1 『青い鳥』――機嫌の悪い鳥が来た。
病室に、青い鳥はいない。
あるのは、白いカーテンと、薄い毛布と、消毒液の匂いだけだ。
病室という場所の時間は、すぐに覚えてしまった。朝になると廊下の奥から清掃用のカートが近づいてきて、床を拭くモップの湿った音が、ベッドの下をゆっくり通り過ぎていく。昼には配膳車の車輪が小さく軋み、夜にはどこかの病室から漏れる寝息と、規則正しく鳴る機械の音だけが残る。その流れは、時計よりも点滴の落ちる速さに似ていた。進んでいるのに、どこにも着かない。
青い鳥という話を、私はわりと嫌いじゃない。
幸せを探しに遠くまで出かけた子どもたちが、最後には家の中でそれを見つける話。健康な人が読むと、いい話になるのだと思う。幸せは案外近くにある、足元を見ろ、今あるものを大切にしろ。そういう、きれいで、正しくて、文句のつけづらい結論に落ち着く。
ベッドから降りるだけで看護師さんを呼ばなければならない人間にとって、近くにある幸せというのは、時々かなり意地が悪い。窓は近い、空も近い。水色に薄められた四角い空なら、寝たままでも見える。でも、そこへ行けない。行けないものが近くにあると、遠くにある時より腹が立つ。
病室の窓から海は見えない。
見えるのは向かいの建物の白い壁と、その上に押し込められた空だけだった。雨の日にはガラスが濡れて、向かいの建物も空も、ぼんやり滲む。晴れの日には、空があまりにも平気な顔で青くなる。その青を見ていると、海もこんな色なのかもしれないと思う。けれど、きっと違う。海には匂いがある。潮の湿り気があり、髪を乱す風があり、靴の中に入り込む砂がある。
私はそれを知っている。
知っているだけで、触ったことはない。
だから私は、青い鳥の話を嫌いじゃない。少しだけ信用していない。
家の中にいた鳥が本当に幸せだったとしても、探しに行った足の疲れや、知らない街の匂いや、途中で転んだ膝の痛みまで、なかったことにはならないはずだ。遠回りしたから見えるものもある。戻ってきた場所が同じでも、戻ってきた人間はもう同じではない。幸福という言葉は、ずるい。見つけた人のものになるし、見つけたことにした人のものにもなる。
私はBベッドにいる。
だから、名前を聞かれたら、ビビでいい。Bベッドだから、ビビ。本名かどうかなんて、病室ではあまり意味がない。ここではだいたいの人間が患者さんと呼ばれるし、看護師さんは忙しくなると、誰の名前も似た声で呼ぶ。ビビなら短い、呼びやすい、忘れにくい。何より、冗談みたいでちょうどいい。
Aベッドの周りが騒がしくなったのは、午後の光が一番白くなる時間だった。
看護師さんが枕元を整え、機械に触れ、誰かの名前を何度か呼んでいた。清潔な布の匂いと、消毒液の匂いが濃くなる。病室は一瞬だけ、誰も傷ついていない場所みたいな顔をした。そんな顔が長続きしないことを、私は知っている。病室はいつだって、誰かが壊れたあとに整えられる。
ストレッチャーの車輪の音が近づいてきた。
カーテンの向こうで、息が浅く乱れていた。
最初に聞こえたのは、機械の音だった。
――ピッ。
少し間を置いて、もう一度。
――ピッ。
病室に、新しい拍子が増えた。時計とも、点滴とも違う。誰かがまだこちら側にいることを、機械が代わりに数えている。毛布が擦れ、金属が小さく触れ合い、誰かが低い声で名前を呼んでいる。
「榎木さん。榎木弦青さん、聞こえますか」
返事はなかった。
しばらくして、乾いた喉から無理やり押し出したような声がした。
「……うるさい」
それが、榎木弦青の第一声だった。
私は笑いそうになった。
青い鳥は、この病室にはいない。機嫌の悪い鳥なら、たった今、隣のベッドに運ばれてきたらしい。




