転機
私は焦っていた。カティ・ロアン・ヘルマンの三人は最初から1課入りを決められていたし、オルガちゃんも優秀で1課入りを確実視されている。レイラは文官だけどすごく優秀だって聞いた。多分1課付の諜報員か事務員になるのだと思う。
私の強みはなんといっても魔法だ。先生が作った魔法とロアンの教えてくれた魔法さえあればたいていのやつには負けない。
だけど神殿騎士団では魔法なんて評価されない。ロアンやカティが言うように、魔法は生活のためにある物であって戦闘には向いていない。だから、体をちゃんと鍛えなきゃいけなかった。
でも、男の子と女の子の体の違いから一緒に鍛えたのではどうしても負けてしまう。毎日の訓練にはついて行くのもやっとだし、夜寝る前にオルガちゃんに聞いて筋トレしているけど、あまり効果がない。このままじゃ2課にきまってしまう。
入試試験だって、筆記をわざと間違えて文官じゃなくて武官で採用されるように頑張った。体力には自信があったけど、いざ試験を受けてみると失敗したかと不安になるほどの過酷さだった。結局、途中で倒れてしまってダメかと思っていたが、合格の通知が来た時は本当にうれしかった。カティと一緒に行けると…。
でも、今の状況を考えると一緒に行けるのは無理かもしれない…最近不安が、みんなと離れ離れになることよりも、2課でやっていけるかどうなのかにシフトしているのに気づいて体を震わせている。
この不安をカティには相談できない。多分馬鹿にされるだけだから…オルガちゃんとロアンに相談したら、焦ることはないって、大丈夫だって励ましてくれたけど不安は消えない。
ロアンには、最近ずっとお世話になっている。カティがレナと付き合うようになった時も、そのあとも、そして今もきつい時にはいつも頼りになる。同年代の男の子と比べても落ち着きがあるし、自然な優しさを持っている。
なんでカティのことを好きになっちゃったんだろ…ロアンさんのことを好きになっていたらよかったのに…あはは、私みたいなかわいくない女はロアンの方から願い下げかな…ロアンなら綺麗な婚約者とか将来を誓ったかわいい女の子とか一人や二人いてもおかしくないもんね…
確かそんなときだった。あの話が私のところに来たのは…
「ん?モカの元気がない?」
「そう、なんか前から緊張している感じだったのですけど、今はなんか追いつめられている感じで…私が話しかけてもあまり返事をしてくれません」
今は昼休憩の時間、モカは用事があると外している。ここにいるのは俺、カティ、ヘルマン、オルガ、レイラの5人だった。そこで、モカが最近変だと相談をオルガから持ちかけられたのだ。
「えー、元気ないのって、1課2課わけのせいじゃないの?それくらいで元気なくなるなんてモカらしくないなー」
「そうだな。そんなことで、ダメになるような弱い人間ではなかったはずだ。何かあったとみる方がいいだろう」
「あんまり話していないということは、何かあったか聞けてないってことだよね?」
「はい…部屋に戻るのも最近遅いですし…もどっても…すぐ寝てしまいます…」
上からカティ、ヘルマン、俺、レイラの順番で話をしている。カティが的確なことを言っているとなんか気持ちが落ち着かない。
「なんだよ、あいつ。友達が心配しているのにそれはないだろう。俺がガツンと言ってやるわ」
「まあ、ほどほどにな」
「モカちゃん疲れているみたいだし、やさしくしてあげてくださいね」
気合を入れて席を立つカティの後ろに思い思いの声をかける。
「あれを放置してよかったのか?」
ヘルマンが心配そうに聞いてきた。
「モカに何かあったのは確実だろう。でも正直打てる手がない。だから、何でもやってみるしかないさ。俺たちもモカについては気にかけておくよ。オルガもレイラもちょっとモカから何があったか聞きだしてくれるとありがたい」
「うん…いいよ。それぐらいなら頑張る」
レイラから珍しく強い返事が返ってきた。オルガもうんうんとうなずいている。
「やばい事態なのか?」
「じゃないといいのだけどな…ちょっと予想がつかない。本当に、注意するしかやることはないな。情けないけど、カティ頼みだわ」
そうして、俺たちは昼食を切り上げた。モカが戻ってきたのは午後の講義が始まってからだった。
それから、1週間何も起こらずに過ぎて行った。1課2課の仕分け選抜はもうあと2週間後に迫っていた。いつもと変わらない日々、ただそこにモカの姿だけがなかった。
カティとは結局ケンカしたようで、成果はない。オルガとレイラはいまだに何も聞き出せてなかった。
人脈もない、能力もない、時間もない、無い無いづくしでこれほど無力を感じたときはなかった。
それを見つけられたのは本当に偶然だった。
なんで、こんなところにいるのだろうと後悔している。いまも、教官を待っている。
教官は、私が1課に入れるかどうか心配しているのを知っていて、特訓をしてくれると言ってくれた。不安でたまらなかった私はそれに飛びついた。どうしても、みんなと離れたくなかった。
特訓は大変で、最近では夜遅くに部屋に戻ると話もせずに寝てしまう。朝も早いのでオルガやレイラとは全く話もしていない。
それでも最近寝不足だ。顔にニキビができている。午後の講義はすごく眠いけど、ちゃんとしたシスターになるためには寝るわけにはいかない。でも、最近ボーットしちゃうことが多くなった。訓練中でも、ぼーっとしてみんなに置いて行かれることがある。もっとしっかりしなくっちゃ。
ふと夜に目が覚めた。多分今は夜の10時ごろだろう。隣からは、ヘルマンの規則正しい寝息とカティのいびきが聞こえてくる。
空には月がみえている。この数年で、日中に活動することが全く気にならなくなっているが、夜はやはり体調がいい。遠くまでよく見えるし、外からは虫が鳴く声が聞こえる。
久々にいい夜を満喫しようと、カソックを着て散歩に出ることにした。庭に出てみると、光は月明かりだけで、静寂に支配されていた。リィーン、リィーンと虫の鳴く声が耳に心地よい。普段は喧騒に包まれている運動場が、闇を抱えてひっそりとたたずんでいる。
俺は、建物を抜けて騎士団の中庭へと向かった。そこは小さな庭園になっており、ベンチも置いてあった。
ベンチに腰を下ろして、眼をつぶるとさまざまな音が耳に入ってきた。夜であるために耳がよくなっていることもあるが、静かな分余計に耳が多くの音を拾った。いろいろな人の寝息と寝言、ろうそくの燃える音、その隣で必死に書き物をする音、いまだ忙しく動く人たちの声、その中でひときわ異色な音が聞こえてきた。
また、頭がボヤっとしている。教官が部屋に入ってきたのも気づかなかった。教官がさっきからしきりに何かを話しているけど、何を言っているのかよくわからない。いつもはこんなことないのにって思う。
今夜は月がきれい。そんなことをつらつらと思っていると、教官の腕が伸びてきた。その手を見て、話を聞いてなかったことを怒られるのかなっと靄のかかった頭で考える。
その手が私のほほに触れた瞬間だった。ぞわっと怖気が走る。気持ち悪い。私に触れるその手も、その手の持ち主の顔も、気持ちが悪い。その手が、私のほほを撫でると、だんだんと下に下がっていき肩に触れた。
がたんっと音がして、私は自分が椅子から立ち上がったことに気づいた。その気持ち悪い手から逃げるのに必死だった。でも私がいたのは狭い部屋だ。たしか、特別教導官室という名前だった気がする。逃げようとするが、私の背中はすぐに壁に止められてしまった。
壁際に追い詰められた私と、迫りくる気も悪い手。その手は容赦なく私に触れる。腰にあてがわれた手は、私の服の下をうごめいて上に上ってくる。
「い…や…」
私の口から、嗚咽にも似た声がこぼれる。それは聞こえようによっては、嬌声にも聞こえたのだろう。私の前にある顔が、気色にゆがむ。
(なんで、私だけこんなことになるの…?誰か助けてよ…。カティ…)
「い…嫌?かな?」
音の意味にはっと気づく。嫌悪、拒絶、悲鳴、懇願、たった一言に背筋の凍るような意味が含まれていた。まるでかすれるような声であったが、夜に愛されたこの体がその音をとらえる。
次の瞬間、俺は飛び跳ねて近くの棟の屋上に飛び降りていた。気配を殺し、固有異能である『隠匿』を発動する。それにより、俺の存在は希薄になっていく。この状態ならほぼ誰にも見つからないだろう。
そのとき、俺を支配していたのは不思議な全能感であった。気分は高揚し、頭はクリアになり、悲鳴の聞こえた位置もわかる。ここから下に2メートル、北北東に6メートル。普段の枷から解き放たれた自分の体をもって、俺はつくづくと自分が吸血鬼であることを自覚した。
(これは、人間の力ではないな…吸血鬼か…)
そのことを考えながらも、俺は屋根伝いに目的地に向かう。固有異能である『韋駄天』も発動してあるのでは一瞬で目的の建物についた。その建物の名前は、教導官棟。名前の通り俺たちが昼間にお世話になっている、騎士見習いを育成するための建物だ。
外から目的の位置を確認する。窓から、薄くろうそくの光が漏れていた。急いで入り口に向かい建物の中にもぐりこむ。棟の入り口は、鍵がかかっておらず簡単に開いた。目的の部屋まで、誰とも会うことはなかった。廊下は静まり返り、物音ひとつしない。進む前方から聞こえてくる声だけは、俺の耳を打った。
私は恐怖で動けなかった。その間にも、この気持ち悪い手は私の体の上でうごめいていた。この手を払いのけたい、でもこの手は教官だから手を払ったら1課に行けないかもしれない。そんな思いの中で揺れ続けて、動くことができなかった。
私が動かないことをいいことに教官は、服を脱がし、下着をとっていく。私のみすぼらしい胸があらわになる。教官の笑みが一層気持ち悪いものになる。 私の目からは、自然と涙が零れ落ちていた。
扉のドアが開いていた。いつ開いたかはわからない。ただ私と教官が気づいたときには開いていて、薄暗い廊下には2つの目が浮いていた。そして、自分が安心していることにきづいた。その眼は…その闇に浮かぶ怒りをともした瞳は、ロアンのものだとわかったから。
ドアを開けて呆然とした。そこにいたのはモカだったから。そのかわいらしい顔を泣き顔でくしゃくしゃにしていた。
そしてモカ以外に部屋にいる人間の顔を見た。それは、アベル教官だった。なぜ、という疑問も浮かび上がったが、それよりも先に教官に殴りかかっていた。
怒りで殴り掛かったのにもかかわらず、ぎりぎり寸止めできたのは行幸だったろう。吸血鬼の身体能力とサラ先生にたたきこまれた体術の理を持って、拳を打ち抜けば一般人の頭など簡単に打ち貫いてしまう。さすがに脳髄をぶちまけるような真似は慎みたい。
それでも、風圧なのか、寸止めをしくじり微妙に当たっていたのかわからないが、アベル教官は椅子や机を巻き込みながら吹き飛んでいた。
耳を澄まして、アベル教官の心臓が動いていることを確認すると、足を振り上げて大股開きになっている股間に振り下ろした。
ぐしゃりという気持ち悪い感覚と共にアベル教官の股間がどす黒く赤く染まっていくのを確認した。アベル教官は先ほどから、体をぴくぴくと痙攣させているが、完全に意識を失っているようだった。
(淫行教師成敗!ったく、どこのエロゲだよ。あーでも千葉出身の友達が、中学校の教師がかわいい女子生徒食いまくっているって話していたなあ。なんでも大人へのあこがれがあるからよく釣れるだとか?どこにでもあるのか…ワールドワイドだな!)
振り返ると、半裸のモカが立っていた。『モカ』と一声かけてやると泣きながら抱き着いてきた。いつぞやと同じ、顔をくしゃくしゃに歪めながら泣いているモカを見ていると、既視感を感じて泣き止むまで頭を撫でてあげた。
千葉の話は実話です(´・ω・`)




