第82話 欺瞞だなぁ
~フィフトハ・リーン・闘技場~
「騙せると思ったのになぁ。演劇部として恥ずべきことだ」
「演劇なら及第点どころじゃないだろうな。汚れとナパームなのに吹っ飛んだことを除けば特に問題点はなかったし。ただ問題は」
ローゼは腕を畳みながら漆の切っ先をトールに向ける。トールはそれに気付いている。だが、構えない。
「ここが戦場、と言うことだ!」
「イクサバ? 欺瞞だなぁ、舞台さ! 茶番の演舞のお披露目さ!」
「戯言ォ!」
ローゼは弾丸のようにトールに向かって射出する。されるわけではない。カタパルトなんかの外部のものに頼った受動的なものではない。ただ足のばねを使った接近術なのだから。しかしそれでも常人には真似が出来ないだろう。事前準備、膝を折り曲げるだとか足に力を入れるだとかの足のバネに力を溜める行為を一切せずに20メートルを一気に詰める事は出来ない。
「ソニック・スティンガー!」
「おぉっと!」
顔面に向けられて放たれた切っ先を、トールは首を逸らして躱す。ただの突きならばこれでいい。だが、ただ力に任せた一撃をローゼが放つのは相手が動けなくなっているときだけだ。そのはずだ。過去の話を読み返すのはやめよう。まあつまり、この一撃はただ、まぁ、首飛ばせたら大儲け位には思ってるだろうが、顔面を吹き飛ばすために放たれた技ではない。
ローゼの腕は伸びきっていた。切っ先はトールのはるか遠く後ろの壁に向いている。が、カタナと言うことは刃がある。押し当てて引けば肉を断ち、上手くやれば骨をも断つ刃が、だ。その刃は、トールの側頭部へと向いている。
伸びきった腕はその方向を変え、刃をトールの首筋に押し当てようと動く。が、トールの盾がローゼの胸を叩きローゼはあっけなく弾き飛ばされる。
「ちぃ!」
「コロナ以下の剣の腕で!」
ローゼはその言葉を聞き終わる前に漆を納刀し、鞭を引き出した。
「縛蛇鞭ッ!」
いつもと鞭を振るう掛け声が違う。それはローゼを動揺させるのに十分だった。自らの意思と体の動きが一致していないことを示しているからだ。封じられている記憶が体の中から漏れ出している、トールが関係しているのか? 封じられている? 失くしたではなく? そんな風にローゼは動揺する。言葉にならない思考が堂々巡りを開始する。今さっきのローゼの動揺はその堂々巡りを要約しただけだ。しかし体は淀みがなかった。それどころかいつも以上のキレで鞭は奔る。ローゼの動揺も表情にすら出ていない。
だが、トールはその鞭に槍を合わせた。
別に鞭の先端を槍で貫いたわけではない。鞭を穂先で切り払ったわけでもない。ただ、投げ出した。槍を鞭に向かって投げ出したのだ。投槍ではない、回っている。投擲ではない、回転自体は遅い。攻撃ではなく防御の投げ、それと理解するのに時間はかからなかった。槍の柄に触れた鞭は槍を縛り上げるように巻きついたからだ。
いつもは【Snake Bind】と叫ばれているこの技は当たった相手を縛り上げる技だ。拘束のために放たれたことは想像に難くない。だが、トールは槍だけを縛らせることによって無力と変えた。まるでこの技の性質を深く理解するかのように。
トールが強く踏み込むと同時にローゼは鞭を手放した。使い物にならないことはわかっている。懐の小刀を引き抜く。
トールは手に残った盾の留め具を外して槍へと変えると一層強く踏み込んでローゼへと突き進む。その間に穂先をローゼに向けるのを忘れない。
「クライマックス・ユニコーン!」
放たれる突きは先程のローゼのソニック・スティンガーの意趣返しか、ローゼの顔面に向けて放たれる。ローゼはその突きに対してアッパー気味の小刀を合わせて対応する。
槍は弾いた。だが続けての勢いを乗せた膝蹴りがローゼの腹に突き刺さる。ローゼは僅かに苦悶の表情を浮かべた後頭突きをトールの顔面に合わせる。グシャアと肉の潰れる音が響く。だがトールの動きには微塵も動きのぶれはない。
「痛みがないのか!?」
「この程度耐えられる!」
思わず口を突いて出たローゼの焦りに、トールは表情を変えずに答えると槍を持っていない手で拳を握り、膝を先程入れた場所に入れ違いにボディーブローを叩き込む。ローゼはたまらず前蹴りをトールに叩き込むとトールは吹き飛ばされるも両足で綺麗に着地する。
「ゲホッ……スゥー、魔法詠唱」
ローゼは揺れて多少潰れた肺の中の空気を咳き込んで吐き出した後、一気に吸い込んで息を整え、詠唱を開始する。一発逆転の大博打。このまま殴り合っても相手のほうがタフネスが高くジリ貧だと判断した結果だ。腕に魔力と言うべき圧力が高まっていく。それに気付かぬトールではない。だからこそ邪魔をされないようにローゼは意識をトールに集中する。
だが、トールはその場から動かず、腕を広げた。
まるで無防備を晒すように、その技を受け止めるかのように。だが、これはただの油断でも余裕でもないことが次の瞬間明かされる。
「魔法詠唱」
そう、魔法の前準備。まだ唱えて始めたばかりなのに手刀のように開いた手から段々と両の腕に青白い稲光が走り始め、トールの表情を隠す。
「『花咲け大地よ、光の薔薇を。渦巻け風よ、花弁を乗せて』」
詠唱を続けるローゼの右腕に旋風が覆い始め、その中に小規模な爆発が生まれ始める。ローゼはそれを確認しながら拳を振りかぶり、肩幅に足を開いて腰を落として重心を安定させる。左手の小刀を落とし掌をトールに向けてかざし、狙いを定める。
「『銀巨人を倒した怪獣の名を讃えよ。絶対の守護神すら倒したその怪獣の名を』」
トールの詠唱には感情が感じられない。抑揚が感じられないからだ。だが、感情を元に、想像を元に、言葉を元に魔法は力を示す。加速度的に強まっていく魔力は感情が高ぶっていることも示すのだ。
「『火花は散りて風に乗り、母なる大地に火を灯す。全てを砕く嵐と変われ』」
「『六千万アンペアの電流と二千五百万ガウスの電磁を交錯させる、そしてそれによって高周波パルスを形成、そしてその周波数を持った高エネルギーフィールドを放出する!』」
「『大地・火・風混合魔法【ブルーミン・ストリーム】!』」
「『最期の光よ駆け抜けろ!【ゼータ・ブラスター】!』」
ローゼは拳を正拳突きのように突き出しその拳から、トールは両腕を組み、その右手の手刀から幾条にも重なった光を放出し、その高エネルギーを内包した光はぶつかり合う。が、結果は火を見るより明らかだ。
幾重にも連なる爆発はトールの放つ雷にも似た光線の勢いを多少押し留めるだけに留まり、そのままローゼを飲み込んだ。
アリーナの壁にローゼは叩きつけられ、その体は力なく倒れる。
「あれ? ……中々な威力だったって事か。消し飛んじゃいないって事は」
トールの眼前には、アリーナが青い粒子となって降り注ぐ景色が広がる。
「……ビューティフォー」
トールはそう言い残すとアリーナから立ち去るのであった。
これで毎日更新用の書き溜めは終了です。書きづらいんだよ、トール




