カイナ
師範の指示で、村の周囲に罠を張り巡らせた。村人が総出でそれを手伝った。俺は、まだ街道工事の怪我が十分に治っていなかったが、不平を言える雰囲気でも立場でもなかった。
日が落ちるまでには準備が終わった――というか、日が落ちるまでの時間で、精一杯の準備をしただけだった。
戦えない村人は、とにかく村から逃がして、村には最小限の人間だけが残った。戦闘要員である俺と師範以外では、村長と、あのマッチョな顔役、それに弓に覚えのある村人三人。村長は夫人を村外に送り出していた。
このとき、師範とカイナにひと悶着あった。カイナは村に残って一緒に戦うと主張し、師範がそれを拒んだのだ。
「どうして!? わたしだって剣の腕は――」
「お前の腕では足りん」
「でも、この人だって残るんでしょ!?」カイナは俺を指さした。「この飲んだくれも!」
「お前を死なせたくない」
じゃあ俺は死んでもいいのか、と思わなくもなかったが、たぶん本当にそうなんだろうと思ったので俺は黙っていた。
「……絶対に残ります。わたしだって師範には死んでほしくないのです。それに、あいつらは……父上の……」
師範は黙った。表情には出ていなかったが、困っているのは俺にも分かった。
急にこちらを向いて、
「ライゼル、お前はどう思う」
急に水を向けられて驚く。
答えを考える時間はなかった。
「戦う意思のないものを戦わせることはできないし、戦う意思のあるものを戦わせないこともまたできない――。人には自分の死に場所を選ぶ権利があると俺は思う」
故事を引用しつつ、正直な気持ちを言った。
師範はため息をつくと、「好きにしろ」と投げやりに言った。
そのあと、カイナとすれ違ったときに「お礼は言いませんから」と小さく言われてしまった。もちろん礼を期待していたわけではなかった、むしろカイナを危険な目に遭わせたくないという師範の親心に逆らったことを俺は後悔していた。
だが俺にもカイナにも譲れないものはあるのだ。それに俺だって、師範には死んでほしくはなかった。
盗賊団がいつ襲撃に来てもおかしくない状況だった。
俺と師範が寝ずの番に立っていた。
櫓の上で、俺と師範は別の方向を監視していた。
「師範。盗賊団のこと、知っているんですか?」
監視の目を向けたまま聞いた。
「『狼の旗』の盗賊団……やつらは以前にも、この村に来たことがある。そのときも、おれが防衛の指揮を取った。それと、カイナの父も一緒だった。三年前のことだ」
「そうか、そのとき、カイナの父は……」
それがきっかけで、師範はカイナを引き取り、カイナは剣を習い始めた。カイナはあのときからずっと刃を研いでいたのか。父の復讐のために……。
「あれの父は良い剣士だった。おれは引退して、やつに道場を譲るつもりだった。……盗賊団に最初に切り込んでいったのはあいつだった。……おれがしっかりやつの背中を守っていれば、やつは死ななかった……。その上、あいつの娘まで死なせたとあれば、おれはやつに顔向けできん」
「今日は喋りますね、師範」
「今日が最後の夜かもしれないからな。お前も喋っておけ」
俺は……何か、言い残すべきことがあるだろうか。
頭の中にリナールのことが浮かんだ。俺が死んだらあいつは何をするだろうか。俺のいない世界に興味はないと、破壊の限りを尽くすのか。それとも死んだ俺の代わりの人間に付きまとうのか。……まあ、死んだあとのことなんて、どうでもいいことだ。
「ライゼル」
唐突に師範が名前を呼んだ。
「まだ言い残したことが?」
「奴らが来た。鐘を鳴らせ!」
師範が叫んだ。
俺は鐘を鳴らして敵襲を伝えた。
すぐに櫓を降りて、建物の陰に身を隠した。
ややあって、奥で休んでいたカイナたちが走ってきた。
「奴らは?」
「もうすぐ来る。ここまで引き付けて襲う」
師範が短く答えた。
村の内側ならやつらも偵察できてないだろう。建物の配置を分かっているこちらが有利だ。
暗闇の中で、俺たちはバラバラに身を隠した。
馬の蹄の音……。
松明はない。奴らも、明かりを目印に矢で撃たれることを警戒しているのだ。
少しずつ近づく……。
俺の位置からは、建物の陰に隠れた師範とカイナの姿が見えた。カイナは今にも飛び出しそうなほど気合が入っていた。師範は……いつもの泰然とした感じだ。俺はというと、カイナほどの焦りはなかったが、師範ほどの落ち着きもなかった。深呼吸をする。鞘から抜いた剣の握りを何回も握り直した。
体調は……それほど良くない。剣は振れるだろうが、肩にはまだ痛みが残っている。それにここ数日の不摂生な生活が倦怠感として体に残っていた。とはいえ、いつでも万全の状態で戦えるわけではない。軍にいたころだって、飢えや寝不足の中で戦わされたことは多かった。今の手持ちでなんとかやりくりするしかない。
「来い……」
小さく口の中でつぶやいた。
やがて盗賊の姿が見えた。




