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クリスマスイブ、その前日

私こと瀬戸川蒼空は、駅前に来ていた。

今日は12月23日土曜日。いまは朝10時5分前。もうしばらくしたら来るはずなんだけど...。

「蒼空!ごめん、待たせたか?」

後ろから走り寄って声をかけてきてくれたのは珠璃ちゃん。

そう、今日は珠璃ちゃんとお買い物に行くのです!

「ううん、今来たところ!」

「そうか、ならよかった」

「どのお店から行く?」

「ええと、まず本屋に行かないか?律...もとい由莉へのプレゼントならそれがいいと思うんだが」

「そうだね、うん...そうしよっか!」




駅前の蔦屋書店で、お兄ちゃんが好きそうな本を見て回る。

「ん...これ...」

見つけたのは一冊のエッセイ集、『そして生活はつづく』。

「懐かしいな...」

表紙を見て、つい口から言葉が零れる。

当時嫌なことばかりで落ち込んでた私に、お兄ちゃんが貸してくれた本。

あのころの私は本当にどん底で、何もする気が起きないような状態だった。

見兼ねたお兄ちゃんが、読みたくなったらでいいからって貸してくれて。

面白かった。凄くくだらなくて、笑えて、不思議と涙が出た。当たり前の生活も、見方を変えればとても面白いものになるって教えてくれた本。思い出に浸っていると、後ろから足音が近づいてくる。

「いいのあったか?」

珠璃ちゃんは一冊、PCに関する本を持っていた。

「今からこの本買ってこようと思うんだが、どうする?」

「あ、うん、私は買わなくていいや」

「なら、ここにいてくれ」

と、珠璃ちゃんは歩いて行ってしまった。

私はもう一度、本の表紙に目を落とし、もとあった所にそっと戻した。



そのあと、珠璃ちゃんと合流し、達くんのお父さんが経営する楽器屋さんにいくことになった。

楽器屋さん、溝田楽器は大通りから一本奥にはいったところにある。

日本全国どころか外国からもプロアーティストが来るようで、壁には日本語だけでなく、英語やフランス語、ドイツ語など、多くのサインが並んでいる。

工房も併設していて、楽器の修理や制作なんかも行っている。

「やあ、珠璃ちゃん、蒼空ちゃん。いらっしゃい」声をかけてきてくれたのは、背が高くてやせ形、銀縁眼鏡をかけた、達くんのお父さん。

「おじさん、ご無沙汰してます」

「お久しぶりです」

珠璃ちゃん、私の順に挨拶する。

おじさんは、白髪混じりの短い髪をかき、

「どうしたんだい?達彦はいないよ」

と言った。

「あ、いえ、ちょうど良かったです。実は兄さんにプレゼントを、と思って」

私が言うと、おじさんは苦笑しつつ、

「ああ、女の子になった」

と言った。

お兄ちゃんのことを知っているのは私たち以外にはこの人しかいない。この間お兄ちゃんがこのお店で試奏したときに、弾き方の癖から見抜かれてしまったそうだ。

「はい。兄さんー由莉が、ネックが太くて演奏しづらいっていっているので、細めのネックを作って貰おうかと。由莉が由莉になった原因は、私なので」

私が言うと、おじさんは渋面を作り、

「それは違う。あれは誰のせいでもない。ある種、自然災害とも言えるものだ」

だから君は悪くない。おじさんは語気を強くして言った。

でも...呆けていて動けなかったのは、と反論が浮かぶが、切り捨て、小さく頷く。

「じゃ、細かい要望を聞くよ」

そう言っておじさんはジャズベース用のネック材を棚から取り出した。

出来上がったネックは明日達くんが持ってきてくれるらしい。

おじさんに別れを告げて、店を出た。




「なぁ、蒼空」

「なに?」

「私たちは、どうするべきだったんだろうな。どうすれば良かったんだろうな」

「珠璃ちゃん?」

「さっきお前、自分のせいだって言ったろ?」

「う、うん」

「1人で抱え込もうとするなよ」

「え...?」

「誰が悪い訳でもないんだ。全部自分のせいにするのはやめろ」

「でも...」

「でも、じゃねぇよ。ちょっとは私達を頼ってくれよ。寂しいだろ。情けなくなってくるんだよ」

そう言った珠璃ちゃんの顔は、言葉通り凄く寂しそうな顔をしていた。




その後、もう一人で背負い込まないことを約束し、駅前のスタバで一緒にケーキを食べた。

そして今は、珠璃ちゃんの服を選んでいる。

珠璃ちゃんはいつも男の子のような服を着ているので、私が服を選んでいるのであった。

「これ...似合わないだろ...!」

珠璃ちゃんが唸る。

...可愛い!凄く可愛い!!

いつも格好いい珠璃ちゃんが!!

「可愛い...!」

スカート丈が短いので、長い足がよく映える。そして豊満な胸が生地を押し上げている。

ふと、由莉の顔が浮かんだ。ああ、ぺたんこだったなぁ。むしろ無だったなぁ。

「蒼空?」

無言で手を合わせた私に珠璃ちゃんが不思議そうに声を掛けてくる。

現実って、残酷だなぁ。




「今日はありがとう、楽しかった」

駅前で、珠璃ちゃんが言った。

あのあと、雑貨店に寄って、髪飾りをお互いに選んでプレゼントしあった。

それは今、双方の髪についている。私が選んだのは、白くてシンプルなピンタイプの髪飾り。珠璃ちゃんがくれたのは、黒い、カチューシャ型の髪飾りだった。

「うん、こちらこそ。また明日、家で会おうね。」

「ああ、また明日」

短い会話の後、帰路に着いた。

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