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その九十一
手作りめんこの確保はまた後日である。ぼくの胸は激しく高鳴っていた。モモヨちゃん、きみこそぼくの運命の人だ。ぼくはきみを娶りたい。愛さんは大好きだ。アンダーソンさんもいい。和泉さんは髪の毛がピンクでなかったら、そしてお腹にタトゥーが入っていなかったら、愛さんよりもアンダーソンさんよりもむしろいい可能性がある。
しかし……しかしである。彼女たちは残念ながら運命の女子ではないのだ。モモヨちゃんには運命を感じる。モモヨちゃん、おれはきみが好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。
家にもどったのちに興奮状態で今度は公園に行く。十キロを一時間弱で走った。ぼくにしては相当速いペースである。
つづいて風呂に入る。髪を洗っているときもからだを洗っているときもぼくは、モモヨちゃんが好きだモモヨちゃんが好きだと、声に出していいつづけていた。
フレッドペリーの長袖ポロシャツを着ていたモモヨちゃん。いちばん上までボタンを閉めていたモモヨちゃん。黒い髪の小柄なモモヨちゃん。身長一四五センチの華奢なモモヨちゃん。ぼくが求めていたのは、あの感じなのだ。
風呂から出たら、いうまでもなく晩酌の用意である。イワシの甘露煮、チーズオムレツ、かつぶしと生姜を多めに乗せた絹豆腐、大根の酢漬け、きのうつくったごぼうサラダの残りをテーブルに並べたのちに「蔵だより」をレンジでぬる燗にする。
豆腐を食べつつぬる燗を二合ほど飲み、なっちゃんオレンジのペットボトルにつくった青汁をデカいマグカップでグイグイ飲んでいると、シャミーが帰ってきた。
「おお、おかえり」
「ただいま」
「お父さん、元気だったか」
「うん。新倉さんにくれぐれもよろしくって」
「なに食べる?」
「新倉さんが食べてるのとおなじでいい」
「プリン、冷蔵庫にあるからな」
「うん。あっ、お土産あったんだ」
シャミーはリュックから紙パックの酒を取り出した。
「このお酒、こっちのセブンのと、中身いっしょかもしれないんだって」
シャミーが買ってきてくれた酒は「くらしにマクベス、鬼ころし」というものと、コンビニとかヨークマートなどで売っているセブンプレミアムの鬼ころしだった。
「『くらしにマクベス、鬼ころし』はあっちで買ってきたのか」
「うん」
ぼくはいちおうこの二種の鬼ころを飲み比べてみる。
「うーん……」
「どう?」
「たしかにおなじかもしれないな」
シャミーはリュックから仲麻呂も出していた。
「仲麻呂またもってきたのか」
「これ仲麻呂じゃないよ」
「尻尾黒いじゃん」
「でも足は白いよ。仲麻呂はガンメタだったでしょ」
「そうだっけ」
こっちのロボット犬は武智麻呂というらしい。サンマルチノさんはまたぞろぼくに頼み事でもあるのだろうか。
「頼み事用のロボット犬じゃないみたいよ。たしか見張り機能がすごいのかな」
「ほー」
「お父さん、新倉さんは真のジュクジュクマンだから、これで監視することにしたんだって」
「なんでだろ? 何の監視?」
「浮気とか」
「浮気もなにもないだろ。そもそもシャミーの偽装なんだから」
「でもお父さんは、嘘だって知らないじゃない」
「お父さんは本当にシャミーがおれと結婚すると思ってるんだな……」
武智麻呂はサンマルチノ電器産業の最新式のロボ犬である。最新機能は通報である。
たとえば浮気を監視していてそれが発覚すると、ただちに通報されて処罰ロボが連動するようになっているのだ。
「処罰ロボか――それはなに麻呂だ、奈良麻呂か、乙麻呂か」
「スーパーメカメトロン」
「え」
「スーパーメカメトロンがただちに出動して処罰するんだって」
「それ、基準はどうなってるんだろ……居酒屋とかさ、フレッドペリーのポロシャツのボタン二個はずすとかでは通報されないよね」
スマホが振動した。山城さんからのメールであった。山城さんは〝デカルチャー情報〟と前置きしたのちに、ローマ教皇と蔵シリーズの関係について言及していた。今晩行ってもいいですか、とも記している。
「山城さん、来るみたい」
「鬼ころし、飲み比べてもらったら」
「あっ、これはダメだ。シャミーいいこといってくれた。あぶなかった」
ぼくは先の二種類の鬼ころを台所の棚に隠した。これ以上飲み比べの種類が増えたらローマ教皇やディープステートだけでなく、イスカンダルだとかデカルチャーがどうのこうのだとかということにまで仮説が発展してしまう恐れがある。
「ねえ、新倉さん」
「ん」
「どうして、オムレツにケチャップで〝モモヨ〟って書いてあるの」
「やっぱり『蔵そだち』と『蔵人三代』はディープステートからんでるね。シャミーもそう思うだろ」
「モモヨなんて子、誰もいないじゃん」
山城さんがやってきた。今晩は蔵シリーズではなく、カップ麺を持参してきている。
「山城さん、ぼくはインスタントラーメンとかお菓子類は食べませんよ」
「いや、でもこれはそば系だから食べてくださいよ」
「どうしたんですか」
「これ見てください」
「うん」
「この『マルちゃんの緑のたぬき』とそれからこっちの『くらしにハムレット、グリーンのたぬき』」
「ふむふむ」
「これ、中身いっしょですよ」
「ホントに?」
「間違いないです。わたしが緑のたぬき普段よく食べてるの知ってるでしょ、新倉さん」
「まったくデカルチャーですなぁ」
「そうです。まさにデカルチャーですよ。ね? シャミーちゃん」
シャミーは、
「デカルチャー」
とデフォルメされた声音でこたえたのちに山城さん用の湯呑みを取りに台所にさがった。
ぼくはこの隙にケチャップで描いたモモヨという文字を、
「モモヨちゃん、大好きだ、こんなにも大好きなんだ、わかるかい」
と遠くのモモヨちゃんに語りかけつつ、いったん平らにならした。
(完)




