<9:学園祭への道(1)>
大森昌彦・・・学園祭実行委員長。
斉藤俊也・・・学園祭実行副委員長。
西田・・・学園祭実行委員。
黒崎・・・学園祭実行委員。
加茂文治・・・生活指導教師。
野口優作・・・漫画研究部の部長。
上野正秀・・・陸上部のキャプテン。大森昌彦と斉藤俊也の親友。
(こんなはずじゃなかったのに)
3年生の大森昌彦は、頬杖をついた。
ゲジゲジ眉を左だけ吊り上げ、三白眼で壁を見つめる。
卵型の顔は、脂性のせいでテカテカしている。
放課後の会議室で、昌彦は学園祭の運営用資料を作成している。
彼は、今年の学園祭実行委員長なのだ。
「こんなに大変だとは思わなかったなあ」
昌彦は嘆息した。
その様子を見て、隣に座っている副委員長の斉藤俊也が苦笑する。
「おいおい、まだ先は長いんだぞ。もう疲れてるのかよ」
「俺、本当は学園祭の実行委員長なんて、やりたくなかったんだよな」
「お前、自分で立候補したじゃないか」
「そうなんだけどさ」
学園祭実行委員は、クラス委員とは選出方法が異なっている。
クラス委員は、そのクラスの中で必ず一名以上が選ばれる。しかし学園祭実行委員は、志願した者が務める役職だ。
だから、実行委員がいないクラスもあるし、その年ごとに合計人数も違う。
今年で言えば、3年生は3人、2年生は4人、1年生は6人と、学年によっても人数が異なる。
ただし、全部で10名以上はいないと管理・運営に支障が出るだろうということで、それより少ない人数しか立候補者が出なかった場合、その年の学園祭担当教師が補充人員を選出することになっている。
また、あまり人数が多すぎても大変なので、立候補者の数によってはジャンケンで振るい落とし作業が行われることもある。
ただし、ここ10年ぐらいは、いずれの状況にも陥ったことは無い。
昌彦は、自ら名乗りを挙げて学園祭の実行委員になった。そして自分で志願して、委員長になった。
他に志願者がいなかったので、そこは簡単に決まった。
それなのに彼は、やりたくなかったと口にしたのだ。
「やりたくなかったとか、そういうマイナスのことを言うなよ。他の実行委員の士気にも関わるだろ」
俊也が、やんわりと諌める。
彼は委員長と副委員長という関係だけでなく、役職を離れても昌彦とは親友同士だ。
「ああ、すまん」
一応は謝った昌彦だが、しかし実行委員長の仕事への意欲は、まるで沸き上がって来なかった。
そもそも昌彦は、学園祭に強い思い入れがあるわけではない。
学園祭を盛り上げるために何かしたいという気持ちは、さらさら無かった。
彼はただ、学園における自分の存在感を示したかっただけなのだ。
冴えない中学時代を過ごした昌彦は、高校に入ったら、皆に注目されるような男になりたいと思った。
しかし、高校に入学してから現在まで、昌彦は自慢できるようなこと、誇れるようなことを何も成し遂げていなかった。
昌彦は、成績が優秀なわけでもないし、運動が得意なわけでもない。音楽や絵画など、これといった特技があるわけでもない。顔は三枚目だし、家庭環境は平凡だ。
自分をアピールするための武器が何も無いのだ。
3年生になっても「大勢の中の一人」として埋没している現状に焦った昌彦は、自分が存在感を示すためには、何かの役職でトップに就くしか手は無いんじゃないかと考えた。
そこで彼は、生徒会長の選挙に出馬した。
しかし、人望が厚くて成績も優秀な3組の柳沢知良に圧倒的な大差を付けられ、あえなく落選した。
ちなみに柳沢は自薦ではなく、周囲に押される形での立候補だった。
次に昌彦を付けたのが、学園祭実行委員長のポストだった。そして彼は狙い通り、その席をゲットした。
「そこまでは良かったんだけどなあ」
昌彦が、ポツリと呟く。
「んっ、何か言ったか?」
俊也はファイルにチェックを入れながら尋ねる。
「いや、別に何も」
「だったら、もっと手を動かせよ。その資料を完成させたら、次は進行表と配置図も作らなきゃいけないんだから」
「ああ」
これでは、どっちが委員長だか分からない。
委員長になるまでは思惑通りだったが、昌彦にとって誤算だったのは、その仕事内容だ。
外から見ている限り、委員長というのは、指揮をして委員を動かしていればいいように思えた。
自分はほとんど労働せず、指示を出すのが主な仕事だと思っていたのだ。
ところが実際に委員長の座に座ってみると、まるで違っていた。委員長が率先して動き回らなければいけないのだ。
小間使いのような状態で、委員より遥かに忙しい。
各委員からトラブル発生の報告を受けることもあり、その時は解決に乗り出さないといけない。
予想とは大違いで、とにかく疲れる役職だった。
ただし、それは知らなかった昌彦が愚かなのであって、
「こんなに忙しいのか。嘘だろ」
と彼が漏らした時に、俊也は何食わぬ顔で
「そういうモンだぞ、委員長って」
と口にした。
彼は2年の時に実行委員を務めており、その大変さを知っていたのだ。
ただし俊也は、
「でも今年は去年と比べて、ちょっとキツいかな」
とも付け加えた。
今年は、各所に設置する飾り物の準備が遅れていた。
また、各クラブの出し物も、去年なら今の時期には全て決定していたのに、この時期になっても2つのクラブが未定だった。
それが決まらないと、ブースの配置も最終決定できないのだ。
「それにしても、遅いな、西田の奴」
俊也がドアの方を振り返る。
西田というのは、2年生の実行委員だ。パンフレットの原案が出来たので、承諾を貰うために職員室へ行ったのだが、なかなか戻らないのだ。
昌彦にとって何よりも疎ましいのが、承諾を取る作業だった。
パンフレットもそうだが、ポスターにしろ、キャッチコピーにしろ、何を決めるにしても、いちいち担当教師から許可を貰わないといけないのだ。
そこでダメ出しを受けたら、また作り直すことになる。
「また加茂にネチネチと言われてるのか」
昌彦はしかめ面になる。
困ったことに、今年の学園祭担当教師は、生活指導主任の加茂文治だった。
頭が固くて融通の利かない人物として、生徒から嫌われている中年教師だ。
「キャッチコピーも却下されたしな」
俊也が淡々と言う。
『くそったれの世界をぶち壊せ!』というのが、今年の学園祭のキャッチコピーとして、最初に予定されていたものだ。
だが、表現が過激で言葉遣いが汚いという理由によって、許可が下りなかった。
そのため、『城陽学園から世界は変わる』というキャッチコピーに変更された。
「俺は『くそったれの世界をぶち壊せ!』の方が、面白いと思うけどなあ」
昌彦が不満そうにこぼす。
その時、ドアがガラッと開いて、西田が戻って来た。
その表情は曇っている。
「遅かったな、西田」
「すいません、加茂に色々と文句を付けられたもんで」
「ってことは、もしかしてパンフはアウトだったのか」
「ええ、ダメだと言われました」
西田は言いながら、パンフの原案を机の上に置いた。
「くそっ、またかよ」
昌彦が舌打ちをする。
「あいつ、何度アウトにしたら気が済むんだ。もしかして、何を提出しても全てダメ出しするつもりじゃないだろうな」
「その可能性は、ゼロとは言えないな」
俊也は冷静に告げる。
「何を落ち着いてるんだよ。こんなことが続いたら、時間が掛かってしょうがないぞ」
昌彦はパンフの原案を手に取った。
「それで、具体的に何がいけないって言われたんだ?」
「えっ、ああ、それは、分かりません」
「はあっ?」
西田の答えに、昌彦の声が裏返った。
「分かりませんって、どういうことだ」
「すいません、その理由までは、訊きませんでした」
「さっき、色々と文句を言われたって、そう言ったよな」
「それは、僕の生活態度のことです。パンフの原案が却下された後、すぐに僕個人への文句を言い始めたんです」
「だったら、その後でパンフを却下した理由を訊けば良かっただろ」
「個人的な注意が続いて嫌になったので、それが終わったら、さっさと戻って来てしまいました」
「何だよ、そりゃ」
昌彦は額を押さえる。
この西田に代表されるように、実行委員は役立たずばかりで、その尻拭いをいつも昌彦がさせられるハメになっているのだ。
「もういいよ、俺が訊いて来る」
昌彦がパンフ原案を持って立ち上がる。
「俊也、お前も来い」
「えっ、俺もか」
「ああ。ほら、行くぞ」
昌彦は、強引に俊也も部屋から連れ出した。
「どうして俺も一緒なんだよ」
「お前の方が口が上手いだろ。それに、俺はあのオッサン、苦手なんだよ」
「俺だって得意じゃないぞ」
「それでも1人よりは2人の方がマシだ」
そんな会話を交わしつつ、2人は職員室に到着した。
ドアを開けて一礼し、昌彦と俊也は加茂の元へ向かう。
「先生」
「ああ、お前たちか。どうした」
加茂は鉤鼻を擦りながら、面倒そうに振り向く。白髪混じりの髪をディップでビッチリと固め、七三の型を作っている。
「さっき、西田がパンフの原案を見せに来たと思うんですけど」
「ああ、来た。それが、どうかしたのか」
「これの、どこがいけないんですか。ちゃんと作ってあるはずですけど」
昌彦はパンフ原案を差し出した。
「許可できるわけが無いだろう」
言いながら加茂は、原案の表紙をめくった。
「目次の次に来る、最初のページだ。ここに、どうして校長先生の挨拶文が無いんだ」
「ああ、やっぱり」
俊也が小さく漏らす。彼は、そこが却下された理由だと予想していたのだ。
「毎年、ここは校長の挨拶文と決まっている。こんなのは初歩の初歩、常識中の常識だろうが」
加茂が呆れたように言う。
確かに、それは毎年の決まり事だった。それを承知した上で、あえて今回は外したのだ。
それは昌彦が主張し、他の委員の反対を押し切って、半ば強引に決定したことだった。
彼としては、そういう部分で自分の色を出したかったのだ。
ただし昌彦としても、なぜ冒頭に校長の挨拶を載せないのかという、明確な理由があった。
「先生、ウチの学園祭は、教師に頼らず、生徒が全てを仕切るのが伝統だと謳っています。だったら、そんな学園祭のパンフで、校長の挨拶文を最初に掲載するのは、おかしくないですか」
それが昌彦の考えだった。
しかし加茂は眉一つ動かさず、
「生徒に任せるからと言って、何でも好き勝手にさせるということじゃない」
と述べた。
「誰かが監視してブレーキを掛けておかないと、取り返しの付かない事態になってからでは遅い。そうなった時、生徒だけで責任が取れるのか?取れないんだよ」
「挨拶文ぐらいで、取り返しの付かない事態になることは無いと思いますが」
「最低限のルールを守れないと、そうなる可能性があるという意味だ。校長の挨拶文は、最低限のルールだぞ」
加茂はパンフの原案を突き返した。
昌彦は口の達者な俊也にフォローしてもらおうと、視線を向ける。
だが、俊也はお手上げだといった表情を浮かべた。
「……分かりました」
昌彦は反論したい気持ちを抑え、重い口調で言った。
「失礼します」
彼は一礼し、加茂に背中を向けた。
職員室を出たところで、昌彦は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「くそっ、あの野郎」
「おい、声が大きい。聞こえるぞ」
俊也が唇に人差し指を当てる。
「加茂の奴、厳しすぎるんだよ」
「でもパンフに関しては、加茂の言うことも分かるぞ。さすがに校長の挨拶を排除するってのはマズいだろう」
「パンフだけじゃねえよ。キャッチフレーズの時も文句を付けられたし、オブジェのデザインも却下された。いちいちダメ出しされてるじゃねえか。俺に恨みでもあるのかよ」
「なるほど、そうかもな」
昌彦は言葉の弾みで言ったのだが、俊也は納得したようにうなずいた。
「何だよ、それ。俺が何か、あいつに恨まれるようなことをしたか?」
「お前、1年生の時に髪を染めたり、変形の制服を着たりしたことがあっただろ。その時のことを加茂が覚えていて、それで睨まれているんじゃないか」
「そんなの、昔のことだろ」
「たった2年前だぞ。教師ってのは、不良には厳しく当たるもんだからな」
「俺は不良じゃない。お前も、それは知ってるだろ。あれは、ああすれば目立つと思ったからだ。でもロクなことが無いから、すぐに止めたじゃないか」
その通りで、先生からはこっぴどく叱られるし、他の生徒には笑われるし、他校の不良からは絡まれるし、何もいいことは無かったのだ。まあ、ある意味、一時的に目立っていたとは言えるかもしれないが。
「で、すぐに不良ルックを止めたせいで、ますます他の奴らから馬鹿にされたよな」
言いながら俊也は、プッと笑う。
「嫌なことを思い出させるなよ。俺が目立ちたいっていうのは、笑い者にされたいという意味じゃないんだ」
「でも、そっちの路線を狙った方が正解かもよ。お前、目立ちたい意欲はたくましいけど、基本的にバカだもんな」
「バカじゃねえぞ。バカが学園祭実行委員長になれるかよ」
「実際、なったじゃねえか」
「どういう意味だ」
「気にするな」
詰め寄る昌彦を、俊也は軽くいなした。
「さあ、会議室に戻ろうぜ。パンフの原案も修正しなきゃいけないし、まだまだ仕事は残ってるぞ。学園祭を大成功に導いて、お前の存在感を見せ付けてやれよ」
「お、おう」
何となく誤魔化されたような気がしつつ、昌彦は会議室へ向かった。