不信儘
「そうかい……ここまで大変だっただろうね」
「……はいっ……誰も僕の話なんて信じてくれないし……僕は何もっ……やってないのに……!」
「そうかい、そうかい」
今日の取り調べは、今までの殺伐とした密室での尋問とは異なっていた。部屋に入った時点でもう光量から違う。何も考えない、感じない無敵モードに入っていた僕も、これには驚かざるを得なかった。
精神科医を自称した老紳士は、優しそうな声で僕の主張を聞き続けている。今日は話を遮って怒鳴る看守連中もいない……僕はずっと我慢していた心中を、思う存分に吐露した。
「そもそも僕は何も悪くないんです……! あいつら、僕が他の家より裕福だからって嫉妬して、どんどんお金を欲しがるようになって……」
もはや僕の目には前も見えていなかった。涙で溢れた視界は医者のシルエットを歪ませ、代わりにここに居ないはずの家族を映し出す。
もしも彼らがここに居たら……それは僕が何度も望んだ、叶わない夢だった。
「最初は『友達代』くらいに思ってたんです。そこから後戻り出来なくなったのは、僕自身の責任だったとも思うんですけど……でも、それでもあんな風に人の心を踏み躙るような事は……!」
泣きながら絞り出していた声は、次第に叫び声に変わっていた。
老紳士は優しい面持ちを変えないまま、ゆっくり頷いて口を開く。
「そうだね。君はとても難しい境遇に置かれて、皆が知る過ちを犯した……でも君は幸運な事にそれを償うことができるんだ」
「償う……?」
「そうだよ。君ができる償いは一つ……『正直』で居る事だよ」
老紳士の言葉に何処か違和感を覚えた。続く言葉に、僕はその違和感が間違いでは無
かったと確信した。
「もう君はくだらない『嘘』なんて吐く必要は無いよ。他人を騙す必要だってないんだ。すべきことは、真摯に自分の『罪』を認めて、償いを受ける事……そうすれば、君は君の尊厳を守ったまま、人生を終える事ができる」
「ちょ……ちょっと待って下さい。僕はそもそも自分の意思で他人を傷つけた事なんて……」
「いいんだ。君の気持ちは私も察している。自分の罪と向き合う事の難しさもね」
結局……この人も、看守達と同じ、解ってくれない人だ。
一度閉ざした心を開けようと努めていた僕は、老紳士の柔らかくもこの上なく無慈悲な物言いに心の底から失望した。
先ほどまで溢れていた涙も嘘のように枯れてしまって、僕は荒野に取り残された樹木みたいに、無表情で揺れる事しか出来なくなった。
それでも老紳士の言葉は続く。
「いいかい、君。君は『生命の使い方』を知らなくてはならないよ。人生は1度きり、結局みんな死んでしまうのだとしたら……どういう風に死ぬかだけは拘りたいだろう?」
1度きりの僕の人生を、無責任にも終わらそうとする連中の手先が、そう謂っている。
「嘘に塗れて、足掻いて、苦しんで死んでいくのはとても惨めだよ。最期くらい自分に正直になって、真摯に罪に向き合う事はとても美しいと……私は思うのだよ」
「……」
「もしかしたら神様が私達を見ているかも知れない。そうすれば、来世では罪に侵されることの無い、正直な人間に……」
「分かりました。もう帰りますね」
僕は立ち上がった。今回のイカれたセラピーもどきは、恐らく僕の心を折るためのものだろう。いつもの様な拘束具を付けられてもいないし、いつだって僕自身の意思で切り上げても構わない……そういう意味と僕は捉えた。
なら、こんなくだらない茶番に付き合ってやる義理など無い。
「ちょっと、君。まだ話の途中じゃ」
「ええ、聞いていましたよ。そして僕の解答は……『嘘』で良いです。僕は最期まで……あなた達の思い通りになるつもりは無い」
「君は……いいですか、神は君を見ていますよ」
僕はため息を吐いた。
「神が僕を呪ったのなら……僕も同じ様に、神を呪うまでです。では」
たとえ神様が居たとして、この地獄から僕を救い出そうとすらしない存在なら……そんなもの、信じるだけの価値は無い。
僕はもう決めた。神も、人間も、自分すらも……誰も信じないと。
僕は捨て台詞を吐くと、後方の扉から外へ出た。待機していた兵士が怪訝そうに見てきたが、僕はその目を逆に睨みつける。
ほどなく、我が馴染みの拘束具で自分を縛り、牢屋へ帰る事になった。




