彼の詩(うた)
彼女の視線はいつもあちらに向けられている。
俺と彼女の視線が交差することはないだろう。
俺のせいだとわかってる。
だけど、諦められない。
彼女は俺の婚約者だ。
俺は彼女に酷いことをした。
罵声を浴びせた。
裏切り者だと罵った。
だけど、事実に気が付いて、俺は心の底から謝った。
彼女は何も言わない。
ただ優しく笑った。
許してくれるのか?
そう思ったけど、彼女は俺が触れるのを嫌がる。
婚約を解消すべきだと言われる。
だけど、俺は彼女を離したくない。
我儘だ。
最低だと思う。
だけど、彼女に傍にいてほしい。
彼女は今日も別のところを見ている。
視線の先には、あいつがいる。
俺の態度で彼女が傷ついている時、あいつが彼女を慰めたと聞く。
あいつは、彼女を愛している。
彼女もあいつを好き、愛しているのだろうか。
きっとそうだろう。
あいつと彼女が一緒にいる時なんて、見たくもないけど、きっと彼女は俺の前にいる時と違う顔をするのだろう。
隣国との戦争がはじまり、俺は戦場に行くことになった。
あいつも一緒だ。
あいつが死ねば、彼女は俺を見てくれるのだろうか。
前を走るあいつ、敵兵が現れた。
彼女の泣き顔を浮かぶ。
俺が、彼女にできること。
それはこれしかないのだろう。
俺はあいつを引いて、その前に出た。
敵兵の槍が俺に刺さる。
「なんで!君は!」
あいつは驚いた顔をした。
そうだろうな。
本来の俺は、こんなことをする男じゃない。
あいつが死んで喜ぶのが俺だ。
だけど、彼女のことを俺は本当に好きだった。
愛している。
これは俺が唯一彼女にできることだろう。