エルフェミア
今回は、話のきりがわるくて短いです
「なぜ、教官がここにいるのですか…?」
意外すぎる登場にげんなりしながら聞いてみることにした。
「私がここにいるのがおかしいと坊はいうのだな」
「いえ、おかしいということはないのですが、意外すぎて脳みそがついていけません」
正直に、はっきり伝えないと殴られる。その恐怖が染みついているために即答できた。完全に調教されている気がする。
「そうか、少し見ない間にずいぶんと甘ったれた様子。ここは、一から叩き直してあげよう」
「い、い、いえ、全力で結構です。それに俺は、状況説明なしにすべてがわかるほどエスパーではありません」
「なにをいう、この程度状況だけで理解しなさい」
ふふふと妖艶(?)に微笑むサラ先生に、冷や汗だらだらでびびっていた。ここまでくればなんとなく予想はつくが、いまさらそれが現状打破にはつながらない。
「サラ先生は、私の家庭教師を引き受けてくださったのですよ」
蛇に睨まれたカエル状態の俺を気遣ってか、エマがフォローを入れてくれた。なんでも、急な話で家庭教師が見つからなかった。それだけではなく、今回の急な領主任命には本家の跡目争いといういわくつきであるために、誰もなり手がいないのだった。そこにサラさんが快く立候補してくれたとか。面識もあるということですんなり話が進んだらしい。
(それにしても、俺が名前で呼ぶと怒るくせにエマが名前で呼んでも怒らないんだな。なんでなんて聞いたら多分殴られる上に、馬鹿にされるんだろうけど…)
サラさんには相変わらず頭の上がらない俺だった。
お兄ちゃんが新しい家へ遊びに来てくれた。お姉ちゃんは、お兄ちゃんに会うときは目に見えて機嫌がよくなる。昨日もラドヴィラの家からお兄ちゃんがくるって連絡があって大変だった。お姉ちゃんのうれしそうな悲鳴も久々に聞いた気がする。お姉ちゃんは、昨日夜遅くまでバタバタやっていた。
ただ、サラ先生がちょっと不機嫌そうな顔をしていた。だけど、すぐに悪そうな顔をして、笑っていた。いつも、上機嫌でいるサラ先生には珍しい。
そういう僕もお兄ちゃんが来てくれるのはすごい楽しみだった。お兄ちゃんは、いつも面白い話をしてくれるし、新しい遊びを教えてくれる。それに、自分は異世界からきたっていう。お兄ちゃんのする異世界の話はすごく楽しそうで、うらやましい。お姉ちゃんだってそうだ。
いまも食事の席で、お兄ちゃんの隣の席でにこにこしながら話を聞いている。お兄ちゃんは旅の話をしている。サラ先生はあきれ顔で聞いているけど、僕も将来あんな風に自由に旅をしてみたい。
「ヴラド?呆けているけど、どうした?」
「あ、ううん。なんでもないよ。それでどうしたの?」
お兄ちゃんに心配そうな顔をさせてしまった。お兄ちゃんの表情は面白いほどくるくると変わる。いまも、心配そうな顔を一転して、楽しそうに話を続ける。
お姉ちゃんも僕もいまでは、お兄ちゃんみたいによく笑えるようになった。だけど、初めからこうだったわけじゃない。多分8年前、僕が5歳だったころより前は、笑った記憶があまりない。それどころか、本家のあのうちで笑い声なんてめったに聞けるものじゃなかった。
でも、お兄ちゃんは初めて見たときから違った。表情もそうだったけど、眼の光が違った。最初はなんだかわからなくて怖かったけど、なれるととても心地よいものになった。
久しぶりにあったお兄ちゃんは変わらず、キラキラしている。なんでもこの3年間ずっと旅をしていたらしい。それも、人間の国を中心だといっていた。人間の国には、汽車とかいろいろなものがあるって教えてくれた。
今は、敵対国である聖パルティア皇国にいるって聞いてびっくりした。あの国は昔から、鬼族を吸血鬼ってさげずんで攻撃してくるって話を本家の人たちが話していた。低能な人間が鬼族に逆らうなど…なんていっていたけど、お兄ちゃんの話の中の人たちは全然違う。みんないい人で生き生きしている。もともと、お兄ちゃんが人を悪く言うところなんて聞いたことないけど。
お姉ちゃんがお兄ちゃんの隣で笑っているのはお兄ちゃんがそういう人だからだと思う。僕も、お兄ちゃんがお姉ちゃんの婚約者でよかったと思う。
「なんか、ヴラドがボーッとしていたけど大丈夫かな?」
「そうですね。いつもはそんなことはないのですけど…」
今は、食後のティータイムを楽しんでいる。ヴラドは、昨日はしゃぎすぎて眠れず、もう『おねむ』になったようだ。
(それにしても腹が立つ。エマもヴラドもこの館に来てから少し元気がなかったというのに、坊が来ると決まってからこのありさま。エマに至っては、今まで見たことが無いような笑顔。まったく、はぁ…)
今も目の前で、エマと坊が楽しそうに会話をしている。かわいい教え子のエマが楽しそうにしているのも、ルーベン様にそっくりなロアンが楽しそうにしているのも面白くない。何より面白くないのは、自分がお邪魔虫でしかないこと。しかし勤めて表情に出さないようにしている。
(この子たちを二人っきりにしてなるものか)
久しく忘れていたこの敗北感。それに対するささやかな抵抗だった。
「エマ先生?エマ先生?」
うつうつと考えているとエマから話しかけられていた。
「あ、すまない。きいていなかった。どうした?」
「紅茶のお替りはいかがですか?」
結局、エルフェミアには2週間近く滞在することになった。帰ろうとすると、ヴラドやエマがこの世の終わりのような顔をするからだ。逆にサラさんには、早く帰れとせっつかれる。何とも板ばさみ生活を送っていた。
(エマもヴラドも大きくなったけど、中身はあんまり変わってないな。エマも領主として仕事をしているときは、はっとするほど凛々しくなっていたけど、普段は昔のまま変わらず素直な子のままだったなあ。)