表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

マルキス街道


 皇帝ハリアシスは、戴冠式の後に元老院議会でこのように宣言したという。

「帝国の果てから果てまでを結ぶ街道を作る」

 通称ハリアシス街道の敷設は皇帝の在位中には完成せず、次の皇帝ディアリニスの代に完成した。しかし父の事業を引き継いだディアリニス帝は、それを完成させるだけでは満足せず、さらに街道を複線化する計画を立てた。ハリアシス街道と平行に敷設されたこの街道は、ディアリニス街道と呼ばれる。


 すでに帝国を東西に横断する街道があるにもかかわらず、さらにそれと平行に走るもう一本の街道を建設する意義を元老院に問われたディアリニス帝は議会で街道を複線化する必要性を説いた。

 複線化の効果は主に二つ存在する。第一は、洪水や崖崩れなどの自然災害によって、街道が使用不能になった場合に、他の選択肢があれば、移動への影響を最小限に抑えられる。第二は防衛上の理由で、帝国に侵攻した敵が街道を押さえても、こちらが別の街道を使えれば敵に包囲される心配がなくなるのだ。

 そもそも最初に街道を敷設した最大の理由は軍事上の理由だった。敵による侵攻があったときに、帝国内で兵士を集めて素早く前線に送ることができるからだ。それゆえにディアリニス帝の演説には説得力があった。議会は全会一致で街道の建設に賛成した。

 それもあって、帝国の軍団兵は敵と戦うだけではなく、道路の工事にも参加していた。実際のところは、街道の敷設に駆り出されるのは、民間が半分、軍が半分、という具合だろうか。

 兵士には戦闘がない期間も給料が支払われるから、その間ずっと兵隊を腐らせておくくらいなら肉体労働をさせておけ、ということで始まった取り組みだったが、これが思いのほか上手く機能したので、今や「軍団兵といえば土木工事と戦争が仕事」と言われるくらいになっていた。

 かくいう俺も、戦闘のない期間はひたすら街道工事に駆り出されていた。隊の単位で工事をすれば自然と連帯感が生まれるし、戦闘となればそういうのが馬鹿にならない差となって現れるのだ。もちろん、肉体の鍛錬にもなった。

 一方で民間に工事を委託する場合は、ちゃんと帝国から工賃が支払われた。帝国の住民の義務は納税と兵役だけであって、公共施設の建設に無償の労働力を供出する義務は存在しなかった。

 話によれば、隣の王国は公共施設の必要があれば住民に賦役を課して無償で作らせるという。その賦役が長期間にわたる場合は困窮で集落ごと離散する例も少なくないというのだからむごい話だ。帝国は野蛮な王国とは違うので、強制的に住民を労働させるようなことはしないし、労働にはちゃんと対価が支払われるのだ。


 ともかくハリアシス帝とディアリニス帝の治世以来、皇帝は先帝の偉大な功績にあやかって、自分の名を冠した街道を建設するのが基本政策となった。

 そして俺が工事に参加することになった、この建設途中の街道はマルキス街道と呼ばれている。


 村から一番近い建設現場が、徒歩で三日の距離の場所にある。

 俺は、村で雇われた他の労働者と一緒に、徒歩で建設現場へと向かった。建設現場までの移動は、まさに建設途中の街道を歩いて行くことになる。せっかく街道があるなら馬で行けばもっと速いのだが、土工を現場に送るのに馬まで供出すれば村の赤字が大きくなってしまうのだ。

 とはいえ、街道をまっすぐに歩くだけでよいというのは楽だった。もし街道がまったくない時代であれば、起伏のある道をふらふらと蛇行しながら進むことになり、倍の時間はかかっていただろう。

 道中の宿場で宿を取りつつ、日中は一日中歩き詰めであり、同輩たちの顔にも疲労が浮かんでいるようだった。

 そんな状況でもリナールの顔には疲労の一つも浮かばない、いつものようにニコニコと俺の後ろをついてくるだけだ。最初はリナールのことを崇拝していた風の同輩たちも、だんだんと気味悪がって距離を置くようになっていた。


 三日目に街道の先端にたどり着いた。

 周辺の村から集められた土工たちが、途切れた街道の先にずらりと並ぶように作業をしている。

 俺たちを引率していた村の人間が、責任者のところまで俺たちを連れて行った。

 作業現場のすぐそばにいた工事責任者の男の周りには、部下らしき者たちが何人も集まっていて、順繰りに相談やら報告やらをしているようだった。俺たちの番が回ってくるまでしばらく待たされた。

「こいつらがタウリノ村から来た者たちです」

 と、引率していた男は俺たちを引き渡して、さっさといなくなってしまった。

 工事責任者の男は三十代くらいの、口ひげを貯えた男だった。男は俺たちのことをじろじろと見ていたが、俺の後ろにいたリナールに目を止めた。

「お前、奥方も連れてきたのか?」

「いや、これはそういうのでは……」

 俺は否定した。

「じゃあ愛妾か」

「それも違う」

「じゃあ何だ。愛妾を囲っておくような宿はここにはないぞ」

「これのことは気にしないでくれ。そう……空気とか影とか、そういう自然現象の一部だと思って欲しい」

「お前は何を言ってるんだ?」

 工事責任者はリナールに顔を近づけてまじまじと観察していた。リナールは「どしたの~?」といつもの反応を見せていた。

 そのとき、俺と一緒に来ていた村の男が、「あの、そのお方は……」と、口を開いた。

 そして、先日のデレタ市で行われた決闘についての話をした。

 工事責任者は話半分という感じで聞いていたが、

「まあ、決闘の勝者というなら縁起も良いだろう。工事には幸運が必要だ。人足の次くらいにはな。よし、滞在を認めよう」

「ありがとう」

 と、俺は思わず礼を言ったが、なぜ俺がリナールのために礼を言わなければならないんだ、とすぐに気づいて腹が立った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ