そして、もう一人の下僕の登場
「僕は運動が嫌いなので旅はしないんです。それで、戒君の旅の目的はなんですか?」
そう説明を締めくくって、魔獣使いに問いかける博士だった。
「旅しながら契約してくれる魔獣を探しているだけだけど…」
師匠の許しを得て独立してからの日銭を稼ぎながらの魔獣探しの旅も、もう2年になる。
その間に色々とトラブルに巻き込まれることもあったが、逃げ足の速さで乗り切ってきた彼だった。
「じゃあ、深沙樹さんと旅した方がいいですよ。彼と契約しているシロ君は鼻がいいですから。そういえば…シロ君はどうしたんですか?彼が深沙樹さんから離れるなんて珍しいですね」
彼らを見渡した後に不審そうにいつものメンバーの不在を深沙樹に問う博士だった。
「あれ?そういえばいないわね…」
博士に言われて気がついた様に自分達をみてつぶやく女戦士の那美。
「あっ、忘れてたな。昨日は山で野宿だったんだけど、鎖那に怖い話きいたから眠れないから一緒に寝てくれってうるさくてな。木に縛っておいたら朝には静かだったから、うっかりしたな」
鬼畜な発言をする深沙樹だった。ちなみに今はとっくに昼をすぎている。
「みさき!ひどいよ!なんでおいてくの!」
「うるさい。お前がグースカ寝てるのが悪い」
子ども染みた叫びと共に登場した真っ白な短髪に青い目の野生的な男前という言葉が似合う美貌の青年だった。とても彼がさっきの言葉を発したとは思えなかった。目をこすって現実を確認しようとした戒に冷静に博士は教えた。
「彼が魔獣のシロ君ですよ」
驚愕の事実を…。
「なっ、えっ人ですよね?」
「あれ?高位の魔獣は人になれるんですよ。知らなかったんですか?」
「初めて知りました。高位の魔獣なんて見たの初めてです。だって数体しか確認されてないですよね」
「国家連盟に公表されているのは7体ですね。未公表を含めると32体は確認されています。しかも彼の正体は白狼ですよ」
「うっそ!あの伝説の?山の主って噂の?たった一頭で、山に巣食った二百を超える山賊を一晩で食い殺したって…あれが?あんな中身子どもみたいなのが…」
博士による魔獣講座の間、深沙樹はシロを必死でしつけていた…。
「お前はしゃべるなっていったろ!中身がばれると伝説の魔獣なんて威厳がまったく無くなるんだから」
自分より遥かに高い所にある頭を必死で手を伸ばし殴って、毎度の説教をする深沙樹の背中には哀愁がただよっていた。
「だって…起きたら一人だし。体痛いし」
痛くもないが、叩かれた頭を撫でながらシロは悲しそうにつぶやいた。その姿に威厳はまるでなかった。
「そういえば、縄をどうやって解いたんだ?鎖那が面白がってすごい縛り方してあったぞ」
そう…アダルトな縛りがされていた…。鎖那…君の趣味って…。
ちなみに那美は嬉々としてシロを縛る鎖那を虫けらを見る目で見ていた…。
「解いてないよ」
小首をかしげながら答えるシロ。20代半ばの精悍な男性の姿には似つかわしくない動作が妙にしっくり来るのは、無いはずの耳と尻尾が見える気がするからだろうか。
「えっ?」
思いがけない台詞に驚く深沙樹、そんな彼に声をかける男性がいた。実はさっきからずっとシロの後ろにいたが、気付いてもらえていなかった。シロに比べれば小さいががっしりしているため、隠れて見えないことということも無いのに気付いてもらえないのは、影の薄さが原因か…。
「俺が切ったんだよ」
「あら、タマちゃんじゃない」
「玉川 珠樹です!タマって呼ばないで下さいよ、那美姐さん」
そう情けなく彼女に懇願するのは顔見知りの剣士の玉川 珠樹 22歳だった。彼は那美に憧れていた。
「タマに助けてもらったのか。良かったな、シロ」
「うるさい!さな!お前が変な話するから、みさきが怒った!」
「えー、ちょっと木から女がぶら下がってる話しただけじゃん」
「わー!わー!言うな!みさき、さながいじめる~」と耳を押さえながら深沙樹に泣き付くシロ。
「はぁ、俺はお前らの母でもなんでもないのにな…。鎖那いい加減にしろ、シロはこれやるから黙って食ってろ」
そういって、シロに乾燥果物を与えている深沙樹は間違いなくお母さんだった…。あれ、さっきまで俺に対してえばってた人だよね?下僕呼ばわりして…そう目をこする新城 戒 16歳だった。
彼らに忘れ去られたタマはすねた子どものようにしゃがみこんで木の棒で地面に何かを書いていた…。
そしてそんなタマを楽しそうに見る鎖那に、彼らを無視して那美とアップルパイ談義をする博士と乾燥果物をかじるシロを無言で観察する戒だった。
そんな下僕のはずの彼らの自由さにため息をつきながら深沙樹は問いかけた。
「タマ、どうしてあんな山にいたんだ?」
「あんた達を追いかけてたんだ。あんたと契約している月の人形の姉さん方が予定していた町に来ない」
やっと思い出したかとため息まじりに答えるタマだった。もうタマ呼びは諦めたらしい…。
「ユリからは何も伝わってきていないが…気になるな」
月の人形一座は人気の踊り子のグループで各地を公演して回っている。そのリーダーの女性ユリは深沙樹と召喚契約をしていた。彼女から恐怖や助けを求めるような強い感情は届いてはいない。だが、流れ者は信用が第一ということをよく知っている彼女が何も言わずに予定をかえるとは思えなかった。
「タマ、彼女達の足跡が消えたのはどこだ?」
「この辺りで消えた。情報を集めてたら山の麓であんた達の話を聞いて、追いかけてきたんだ。あんたなら、姉さんの行方を知っているかと思ってな。その途中でシロを発見したから、あんたの所まで案内させたんだ」
そう語るタマは剣士のくせに影の薄さか、人にあまり警戒心を与えない童顔が幸いしてか情報を集めるのがうまかった。彼の情報の精度の高さを知っている為に、彼女達がこの辺りで消えたのは確かかと深沙樹は判断した。
「シロ、魔獣の気配は?」
乾燥果物を食べ終わって満足げだったシロだが、深沙樹に問われればすぐに周囲の気配を探った。
「無い…でも変な膜で囲まれてて、気配も臭いもわかんない所がある」
シロの不穏さを感じる答えに、その場に緊張がはしった。
「ついでに調べたんだが、5年前にも旅の女が行方不明になったらしい。親戚が来るはずの娘が来ないって旅館に問い合わせて発覚したんだが見つからなかった」
タマは得た情報の続きを語った。『1度目は偶然でも2度続けばそこには絶対に意味がある』それが、彼に情報の扱い方を教えた師匠の教えだったからだ。
「タマちゃんがなんでユリのこと探してるの?」
緊張を解すためか、踊り子のユリと剣士のタマの接点を聞く那美だった。
「那美は知らなかったの?タマはユリさんのファンなんだよ。大方、公演を見に行ったら失踪を知って慌てて探してるってとこじゃないかな?」
軽いしゃべりで確信をつく鎖那だった。
「うっ、うっさい!」
確信をつかれたタマだった。
「タマ君が誰のファンでもいいですけど、ユリさんの失踪は問題ですね。全員ですか?」
タマが真っ赤になって動揺していることを気にもせず、問いかける博士は実は一番鬼畜かもしれない…。
「裏方含めて15人。女12人に男が3人だ。消息を絶ってからは今日で5日目だ」
冷静さを取り戻したタマは彼らに捜索に必要な情報を的確に伝えた。隠すにも多い人数のため、監禁場所も限られる。また、ユリから恐怖が伝わっていないとはいえ、恐怖を感じるまもなく命を絶たれた可能性もある。だが、彼女達の一座には生い立ちの特殊さから毒に耐性がある娘がいる。彼女がいて毒にやられるとも考えにくいし、裏方の男達は用心棒もかねている。そんな彼らが一瞬で静かに捕らえられるとは考えにくかった。
「昭信、屋敷に帰ってこの地域を調べてくれ、特に伝承をな。根は古いかもしれない」
静かに彼らの話を聞いて考えていた深沙樹は彼女たちの無事を信じながら、博士に指示を与えた。
「分かりました。では、失礼します」
そう言った途端、彼の姿はだんだんと金の光に包まれて溶けるように消えていった。
そして、その場に残るのは6人だけになった。
主命の魔獣のシロ君出ました!本来の姿は、おっきな白い狼です。伝説なのにねぇ…。そして、もう一人の不憫系、タマ君です。契約してないのに下僕の扱いを受ける不憫な人です。