第41話 ルートシグマ
バトルシーンは基本難産です。時間掛けたのに全く進まない……
~ウィッシュ・リー:北門前~
フィールドが広がり、ウィンドウのカウントダウンが0を示し、ガラスのように割れ飛び散る。今回は互いにしっかりと地面を踏みしめ互いの得物を構える。
「奥義発動……【極点集中三重射撃】!」
「奥義発動! 【豪旋風射】!」
ローゼはD・G・マグナムのトリガーを握り、左手を回転させ、親指、手のひら、小指でハンマーを叩き三回三発ずつ、3×3の計九発を発射し、
イルムはローゼを見据えながら左足をローゼ方向に半歩踏み抜き、重心をきちんと足の真ん中にとり、右手で背中の矢筒から矢を取り出し弦に番え、左手の弓を人差し指を伸ばしたまま握り直し、弓をもち矢を番えた両拳を斜め上に振り上げその状態から右手は垂直に下ろし左手を前に伸ばす形に弓を引き、右手が顔の横に来た辺りで弓矢、人体で十文字がかたちどられる。そして右手が少し捻られた所で鏃から旋風が巻き起こり、右手の指を滑らせ弓が回り矢は螺旋を描きながら発射される。実際の弓で馬手を捻るなんてことは指導者に怒られるのでやめよう。それで怒られてる人を見たことあるし、弓も傷む。この作品はフィクションである。
少し手間がかかる故に寸の差で遅れたものの、イルムの射た矢は一発では止められず、八発目でようやく砕け散り、残った一発はイルムの振るった弓にそらされる。一切傷が付いていないところを見るに、優しく撫でるようにそらしたのだろう。
「流石、やるな」
「全く、どれだけの」
ローゼの感嘆の言葉にイルムが返答しようとした瞬間にローゼはEx-S・ファランクスを引き抜き、銃口をイルムに向けて叫んだ。
「超音波カッター!」
「んなっ」
放たれたその不可視の攻撃範囲ギリギリ外へとイルムは背中の矢筒の窪みに弓を取り付けることにより矢筒のふたを閉めながら退避し、音の壁を破るほどの踏み込みでローゼの後ろに回りこむ。しかしローゼはEx-S・ファランクスをホルスターに収めると視線を向けることすらせずに背中越しにD・G・マグナムを引き抜きながら発射し、的確にイルムの腹部に命中させる。
「(死角がない、ニュータイプかこいつ!? なら……)―――真正面からッ! 魔法詠唱!『風の様に疾く!【ウィンド・ブースト】!」
「うぐっ!?」
イルムは超が付くほどの前傾姿勢で駆け出し、先ほどよりも速度を出してローゼのどてっぱらへとタックルを叩き込む。高速度での認知していようが反応できないほどの速度。いくら小粒とはいえ、新幹線にも及ぶそのスピードは、ローゼの内臓を揺さぶり意識が離れそうにさせるほどの衝撃。
しかしローゼは何とか離れそうになる意識を押しとめ、手をイルムの背中側から脇腹に差し込み逆さに持ち上げる。
「離れるべきだったな!」
「ちぃっ!」
ローゼはイルムをパワーボムで地面に叩きつけようとするが、イルムは両腕を地面に伸ばすことで何とかその企みを阻止する。
「はぁ!? どれだけの体格差が!」
「離れろ!」
「ぐぅっ!?」
イルムが鼻頭を蹴った事により、ローゼは思わず左手で顔を押さえ、イルムを放してしまう。
当然イルムはその隙を見流すわけもなく、手のばねを利用し逆さの状態から天に向かって頭が伸びている状態に立て直し、腕を振るってローゼの方へと向き直りながら背中から弓を取り外し、蓋の開いた矢筒から矢を引き抜いて弓に番える。
「お返し!」
イルムはそのまま矢を発射し、矢は風を切りながらローゼの元へと駆ける。
しかしローゼはD・G・マグナムに取り付けられたブレードで矢を切り払い、ブレスレットを見せ付けるように右手を伸ばしながら叫ぶ。
「鎧装纏着!」
ブレスレットに取り付けられた金色の宝石が光を放ち、ローゼの体に纏わり付く。そして纏わりついたその光は銀、金、赤の金属の鎧へと変換される。側頭部にアンテナのような飾りが付いたサークレットが取り付けられ、肩、腿、脚、腕、背中に付いた透明な結晶が光り輝き青白い炎を吹き出す。その全体的なシルエットはローゼ、荒戸葉楽のAMでの乗機、ノーブル・ナイトに酷似していた。
「初めて使うが……!」
「へぇ、鎧装宝玉か。あんたも持ってたんだなあ」
「何を……?」
ローゼが眉を顰めた瞬間、イルムを中心に旋風が巻き起こる。
「レイヴンは昨日だけど、俺はサービス開始時に手に入れてたんだよ。ウィンディーネの羽衣を!鎧装纏着!」
旋風の中から閃光が二つ煌く。
「まっず!」
ローゼが思いっきり首を逸らすと先程までローゼの眉間と喉があった所に二つ短い矢が通り抜ける。
「避けるか!」
「避けるさ!」
旋風が晴れ、イルムが飛び出す。その身にはまるで金剛力士のものような羽衣が纏わりつき、腰の辺りからは重力を無視して天に向かってたなびく一対の帯が伸びる。そして胸には窪みの付いた薄い箱が取り付けられていた。
「おっとぉ!」
「ちぃっ!」
何より目立つのはその両腕に装備した機械弓だろう。矢を番えた後にグリップ部にあるトリガーを握ることにより発射する仕組みだ。さらに先端には薄い剣が取り付けられ、接近戦に対応している。
「コンセプトが、似ている!?」
「図体は真反対だけどなぁ!」
イルムがローゼの喉を掻っ切るように腕を振るうとローゼは半歩下がってそれを回避、反撃に左手でエクセェスを引き抜いて腰だめでイルムの腹に向かって銃弾を放つも、イルムは前方宙返りでそれを回避。そのまま真上から拳を振り下ろすも、ローゼは背中、足の結晶から青白い噴射炎をバーニアのように使い、回避すると同時に距離を取る。しかしまだ慣れていなかったため体制を崩し、地面に突っ込む。その瞬間に噴射炎を止め、足で地面を蹴って浮き上がり、トンボを切って体勢を立て直す。
「おや? 昨日今日手に入れたレベルか? ならばまだ俺にも勝てる余地がある!」
「くっ!」
イルムが走り出し、イルムが胸の箱に機械弓を当てると腕の機械弓に矢が装填され、ローゼの足に向かって発射される。ローゼはそれを前方宙返りで回避し、走って殴りかかってきたイルムにカウンターを合せて顔に蹴りを放つ。イルムは思い切りのけぞりながらも勢いを緩めずに右手でフックを放ち、ローゼの体はくの字に曲がって真横に吹き飛ばされる。
「現実だったら鼻血モンだな……HPこれだけで3分の1減りやがった……もう半分切ったぞ? くそっ」
「ワタが揺れてる……傷はいっていない、HPはまだ3分の1減ったかどうか。まだ、やれるはず!」
両者は自分の今の状況を分析、ステータスを確認し、あることを確認する。
「「早く決着をつけなければ、やられるのはこっちだ!」」
ローゼの脳裏に浮かぶのは、まともにダメージが入った右フック。他のパンチと比較してあまり威力が乗らないフックで3分の1のダメージ、さらにはこの体格差のパワーボムをものともしない筋力。後一発でもいい物を食らえば負けが確定すると踏んだ。
イルムの脳裏に浮かぶのは、ローゼのその回避力。 真後ろからも、真上からも、ほぼ確実に回避する。右フックがまともに入ったのは自分の顔にまともに蹴りが入っていたからとイルムは判断する。もしもまともに入っていなかったらローゼは噴射炎をきらめかせて回避していたことだろう。持久戦は不利。そうイルムは踏んだ。
「そこっ!」
機械弓を装填した後俊足で踏み込み、イルムはローゼの腹部を狙って腕を交差させ鋏のように切り裂こうとする。が、ローゼはそれを読んでいたかのように後ずさって紙一重で避ける。
「踏み込みが!」
「甘くて当然!」
挑発しようとしたローゼの言葉を遮って、イルムは機械弓のトリガーを引く。しかしイルムは判断を間違っていた。本来ならばこのタイミングで放たれた不意打ちの弓は、いくら先が読めようと足が宙に浮いているのだから避けようがない。そう考えてイルムは弓を放ってしまった。
「てやぁ!」
「なんとぉ!?」
しかし今は空においても動ける装備を互いにしている。ローゼの鎧も、イルムの羽衣も、空を飛べるのだ。確かに今さっきまではローゼは扱いに慣れては居なかった。しかし、覚悟を決めたローゼはAMにおける機体の制御のイメージを脳内で働かせ、巧みに操れるまでに到っていた。AM魂恐るべし。
バーニアで宙に浮いたローゼはイルムを掴み、大空へと飛翔する。
「こ、の、距離ならばぁ!」
「くぅっ……!」
イルムは逃れようとカマイタチを体に纏わせるが、ローゼは手を放さず、めちゃくちゃな軌道を描き始める。
「うおぉぉぉっ!」
「はなせっ、放せぇぇぇっ!」
ローゼが唸り、イルムが叫ぶ。その声が響き渡り、店先にぽつぽつと人が現れ始めた。
ローゼがようやく手を放すと、イルムは必死に空へ浮かぼうとするが感覚が掴めずゆっくりと降下するだけとなる。三半規管が揺さぶられ、上下感覚が麻痺してしまっているからだ。
「はぁぁっ!」
「舐、めるなぁ!」
離れた状態から急旋回して向かってきたローゼに向かってイルムは気合を振り絞って機械弓を放つ。上下感覚がなくなっても突撃してくる風を感じて弓を向けたのだ。
しかしローゼは急降下をすることによりそれを回避、回避しきって次が来ないことを確認すると急上昇してイルムへと向かう。
「王手! オービタル・パターン……!」
そのまますれ違いざまにD・G・マグナム、Ex-S・ファランクス両方のブレードを使用してイルムの腹部を切り裂く。まだイルムのHPは残っている。
「ルゥート!」
そして斜め上へと少し飛んだ後、肩のバーニアを吹かし急速バック、前方下あたりにイルムが見えた瞬間にまた背中のバーニアを吹かして急降下、イルムの腹を蹴った後、その蹴りの反動を使って横回転しながら後方下へと移動、前方へ急速で移動しつつ急旋回、イルムの背中を狙う。
「この、ま、ま、でぇっ!」
イルムの右腕に、風が渦巻き小さな竜巻となる。前回ローゼを屠った技の一方、『スパイラル・アタック』をコマンドなしで発動したのだ。一矢報いてやろうとシステムを超えた二重奥義を発動したイルムは、全力で振り返る。失ったのは平衡感覚と上下感覚。それでも、完全に真後ろから来ると分かっているから反応できた。
「シグマァ!」
「オラァッ!」
ローゼの両手の銃のブレードがイルムの腹部に突き刺さり、一秒遅れてイルムの拳がローゼの胸に突き刺さる。この時点で、イルムの負けは決定してしまった。しかしイルムは一矢報おうとそのままローゼの体を貫く考えで拳に力をこめる。しかし貫く前に、ローゼが両手を開いてイルムを両断したことによりイルムのHPは消滅、決着した。
【OP・ルートシグマ】。イルムに止めを刺した技は大体予想は付くだろうが元はローゼがAMで使う技を鎧装纏着したことによりクリエイト・ワールドで再現した技である。一連は描写したとおりであるが、この技の一番の特徴はその軌道。まさに記号の√、そしてΣを再現しているのだ。だれだ、ルート・砂時計かルート・パピヨンじゃね? とか言ったのは。シグマといったらシグマなのである。しかし、この技をローゼがAMで使用することはほとんどない。ぶっちゃけ、体に負担が大きすぎるのだ。急制動や急旋回急速バック、急急だらけで体にかかるGが冗談じゃないくらいやばい。人間が耐えられるGは10Gだとかどこかで聞いた覚えがあるが、この技をAMで使うと機体の質量などからかかるGが20を超え、機体がぼろぼろの状態でやると爆散する。ゴーストファイターになってしまうのだ。それを今この時使った理由、それは。
「うぷ……調子乗りすぎた……」
ノリと勢いである。あれ? こいつこの世界で割りと高位の学者だったよな? とか考えてはいけない。今この瞬間の彼は脳科学者荒戸葉楽ではなく、薔薇の銃士ローゼなのだから。
そんなこんなでフラフラになったローゼはゆっくりと降下して着地する。するとその瞬間に鎧装纏着が解け、ローゼは元のカウボーイ姿へと戻り、異様な倦怠感に襲われる。
「こ、この疲労感は……?」
「SP切れだよ」
ローゼが自分の疲労感に疑問を抱いていると、後ろからイルムに声を掛けられる。
「MPと違って切れても強制ログアウトとまではいかねぇが、強烈な疲労感に襲われる。鎧装纏着は使用している1分間に付き3割SPを消費する。つまり、万全の状態だろーと3分ちょっとしたら解除されちまう、ッつー寸法だ。あんた、超音波カッターとか二重奥義やら発動した後だったろ? だから早く限界が来たんだろうな」
「な、なるほどぉ」
無表情で説明するイルムにローゼは恐ろしいものを感じながら頷く。ぶっちゃけるといきなり喉掻っ切ってきそうな雰囲気があった。そういう敵キャラ居るよね。
「しっかし……これでも俺も上位プレイヤーだぞ? 少し武装強化された程度で追いつくかね……レベルも1日2日で上がる量は高が知れてるし」
「えぇ? ハル助けたくだりで10レベ以上あがったけどぉ?」
「はぁ!?」
ローゼの言葉にイルムは顔を引きつらせる。
「またあいつか!? あいつが関わってるとどうも俺に都合が悪いように事が運ぶ! この前も不良に追っかけられるし! 返り討ちにしたけども!」
「あっと、うん、ご愁傷様ぁ?」
うがー、と頭を掻き毟る姿にローゼは冷や汗を垂らしながら微笑む。リアルのことが関係するのであまり積極的に関わろうとしないのだ。リアルはリアル。ゲームはゲーム。割り切ったほうが楽しいじゃない? とは本人の弁だ。
「あぁ、そうだ、あんたらパーティの集合時間って何時だ?」
「10時だけど、どうしたのぉ?」
「じゃあ、俺も一時的に仲間に入れてくれよ」
「は?」
「ん?」
二人の雰囲気がどことなく固まり、寒気を感じたギャラリーは店の中へと帰っていく。二人のぴりぴりとした雰囲気が解けたのは、セリオ、ハルの二人がログインしてきた後となった。