第67話 デコピンの感覚かな
特訓の描写短くしようとしたら全体的に短くなりました。書くこと無いもの。
~剣道場~
紋寿は倉庫から鞘に納められた真剣と巻き藁を取り出し、剣道場の中央へと置く。
「君の見た斬撃は、これかな?」
巻き藁から離れ、巻き藁のほうへと向き直った紋寿がそういうと、真っ二つに切り裂かれた巻き藁が地面に落ちる。
「いや、見た、というか喰らった、と言うべきか」
葉楽の頬に一筋の細い疵が走り、疵から垂れた赤い雫を葉楽は舐め取り、それを見た灰羅はぎょっとする。
「ちょっと父さん! 流石にこれは……」
「大丈夫だ、灰羅。分かりやすいようにしてくれたのさ。この技の名前は?」
灰羅を手で制しながら葉楽は問う。そして紋寿は刀に手を掛けながら答える。
「居合い。物理とかは門外漢だから説明できないけど、やり方なら説明できる。攻略法は君が考えりゃ良い」
紋寿は刀を葉楽に投げ、葉楽は慌ててそれを受け取る。
「おっと!? いきなり投げないでくださいよ」
「取れるだろう? まず、刀の鞘を腰の横辺りに取り付ける。ベルトで固定すりゃ良い」
葉楽は指示通りに真剣の鞘を“右の”腰横あたりにベルトで固定する。それを見た紋寿は頭を抱え、灰羅はため息をつく。
「えっ、何か間違えた?」
「……長いんだからナイフみたいに利き手方向に配置したら抜けないでしょうが」
「……利き手と逆ね?」
指摘を受けて葉楽は苦々しそうに顔を歪め、左側に付け直す。
「んじゃあやり方を説明するよ。左手で鞘を抑えて、右手で思いっきり刀を引き抜きながら振るだけ」
「……それだけ?」
「それだけ。ただし、刀の先端を鞘の内側に押し付けながらね。デコピンの感覚かな」
葉楽は首を傾げながら言われたとおり刀を引き抜くが、ブオン、と風を裂く音を立てながら中々の速度ではあるのだが普通に視認可能な斬撃が出るに留まり、置き直された巻き藁はびくともしない。
「……あれぇー」
「鞘走りと言うんだけどね。鞘を滑らせるようにして力を溜めて、鞘という抑えが無くなった途端に開放するイメージで」
「……か、感覚的が過ぎる……っ」
葉楽はそう言いながらも何度も鞘から引き抜き、収めを繰り返す。しかし、巻き藁にはささくれ一つ起こらない。
ところで。日本刀というのは一般的なもので1.5キログラム程だったという。それもその主に使われていた当時の日本、平均身長150センチ程の日本人が使っていたものである。高校の部活で使われている竹刀が500グラム程度であるため約3倍。こう書くとかなり軽そうに見えるが、長く、重心は先端付近であり、振り戻す際にはその長さと日本刀の重さが梃子の原理で振るうものの手首に多大な負担を与える。かのホームラン王である王選手は日本刀で素振りを行いその体幹を、スイングのフォームの安定感を鍛えていたことで有名であるが、初めて日本刀を振るった時は腕が乳酸でパンパンとなり使い物にならなくなったそうである。一般的なバットは約1キログラム、それを振り慣れていたスラッガーですらそれほどの負担を強いる。
では、2メーターの大台手前の巨漢用の日本刀ではどうなるだろうか。それも、いくら鍛えているとはいえ、長物を振りなれていないものが振るえば。
答えは単純、肩に恐ろしいほどの負担が蓄積されていく。
軟骨が磨り減り、筋肉には乳酸がたまっていく。だが、葉楽は意識を向けずに刀を振るい続ける。手がかりはこの居合いだけだ。取っ掛かりを掴まねば今日ここに来た理由が消える。
それは無意識の執念だった。しかし、それが最大の近道だということを曲がりなりにも剣の道を歩む紋寿、それを幼い頃から見てきた灰羅は知っている。故に、心配し、諦めさせようとするなどという愚考は犯さない。
何度も繰り返した後、その時は来る。耐えてきた指も疲れ果て、肩も腕も疲労困憊、無意識のうちに力が緩む。握りは甘く、その振るう腕に力強さは無い。しかし、それが居合いの奥深さ。握りの甘さはしなやかさへと変わり、腕の振りはまるで鞭のように。戻すまでも無意識に行い、金属で出来た鞘と刀の唾がぶつかり、キン……と静かに金音を奏でると、巻き藁は逆袈裟気味に切り裂かれ、支えを失った藁の塊はまとまったまま地面へと落ちる。引き抜かれてから再び鞘に納められるまでの時間は、僅か0.05秒にも満たない。因みにコロナの居合いは0.02秒である。
「……終わった……?」
「ああ。葉楽君。やはり君には天賦の才が秘められているようだね。で、どうだい? 攻略法はつかめたかい?」
「ええ。どうしてもこの技、腕を伸ばさねば威力を乗せ辛い。細かく回せば骨までは断ち切れない。故に、肉薄してのインファイトが最善でしょう」
「最善だけなら相手も予測しているさ。次の策も考えないとね」
「なら、付き合ってくださいよ。剣士の体裁きという奴を相手にしたい」
不敵な顔で微笑む葉楽を見て紋寿は感心するが、灰羅は見かねて横槍を指す。
「そこまでにしておきなさいよ馬鹿葉楽。アンタ明日会長さんとの会食でしょう。天道コンツェルンの。腕ダランダランじゃ格好付かないわよ」
腕に力が入らぬ葉楽はその指摘を受けて気まずそうにそっぽを向くのだった。




