第34話 それがあんたの闇の元かい
~ワム鉱山?~
いきなり崩れた地面から闇に堕ちて数分。ハルはいつまでも終わらぬ浮遊感に違和感を覚えた。いつまでもじっとりとした暑さは肌にまとわりついているし、その割には頭は妙に冴えている。リスポーン地点が宿屋とも限らないのでログアウトすることもできない。
思い出すのは落ちる瞬間のローゼとセリオの顔。ローゼはまだいい。心底焦っているのはわかったが、他意はなかった。問題は、セリオだ。何かを、悟ったような表情だった。『あなたのことなら何でもわかっていますよ』とか、『心配する事などない』と語りかけてきそうな顔だった。それがとてもとても、ハルにとっては癪だった。
―――なんだよ! 何がわかるって言うんだよ!
そう叫び出したくなるのをグッとこらえる。独り言はできるだけしない。ハルが決めたルールだった。
小さな頃、両親が変死した。まるで、内側から破裂したかのようなおかしな死に方だった。両親の死体を見たときに抱いた感想は実子とは思えないほど淡々としたものだった。
―――あぁ、これが不幸か。
それが彼が両親の死に抱いてしまった感想だった。幸い、すぐに犯人は捕まった。スティラ星系のセクターR生まれのウーガ人……名前は失念したが、とにかく、そういう名前の種族の極細の触覚の先端の微小な空気袋を膨らませて獲物を殺す狩猟民族の仕業だったそうだ。流石に犯人と面会した時、、次の言葉を言った時には頭にきて目の前の男? 女? ……まあいい。そいつをぶん殴った。
―――『あああいつらを殺した理由? 食べるため? 何言ってんだ、あんな不味そうな連中食うわけないだろう?』
―――じゃあ、なんで?
―――『面白いからだよ、文句あっか!?』
反射的に体が動いていた。面会の監視官が取り押さえるのも払い除けて、そいつをぶん殴った。そう、仕切りのガラスを通り抜けて。
その瞬間、彼は自分が少し、世間で言うところの正気に戻ったと感じた。親がいなくなった悲しみが、どっと湧いてきたからだ。こんな奴に殺されたのか、俺の親は、なんでこんな奴に殺されてしまったんだ。そう考えると情けなさも押し寄せてきて彼はさらに大声を上げて泣いた。
殴られたそいつは死んでいた。偶然、殴られた衝撃で体内の空気袋が破裂したらしい。彼はそれを聞いたときいい気味だ、と思う心とおそらく自分がやってしまったことを見ないふりをしてくれた監視官に感謝の念も湧き上がった。刑務所に向かい監視官の人にお礼を言うと、監視感の人は彼にこんなことを言った。
―――『別に、感謝されるべきことはしていない。被害者を侮辱した加害者が被害者の子供に殴られた。それで起こった不幸な事故だ。報告はしたが上の人間がまともに取り合わなかっただけだ』
―――でも、殺してしまったのは本当。
―――『君は、犯罪者にはならないさ。寧ろ、君は犯罪者を追い詰められる。その力は、きっと、神様がそう主示したものなのだろう。親の仇に怒り、それをたとえ事故でも殺してしまったことを悔いることのできる君に』
その時、彼は決意した。警察となることを。犯罪者を捕まえられるような、立派な警察官になることを。
そう決意した日から彼は必死に勉強した。歴史や数学関係は少し疎いが、語学関係や科学方面には教師も手放しで褒める程の成績を残せるまでになった。アジア圏の言語よりもロシア語や英語が得意だったおかげで目立つ金髪も自毛と認識してもらえた。純日本人なのに。六法全書の内容も少しずつ頭に叩き込んでいった。
運動神経も良く、彼は中学の頃武器の対処のために習い始めた柔道の大会で優勝し、段位も取得した。
高校に入って少しだけすると、段々と成績が落ちていった。許可を取って何個か始めたアルバイトで、少しずつ勉強をする時間が削られていったのが原因だった。彼は決して学業において天才ではなかった。積み重ねでたどり着いたのにその積み重ねが段々と削られていった結果、留年寸前まで追い込まれていた。原因の一つとしては、数学や歴史がボロボロだったことも挙げられる。
体を鍛えることはやめられない。たとえ暴れようと取り押さえるためには力が必要だからだ。六法全書を詰め込むこともやめられなかった。警察官になれなければ何の意味もないのだから。削られたのは、睡眠時間だった。しかし、働かない頭で授業を受けても内容は頭に入ってこない。成績はギリギリの所を這っていたが、上へは上がらなかった。焦りや不安で、眠れない日が続いた。
そんなある時、クラスメイトにこんなことを言われた。
―――『親いないんだろ? 大丈夫なのか、そんな詰め込んで、体壊すぞ? たまには気分転換したらどうだ?』
そう、ゲームセンターに誘われた。さらっと気にしてることをなじられたが目の前のクラスメイトは100%善意で提案している。その事を知っていた彼はいいよ。とその誘いに乗った。
ゲームセンターに行った彼はとあるゲームに目を奪われた。モニターで白銀色のボディに赤いラインのロボットが黄金色のロボットに両手のライフルと立ち回りで圧倒していた。ゲームの名前は『アームド・メカニック』。記録カードは300円、一回プレイ2ゲームで400円。モニターに目を奪われていた彼に彼のクラスメイトが興奮しながら駆け寄ってくる。
―――『おい! 見ろよあれ! ランク2の生試合だぜ!』
―――すごい
―――『だよなぁ! うちの学校のあのなっがい髪のイケメンがランク1位らしいけど、ランク2の試合はレアだぜ、レア! なんせ、ここいら住まいじゃねぇからなぁ! スッゲェスタイリッシュかつ堅実な立ち回り!』
彼は興奮するクラスメイトを尻目にプレイヤー登録を済ませる。100円玉を三枚機械に投入し、プレイヤー名を入力。名前は……『パルス・イーター』。対戦が終わり、筐体から出てきたランク2に彼は話しかける。大柄で怖そうな雰囲気を漂わせている。だが、怖気づいてはいられなかった。
―――勝負して、くれませんか
―――『嫌だけどぉ』
―――っ、なんで!
―――『フラフラで、足取りもおぼつかないような子がぁ、ゲームなんかやってんじゃないよぉ。……その隈がとれたら相手してやる。名前は? あぁ、本名じゃなくてプレイヤー名な』
―――パルス。パルス・イーター
―――『了解、いい目だ。研究の為にしばらくこの辺にいるから、今日はさっさと帰って寝な』
なんというか、肩の荷が少し降りたような感覚だった。大したことは言われていないのに、安心する感覚だった。その日は良く眠れた。次の日学校は休みだったので昨日行ったゲーセンの近くの家電量販店の店先でランク2と出会った。
―――こんにちは
―――『良く眠れたみたいだねぇ。隈が少し薄くなってる』
―――なら!
―――『いいよ……やろう』
結果だけ言うとボロ負けした。射撃は躱され、格闘は捌かれた。そう簡単にはいかないと思い知らされた。落胆した表情で筐体から出た彼に、二つの箱が投げ渡された。『paradigm‐paradise』と『アームズ・メカニック』のパッケージの箱だ。すぐに反応してハルはランク2に声を荒げる。
―――憐れみのつもり!?
ランク2は眉ひとつ動かさずに嘲り笑うような、少なくともハルにはそう見えた―――表情で、何事もないかのように言う。
―――『何が? ただ単にpresent……Ah,贈り物した程度で憐れみ? ハン、俺はただもう自分用のを持ってるのに送られてきた余り物を熱意ある少年にあげようと思っただけ―――それだけで悲劇の少年気取り? くっだらない……だいたい俺が弱者に対して哀れむような見た目に見えるのか?』
正直、そう見えてしまった。単なる被害妄想だろう。彼の目の前の男、ランク2はそのまま苛立ちを隠さずにハルを怒鳴りつける。
―――『君、世の中ナメてんじゃねぇのか!?』
ハルは、怒りで目の前が見えなくなった。ランク2は『だいたいそんなこと言ったらホビーアニメとか』とか『シンデレラだってそういう……あれ? あれは普通に憐れみだっけ?』とか変な方向にずれたことを言っていたがハルにはもう、聞こえなかった。
踏み込んで、殴り飛ばす。
そうとだけ考えて拳を振るう。次の瞬間には空を舞うこととなった。
殴りかかった、ハルが。
―――『あっぶな、キレる若者ってこういうこと? いや俺だって成人式したばっかだけどさ』
そう呟くランク2はどことなく傾き、ハルを見下すように佇んでいた。
―――なんで
―――『動きが一直線。せめてフェイントとかさぁ、はぁ、まぁいいや』
ランク2は溜息を一つ吐いたあと困った顔をしながらハルに手を差し出す。
―――『ゆっくり話したいしご飯でも食べに行かない? お金ならこっちが払うから』
そう言って連れて行かれたのは近くのファミレス。メニューを開いて思案顔のランク2にハルは聞きたいことがあった。
―――あの
―――『んえ? あぁ、お金なら心配しなくてもパラムスの協力費とRe:Mapping法の特許の奴でお金には困ってないから。ハンバーグでもマリネでも自由にどうぞぉ?』
―――そうじゃなくって! どうして、こんなことを
ハルの言葉にランク2はため息を一つ吐いて答える。
―――『俺は俺のしたいようにする。それだけだよ。ま、一つだけ言わせてもらうと、悩んでいることの大半はroots、大元からの道程さえわかっていれば原因は簡単にわかる。中途半端に楽しようとすればよっけいわっかんない。生活のためにバイトしてんのかもしんないけどさ、根詰め過ぎちゃ根腐れすんぞ』
―――そう、ですか……
「ふぅん、それがあんたの闇の元かい」
「っ!?」
急に聞こえた人の声にハルは槍を構えて身構える。声の方向から現れたのは、黒いローブに黒い三角帽子、まるで闇に溶け込むかのような格好をした、老婆。
ハルはその不気味さに震える声を抑えながら訊ねる。
「婆さん、何者だ……!?」
「私? 私は暗黒の賢者シェダルク。闇属性魔法の使い手、さね」
シェダルクはそうとだけ言うとハルの方へと滑るように向かってくる。ハルは距離を取ろうとするが足場がないので少しもその場から動くことができない。
「さぁ、問おう。力が、欲しいか。光をも捉えて離さぬような、暗黒の力が」




