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その三
けっきょくこの晩のぼくたちは、「くらのすけ」と「蔵人三代」はおなじ酒、そしてすくなくとも「蔵そだち」と「蔵だより」は先の二種とは若干酸味がちがう、という見解で一致した。
「蔵そだち」と「蔵だより」のちがいについては結論は出なかったが、それでもまあ一件落着といってもいいだろう。いちおうすっきりはしたのである。
しかし翌朝は飲みすぎていたためにぜんぜんすっきりした気持ちではなかった。ぼくは水をがぶ飲みしたのちに入浴する。長風呂作戦である。
「ちょっと調子よくなってきたぞ」
食欲も出てきたので雑炊をつくる。たまご雑炊である。
昼ちかくになってしまった朝飯を食べ終えると、またぞろ急激に眠くなってきた。布団に入ってしっかり睡眠を取ることにする。
午後の二時すぎにふたたび目覚める。すると、ほぼほぼ体調は通常通りになっていた。いい気分である。アルバムを聴く元気も出てきた。そんなわけでビートルズのサージェントペパーを最後まで鑑賞したのちに日課の散歩に出る。
ここのところ散歩する場所はたいてい公園である。この住まいのぼちぼち近くに大きな公園があるのだ。
ここのところ公園でばかりウォーキングをしているのは理由があった。じつは三ヶ月ほどまえにとてつもなく色っぽい婦人と遭遇したのだ。
まだ一度しか見かけたことはないのだけれど、その衝撃たるや、たいへんなものだったのである。
ぼくは昭和の大女優、若尾ふみの大ファンなのだが、先の婦人はその若尾ふみにそっくりだった。それも三十五、六のいちばんいいときの若尾ふみと瓜二つだったのである。
「もう一度会えたら、なんとしても求愛するぞ」
ぼくはいつものようにそう自分にいいきかせつつ自転車に乗った。
基本的に普段は徒歩で公園に行くのだが、きょうは帰りに食品を軽く補充するので自転車で向かうのである(ゆうべと今朝でたまごをかなりつかってしまったのだ)。
公園に到着すると、ぼくはまず一周一キロのコースを九分五十秒で歩いた。まあだいたいいつもこれくらいのスピードである。
三周ほど歩いたのちに里山ゾーンへ行く。てっぺんまで登ると、界隈を一望できる。これをやはり三往復ほど繰り返す。
そのあとは気の向くままに公園のあちこちを一時間ほど歩きまわった。トータルで二時間である。
ひと目惚れした若尾ふみ似の婦人はこのたびも現れてはくれなかった。きょうはもう、あきらめることにする。
「さて、そろそろたまごを買いに行くか」
今回立ち寄ったスーパーは最近開店したところである。入るのは初めてだ。
たまごの値段はおどろくほど安くもなかったが、高くもなかった。ここで買ってしまうことにする。
てきとうに店内の商品をチェックしていると、オリーブオイルが目立つところに並べられてあった。特売と謳っている。
容量が二〇〇〇ミリリットルだったので、七五〇ミリに換算するためにスマホを取り出すと、
「あ」
山城さんからメールが入っていた。
山城さんは、
「いまさっき〈河内屋〉で三リットルの「蔵そだち」と「蔵人三代」を見かけたので買いました。家に帰ったら飲み比べをして、また連絡します」
と送ってきていた。
山城さんにとってはゆうべの検証はまだ終わっていないようであった。ぼくはいちおう「お願いします」とだけ返信しておく。
はなれにもどると、きょう二度目の風呂に入る。風呂に入ってから晩酌するのが、わたくし新倉三千世の長年の習慣なのである。逆はないのである。
先ほどのスーパーでぼくはひさしぶりに絹ではなく木綿豆腐を買っていた。湯豆腐にしようかとも思ったけれど、けっきょくおろし生姜とネギを薬味にして冷奴で食べることにした。たまごは半熟寄りのスクランブルにする。このあいだ義姉にもらった漬物もコタツテーブルに並べる。
すべてが少量残っていた四天王の酒をまず「くらのすけ」から飲んでいると、スマホが振動した。またぞろ山城さんであった。
「もしもし」
「もしもし山城です。ゆうべはごちそうさまでした」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
「いまね、三リットルの「蔵そだち」と「蔵人三代」飲んでるんですけど、このふたつはおなじ酒ですね」
「でもきのうは『蔵そだち』と『蔵人三代』は酸味がちがうっていう結論に達したじゃないですか。あと『くらのすけ』も」
「ええ。でもそれは二リットルのやつでしょ。三リットルバージョンはどうもちがいますね。おなじ酒になってますよ」
「あはははは」
「またイチからやりなおしですね。わたしはあした『くらのすけ』の三リットルを飲んでみますから、新倉さんは『蔵だより』の三リットルを検証してください」




