第81話 白々かったですか
~フィフトハ・リーン・闘技場~
「さぁて」
闘技場のど真ん中に立ったトールは控え室からの入場口に目を向ける。その表情からは抱いている感情は伺えない。笑っているようにも見えるし、泣いているようにも、怒っているようにも、困っているようにも見える。確かに表情はある。が、感情が読み取れない。
「装備多いから、点検に時間がかかってるかな? ま、待つのは嫌いじゃない、煮物に出汁が染み込むのを待つように……」
トールがその続きを口にしようとした時、大音量でBGMが流れ始める。ギルド・エレメンツ、クラン・ヨロズの丁度フィフトハ・リーンにいたテンションが高い音楽大好き集団・【パンキッシュ】の演奏だ。少々ドラムとギターにはオルガンとヴァイオリンは似合わないが、ゆったりとしているかと思えば急に激しいリズムを刻む、何処かクラシカルなロック、と言ったような独特な曲調は入場してきた人物とマッチしているだろう。まあ、本人がその曲を望んだわけでもなく、パンキッシュの面々もそこまで詳しく調べて選んだわけでもないだろうから、ただの偶然だろうが。
「待たせたねぇ」
闘技場に渦巻く熱気が起こす、緩やかな風にコートをたなびかせながら深紅のカウボーイ、ローゼが入場する。
トールと同じクラン・テンスであるイルムを破っていることから闘技場内のギャラリーからの注目度も高く、あまり(基本戦いになったら最前線に吶喊するので)戦う姿を見られないトールの戦い、と言うのもこの闘技場内の異様な熱気の原因だろう。
「むぅ、今いい事言おうとしたのに」
「なんだろう~、今さっきの『バーリバリにね!』から今に至るまであのカラード・トールのイメージがガラガラと崩れていってるぅ」
いじけたように頬を膨らませるトールを見ながらシロウとの戦いを見てたギャラリーからはお前が言うなや! と突っ込まれそうな台詞を間延びした口調で吐きながらローゼは左手を紋刀・漆の鞘にかける。
「まあルールは」
「ちょい待って。うちの人間がやけに張り切っててね。最初だけは聞こえるようになってるから試合開始まではその進行に合わせてあげて」
剣呑とした雰囲気に変わったローゼが試合に関しての前確認を済ませようとするとトールはそれを手で制し、親指を立てて闘技場の実況席のような場所を指す。そこにはどっかで見たような天パと、うんざりした顔のセリオがいた。それが目に入ったローゼは思いっきり顔を顰めた。
『ハァイ皆さんコンニチハ! バンワ? まあどっちでもいいや、兎角アイサツ大事にね! っとぉ、さぁさぁ突如勃発我がギルド幹部トールと自称薔薇の銃士、有望な僕がただいま絶賛目をつけてるローゼのPvPバトゥ、実況は皆さんご存知ギルドエレメンツマスター、レイヴンと!』
『……なぜか控え室で観戦しようとしてたらそこの鳥頭に連れ去られてきたセリオで』
『はいローゼの相棒枠セリオさんで! え、あれ、鳥頭って……気にしない! で! お送りします!』
実況席に陣取ったレイヴンは予想外の毒舌にうろたえながらもハイテンションで挨拶を決めると、闘技場内から歓声が湧き上がる。なんやかんや慕われてはいる様だ。
実況席をガン見(ガンをつける勢いで見ること。割と一般に浸透していると思われる)していたローゼはトールに向き直りながら実況席を指差した。
「何アレ」
「僕は止めた。ってか来てるって知らなかった」
「いやさぁ」
「僕だってもっと雰囲気バリバリに出していきたかったんだよ! パンキッシュの子達にもクラシックで頼むって言ってたのにさぁ! ヒカルのせいで全部おじゃんだよ!」
「おいこら観客席にこの会話聞こえてないだろうな!?」
キレッキレに錯乱しているトールのうっかり発言にローゼは思わず観客席を向きながら叫ぶと、実況席から返事が返ってくる。
『はい僕以外には聞こえてないはずですよ? トール後で説教』
「どこに説得力あんだよッ!?」
「文句言うなら介入してくるなよぉ!」
それぞれ別の理由でレイヴンの言葉に叫ぶローゼとトール。まあかなり遠い席であるはずである実況席に反応されたらそうなるかもしれないが。
「まあいい、始めてくれレイヴン! そういえば晩飯の仕込み終わってない!」
「んな理由!?」
『はいはーい、あ、こっからはどっちかに有利にならないように音声は完全にシャットアウトされます。何言っても失言にならないよ! やったね!』
トールの声に反応したレイヴンはウィンドウを操作すると、ローゼとトールの目の前にPvPの承認ウィンドウが浮かび上がる。一瞬の迷いもなく承諾ボタンが叩かれ、カウントダウンが始まる。
【3】
「何者なのかなんて知らない、ただ、勝つ!」
【2】
「眼鏡には適わなくっていいよ。でも、最低ラインだけは超えていてよね」
【1】
『PvPバトル、レディ!』
【GO!】
『スタート!』
目の前に浮かぶウィンドウが破片となった瞬間にトールは前へと駆け出し、ローゼはバックステップで距離を取る。
『あれ、最初っから逃げですか?』
『様子見ね。アイツのメインウェポンは銃。対して相手のメインウェポンは槍。大盾を持っているファランクス仕様なら近づいても対応されやすい。盾で防がれて硬直の間にズドン……とかね。騎兵相手に有効だった理由らしいし、弓兵相手には無力だった。なら最善手とはいえなかったとしても選択肢を増やせるいい選択よ』
『へぇ、とりあえず吹っ飛ばせばいいやって考えてる僕とは違って色々考えてるんですねぇ』
『……野性味、強いのね』
『それほどでも』
顔を顰めながら言ったセリオの皮肉にまったく堪えないレイヴン。と言うか通じているかすら微妙。そんなセリオとレイヴンを無視して二人の戦いは当然のように動きを見せる。
ローゼは後ろに下がりながらEx-SとD・G・マグナムを引き抜くと迷いなく左手のブレスを叩き弾丸を宙に浮かせる。そしてそのままEx-SとD・Gの引き金を引き弾丸を発射し、D・Gの給弾口に宙に浮いている弾丸を当てると弾丸の側面からEx-Sの滑らせるように銃底で叩きつけて給弾する。
そしてトールは放たれてくる弾丸を盾で逸らすようにして回避。勢いを緩めずローゼに接近していく。
「飛び道具なんぞ!」
「足元」
「え?」
近づくトールにローゼが足元を指差すと思わずトールの視線がそっちに向く。途端に横っ面にウェスタンブーツの足先が突き刺さった。
「嘘だよ」
そのまま振りぬかれた足に吹き飛ばされトールは土煙を上げながら闘技場の地面を削っていく。
『なんでしたっけ、ああいう視線誘導。あ、思い出したミスディレクションだ。ローゼのバスケ!?』
『割りに跳ねないわね。っていうかあんまり派手じゃない。爆発させなさいよ爆発』
『あ、あの、それ戦ってる個人の自由』
実際には身振りで注意を逸らす技術であるため、声で逸らさせたローゼのそれはミスディレクションではないが、そうとは知らない実況席二人組みはどうでもいい事で盛り上がっていく。そんなのを他所に地面を削っていたトールは地面に槍の石突を突き刺し、槍を杖代わりにして立ち上がる。地面を滑りながら。
「やってくれるじゃあないか……まさか堂々とハッタリとはねぇ」
「足元」
「二度も同じ手にかかるか!」
「あぁ」
トールが駆け出した途端にかちり、と何かがはまった音が響く。トールは恐る恐る足元を見ると、靴と地面の間に弾丸が挟まっていた。何か皹が入っている。
「ナパーム・マイン」
「はっ!? ちょ、嘘ッ!?」
そのままトールの足元から爆発が巻き起こり、トールはあっという間に吹き飛ばされ宙を舞う。
『うっわぁ、AMでもこんな光景見たぞこれ。トール、もうチョイ理不尽を踏み潰す感じで』
『気付いてるのに気付かないフリをして観客をだますフリは二度までで十分だと思うのだけど』
ポツリ、と漏らしたセリオの言葉に、レイヴンの表情が凍りつく。
『……へぇ、気付いてたんです? それで乗っていた、と。結構ワルですねぇ』
『そういう感じでしょう? こういう実況を盛り上げるために、予想できる事態とは違う方向へ意識誘導して予想外を演出する。流石に今のは白々しかったから、止めただけよ』
『あっれ、白々かったですか?』
白々しくとぼけるレイヴンにセリオはフン、と鼻を鳴らす。
『顔に蹴り喰らって、傷がないことやあんなあっさり立て直すこと、足元で爆発したとはいえナパーム弾であそこまで吹っ飛ぶわけも無いし、燃えやすそうなあの服に焦げあと一つついていないってのは不自然が過ぎるわ』
トールが地面に落ちると同時に土煙が上がり、ローゼは腰の漆に手をかけ、土煙の中へ突っ込んでいく。まるで今までの攻撃が効果がなかったと判断して白兵戦に持ち込むように。
『ま、あいつも気づいているんでしょうけど』
土煙の中で金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。そのままローゼが後ろ向きに飛び退いて土煙を脱出すると少しして土煙が晴れる。
そこには、盾を身体の前に構え、槍を穂先が相手に見えないように構えているトールが立っていた。