面倒事 その2
ニヤニヤ ニヤニヤ
今は、カティの家でおいしい夕飯をいただいている。だけど、目の前に座るカティがうっとおしい。
「ロアンさん…カティお兄ちゃんが気持ち悪いよお…」
メーディアちゃんが食欲をなくしたという顔でこちらに訴えかけてくる。やめてくれ、俺もさっきから飯がまずくて仕方ないんだから…
「ああ…あれは重症だからな。おいカティ、飯がまずくなるからやめろ」
「うへへ。なにー?ロアンー?おれやったぜ、とうとうレナちゃんとつきあえることになったんだぜ!」
「という、妄想をしたんだ…」
もう今日何度目かになるカティのセリフに嫌気がさしている。
「妄想じゃねーし!なんだよーうらやましいのかー?」
(やべえ、殺してえ。爆発してしまえ)
カティがキモ系男子になった原因は今朝までさかのぼる。へとへとになって帰ってきた俺を出迎えたカティは開口一番に行った。
「ロアン!やっと帰ってきてくれたか!頼む助けてくれ!」
「やだ。いやに決まってんだろ!明日にしろ」
なんか、疲れているうえにいやな予感しかしない。
「他人事じゃないから!ロアンが実家に帰ってる間に神殿騎士団から試験の合格通知が来たんだよ!」
「あー、そうか。おめでとう?よかったな」
「なんで疑問形なんだよ!ロアンも合格に決まってるだろ!」
(そういえば、そうだった。なんかもう頭働かないわ)
「ちがうんだ。そんなことじゃないって、いや合格は大事なんだけど…合格したらレナちゃんに告白するって話だっただろ!」
(なんでこの子、こんなに乗り気なのさ。ふつうここは、俺があおって無理やり告白させるとこじゃないのか…?)
俺がいぶかしげな顔をしていると、カティが照れ気味に話を続ける
「いやー、俺もいろいろ考えてみたんだけど。ロアンが言うようにやっぱりチャンスは今しかないんだってわかったんだ。だから頼むよお」
カティが情けない声を出すが、やる気だけは伝わってきた。
「それで何を頼まれればいいんだ?」
「やってくれるのか!さすがロアン!頼むぜ!」
「だから用件を言えって言っているだろうがああああ」
疲労と眠気とうざさで久しぶりにきれちまったぜ☆
「はあ?来ていく服が決まらない?お前はどこかの初めてデートする女子中学生かよ…」
「は?じょちゅがきせい?なにそれ?」
「なんでもない。それでとりあえず持っている服を見せろよ」
俺たちはカティの部屋に向かった。だけどカティの部屋のドアを開けた瞬間、激しく後悔した。
一言でいうと、残念すぎる。そこには、カティのものらしき服が散乱していたのだが、その服は2種類に分けられた。部屋着にしか使えないようなダサい服、そして割とごてごてしいイタイ服。
何も言わずにそっとドアを閉める以外の選択肢がなかった。もう、カティがかわいそうな子にしか見えない。
「どんまい」
カティの肩をたたきながらなぐさめた。
(おかしい普段の服は、別におかしくないのになんで出ている服はおわっているのだ?)
「えー?なんで閉めるんだよ。服見せろって言ったのはロアンだろー?俺さ、この服とかどうかと思うんだけどさ」
カティは再び部屋のドアを開けて、イタイ服を見せてくる。
「あほか!こんなもん雑巾にしか使えないわ!痛すぎるわ!おい、カティいまいくらもっているんだ?」
「えっと、皇国紙幣で200ポンドくらい」
そう、皇国の貨幣単位はポンドなのだ。イギリスとは全然似てないけど。産業の爆発的な発展に伴い、各国では硬貨―金銀銅の貨幣―では賄いきれず、紙の紙幣を発行しだしている。しかし、まだ浸透しきらず、硬貨のほうが信用度が高い。
「200か。ちょっと足りないかもな。まあ、足りない分は俺が立て替えてやるからとりあえず服屋にいくぞ」
「まじで!?くれんの?やったー」
「馬鹿が、貸すだけだ。給料出たらちゃんと返せよ。ああ、それと服屋の前にモカの家に案内してくれ」
「えー?てか何でモカがでてくるんだ?」
「なにいってんだよ。俺だけが選んでもしょうがないだろ。ここはアドバイスできる人が多い方がいいんだよ。しかもモカはそのレナって子の友達なのだろ?いいアドバイスもらえるかもしれないじゃないか」
「え゛ーまじでー」
カティが露骨に嫌そうな顔をする。
(お前はなんでそんなにいやそうなんだよ。いい子じゃないか)
「あーじゃあ、俺も面倒だから寝るわー。おやすみ」
「まって!わかった!案内するから見捨てないで!」
思い出しても、ここで意地を張ってくれた方がどれだけありがたかったかとつくづく思う。
「ここが…か」
「そうそう、この酒屋がそう」
モカの家はこぢんまりとした酒屋だった。これでよくカティと幼馴染ができていたと思う。
(まあ、親の生活レベルは子供の友誼には関係ないか。大きくなってくると割と響いてくるのだけどなあ)
そうしていると、奥からモカがでてきた。
「ロアンにカティ?どうしたの?」
ちょっと嬉しそうなそれでいて嫌そうな顔で俺たちを見る。誰がとは言わないが、家まで訪ねてきてくれてほんとはうれしいのだろう。
「なんか、ロアンが連れて行けっていうからつれてきただけだぞ」
ぶっきらぼうにカティはいう。それに対してモカは少し顔をしかめた。
(さすがにお前はツンデレはやめとけ、いらっとするだけだからさ…それ以前にお前のために来ているんだぞ!忘れんな)
「あー、モカはあの試験日の昼のこと覚えている?あれのことで相談があるけど、時間いいかな?」
「えっ試験?うーん…ああ、あのことね。もしかして二人とも試験受かったの?おめでとう」
「ありがとう。俺ら無事に通過したよ。モカはどうだった?」
「うん。私もなんとか合格だったみたい。これからよろしくね」
俺とモカがいえーいとハイタッチをしている隣で、カティがなんかおいていかれた子犬みたいな顔をして立っている。
(カティも混ざっていいんだよ!おまえだって合格したじゃないか。というよりお前ら仲良くしろよ。幼馴染なんだろうが)
「あーそれで、頼みがあるんだけど、カティの残念なファッションセンスを助けてやってほしいんだ」
「そうね…カティはちょっとひどいよね」
さすが、幼馴染はわかってらっしゃる。
「そういうわけで、勝負服ってやつを買いにいくことにしたんだけど、服選び手伝ってほしんだ。俺だけじゃ自信が無くてね」
正直、ファッション雑誌すらない世界では流行や現地の人のファッション感覚なんて全く分からない。まあ、日本にいたころにそんなに雑誌を見ていたわけじゃないけど…
「私だって、そんなに暇なわけじゃないのよ。カティのために服選びなんてねー」
(あー、この子もツンデレだったか。めんどくせえ)
「まあ、そういわずに頼むよ。このとおり」
そういいながら、頭を下げる。隣で、カティはふてくされていた。
(おめーためにやってるんだぞ。KU☆SO☆GA☆)
俺は、完全に貧乏くじを引いた気分になっていた。
結局、嫌がるモカを口説き落として、カティの勝負服を選び終わったのは昼を過ぎたころになっていた。服が気に入らないカティは、もっと花柄をだのヒョウ柄が~だの頭の悪いことをほざいていた。モカはモカで途中から楽しくなったのかあれやこれやと服屋をひっくり返していろいろな服をカティにあてがっていた。
俺?俺はそんな中に入っていくほどあほではないので、店員とおしゃべりしながらまったりとまっていましたよ。微笑ましいなと思いながら眺めていました。
それでも、さすがにモカの選んだ服はよくあほの子のはずのカティがパッと見イケメンに見える不思議。派手すぎず、地味すぎず、清潔感あふれるさわやか系男子の登場です。中身は残念だけど。ただ、値段も相応で500ポンドほどして全額立て替えておいた。
「それでどうするんだ?俺は腹減ったぞ」
「それじゃ、先に飯にするか。モカもそれでいい?」
「いいけど、約束道理おごってね。ロアン」
「ここで、俺がおごるのも変な気もするけどカティは金ないからな…給料出たら返せよ」
「えー俺が払うの!?まーそれより飯、飯。おれスパゲッティが食べたいわー」
「あたりまえだろ!それにあほか!新しい服着てそんな汚れそうな物食うんじゃねーよ!」
俺たちは、無難な昼食をとってから、問題のレナ嬢の家に向かった。レナ嬢は服屋の看板娘で、俺たちが遠巻きに見たその時も一生懸命売り子をしていた。
「あれが、噂のレナちゃんか…」
「だろー、超かわいいだろー。俺もさ、あの笑顔にコロッと行っちゃったわけだよ。もう殺人的笑顔だよなー」
「いや、訊いてないからそういうの」
「あー、すごい緊張してきた。それじゃいってくるから」
いきなり走り出そうとしたカティの襟首をつかんで引き寄せる。
「あんたバカじゃないの?見てみなよ。レナは今仕事中だよ。そんな中、どの面さげて邪魔しに行くのさ。しかも、いま客対応している真最中でしょ。これから社会人になるんだからもうちょっと常識を身につけなさいよね」
言いたいことはモカが全部言ってくれた。さすがっす。頼りになります。惚れそうです。
「そういうわけだ。休憩時間になるまで待て」
そうこう言っている間に、お店の客は途絶えてレナちゃんは奥に引っ込んでいった。遅めの昼休憩でもとるのだろう。それをモカに目で合図する。
「ほら、こっちむいて」
そういいながら、モカはカティの乱れた服も丁寧に直していく。
「よし!いい男!それじゃ行ってきな」
モカは服を直し終わるとポンポンと手をたたいて、カティを店の方におす。
「それじゃ逝って来い。俺たちは近くの公園で待っているから、あとで結果だけ教えてくれ」
そういって、カティを戦場へと送り込んだ。
俺はモカと一緒に公園でカティを待っていることにした。夏の暑い日なので露店からよく冷えたジュースを買い、ベンチに腰を下ろした。
「さすがに、真夏だけあって日差しが強いねえ」
「そうだね…」
むぅ…
「日射病にならないように注意しないとね」
「うん…」
モカは二人きりになると途端に口数が少なくなる。出会ってから2回しか会ってないからいきなり仲良く会話なんて望んでないけど、さすがにこれは露骨すぎると思う。
「カティがちゃんと振られてくるといいねえ」
「だね…えっ?」
「えっ」
「そんな、ロアンは友達なのに振られればいいなんて、ひどくない?」
「ん?でも、モカはその方がいいんでしょ?」
「そ、そんなことはないわよ。一応どっちも幼馴染なんだし、うまくいったらいいなって思うよ?」
最後の方が、自信なさげに声が小さくなっていく。
「嘘は、よくないよ」
「う、嘘じゃない!」
「ふうーん。ふふふ」
自分でも、悪い顔になっているだろうと自覚はあった。
「それに、レナはすごくいい子なんだよ。スタイルいいし、かわいいし、私とは全然ちが・・・」
「そうだね、見た目も抜群だし、モカがいい子っていうならいい子なんだろうね」
言葉を切ってモカの顔を見る。そこには、不安と希望がごちゃまぜな不安定な瞳があった。
「でも、よく言えば可憐、悪く言えば線が細いって感じの子かな?打たれ弱そうな子だよね」
そこがいいっていう話もあるだろうけど、俺の趣味じゃないなあと心の中で付け足す。
「そうそう、だから守ってあげたいって話みたいよ」
(守ってあげたい…ね。あまり健康的な関係ではないと思うけど、あくまで他人事ではあるからな…)