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翌日は朝早くにローサが張り切って準備をし始めてあれよあれよと磨かれた。
「トレニア、迎えに来た。……可愛いな。では行こうか」
素顔を晒しているターナ様は普段着でも王子様然とした姿で見目麗しく、平民とは一線を画してしまい、交じれていないと思う。
『ようやくお嬢様に春が来た』と私は涙目のローサに見送られ、ターナ様と馬車に乗り込み植物園へ向かった。
今日のターナ様には護衛もしっかりと付いて来てくれている。
「トレニア、そんなに見つめられては穴が開いてしまう」
「はっ! すっ、すみません。今日のターナ様は王子様だなぁとぼーっと考えていました」
「ははっ、それは良かった。トレニアにはしっかりと男として見てもらえているんだな」
ターナ様の言葉に私は顔を真っ赤にする。
だって、それは、ターナ様が私を意識しているということでもあるし……。
「ターナ様は素敵な男性ですよ!? むしろ雲の上、天上人だとさえ思っているくらいですよ?」
「では私、ターナ・グレイルはトレニアの婚約者候補に入れてもらえるかな?」
「ひぇっ!? 突然、こ、婚約者候補で、ですか??」
ターナ・グレイル。
……グレイル。
という事は彼はグレイル伯爵家子息なのね!?
改めて薬師の方々の爵位に驚くわ。
「私は平民ですよ? 伯爵位の方とはお付き合いも難しいのではないですか?」
ターナ様は『なぜだ?』と言わんばかりに不思議そうな顔で私を見つめている。
「トレニアは知らなかったのか。マード薬師長はトレニアが希望すればいつでも養女として迎えると豪語しているし、ナザルも公言している。
君の実家も君に復籍願いを渡しているだろう? 君の実家から俺を含めた薬師達の家に本人が希望したら養女にさせてもらえないかって話をもらっている。貴族だからとか平民だからとか気にしなくていいと思うが」
ええっ!?
あの書類を貰った時、私は何にも考えていなかったけれど、お父様はしっかりと私のことを考えてくれていたのだ。そう考えると心に温かい物が広がり、自然と涙が目に浮かんだ。
「トレニア、大丈夫か!?」
私の様子にターナ様は慌てたように聞いてきた。
「大丈夫です。皆様の心遣いが嬉しくて我慢ができなかったんです」
「そうか。トレニア、無理はするものではない。俺が付いている」
「ありがとうございます」
私はターナ様にふわりと温かな感情を覚えながら馬車は植物園に到着した。
「さぁ、我が姫。お手をお取り下さい」
ターナ様は笑顔で私に手を差し出した。
それは自然な仕草だった。その仕草にトクリと小さく心臓が跳ねる。なんて素敵なエスコートなの。
「ターナ様、眩し過ぎてクラクラしてしまいます」
「それは嬉しい」
私はターナ様の手を取り植物園を見て回る。やはりターナ様は優秀な薬師だけあって植物にも詳しい。
けれど、ふと思ったの。
王子様然の男性にエスコートされながら『この植物を乾燥させて何gを混ぜ合わせて~』と嬉々として話す内容が一般のご令嬢には向かない内容だと。
ターナ様が物凄く上機嫌で話をしている姿を見てクスッと笑ってしまった。
「トレニア? 何か可笑しな話だったか?」
ターナ様はふと話を止めて不思議そうに聞いてきた。
「いえ、ターナ様。ターナ様の話はとても楽しくて深く聞き入ってしまうんですが、ふと私以外のご令嬢は嫌がるのかなと思ってしまっただけです」
「あぁ、そうかも知れない。以前、婚約者と植物園に来て植物の話を熱心にしていると、彼女は顰めっ面になっていて怒って一人先に帰ってしまった事がある。その後も何度かお茶をしたけど、話が合わなくてね。結局、婚約解消になった。
その後、何人ものご令嬢達が婚約者になりたいとお茶をしたんだが、誰も俺と合わなかった。みんな途中で怒って帰っていく。まぁ、仕方がないな。
合わないと婚姻してから人生を捨てたようなものだしな。俺はトレニアに会えて良かった」
何という事!?
数多のご令嬢達が付いていけない程の癖のある人だったの!?
私の頭の中は衝撃と疑問で一杯になった。
「そうそう、婚約解消はナザルやレコルトも似たような理由で今は婚約者が居ないからな。俺だけじゃない」
ターナ様は意気揚々と言っているけれどナザル薬師もレコルト薬師も!?
驚きで開いた口が塞がらないわ。
「ターナ様、お家の方は結婚をどう思っているのですか?」
「トレニア、心配しなくても大丈夫だ。両親は早く孫が欲しいと次々と見合いを勧めていたが、令嬢達が挙って拒否していくので最近は諦めたらしく何も言わなくなった。爵位関係なく君を見れば喜んで嫁に来てくれと言うと思う」
その辺の障害はないのね。
というかいつのまに私が婚約します的な感じになっているのかしら。
いや、この二年仕事も一緒にして話す内容も面白くて尊敬していますよ?
植物園での業務の延長かとさえ思う話も私には楽しかったですし。誠実そうだし、女っ気もない。格好良いですし。
あれ? 考えてみればみるほど断る要素がない……?
え?でも突然こんな話をする?
え?
どういうこと?
混乱しながらも必死に考えを巡らせていく。
彼は次期伯爵でもあって、何の障害もない。
いや、でも私は二度も振られているわ。
突然の心変わりだってあるし、私は姉や妹ほど美人でもない。でも、彼は私を嫁に迎えてもいいと言ってくれている。
……私は、ターナ様を信じていいの?




