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畏怖


 道路敷設隊の様子は一変した。

 工事の進捗は一気に進んだ。当たり前だ。山を掘ってトンネルを作るのと、まっすぐの谷に道を作るのでは困難の度合いがまったく違う。

 それと同時に、隊のみんながリナールに向ける視線も一変した。

 最初は、規格外の存在を畏れるように。

 しかし徐々にリナールが無害であることに気づくと、隊のみんなの注目はやつに集まるようになっていった。




 困難な穴掘りがなくなったものの、俺の体は連日の穴掘りであちこちが痛んでいた。特に肩の痛みが酷く、道を均すのにスコップを振るうのも難しくなっていた。

 俺はハカルとリウニスに一言残して現場から離れ、憂鬱な気持ちで隊長の姿を探した。

 隊長は俺を見つけると、気味が悪いくらいニコニコした表情で、向こうの方から近づいてきた。

「ライゼルくぅ〜ん」

 と、聞いたこともないような猫撫で声で。

「いやあ君の奥方のおかげで助かったよぅ。改めてちゃんと礼を言いたいのだが、奥方の好みなど教えてもらえないだろうか?」

「奥方ではないが……それにリナールの好みは、知らない」

 そもそもリナールにそういった感情のようなものが存在するとは思っていなかった。

 隊長は俺の返事には満足しなかったのか「そうか」と素っ気なく答えた。

 俺には興味を失ったようにその場を立ち去ろうとしたので俺は慌てて呼び止めた。俺の要件がまだ終わっていない。

 俺は体の不調について話し、このまま仕事に加われば仲間の邪魔になるし、しばらく休ませてもらえないだろうかと提案した。


「ああ、そんなことか。別に構わないよ。何だったら、一度村に戻って体を休めてくるといい、ここでは療養もままならないだろう」

 と、予想外に寛大な返事が。

 だけど――と、隊長は続けた。

「リナールさんは、ここに残してくれるんだろうねえ?」

 俺は隊長の言葉に、媚びた成分を嗅ぎ取って、顔をしかめた。

「……リナールは俺のそばを離れたがりません」

「そうか。だったら君にもここに残ってもらわないとなあ」

 ……俺はリナールを繋いでおくためのアンカーか。

 結局、最初に申し出た形の休養だけは認められた。




 隊のみんなが働いていることに後ろめたさを感じながら、俺一人だけがテントに戻って横になる。

 そこにルナールが顔を出してきた。

「どしたの〜?♡」

 鬱陶しい。

「肩が痛いんだ」

「ん~? 山は消えたのに?」

「まあ、悪化はしなくなったが……」

「何を消せば痛くなくなる?」

 ぞっ、と背筋が冷えたのを感じた。

「何もしなくていい。しばらく休めば治る」

 震える声で言った。

 リナールは「そうなんだ」とあっさり引き下がった。俺はふっと息を漏らした。


 俺は横になって毛布を引っ被った。

 何が面白いのか、リナールはそばに座って、俺が休んでいるのをじっと観察していた。

「面白いか?」

「うん」

「ここには俺以外にもたくさん人間がいるが。俺のことだけを見ることはないだろ」

「うーん」リナールはまるで人間のように考える仕草を見せてから「でも、あなたのことが気になるし」

「……隊長に、もしお前をここに残してくれたら、しばらく休んでいいと言われたんだ。そうなれば俺の痛みも良くなりそうなんだが……」

 それほど期待していたわけではなかった。

 水を向けるようにリナールにそう言うと、リナールは首をかしげて、

「私がここにいれば、あなたの傷が癒えるの?」

「そうだ」

「わかった!」

 と、予想外の返事が。

「え……じゃあ、しばらくここにいるのか?」

「そうだよ~」

「俺は一人で村に戻るぞ?」

「うん」

 あっさりと頷いた。

 それはどういうメカニズムによるものなのか。リナールに()()()()()()からずっと望んでいたけどできなかったことが、今日突然叶ってしまった。

「そうか……」

 突然のことに心の整理がつかない。

 だが……俺がここに残ることに一体どんな意味があるだろうか?

 隊長が求めているのはリナールだ。

 実際、リナールが山を吹っ飛ばしてくれたおかげで俺たちの労力と時間がどれほど節約されたか分からない。

 それに比べて……俺が痛みをこらえて働いたところで、せいぜい一人前の貢献にしかならないのは俺自身もよく分かっている。

 どっと力が抜けたような気がした。自分の体がとてつもなく重くなったような気がした。

 肩の痛みは変わらないのに、それを受け止めている俺の方が脆くなって耐えられなくなっていた。


 俺は息を乱して起き上がると、隊長の姿を探した。

「さっきの話、あれはまだ生きてるよな?」

 開口一番そう言った。


 リナールがここに残ることを条件に、俺は村に帰ることを許された。


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