第7話 俺ァ大地の賢者ガイアルク
~ズッケロ地底湖~
パチリ、とローゼは目を覚ます。天井には鍾乳洞。見覚えは、ある。だが、本来見ているべき天井は宿屋の天井か広場から見える星空なはずだ。リスポーン地点はそこなのだから。だが、見えるのは地底湖の鍾乳洞。どういうことかと起き上がるとまだ少し体に痛みを感じるが、ほとんど動きに影響がないレベルだ。
辺りを見回すと大量のリザードマンが倒れていた。
……クッションになったのか……?
ローゼはそんな頭に浮かんだ考えをすぐさま否定する。そんな柔らかな体ならこんな手を使わない。
そんな時、ローゼに声がかけられた。
「ん、起きたか」
「ッ」
不意にかけられた声にローゼは銃を抜くが、腕の痛みで銃を取り落とす。それを見た声の主は呆れた声を上げた。
「はぁ、おいおい。今はブレイクアーム中だ。HPは魔法で回復させたが、ブレイクアームは時間回復のが効率がいいんでな」
「ブレイクアーム……?」
声の主の方向を見ると、そこには初老の軽鎧を着た男が立っていた。
そしてローゼはブレイクアームの症状を思い出す。
腕部に一定量のダメージを負った時(その一定値はステータスによって変動する)、一時的に腕部装備が使用不可となる。
しかしそのシステムはプレイヤーのみが知るだけだ。本来なら腕の痺れからくる状態をシステムで再現しているだけなのだから。
「あなたは……プレイヤーか?」
「なんだよお前、そんな筋肉モリモリマッチョマンなガタイして礼儀正しいやっちゃな、エェ? んで、俺ァNPCさ。開発者の連中に教えられてんのは俺含め十くらいの人数しかいないがな」
ローゼは耳を疑う。自らのことをAIを自認しているNPC?信じられない、と考えた直後にその考えを否定する。ありえないと可能性を閉ざしてはいけない。感情論で相手を否定するのは無粋だ。一応まだこの目の前の男性が『AIと自認しているNPC』を演技しているという可能性はある。だが、それを指摘して何になるというのか。娯楽なのだから楽しみ方は人それぞれだ。流石にPKや窃盗は見過ごせないが、演技程度可愛いものじゃないか……
そう考えたローゼはそれ以上追求するのをやめる。だが、気になることが一つあった。
魔法。つまり、この男は自分よりも強い。なぜなら自分は魔法の習得方法すら知らない。つまり、βテスターの可能性すらある。
「あなたは、魔法が使えるのか?」
「まぁな。っていうか魔法に関するシステムキャラだ、俺は。お前はレベル10を突破していて奥義を習得しているな?」
「え?」
レベル5じゃ? とローゼは一瞬だけ考えるが、リザードマン軍団でレベルアップしたのだろうと考え、頷く。
「そか。なら資格ありっつゥ事だな。まあ、じゃなきゃ俺の出現判定は出ないからんなわけはないが」
男性はわざとらしく肩を竦めたあと、自己紹介をする。
「俺ァ大地の賢者ガイアルク。気楽にアルクと呼んでくれ」
「やだよ俺のマイフェイバリットヒロインと呼び名被るだろうが」
「……急にお前こっわい顔になったな。素の表情か?」
ガイアルクは無表情になったローゼに冷や汗を書きながら言うが、ローゼは表情を変えない。崩さない。まあもしも綾波、だとかメーテルだとかいう名前の人物が目の前に来て、それが初老のおっさんだったらどういう反応をするだろうか。ザケンな、と心の中で思うのが当然だろう。その名のヒロイン達に夢中になったものとしては。
「……ま、いいや。ていうか俺の条件だけ妙におかしいんだ。辿り着ける奴がいるならそれをあんまり怒らせるのも意味なしだ。さて、ローゼ? お前に地属性の魔法を教えたいんだがね、地属性なんてだせぇ! って言うならそれもよし。でもまぁ学びたいなら数十分ほど時間をもらうぞ」
「……魔法には興味あるし、学びたいのは山々なんだけどぉ。同行人がいるんだよねぇ」
「テレポで直接伝言するって手もあるぞ。いや、説明っつったほうがいいのかね」
「マジか!?」
ローゼは思いがけない言葉に驚愕する。え?地属性なのにテレポ? と。大体そういうのは雷とか、風とかだろうにとも考える。だが、目の前のガイアルクはそんなローゼの姿を見て呆れた声を出す。
「あのなぁ。テレポっつうのは二つの触媒を用意して魔力使ってモノを送って、って事なんだよ。どの属性だろうとテレポは使えるんだよ」
なんだよこいつ分かってねーな、という雰囲気を醸し出すガイアルクにローゼは知らねーよ! とツッコミたい衝動に駆られるがグッ、と飲み干す。不利益の方が明らかに多いし。
「な、なるほどぉ、す、すごいですねぇ」
「スッゲェ目ェ泳いでんぞ」
衝動を抑えるためにガイアルクを直視しない方向でローゼは動くが、それをガイアルクに咎められてはどうしようもない。はぁ、とため息を一つつく。いくらかローゼの頭の中に平静さが戻ってきた。
「ちょっと聞きたいんだけど~、この鉱山の外でも行けるのかなぁ?」
「海の上や空の上でもない限り行けるぞ。テレポで一番有能なのは地属性と自負するからな。人間の活動範囲ならだいたい行ける。……人外の力があったら空の上やら海の上やらにも活動範囲広がるがなぁ」
「なら、少し知り合いのやっている店に行って、同行者を預ける旨を伝えたいんですけどぉ」
「いいぞ。店の名前は? それだけでも目的地にできる。俺ならな!」
「えっと、【Warnin' Boobm】って名前です。綴り、表示しますねぇ」
どやぁ! と音が聞こえそうな自慢げな顔を無視し、ローゼは綴りをウィンドウに入力し、見えるようにした。
「なんか反応してくれてもいいだろー……? ま、いいや。魔法詠唱、『移れ、他なる地へ。移れ、我等が肉体よ。地属性魔法、【ガイアテレポ】!』」
ガイアルクの体から光が漏れ出る。それはとても幻想的で―――美しかった。
光だけが。
ローゼはなるべく発現元を見ないようにしながら目の前が光に包まれていくのを少しの間、楽しんでいた。……AMで全力で戦っている時並のGが横殴りに襲ってくるまでは。
―――――
~調剤屋兼鍛冶屋【Warnin' Boobm】~
「おっ、オヴェェェェ!あんなGかかんなら先言って……うえっぷ」
「慣れてるかなって」
「心の準備が出来てるか出来てないかじゃ天と地ほどの差があるんだよっ!」
悪びれないガイアルクにローゼは口元を押さえながら叫ぶ。
「なんだ手前らそろそろ人が落ちて寝ようと思ってんのに店先でっ! ……あぁ?ローゼ、手前はいい……仲間、と、認識してる。だから、許す。だがよぉ……ガイアルクッ!なぜ貴様がここにいるんだこのクソボケっ!」
「ローゼの頼み」
「うわテンションの差激しすぎる」
まるで映画のワンシーンのように見栄を切るミラーに世間話でもしているかのようにきょとん、としているガイアルク。それを見てローゼが心の中で思った事をふと漏らす。どっちの耳にも入らなかったようだが。
「ていうかぁ、ガイアルク、貴方何したんだこんなに威嚇されるようなことぉ」
「似合うと思ったんだけどなぁ……メイド服。なんでかお気に召さなかったっぽくて」
「……Oh,no……地雷だよぉ? それぇ」
「なんでだ? 似合う服装したほうがいいだろ? お前だってその似合うカウボーイファッションじゃねぇか」
「男は男の格好がしたいもんだと思うけどぉ」
「似合うなら男でも女の格好してもいいんじゃないか? ていうかどっかの国じゃスカートを男が履くとこもあるらしいし?」
「いやぁ、本人が望まなきゃあれじゃぁん?」
「そういうもんかね。てかさ、用事あったんじゃねぇの?あれに」
「あれって言うなー! ぶっ殺すぞテメー!」
「ごめんミラー! これから多分プーランっていうハーフドワーフの女の子が来るから面倒見てあげて!」
「まあ、お前の言うことならやぶさかじゃねぇがな。そいつさっさと帰らせてくんない? 目障り」
「……本当に恨まれてるなぁ」
「価値観の相違ってやつだな」
絶対違うよ……。そうローゼはツッコミたかったが、グッ、と耐える。2回目。
「んじゃ、そのはぁふどわぁふの娘のとこへレッツゴーだな」
「はぁい」
「ガイアルク手前は二度と来んな! ローゼはこれからもご贔屓にー」
以下略。
―――――
~ズッケロ鉱山~
「ローゼさん……大丈夫かなぁ……うぅん、思いを無駄にしないためにも、頑張らなきゃ!見ていてくださいローゼさん。私はきっと一流の職人になりますから草葉の陰から見守っていてください!」
「勝手に殺さないでくれるぅ?」
「わひゃぁ!?」
鉱石を掘り続け、自分を思うプーランにローゼがしたことは背後から声をかけ、驚かせることだった。まあ、自分が想像だろうと勝手に殺されてたら気分はよくないが。
「鉱石はどれだけ取れたのぉ?」
「マグナム銃くらいなら十は作れる程度には。そろそろ、撤収を?」
「うん、君は」
「ローゼさんはぁ!?」
ローゼの笑顔の返答に、プーランは激しく動揺する。
「魔法の習得レッスン!ってなわけで連れてってもらってねぇ? あのおっさんに。あ、酔うから気をつけて。振り回されるよ?」
「ロ、ローゼさん! また、会えますよね!?」
「うん。会えるさぁ。だからほら行った行った」
「あまずっぺぇな」
「いや俺頭一回りでかい系女子はネタ目線でしかみれないからぁ」
「だからなんで告白もしてないのに振られるかなぁ!?」
「んじゃ、連れてくぞー」
そして光に包まれ知り合いの店に送られる護衛対象をローゼはじっと見送っていた。