってみんなお二人みたいな感じなの?」って、かなり驚いてた。違うんですよー、この二人が規格外なんですよー。

「じゃ、春ちゃん舞流ちゃん、明日ねっ」

 長い長い石段を降りた夕暮れの中で、二人に手を振る。やれるだけの事はやった。

「『血の日曜日事件』」

「明日でこの辺の地図が描き変えられる」

 ……気合が入っているらしかった。方向がとんでもなく間違ってるけど。もう一度二人に手を振って、また明日。二人は同じ方向に帰って行く。長い影と短い影、何を話しているわけでもないけど、仲良く。


<9>


 決戦当日、学園の剣道場。

「……主将、委員長、会長」

「なに、森岡もりおかさん?」

「どうして言ってくれなかったのよ」

「だから何を?」

「こんなにギャラリーがいる事だとか、あたしが出る事が知れ渡ってて横断幕プラス応援団だとか、対戦校があたしの元母校だったりする事よぅ」

「だってあなた、訊かなかったじゃない」

「ぐ、だけどー」

「はいはい、もうどうしようもないんだから文句言わない。覚悟するっ」

「膝が大爆笑してる主将に言われたくないよー」

「うううううるさいわねっ、武者震いよっ」

 ……そうなのです。よりにもよって、対戦校は元母校。主将があんなに嫌う相手だってのは、経験上ものすごーく分かる。陰湿さではトップクラスだろうからね。さっきも早速顔合わせの時に、元クラスメイトのあっちの主将に、「森岡ー、あんた楽しくやってるみたいじゃん。今日はあんたのお友達のお嬢様達に世間の厳しさってもんを教えてあげるからそう言っときなー」って脅されたし。いつの時代のヤンキー?

「みみみみみんな、ののののまれてはダメよ?」

 一番のまれてる人が言っても説得力ゼロ、というかマイナス。もう一人のレギュラー剣道部員の人もすっかり青くなってる。やっぱり基本的に箱入り娘なんだなあ。まあ相手が相手ってのもあるけど。ガラも頭も悪いけど、実は地域屈指の強豪校だったりするしね。

「でもさー、会長。あたしが大将で、しゅんちゃんが副将で、舞流まいるちゃんが中堅って布陣はどうなの?あたし達三人、部外者なのに」

「い、いいのよっ、わたし達が最初にガツーンと」

「即死」

「瞬殺」

 タキナギの容赦ないツッコミが入る。自分を先鋒にエントリーした主将は、大ダメージを受けて後ずさった。こりゃダメだ。それに比べて二人は緊張感ゼロ。さすがだ。

 主審から「整列」の声がかかった。主将、手と足が一緒に出てる。もう一人の部員さんも、もう泣きそう。

「森岡ー、そんな(以下省略)」

 礼。三流悪役の出番はカット。タキナギの眼光にひるんでたし。もしこれが素手の勝負だったら、この二人のどっちかで五人抜きも楽勝なんだけど。


 いよいよ開始。そしてシーンはこっちの中堅、舞流ちゃんの出番へ。え、どうしてって?それはレギュラー剣道部員二人があっちの先鋒に、合わせて20秒で二人抜きされたから。対戦表に早くも「×」印を付けられた二人は、小さくなって床板を指先でいじくってる。応援ぐらいしなさーい。

「二人に獲物は残さないから」

 相変わらず感情のない声で言って、舞流ちゃんが立ち上がる。会場からはさっきまでのどんよりムードから一転、大きな「タッキー」コールが。みんな、お祭り好きだなあ。確かにサボりの常連のタキナギがこんなイベントに参加してる姿って、めったに見られないけど。わわ、完全アウェイの雰囲気に、あっち側の闘志に火が点いちゃってるよ。


 正対する両者、身長が20センチ以上違う。

「なぁに、おチビちゃん?こんな所にいないで、おうちで計算ドリルでもやってなちゃーい」

 あからさまな挑発。でもそんなのが通用する舞流ちゃんじゃない。

「ドリルで脳漿ブチまけてやる」

 ……反撃キツ過ぎ。まさかあんなロリィでキュートな舞流ちゃんの口から、こんな台詞で出てくるとは思わなかっただろうなあ。

 試合開始。

 相手にはまださっきの動揺が残ってる。隙は必ず生まれる。

「舞流ちゃん、今!」

 決まった!あのやたらと物騒な名前の必殺技が。ドッと沸く会場。さらにアウェイの空気は加速して、何重ものプレッシャーに相手は自滅、二本目も舞流ちゃんが例のアレで取った。


「すごいよ舞流ちゃん!たった一日の練習で強豪校のレギュラー相手に勝っちゃったよ!」

 戻って来た舞流ちゃんを総出で迎える。次の次鋒戦では防御に回る展開になって負けちゃったけど、それでもまた一本取った。自慢していい。

「あいつの髪の毛一本この世に残さない。デスデスデス、死死死。報復復讐リベンジ。まずはあいつの昔褒められたお習字から燃やす」

「ま、まあまあ。悔しいのは分かるけど、今はその辺で、ねっ?」

 なんとかなだめるあたし。と、それでもまだ小さく呪いの言葉をつぶやき続ける舞流ちゃんの頭に軽くポンと右手を置いてから、副将の春ちゃんが立ち上がった。

「舞流の借りを末代分まで返す。海は割れ、地は裂け、そしてあらゆる生命体が――」

「副将、早くしなさい!」

「……ちっ。行くわよ、『ドラゴンころし』」

 いつの間にか竹刀に妙な名前をつけていた春ちゃんが、それを金魚売みたいに肩に担いで歩いて行く。前代未聞の態度だ。あたしの隣で頭を抱える生徒会長。会場は今度は「ナギー」コール一色。

「おいおいおい、さっきのチビの仇討ちのつもり?」

「おまえには地獄すら生ぬるい」

 14歳の女の子の言葉じゃないよー。


<10>


 ズパァァァーーンッッ!!

「ギャーーッッ!!」

 凍りつく場内。

 何かが破裂したような、乾いた、鼓膜が震えて痛いくらいの音。そして悲鳴(絶叫?断末魔?)。

 しゅんちゃんの例の怖い漢字ばっかりが並んだ必殺の面打ちが決まった。……んだけど、威力がすご過ぎた。春ちゃんの竹刀(『ドラゴンころし』だっけ?)は根元からボッキリ折れて、真ん中から先の方は熊手みたいに裂けていた。それを受けた相手は気絶して、そのまま病院へと緊急搬送されていっちゃった。命に別状はないとは思うけど。あんなに振りかぶって叩き付ける面、初めて見たよー。って、あたし、あんなの教えてませんっ。いつの間に凶悪化させてたのよー、もー。


 ざわつく場内。審判団の協議の結果、あの必殺技は封印が宣告されて、あれしか技がなかった春ちゃんは牙をもがれて、次の中堅戦でストレート負けした。

「礼儀知らず恥知らず。鬼悪魔鬼畜魑魅魍魎。殺殺殺殺呪呪呪呪……」

 ずーんと落ち込みながら、延々と殺意の波動をまき散らす春ちゃん。あー、もー。実は結構繊細なんだから。

 観客席も「シーン」。重ーい空気。ただでさえアレなのに、内にこもっちゃってるタキナギは、いつもよりさらに近寄りがたい雰囲気。どうしようもないよね、あたし以外には。


「よっし、ではでは、出陣しますかっ」

 最大限に明るく宣言して立ち上がる。とたんに「わーっ」ってなる場内。はずかしーっ。でもきっとみんな、雰囲気を変えるきっかけを待ってたんだろうね。

「舞流ちゃん、春ちゃん、あとは任せて。きっちりしっかり、やっつけてくるから」

「生まれてきた事を後悔させてやって」

「まずは左手の小指から順番に使い物にならなくしていって、最後に……」

「何もそこまで……」

 つくづく、敵に回してはいけない二人です。友達でよかった。

「ま、まあ、わが軍の圧倒的さを見せつけてくるよっ」

阿亜樹ああじゅの中の容赦、優しさ、思いやり、手加減、遠慮、常識は今だけ死ねばいいのに」

「期待を裏切ったら阿亜樹はバカバカ、巨大バカ」

 まだこんなこと言ってるし。それはともかく、二人のそんな心強い応援(?)を背に受けて、あたしは戦場におもむく。

 決めた。一切手は抜かない。相手残り三人、何もさせない。本当に何一つさせない。動く事も、まばたきさえも。相手が顔なじみとかオール排除。舞流ちゃんと春ちゃんをスカッとさせてあげる。

森岡もりおかー、もうあんたで最後だよ。おとなしく(以下省略)」

 シャットダウン。集中。審判の声以外を意識外に追いやる。全身の産毛がぞわぞわする感じ。空気の流れとか、全部わかる。いける。


「はじめっ」

 スパーンッ!

 入った。面。開始1秒未満。よっし。

「……あ、い、一本!面あり!」

 何秒か経ってから気が付いた審判が声を上げる。それで、静まり返っていた場内も、爆発的な盛り上がりに。「今の何?」「全然見えなかったー」なんて声の中で、あたしは春ちゃんと舞流ちゃんの満足気な息遣いだけを拾って、意識を元に戻す。あと試合時間は残り5秒に設定、それ以上はかけない。三人、それで終わり。


 はい。終わりました。ミスなく5秒で。これなら向こうも何も言って来れないでしょ?って、気が付いたらもう相手側、誰もいなかったし。よっぽどいづらくなっちゃったんだろうなあ。やっぱり、少しやり過ぎちゃったかも?

「キャーッ!うわーんっ!もーうっ!やめてーっ!」

 で、あたしは今、宙を舞ってます。喜びを爆発させたみんなに囲まれて、感極まった主将が「森岡さんを胴上げしたい気分だわ」って言ったのを真に受けたタキナギに。でも身長差が20センチあるから、変な角度に放り投げられて、気持ち、悪く、なって、きた。


「うにゅーんー……」

 かなりかっこ良く活躍したはずなのに、タキナギの肩を借りて、かなりかっこ悪く剣道場を引き上げるあたし。あーん、あたしってば、やっぱりキレイに終われないキャラなのー?周りはまだまだ興奮が冷めないみたいで、お祭り騒ぎ続行中。

 と、そんな中から「よっ、阿亜樹。見せ付けたなっ」の声。

「あ、煌侍こうじさんっ。みなさんもっ」

 そこには煌侍さんを中心に、三姉妹さん、瑛時えいじさん&璃矩りくさんの姿が。

「キャーッ!!焼刃やいばさんご兄妹よーっ!!」

 それに気づいた女生徒を起爆剤に、蜂の巣をつついたような騒ぎに発展。あわわ、ここじゃマズイ、場所を変えなきゃ。


<11>


「で、いつから見ていらしたんですか?」

 プリンアラモードに刺さってたウエハースを、ちょっと不機嫌っぽく噛み砕きながら訊いてみた。来てくれるなら教えてくれても良かったのに。

「最初っから。主将ちゃんが相手を威嚇しようとしたら裏声になって、次の瞬間には面一本食らったところから」

「んもー、教えてくれれば良かったのにー」

「つってもよ、試合始まっちまってんのに、そうもいかなかったし。騒ぎになっても悪いだろ」

 それはそうですけどー。でも、よくバレなかったよね。あ、けどこの人なら普通は立ち入り禁止の所とかにもあっさり入れて見れちゃうか。

 ここはこの前、煌侍こうじさんに誘ってもらって入った喫茶店。そういえば、あの時は花衣かいちゃんに鳴鈴ミンリンちゃんに、そのお付きの五つ子チャイナさん達もいたっけ。今はあたしの左右にしゅんちゃんと舞流まいるちゃん、お向かいに煌侍さんと三姉妹さん。瑛時えいじさん&璃矩りくさんカップルは、お隣りの向かい合わせ席。ずぞぞぞぞーって豪快にパスタを吸い込む春ちゃんと、ピザの伸びたチーズをみょいんみょいん引っ張ってる舞流ちゃんに挟まれて、激しく居心地が悪いあたし。恥ずかしいなー、もー。


「しっかし、春ちゃんに舞流ちゃんだっけ?二人は面白いなー。武道方面にかなりの素質も感じるし、オレ、気に入っちゃったなー」

 名前を出されて、かじりついていた料理から顔を上げる二人。

「ぽ」

「きゅん」

 ……あ。

 恐ーる恐る三姉妹さんの顔色をうかがってみる。と、笑顔。笑顔のまま煌侍さんをじっ……と見てる。にらんでないんだけど、確実にその中には、お兄さんの「罪」に対するピリピリした気持ちが感じられる。なのに、煌侍さんはそれにもどこ吹く風、気にしてないどころか気が付いてさえいない様子。

 ハァ、三姉妹さんもこりゃ大変だ。でもえらいよね、煌侍さんを好きになっちゃう方には敵意を向けない。「好きになっちゃうのはしょうがない」って思ってるのかも。で、煌侍さんにジェラシーからの文句や攻撃も絶対にしない。そんな所も含めて大好きなんだろうね。


「そ、だ。名前付けねぇとな」

 不意に煌侍さんが提案する。

「はい?何のですか?」

「トリオ名だよ。『タキナギ』コンビもいいけど、そこに阿亜樹ああじゅが加わってのトリオ名が要るだろ?」

「え、えー、いいですよっ。そんな、お気遣いなくっ!」

 正直、煌侍さんが名付け親なのは勘弁して欲しい。例の魔法少女みたいなアレでもう充分です……。

「殿堂入り」

「流行語大賞」

「早っ!まだ聞いてもないのにっ」

 状況に取り残されるあたしを置き去りに、次々とリアクションに困るトリオ名候補が挙げられていく。それに「最高」「極上」と親指を立てるタキナギ、うっとり表情で煌侍さんを見つめる三姉妹さん。助けを求める視線で瑛時さん&璃矩さんの方を見ると、「あ・き・ら・め・ろ」と表情で返されました。ガクリ。


<12>


 剣道の対校試合も終わり、いつもの学園生活が戻ってきた。通学路でそろって歩くタキナギを見付けたあたしは、声を掛けに走る。

しゅんちゃん、舞流まいるちゃん、おはよっ」

「バカバカ、バカ阿亜樹ああじゅバカ。朝からウルサイ」

「阿亜樹のその無駄なテンションは死ねばいいのに」

「めんっ!だぶるっ」

 二人に愛の矯正チョップを落とす。もー、せっかくあいさつしてるのに、この二人はー。「ぐむーっ」「ヴあーっ」と悶えるタキナギを見下ろして、苦笑半分ご立腹半分のあたし。まだまだ二人の真人間化への道のりは遠くて厳しそう。

 時々疲れちゃうけど、大好きな二人の事だから、ずっとずーっと付き合って行く。ほんのちょーっとだけ、「このままの二人でもいいかも」って思う事もあるけど、やっぱり少しずつでも良い方に変わっていかなくちゃね。


「あ、あのぅ、森岡もりおか先輩っ」

 と、声。振り向くと、あ、ちっちゃくてかわいい。リボンの色からすると、一年生か。何の用だろ。タキナギがいるのに話しかけてくるなんて、勇気あるなあ。

「こ、これっ、読んでくださいっ!」

 うわっと、何か渡された。手紙?ってあれ、全力ダッシュ?!あーあ、行っちゃった。ボーゼン。

「果たし状」

「犯行声明」

 復活した二人が、渡された手紙を覗き込んできた。

「もー、そんなわけないよー、あんな子がー。ほら、ここにハートマークのシールが貼ってあるし。って、えーっ!!」

「バカバカ、バカ阿亜樹バカ。恥ずかしい。ウルサイ」

「使い古されたリアクションなんて死ねばいいのに」

 だだだだだって、こここここれって、もしかして、ラブレター!?周りの目とか自分の声の大きさとか色々気になるけど、今はそれどころじゃない。気持ちが動転しちゃってる。


「こうして阿亜樹のドタバタ毎日は、まだまだ続くのです」

「次回、『剣客少女ソーディアンガール どりぃみんぐ☆あ~じゅ』、『ドキッ!恋の予感は下級生の女の子!?』、お楽しみに」

 はうっ!抑揚のない変なナレーションが聞こえるっ。

 め、めんっ!


<了>

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