兄妹の話。2
「危ないッ!!!」
声が聞こえた瞬間、急に落下感を覚えた。
もう三月になろうとしている割に冷たい朝の空気が首筋を撫でる。
上を見上げるとトラックかなにかだろうか、青空と太陽を一瞬隠して、過ぎ去っていった。
数秒の落下感の末。
とん、と受け止められる感覚があった。
「大丈夫か!?怪我はないよな!?」
少女の焦る声が降ってきた。
知らず知らず瞑っていた目を開けると、長い深緑色の髪がさらり、と私の頬をなでた。
長い睫毛に縁取られた瞳を揺らし、私の顔を覗き込む少女は開口一番、
「バカ野郎、あと一秒遅かったら死んでたぞ!」
と怒鳴った。
「ごめん、ありがとう。助かったよ、珠璃」
「ちゃんと前見て歩け。ただでさえちっさくて見え辛いのに、おまえが気をつけなくてどうするんだ」
安堵と怒り、それから少しの不安をないまぜにしたような表情のまま、珠璃は子供を諭すようにそう言った。
「ごめん、気をつけてるつもりだったんだけど...」
「気をつけ切れてないからこうなるんだろうが...」
そう言って珠璃は、ため息を吐きながら私をゆっくり降ろした。
通学路を歩きながら、私は朝の出来事を珠璃に語った。
蒼空は委員会の仕事だかなんだかで、めちゃくちゃ私のことを心配しながら先に家を出てしまった。
一通り説明が終わったとき珠璃は、
「ただの夢だ、そんなに気にする必要はない...と言いたいところだが...」
ちら、と先ほどの交差点の方向を仰いで、
「実際にトラックに轢かれそうになってるとこを見ちまうとな...」
と、真顔で言った。
「迷惑かけてごめんね」
申し訳ない、そう思ったから口に出す。
「別に由莉のせいじゃないだろ。気にするな」
「でも、迷惑かけたのは事実だから」
「...案外頑固だよな、由莉。まあただ、そうだな。私は『ごめん』よりも『ありがとう』が聞きたいかな」
「...え?」
なにこの娘、イケメン。
「心底意外そうな顔してるな」
と、苦笑されてしまった。珠璃はどちらかといえばあまり言葉を重んじる方ではないと思っていた。
「ただ、『迷惑かけてごめんなさい』よりも、『助けてくれてありがとう』って言ってもらえた方が嬉しい。ただそれだけだ」
早口でそう言って、珠璃は少し歩みを早めた。
「そっか。...うん、助けてくれてありがと」
私がそう言うと、
「...改めて言われるとちょっと照れるな」
と言って、少し頬を染めた。
「珠璃さんが言えって言った」
「はは、そうだな...早く学校行こうぜ」
少し歩くスピードを早めた珠璃の顔には優しい笑顔が浮かんでいた。
「ってことがあったんだよねー」
「...聖母か?」
蒼空が真顔でそう言った。
昼休み。イツメン、つまるところ亜夏巴、仁、お姉ちゃんと一緒にくっつけた机を囲んでいた。
「イケメンだ...」
「メンじゃないけどな」
「細かいことはいいでしょ?」
迅と亞夏巴のショートコントが挟まり。
「というかそれより、由莉、ホントに大丈夫なの?」
「うん。今のところは。健康そのもの、健康の化身って感じだよ」
「どんな感じだよ、松岡○造的かつサンシャイ○池崎的な?」
適当言った私に、雑な上にやる気が欠片も見られない仁。さては眠いでしょ。もうちょっとだけやる気出さない?
「ともかく無事でよかった、本当に気をつけてね」
そう言った亜夏巴の顔には、色濃く不安の色が浮かんでいる。心配性なのだろうか、少なくとも私のことを心配してくれているのだろう。
「うん、ありがとう亜夏巴。気をつけるね」
そう私が伝えると、やっと微かな笑みを浮かべた。
「...気をつけて何とかなるもんなのか、それ」
ぼそり、と仁がなにか余計なことを言った。
「余計なこと言わないの!」
お姉ちゃんがしっかり叱ってくれていた。
昼休み以降、何もないまま時間は過ぎていった。
そして放課後。
「本当になんかあるかもしれないのか?」
迅が訝しげに聞いてきた。傍らには達彦もいる。
ちなみに私の隣にはお姉ちゃん。しっかりと私の手を握っている。
「朝のだけってことはさすがに無いと思うんだよね」
「うん、それに...私と居るときに事故は起こるって」
「えっと...あの、うん。話が読み込めないんだけど」
達彦は会話から完全においていかれている。
「察せ、空気読むのは得意だろ」
「いや苦手だよ!?得意だったら僕だって彼女の一人や二人くらいいるよ!?」
「そうだねぇ、鈍感で難聴で空気が読めないところを除けばいい男だもんね、達彦くんは」
「その言い方棘がありませんか!?ねぇ!!!由莉さん!?」
いやー、やっぱコイツ殴ると良い音しますわー。
「命が危ないかもしれないってのに、案外余裕あるな、由莉」
「いや、一周回って馬鹿馬鹿しくなってきただけだよ」
「その謎メンタルなんなの、それのせいで僕のメンタルが瀕死なんだけど」
「仮にこのあと死ぬなら、今楽しんだ方が得でしょ?まあもっとも、死ぬ気なんてさらさらないけど」
少し見栄を張りすぎた。まあこれくらいいいよね。
「随分な自信だな」
と、迅。
「ホントホント、スゴい自信だよね~」
と、中性的な声が聞こえた。
でしょう、もっと褒めてもいいのよ...って
「...誰だ!?」
低く唸るように迅が私を睨みつけた。いや、厳密には私の後ろにいる誰かを。
「はぁい、はじめまして。迅くん、達彦くん」
達彦の眉がぴくり、と動いた。
「何故僕達の名前を知っているかはさておいても、名前くらい名乗ったらどうだい?」
冷静な声だった。少なくとも表面上は。
「おっと、これは失礼。僕としたことが、すっかり忘れていたよ」
「そんな前置きはいい、早く言え」
ぶっきらぼうに迅が言った。その目は目の前に現れた者を値踏みしているように見えた。
「僕の名前は、憂。憂うと書いて憂、だよ。よろしく」
憂は、二人の態度を気にもとめず、にこりと笑った。
「憂君、ね。時に憂君、君は...なにをするつもりだい?」
達彦もまた、笑みを浮かべて返事をする。ただ、目が笑っていない。警戒を解くのはまだ早い、そう判断したらしい。
「挨拶に来ただけだよ。お別れの挨拶か、出会いの挨拶かは分からないけど」
「...お前、何者だ?」
「うーん、説明するのは少し難しい。傍観者みたいなものだと思ってくれればいいよ」
「その傍観者がどうして、僕たちの前に現れる?」
「ただ、面白そうだったからだよ。傍観とは言ったけど、一切干渉しないとは言ってないでしょ?...そろそろ時間だ。僕はこのあたりで。がんばってね」
そう言って、憂は消えた。瞬く間、という表現がぴったりの消え方だった。
「おい!まだ話は...チッ、逃げられた」
「憂、ね。覚えとこう」
二人がそれぞれの反応を示した時。
バンッ!
すぐそばで大きな音がした。
ぐん、と身体が浮く感覚。
ワンテンポ遅れて、全身に激痛が走った。
「由莉っ!!!!!!」
蒼空の悲鳴が聞こえた。
あぁ、また悲しませてしまったかもしれない。ごめん。
そう思った直後、急激に意識が薄れていった。
何かが消えていく。そんな気がした。
1000年ぶりに投稿しました。忙しすぎる。
めちゃくちゃマイペースにちまちま書いておりますゆえ、お許しください!
次回投稿がいつになるか皆目見当もつかぬままですが、恐らくそのうちあがるのでお楽しみに!
こんな不定期に投稿される小説を呼んでくださっている方...がいらっしゃるのかわかりませんが、ともかくこれからものんびり書いていこうと思います。
そんなところで!
また次回!




