第15話 ありえない
ローゼ・葉楽は実際生きてきて脳に蓄えた記憶3年ぽっちのガキです。知識も礼儀も道徳も叩き込まれているため余り飛び出ていませんが、学者であろうが、教授であろうが、間違いをたくさんする子供なのです。灰羅?マセガキ。
~食事処【虎申亭】~
「すみません、この十割蕎麦一つ」
「俺はビーフストロガノフとシーザーサラダ」
「……なんでもあるなぁ。ファミレスみたいだァ。ま、いっか。俺はこのキノコとベーコンのペペロンチーノって奴とアイリッシュコーヒー……ウィスキーでコーヒーの方濃い目でぇ」
「了解イタシマシタ」
「……中途半端にカタコトなんだねぇ」
少しこじゃれた店内の中、三人は丸いテーブルに座り、メニューを見ながら注文する。
注文を受けた店主は独特な言葉で返事をした後、厨房へと入る。中々繁盛しているようで、ウェイトレスは縦横無尽に食事を運んだり食器を下げたりと仕事に没頭している。店主が直接注文を取りに来るくらいには。
「それにしても……まだサービス開始して二日目でしょぉ~? なんでこんなに繁盛してるかね」
「良い物作ってるところには人が勝手に集まるさ。別におかしなところはないな」
「そんなことよりとってもいい匂いでいっぱいで、早くも料理が待ち遠しいなぁ」
「……その割には腹に貯まるかが疑問な十割蕎麦だけどねぇ。っていうか十割蕎麦ってどういうことさぁ。まだ短い間しか日本にいないからよくわからないんだよねぇ」
「そば粉と小麦粉の割合だよ。そば粉が10、小麦粉が0で十割そば。そば粉が8で小麦粉2なら二八そばだ。そば粉が10で小麦粉が2の外二八、ってのもあるんだがな」
「ふぅん。そうなんだぁ」
興味の無さそうに返しながら、ローゼはウィンドウに入力し、テキストデータにして保存する。さりげなくメモを取ったということだ。
「まあ、VRだし。腹に貯まるかよりも味とステボの方が重要だろう?」
「1ハヴェン=10円と考えたらお値段ミシュランに乗るような店並なんだけどねぇ。一番安い一品料理でも850ハヴェンだよぉ?」
実際には1ハヴェン=100ハヴェンくらいなのだろうが。500あれば安い装備なら一式揃えられられる。
「高級三つ星ホテルよかはまし。一遍友人に連れてってもらったことはあるが。とりあえずうちんちじゃあ年に1度の贅沢でも行けるかどうか、ってレベルだったな」
「ふぅん」
「オ待タセ致シマシタ」
そんな会話をしていると店主が三人の料理を持って運んでくる。そして注文した人間の目の前に並べられた。
「どうもぉ」
「コレハドウモ」
ローゼは持ってきてくれた店主のお盆に50ハヴェン程の硬貨を乗せ、お礼を言うと、店主もお礼を返し、服のポケットに入れて帰っていく。
「……おい、なにあれ」
「チップ。え?普通じゃない?」
「普通じゃねぇよ……! 日本だぞ、チップ文化ねぇよ、なんで普通に渡してどっちとも違和感感じてねぇんだよ……!」
「……成程ぉ、チップ文化ないのかぁ。道理で外食行った時にウェイトレスの人が苦笑いしてるわけだァ」
周りの迷惑にならないようにミラーは小声で怒鳴るという器用なことをし、ローゼは納得したように頷く。
「……そういえば去年までイギリスにいたんでしたっけ?」
「うん~。17くらいから19くらいまでタワーブリッジに居たよ」
「魔術でも習ってたんです?」
「その時計塔じゃねぇよ」
「……目が、目が怖いって。ローゼさん」
ギンッ。というような感じで鋭くなった瞳に貫かれたケイトは、その目線から逃れるように食事を始め、蒸籠の上に乗ったそばを箸で掬い取り、梅雨に潜らせて一気にすする。
「あぁ、これは、確かにシンさんの言うとおりだ」
満足そうな顔でそばをすするケイトに、ローゼは誇らしく思うも同時に疑問が浮かぶ。
「そういやぁ君らシンさんカル坊って呼び合ってるけどさぁ。リアルネーム由来?」
「え?……そうですけど」
ローゼの問いにケイトは答える。その答えにローゼは鋭い目をさらに鋭くしながら続ける。
「やめといたほうがいいよぉ?俺の友達、一遍それで騒ぎ起こしたしぃ。有名人だからねぇ」
「へぇ。誰?」
「言ったら俺も芋づる式でバレるから言わないよぅ。まあ、性別は女ァ。ここまでで許してぇ」
「……セリオさんとか?」
「アイツはねぇよぉ。アングラじゃ有名かもしれないけどぉ、俺は知らなぁい」
「……へぇ~」
「ま、そんなことより、だ。ローゼ、お前は知ってるか? このゲームの噂話」
そのままそばを啜ることに意識を傾け始めたケイトを尻目に、ミラーはパンにビーフストロガノフを載せながらとある話を切り出す。
「噂ぁ? 何さぁ?」
「『このゲームは生体CPUの実験場』って」
「ありえない」
ミラーの言葉に被せるように、ローゼはピシャリ、と言い放つ。
「あれらは、あいつらは、俺達が完膚無きまでにぶち壊した。クローンも、孤児たちも、全部っ、全部っ、全部助けた! そんな馬鹿げたことをやらかす様な奴らの話なら俺に届く! ありえない、そんな話……!」
ローゼは立ち上がりながら激昂する。SOEGが集まっていた頃、自分が協力させられそうになった計画、それを阻止するために動いてくれたSOEGの友人たちのことを思いながら。『生体CPU』、その言葉に自分たちのしたことを無下にされた感覚を味わいながら。
それを見たミラーの心に罪悪感が芽生える。ちょっとした話題替えのつもりだった。その時ちょうど思い出したケイトが疑っている噂を話題に出した。だが、それは目の前の友人の地雷だったらしい。とりあえずこの友人を座らせたほうがいいのだろう、周りの目も痛いし……と、ミラーは考え、静かに告げた。
「……悪かった。お前が何を抱えてるのかは知らないが、この話は聞かなかったことにしてくれ。よくある陰謀論さ、きっと……だから、座れ」
「あっ、……ごめん」
ローゼは申し訳なさそうな顔をしながら座り、ミラーは先程ビーフストロガノフを乗せたパンに齧り付いた。
「……これは、ログアウトしてから調べてみるよ。感情を搭載したアンドロイドのAIだって20年前には開発されてる。きっとそんな噂を疑ってしまったのはNPCがあんなに感情豊かだったからだろう? だから、生体CPUなんて突飛な物があるなんて噂を疑った……よくあることさ。仕方ない……」
そう言いながらローゼはアイリッシュコーヒーを啜る。コーヒーの苦味とウイスキーのアルコールとしての苦味が相まって、凄く苦く感じられた。だが同時に、自分が作り上げてしまったこの空気のせいだな、と考えると20歳になってもまだガキだな、とローゼは自分を責める。
そんな時、ケイトが吹き出した。
「ぷふっ!」
「……おいカル……ケイト。どうしていきなり……」
「いやぁ、ローゼさん、あんまり失敗とかしたことない完璧な人間だと思ってたから、こんな時の失敗がおかしくて」
「ケイト……あんまりそうやって……!」
ミラーはケイトを諌めようとするが、ローゼは手でそれを制する。笑われようとそれを自分が責めることはできない。そう、思ったからだ。
「こんな時に感情任せに立ち上がってもいいじゃないですか。人間らしくて。多分、生体CPUってモノ絡みで、何か、トラブルに巻き込まれて、誰かたちと一緒に解決した。それが、復活することがないようにも努力した。なら、その生体CPUが復活するということはその努力をなかったことにされたと同意義だ」
「……つまり、どういうこと?」
ミラーは心底わからないといった表情でケイトに問い、「これだから人間離れは」と吐き捨てた後で続ける。
「例えるならノーセーブで行くのが当たり前だった時代、オールクリア目前、っていう時にコンセントを親に抜かれて親と喧嘩する子供、っていうのが大勢いたらしいです。その子供が今のローゼさんで、親が噂。ゲーム内容は『生体CPU』の撲滅、といったところかな?」
「おい、その例えならローゼ餓鬼になるじゃねぇか」
「あんた向けにわかりやすく要約したんだよ。これでもわかんないとか終わってんな」
「誰が頭空っぽだ!」
「誰も言ってない! 自覚があるからそんな幻聴が聞こえる!」
「……あはっ」
ローゼは堪えられなくなり笑い始める。その姿をミラーとケイトは怪訝な目で見ていた。
「あははははは! はーっ、はーっ、ありがとう~、ケイト。おかげで元気出たよぉ」
「あっ、いえ! むしろ謝らなきゃ……」
「いいよ。俺が少しガキ過ぎただけだからァ」
申し訳なさそうにするケイトに笑顔で手をひらひらさせながらローゼは流して欲しいことを促す。
「それよりもぉ、ご飯食べちゃおう。ほら、あそこで店主さんが怖い顔で俺たちのこと見てるからァ」
「……ふふっ、そうだね。麺が伸びないうちに食べちゃおう。せっかくの奢りだし美味しく食べたい」
「……そうだな。飯を美味しく食べたいのはいきものの正直な欲求だ」
そう言いながら三人は勢いよく料理を平らげていく。この後、この店の支払いでローゼの所持金が半分削られたことは言うまでもない。




