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灰髪のアーシャ ~炎の力に目覚めた少女は、英雄に導かれ灰の荒野を往く~  作者: 星太
第3章 死神の座す庭

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第22話 撃鉄を起こせ

 ローエンにお礼と別れを告げた後、ニドとユウリイを部屋の外で待たせ、私は身支度を整える。病衣を脱ぎ包帯を外すと、火傷跡はすっかり癒えていた。軽装に着替え、後ろ腰には2振りの短刀、両太ももの細いベルトには投げナイフを3本ずつ差す――英雄譲りのトルネード・スタイルだ。


 そしてクローゼットに大切にしまっていた世界樹の雫の瓶を取り出し、予備の投げナイフと共にウエストポーチに入れる。初仕事の時に仙草堂のサニタスさんから報酬としてもらった霊薬……今こそ使うときだ。ローエンが言うには、霊薬の在庫はもうない。これが最初で最後のチャンス――絶対に、救ってみせる……!


「お待たせ!」


 私は気合いを入れ、勢いよくドアを開ける。廊下で待っていたニドとユウリイとともに宿り木を出発し、私達3人はいよいよルクレイシアの本拠地、≪灰園(ガーデン)≫へと車を走らせた――


……


 屋根無し蒸気自動車で灰野を駆けること一週間。


 エウロパ大陸の中心を南北に縦断し、樹教国と帝国の国境を為す大山脈、ウォール山脈。その最北端にある底無しの大火口≪死神の釜(タナトス・ホール)≫をぐるりと囲む断崖の麓に、灰園(それ)はあった。


「見えて来たよ。ティエラの報告によれば、あれが灰園(ガーデン)だ」


 隣でハンドルを握るユウリイが言う。目を凝らすと、切り立つ断崖の麓に洞窟の入り口のような大穴が見える。どうやら灰園とは、断崖を掘り造られた巌窟のようだ。


「やっとだ……やっと見つけたぜ」


 後部座席に座るニドは、ギリギリと噛み締め、灰園を睨み付ける。20年追い続けたルクレイシアの庭についに辿り着いたその感情たるや、私の炎以上に燃えているに違いない。


 でも、私だって熱く燃えている。かけがえのない兄弟を救うために……!


「待ってて、ダニー……!」


 灰園の入り口まであと1km強の辺りで、ユウリイが右目の片眼鏡(モノクル)を外し、声をかける。


「ニド、()()を取ってくれないか。団体でお出迎えだ。アーシャ、ハンドルを頼む」

「ええっ! 急に言われても、運転なんかしたことないよ!?」


 車を走らせたままユウリイが急に立ち上がるので、私は助手席から急いでハンドルに手を伸ばす。ニドは後部座席に置いてあった長い筒状の袋をユウリイに手渡した。


「おらよ。一思いに地に還してやれ」

「任せてくれ」


 灰園の入り口を見ると、中から百を優に超える灰人が出てきて私達を迎え撃たんとしていた。全て灰色に飲まれた≪色無し≫……もうヒトに戻れない灰人達だ。灰色の鱗に覆われた者、灰色の翼を持つ者、灰色の角を持つ者……多様な灰人がそこにはいた。それはつまり、数多(あまた)の実験がそこで行われていたことを意味していた。ルクレイシア、どこまでも非道な……!


 ユウリイはダッシュボードに片足を乗せ、袋から長銃――炎の百日以前に使われたと言われる、長筒から弾丸を射出する古代兵器――のような木製の武器を取り出す。が、その武器が長銃と明らかに違うのは、束ねた7本の細長い筒を砲身としていることだった。


「何、その武器?」

「これは≪樹砲(じゅほう)ミストルテイン≫――僕の先祖が初代深緑の聖女から賜った、世界樹の幹芯から成る宝具さ」


 ユウリイが向かい風を受けながら白いロングコートをバサッと翻すと、その内側にはずらりと七色の弾倉が差してあった。ユウリイは樹砲ミストルテインに紫の弾倉を装填すると、灰人の群れに銃口を向ける。


 その間にも車は進み、もはや入り口までの距離は500m、灰人の群れも歩を進め迫り来る!


「世界樹よ、大いなる紫葉の力を――≪Blitz≫!」


 ――ガカァァンッッ!!


 ユウリイが祈りを込めるように引鉄を引くと、樹砲ミストルテインの銃口から放射状に七条の稲妻が走る!


 稲妻は虚空を割る轟音を上げ、百を超える灰人の群れを貫通して地空ごと焼いた。衝撃風で地面の灰が巻き上がり、激しい反動に車も揺れ、私は灰煙に目を瞑りながらハンドルをしっかり握る。


 視界が晴れた時には、すでに灰人の群れは壊滅していた。車は灰の彫像の転がる焦土を進んで行く。


「すごい……何したの、今のはユウリイの異能?」


 呆気に取られて辺りを見回す私からハンドルを取り戻し、ユウリイが運転席に座った。


「樹砲ミストルテインに込められた初代深緑の聖女の力さ。世界樹の七色の葉から精製した弾を撃つことで、葉色に応じた森羅万象の力を呼び起こすことが出来るんだ。……さあ、到着だよ」


 ユウリイはそう言うと車を断崖前に停めた。私達3人はそれぞれの想いを胸に、断崖に口を開く洞穴≪灰園(ガーデン)≫へと足を踏み入れた――


……


 灰園の中は、灰色の火成岩を掘り抜いた監獄のような巌窟だった。陽が入らないためか、はたまた被害者の怨念か、洞穴内は冷気が充満し心まで凍らせんと身を刺す。左右の両壁にはずらりと鉄檻の独房が並び、その内壁には爪痕や血痕が見られた。私達はニドを先頭に、奥へ奥へと広い洞穴を駆けていく。


「ニド……大丈夫?」


 私は走りながら、思わずニドに声をかける。暗くてよく見えないが、ニドはあえて脇目を振らずに駆け、大剣を負う大きな背中が少し震えているように見えたからだ。


「……俺を誰だと思ってる。てめえは自分のことだけ心配してろ」


 ニドは振り向かず、吐き捨てるようにそう言った。その声は、怒りと恨みだけではない、何か思い詰めているような……ううん、これ以上はやめておこう。ニドは全部わかっていて、ここに来たんだから。


「……うん」


 道中は不気味な程に静かだった。ニドのゴツゴツとした重い足音と、ユウリイと私の軽い足音だけが岩壁に響く。中にいた灰人達は、みな入り口前に出てきていたのだろうか? それとも奥で待ち受けているのだろうか……?


 やがて長い洞道を抜け、私達は天井が高く広い空間へと出た。おそらくここが、ニドの話にあった灰色の石壁に覆われた大部屋のことだろう。地に灰の積もる大部屋の向こうには、さらに奥へと続く穴が見える。が、部屋の中心でそれを遮るように、一人の男が立っていた。


「来たか……我が真なる王冠への道を邪魔する者達よ」


 その男はガヴリル・ユリシード――樹教国王ゴードン・ユリシードの次男にして一流の剣の腕を持つ、外道に堕ちた王子だった。白金の鎧を纏う大柄な体格にダークブロンドの長髪をなびかせ、右手には透き通るような煌めく琥珀の長剣を携えている。


 ガヴリルの言葉が終わる刹那、ユウリイはコートを翻し黄色の弾倉を樹砲に装填すると、ガヴリルの足元に銃口を向け引鉄を引く!


「世界樹よ、大いなる黄葉の力を――≪Glaive≫!」


 ――ゴガァァンッッ!!


 銃口から走る七条の光がガヴリルの足元に着弾した瞬間、着弾点から七柱の石筍が地を割ってガヴリルを囲むように伸びる! ガヴリルは、一瞬にして背丈より高い石筍に閉じ込められた。


「今だ、行け! ガヴリルは僕がやるッ!」

「え、でもユウリイを残して……!」


 ユウリイは銃口をガヴリルに向けたまま、ニドと私に呼び掛ける。これで大人しく捕まるようなガヴリルではないだろう、何せガヴリルは一流の剣士だ。ユウリイ一人を残して先に行っていいものか迷いながらニドを見ると、ニドはすでに奥へと駆け出していた。


「おら行くぞッ! 邪魔すんじゃねえ」

「そうさアーシャ、こいつは僕がやらなくちゃあいけないんだ、さあ!」

「……わかった、必ず追って来てね!」


 ユウリイの余りに真剣な顔に私は思わず頷き、ニドの後についてガヴリルの横を抜け、大部屋奥の穴へと駆け抜けた――


……


 ――サンッ――


 まるで空を斬るが如く、ガヴリルを囲む石筍が琥珀の長剣により一瞬でバラバラに切り刻まれる。石筍はがらがらと崩れ落ち、地面の灰が巻き上がる中、ガヴリルが姿を現す。


「……それは、我がユリシード王家の家宝≪樹砲ミストルテイン≫。黄葉の力で石を操るとは、貴様――まさか、いや、生きているはずが――!」


 やがて巻き上がった灰煙が晴れ、互いにはっきりと姿を確認する。ユウリイは変わらずガヴリルに銃口を向け、ガヴリルはあり得ない現況に狼狽しながらも琥珀の剣先をユウリイに向けている。


「あの日、殺したはずだとでも? ()()()()じゃあないぞ……あれから15年、名を伏せ身を潜めながらも、僕はここに生きている……!」


 ユウリイはザッと右足を引き、半身で樹砲を構え、胆力を込めて言い放つ。


「我は国王ゴードン・ユリシードが長男、ユリエスタス・ユリシード!! 外道に堕ちた弟よ――王家の誇りにかけ、貴様を討つッ!」

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