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ベルッセンの鬼(仮)  作者: あかいひと
見習い騎士編
21/33

後始末

話が知らないうちに代わっていたので、あらすじを変更しておきました。

 泣き止んだモカが顔を挙げて上目づかいにこちらをうかがってくる。その瞳は、いつもの快活な意志の光はなく、ひどく濁っていた。連日の睡眠不足と過度の訓練がたたっているのだろう。ろくな思考能力すら今はないのではないかと思う。

 いや、実際のところ無いのだろう。アベル教官によって、過度の訓練、睡眠不足によりわざと思考能力を奪われたと考えた方がいいだろう。人格を無視したあまりにも卑劣なやり方に再び怒りが燃える。

ふと、俺の手の中でモカが恥ずかしそうに身じろぎしているのに気づいた。モカがすごく何かを言いたそうだ。でも、何を言えばいいのか考えがまとまらない風で口を開けてやめてを繰り返している。

 正直いって、次の動きもできないのも俺も一緒だった。とりあえずなんていっていいのかわからない。それにモカは今半裸だ。

そのとき、天啓のようにサラ先生(悪魔)のささやきが聞こえた。

『面倒になったら気絶させちゃえばいいのだよ』

 あのぺったんこめと思いながらも5年もかけて仕込まれたこの体は、その言葉を忠実に守って実行した。首筋にトンッと軽く手刀を入れるとモカは白目をむいて体から一気に力が抜ける。崩れ落ちるモカを支えるとさっさと下着と服を着せてやり、気絶したままのモカを担いで女子寮の方へいった。途中数人とすれ違ったが、夜の俺を見つけられるようなものはいない。

 女子寮は騎士団におけるシスターの数が少ないこともあり、協会のシスターが使っているものを使わせてもらっている。だから当然のように出入りも厳重でそうそう簡単には、入れない。

 入口の方で困って右往左往いると、夜間の見回りをしているシスターが見つけてくれた。

「こんな時間にどちら様でしょうか?」

 口調は丁寧だが厳しい声で詰問される。マフディ教のシスターには特に男女交際についての厳しい戒律はない。しかし、さすがにこんな夜更けに女子寮に神父が訪ねてくることは歓迎されない。

「夜分にすいません。騎士団に所属するものなのですが、友人が訓練のし過ぎで倒れているところを見つけましたので運んでまいりました」

 礼儀正しく嘘を混ぜた用件を手短に伝えると、ほっとした雰囲気が伝わってきた。そして、俺の手の中で眠るモカを確認するとなっとく顔になっていた。

「丁寧にありがとうございます。わたくしたちも最近彼女の様子がおかしくて心配していたところなのですよ。この時期になりますと、ときどき彼女ようなことが起こりますので…」

 シスターの発言に少し顔が引きつる。自分が、1課2課の争いに介入してしまったことに気づいた。

「では、彼女のことをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ええもちろん。こちらも、あなたのような礼儀正しい方で助かりました。騎士団の方は荒い人が多いので」

 そう言ってほほ笑むシスターに、モカを預けると(きびす)を返してさっさと立ち去った。



 俺は闇の中を歩きながら、少し後悔していた。アベル教官を玉なしにしてあげたのは、やりすぎだったと…あの時は、勢いとテンションに身を任せてみたけど、どんな理由があろうと上司を殴るのは処罰対象だ。忠臣蔵とか言っている場合じゃない。あれも切腹させられてるけど。

 しかもたちが悪いことに、俺がやったことはアベル教官の仕事の邪魔だ(・・・・・・)。文官というものの基本的な仕事は、書類処理から始まり備品の発注や健康管理など武官のバックアップが主だ。その中には、諜報活動も含まれる。

 ウルさんが最近あげてくれた神殿騎士団のレポートにも、2課所属のアベル教官がその手の仕事をしていることがしっかり明記されていたのを今思い出す。

(やっべーな。アベル教官がやっていたのって、モカをクノイチみたいに仕立てて1課のスパイにしようとしていたんだよな…)

 クノイチとは、現代における忍者のイメージとはかけ離れた存在である。機密情報の収集や暗殺を行う物ではあるが、女性であるため売春を行うことも常識としてあった。そのためクノイチを使う者―上忍と呼ばれる存在は、処女を犯し、床の技を仕込み、かつ情で女を誑し込み、操る。大まかに言えばこのような、女を操る術がクノイチというものだ。

 これの標的にされたのがモカであった。モカは平民の出自であるし、男の存在もない。そして1課に入れるかどうかギリギリのラインにいる。クノイチの術を施すには格好の相手だったのだろう。

(1課と2課の確執か…いつかは巻き込まれるものだと思っていたけどこんなに早いとはね)

 1課と2課は仲が悪い。これは公然の秘密であった。1課は2課を使い捨ての雑兵程度にしか考えていない。別段1課が2課に対して、何かを強要するような権限は持ち合わせていないが、上層部における2課の運用が使い捨てで同然だったのが問題だった。

 一方、2課は所属人数が多い。この人数をごり押しして、1課に不利益な決定をさせ得ることもしばしばあった。この2つの勢力は今や一瞬即発の関係にあるといえる。争いが起こっていないことが不思議でしょうがない。

(だからと言ってスパイを送り込むとか狂気沙汰だよな…足の引っ張り合いも大概にしてほしい。それでも、決めなきゃいけないね…上司に暴力をふるった事実は動かない。処罰される前に、レミーガさんに泣き付けば、事情も事情だし絶対にかばってくれるだろうけど…1課2課の確執に余計な溝を深めることになる。いやむしろ、俺をたたく材料として1課をたたき出しかねない。下手すれば、騎士団解散まで行くような騒ぎになるかもしれない)

 暗闇を歩きながら鬱々と考えていたが、最初から答えは出ていたのだった。その目的地にしっかりとした足取りで向かっていた。



 そこは、騎士団に隣接した教会の内部にあった。騎士見習いの身分では、おいそれ近づけるようなところではない。当然のようにスニーキングしてたどり着いた。だが、極秘で会うのは失礼なので、扉の前にいる歩哨に話しかける。

「こんばんは、夜分遅くに申し訳ありません」

 今晩の歩哨には気の毒だが、驚かせたらしい。勢い余って武器を突き付けられてしまった。

「私、騎士見習い!ロアンダール・ラドヴィラと申します。火急、猊下にお目通り願いたい」

 俺は、中にいる人間にも聞こえるように大声で名乗った。

「ああ、君か。しかし、ここへは騎士見習いといえどそうやすやすと入っていい場所ではない?どのように入った?その上、このような夜遅くに会えるはずなかろう。出直してくるのだな」

 自慢ではないが、この騎士団で俺の顔は割と売れている。その理由は、入団試験云々ではなく、これまで1度も弟子をとらなかったレミーガさんが俺の師匠というポジションについたからだ。つまり、1課の次期エースとして期待されているためということだ。

「いえ、ここまで来るのに誰とも会いませんでしたが…それと緊急な要件なので、規則をまげてお願いしたいのです」

 誰とも合わない×、隠れてやり過ごした○、なのだが言わぬが花だ。

「そうはいってもな。僕では、そんなこときめられんよ。不用意に取り次げば首が飛ぶ。勘弁してくれないか」

 この歩哨さんはとてもよいひとだった。もともと、この人がすんなりと通してくれるとは思っていない。

 もう少し粘って時間をつぶそうとしたら、ドアが開いた。

「どうぞ、局長がお待ちです」

 ドアからは、秘書然としたシスターが顔を出した。

 どうやら、俺は賭けに勝ったようだ。賭けの内容は2つ、こんな遅い時間まで局長が職務についていること、廊下からの俺の名乗りでこのドアを開けてくれるかどうかというものだった。この綱渡りのような賭けに勝ってひとまずほっとして部屋の中に入った。



「話はわかった。それで、私にどうしてほしいというのだね?」

 目の前のブロンドヘアーの美女はそういった。彼女は、3課局・局長のマリア・クリスティーネ・フォン・パルティア、その人である。その隣には、さきほど俺を部屋に招き入れたシスターが立っている。

俺が今回頼ったのは、この人だった。この人だけが、今回の件を静かに処理できるだけの権力と立場を持っていた。その代り、代償はあるが…

「今回の件のもみ消しと私たちに、2課が2度手を出さないようにしてほしいのです」

「それで?それをして私に何のメリットがあるというのかね?」

 マリアさんの目が鋭く、威圧してくる。ごくりと唾を飲んで一拍おいてから、こちらが切れる唯一のカードを切った。

「私が、3課に参ります」

 シスターがはっと息をのむ声が聞こえる。対称的にマリアさんは、厳しい顔を崩さない。

「いいのかい?それは、レミーガに対する明確な裏切り行為になる。わかっているのかい?」

「アベル教官を殴った時点で、充分裏切り行為です。毒を食らはば、皿までもです。いまさら取り繕ったところで仕方ありません」

 その答えに、マリアさんは腕を組んで難しい顔をする。

「だがな、問題を起こすような人間を身柄引き受けの上に便宜を図れなど、ただの都合のいい話にしか思えないがな。これが許されたら、すべての不正行為が許されることになるぞ」

 まるで、話にならんと切り捨てられる。この言葉に、弱気になりかけた俺は、もう神殿騎士団とか1課2課で争ってぐちゃぐちゃになれば吸血鬼の俺にして万々歳なんじゃないかと現実逃避しだした。

「それは問題を起こさせる方が悪いのです。私は、教会の家畜ではありません。友人に手を出されれば―それが一方的な都合の押しつけであるならば、相応の報いを受けさせます」

「ふっは。家畜か。それはいい。あいつらは豚か何かか」

 開き直って、教会と敵対することも辞さないと脅してみたら意外なところが受けたようだ。どうしよう?

「確かに、ロアンダール君。君は1課よりは3課(うち)に向いているようだな」

「では」

 ここで顔を輝かしてしまったのは、経験不足か疲れか…

「だがな、もみ消しはいいとしても。2課をおさえるなど、割に合うものではないと思うのだがな?」

(あーしーもーとー見られているーよ。もうやだ)

「そうですか、ならばこの話はここまでですね。失礼しました」

 めんどくさくなった俺は、それだけ言って退出しようとした。扉に手をかけようとしたところで、マリアさんの声がかかる。

「そう、急くな。これまでと、結論づけてどうするつもりだ?」

「決まっているじゃないですか。見捨てますよ。私はもともと他国の人間ですよ。では局長、騎士団の立て直し頑張ってくださいね。成功すれば、神殿騎士団はあなたのものですよ」

 皮肉たっぷりに言う。ヘルマンやカティには悪いがこのままでは騎士団は機能が失われるまで行くかもしれない、理由を言えば二人とも許してくれると思う。

「わかった。いいだろう。君の言うとおり、手配してあげよう」

(あれ?いいの?もうあきらめたんだけど?)

「そういう顔をするな。私もこの1課と2課の一瞬触発の状況でこの件を見逃すわけにもいかない。だがな、君たちお仲間にという件までは行う義理はない。そこで、君がうちに来るから、“はい、そうですか”というのもおかしいだろう」

 マリア局長は、ため息をついて続けた。

「とある課題を出そう、君の能力が知りたい。それをクリアできたらこの件は了承するということでいいかな?」

「わかりました。お願いします」

 予想外の展開に呆けながらもなんとか返答した。

「セリア、エンリコを呼んできてくれないか?」

 マリア局長はうなずきながらシスターに指示を出した。



「しかし、よろしかったのですか?」

 ロアンダールとエンリコがそろって退出してから、セリアが眠気覚ましの濃いコーヒーを入れてくれた。質のいい香りが私の鼻孔をくすぐり、疲れた思考に活を入れてくれる。

「人の揚げ足を取ることしか知らない2課のごみ共と次期1課のエースならもともと比べるまでもないだろう。ましてやそれが3課(うち)にはいるのだからな。それとロアンダールが帰ってくる前に3課の方で彼の部屋を用意してやって、それと彼の荷物の移動も。後になって嫌だといわせないうちに外堀から埋めてしまってちょうだい」

「かしこまりました」

 セリアは短く返答してさっさと処理に向かってくれた。セリアは優秀な秘書官だから、明日にはもう彼が3課に入るという噂は広まっているだろう。レミーガあたりから苦情が来るかもしれない。レミーガの焦った顔を思い浮かべると笑いがこみあげてくる。

 今日彼が転がり込んできたのは行幸だった。彼にケンカを売った2課のその阿呆に感謝したいぐらいに。

 彼との交渉では、もう少し譲歩を引き出せないかと足元を見てみたが逆に足元を見られたのはこちらかもしれない。それはそれで、彼が優秀であるということなのでいいことだ。

レミーガの弟子である以上、戦闘面では優秀と考えてもいいだろう。今晩の内にここに足を運んだことも考えると頭も切れる。単に一部のだけではなく全体を見通す目を持っているということだ。

 今回彼に出した課題の結果次第で、3課はロアンダールという名の『ジョーカー』を手に入れたことになるだろう。

ひさびさに期待に胸が膨らむ思いだ。今から結果が待ち遠しい。


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