<51:描けない片想い(5)>
中谷悠太・・・漫画研究部の高校3年生。
野口優作・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の部長。
大野吉洋・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の高校3年生。
柳沢知良・・・生徒会長。
能登奈緒美・・・生徒会副会長。
悠太は、漫研の部室に一人でいた。
今の時間は、彼が店番の担当だからだ。
本当はもう一人、吉洋も担当なのだが、仕事を放棄して遊びに行ってしまった。
漫研は学園祭において、部員が作成した漫画雑誌を展示・販売している。
中谷の受け持ち時間になってから10分ほど経過したが、まだ客は一人も来ていない。
優作が覗きに来たが、それをカウントしても一人だ。
開けっ放しにしてあるドアの前を通り過ぎる生徒は何人かいるが、部屋に入って来ることは無い。
だが、客が少ないのは毎年のことなので、悠太も慣れている。
悠太が退屈凌ぎに単行本を読んでいると、初めての客が現れた。
「おっ、中谷じゃないか」
知良が快活な声と共に、部屋に入ってきた。
悠太は慌てふためいて、単行本を閉じる。
「柳沢君、どうして?」
「どうしてって、客が来たのに、そのセリフはおかしいだろう」
柳沢は笑う。
「そうだけど、ウチの漫画なんか見ても、しょうがないよ」
「ハハッ、自分たちが作った雑誌を、そんなに悪く言ってもいいのかい」
「いや、そうじゃなくて、柳沢君には合わないんじゃないかと思って。普段、漫画なんか読むの?」
「漫画ぐらい読むよ。ただし、ちょっと嘘をついた。実は、新聞部の部室へ行くところなんだ。ここは、中谷がいたから覗いてみただけなんだ」
「なんだ、そうか。そうだと思ったよ」
悠太は愛想笑いを浮かべる。
でも本当は、ちょっとガッカリしていた。
「柳沢君は普段、オタク受けするような漫画なんて読まないでしょ。ウチの漫画、ほとんどが、その手の奴だからね。やっぱり合わないよ」
「でも、中谷は写実的で昔風の漫画に挑戦したんだろ?」
「えっ、ああ、まあね」
「その漫画、どうなった?」
「あれは、まだ物語を練っている段階だから」
「いつ頃、完成するのかな。結構、期待してるんだけど」
「そうだな、まだ分からないけど、初めてのことだし、ちょっと時間が掛かるかも。卒業までに完成させるのは、難しいかもしれない」
悠太は早口で告げた。それは口から出まかせだった。実際には、まるで考えていなかった。
写実的な漫画に挑戦するなんて、真っ赤な嘘だった。
「そうか。じゃあ、卒業してから、その漫画を見せてもらうために、中谷の所へ行かなきゃならないかもな」
知良は明るく言う。
それは何気無く発せられた言葉だったが、悠太の心はキューンとなった。
嬉しさと切な差が入り混じった感情が、彼の中でグルグルと渦を巻いた。
「あの、柳沢君」
悠太は、うつむき加減で口を開く。
「一つ、ちゃんと言っておきたいことがあるんだけど」
「んっ、何?」
「僕、本当に能登さんのことは、何とも思ってないからね」
「それなら、前にも中谷は否定したじゃないか」
「あの時は、何となく疑いが残ったまま、会話が中断したような感じになっちゃったから。そこの誤解は、キッチリと解いておきたいんだ」
「そんなに気にすることかなあ。でもまあ、分かった」
「良かった。誤解されたままだと、どうしても気持ちがモヤモヤしてしまって」
「神経質なんだなあ、中谷は」
「柳沢君は、好きでもないのに、能登さんと噂になって、嫌じゃなかったの?」
「いや、全く」
知良はあっさりと言う。
「そんなの、いちいち気にしていても仕方が無いし」
「でも、柳沢君が好きな相手に、そのことで誤解されたら嫌だと思ったりしない?」
「ああ、なるほど。そこまでは考えてなかったな」
「ってことは、今は、好きな人はいないの?」
悠太は、ドキドキしながら言う。
すると知良は微笑して、
「そうか、そうなるね。お見事、名推理だよ」
と返した。
「モテモテなのに、フリーなんだね」
「実は俺、そんなにモテないのかも」
知良は頭を掻く。それから、
「中谷は、どうなんだよ。能登さんへの気持ちが無いのなら、他に好きな人はいるのか?」
と、何気無い調子で尋ねてきた。
「えっ」
思わぬ質問返しに、悠太は焦った。
その顔に、暗い影が差す。
「好きな人は、それは……」
「へえ、その様子だと、いるみたいだね。誰だい?同じクラスの奴?」
「いや、そんな」
悠太は、うつむいた。
「そんなの、言えないか」
知良は爽やかに微笑する。
「そ、そうだよ、当たり前だよ」
「告白とか、しないの?」
「出来るわけないよ」
「どうして?」
「それは、その」
「奥手なんだな、中谷は。恥ずかしくて、気持ちを伝えられないタイプなんだ」
「それも、そうだけど……」
悠太は口ごもる。
「おーい、知良。何やってるんだよ」
ドアの方から、呼び掛ける声がした。
新聞部の3年生部員だ。
「おっと、ごめん。すぐに行く」
柳沢は振り返って言う。それから悠太に向き直り、
「それじゃあ、もう行くから。その恋、いつか叶うといいな」
と軽い調子で告げ、部屋を出て行った。
「柳沢君、僕の恋は、決して叶わないんだよ」
哀しそうに、悠太はポツリと呟いた。
「だって、僕が好きなのは……」
悠太は、じっと部屋の外を見つめた。
その瞳には、出て行った知良の残像が写っていた。




