第80話 バーリバリにね
~フィフトハ・リーン~
山から下りてきたローゼ達が見たのは、大勢のギルドメンバーらしき人々に囲まれたまま白馬から降りられなくなっているトールだった。恐らく蹴飛ばしてはいけないから困っているだけなのだろうが、妙にその姿は間抜けだ。
トールはローゼ達の姿を認めるとほんの少し口角を吊り上げた。
「来たかい」
「ああ、見込みが外れたか?」
ローゼの物言いにトールは首を振る。
「いいや、見込みどおりさ。僕を倒せるほどなら」
トールが感慨深そうに頬を撫でると、ローゼは人々を掻き分けながらトールへと近づいていく。
「倒せるほどなら、なんだい?」
「記憶に近くなる、か、も」
そこからのローゼの動きは凄まじかった。足首のバネだけで放物線を描き群集を躱しながらトールの懐まで飛び込むと膝を屈め、トールの乗る馬の鞍に左手をかける。そのまま片腕だけで力任せに自らの体を留め、屈めた膝を勢いをつけて伸ばして飛び跳ねる。その跳ぶ勢いを乗せて右アッパーを繰り出した。周りの群集は眼で追うことすら出来ず、いきなりローゼの姿が消えたと思った途端に鈍い音が響き渡る、と言う事態になっていただろう。それほどまでの瞬発力と迅速さで行われた動きだった。トールが何の反応もしなかったら、の話ではあるが。
ローゼの拳が空を切る。トールは上体をそらしながら脚を伸ばし、滑り落ちるようにして馬から下りると袖から銃を引き抜きローゼの背へと突きつけた。
「一種のブロックワードだね、そこまで周りが見えなくなるとなると」
「ちぃ……」
着地したローゼは両手を挙げるとクルリ、とトールのほうへと向き直る。
「弾も入っていない銃を向けるのは余裕の表れかい?」
「戦うんでしょこの後。アンタだって手を上げてノリノリじゃないか」
「動いた後に反省する事だってある」
眉を下げながら自らをあざけるようにローゼは笑うと、トールは銃を袖の下に戻した。そしてトールは自らのほうへ腕を振ってついて来いとジェスチャーをした。
「ま、ここじゃギャラリーが近すぎる。下手に巻き込むと怒られるんだ」
「そりゃあねぇ」
トールの苦笑にローゼはそう返すと自らの表情から笑いを消し、トールに詰め寄る。トールは袖の下に銃をしまうのに四苦八苦していたが。
「記憶、何故キミが持ってるのかは知らないけど。持ってるんなら形振りは構わんぞ」
「バーリトゥードにゃ慣れてるさ」
袖の下に銃を入れるのにようやく成功したトールは妙に爽やかに笑う。
「バーリバリにね!」
直後、ローゼの蹴りがトールの顔面に突き刺さった。その場にいたギルドメンバーは仕方がないと言わんばかりに無反応だったが。
―――――
~フィフトハ・リーン・闘技場・控え室~
控え室に案内されたローゼは机の上に装備を広げ、それぞれ点検した後に装着していき、その装着をセリオたちに手伝わせていた。
「いいねぇ大手はぁ。自前の闘技場が後二つあるんだってさぁ。うちの貧乏チームに分けて欲しいねぇ」
「これはゲームの世界だし現実には土地代とか絡んでくるし。っていうかあんたたまに土曜日居ないと思ってたらサッカー見に行ってたのね」
「イギリスにいた頃からの習慣だからねぇ。フットボール観戦ってのは場の空気なんかが大好きでねぇ。あ、でも物足りないところもあるかなぁ」
「なによ」
ローゼの持つ刀『紋刀・漆』を鞘から抜き、刃に目を近づけてきちんと鋸刃になっているかを確認しながらセリオが問う。嫌な予感を感じながらではあったが。
「いやぁ、フーリガンを横目で見ながらバッカでぇと指差して笑うのが好きだったんだよねぇ」
「え、こっちそういうのないの!?」
ローゼの言葉に本気で驚いたリーゼロッテを見て、ハルがEx-Sのブレードを点検しながら本気のトーンでため息を漏らす。
「……俺、イギリス行ってもサッカー見にいかねぇ」
「多分こいつらの贔屓チームのサポーターがおかしいだけだから問題ないと思うわよ、多分。っていうか殺伐とした生活送ってたわね。確か毎年一度は銀行強盗に巻き込まれてたんだったかしら?」
セリオの言葉を聞いてハルは落ち着けていた腰をずらして物理的にローゼから距離を取る。それも横目でローゼを見ながらだ。
「……文句あるなら聞くけどぉ?」
「いや、その、だ。トラブル嫌いみたいなこと言ってた知り合いがトラブル引き寄せる体質だったらこういう反応にならない?」
「べっつにトラブル嫌いとか公言してたわけじゃないよぉ? 面倒ごとが寄ってくるってのはどうしようもないしねぇ」
ローゼはD・G・マグナムを一度分解し、ギア部分をブラシで払いながら溜息をつく。そして一通り払い終わると分解した順番とは逆の順番で組み立てていく。そしてふと、ハルに問うた。
「なあ、ハル。キミ、あれと知り合いかい?」
「あれって、トール?」
「ああ」
「んんー」
D・G・マグナムのブレードを固定具にはめながらローゼはハルに応える。ハルはEx-Sの弾倉を抜き取った後銃口の中にブラシを無造作に突っ込み抜き差しして掃除しながら唸るとローゼのほうへと向き直ってローゼの問いに答えた。その間にローゼはD・G・マグナムをホルスターに収める。
「知り合いって言うかガッコでの友達。誰に対しても同じような態度、いや、恋人と敵と見定めた奴は別か。まあそんな態度で接してて、よっぽどのことをしなけりゃ敵と見做されることもない、比較的安全な奴って認識されてる。そして、レイヴン、コロナと同格って言われてて三人合わせてトリオ・ザ・シグナルとかいう異名がついてたっけ」
「信号?」
「ウチのガッコ制服改造自由でね。その制服の色がそれぞれ赤青黄色なんだよ。だから、信号機」
一番安全が黄色で一番危険なのが青ってのもどうかとは思うけどさー、と締めながらハルは掃除し終わったEx-Sをローゼに投げ渡しながら背中から長椅子に倒れこむ。
ローゼはEx-Sを受け取りホルスターに収めながらホルスターの留め具を確認。何度か引っ張って取れないことを確認すると長椅子から立ち上がる。
「ま、やれるだけやってみるさ」
「そう。とりあえずこれ、刃こぼれなんかはなかったわよ」
「ちょ、まだナイフ研ぎ終わってない!」
セリオが漆をローゼに手渡すのを見て慌てたリーゼロッテは急いで短刀の刃の具合を確認、問題がないと見ると鞘に納めてローゼに投げ渡す。
「私だと思ってもってって!」
「キミ市販品なのか」
漆をベルトに挿し、受け止めたナイフをコートの内側に取り付けるとローゼは控え室の外へと歩き出す。
「じゃ、行って来るよ」
ローゼは指を二本立てて振り返らずに敬礼のように振ると、扉を開いて戦場へと向かう。まるで餌を吊り下げられた犬のように。




