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その31の1「ルイーズと本屋」



「俺は……そうだな。


 映画の主人公はもっと強くて格好良い方が好きだな。


 悪党をやっつけるガンマンとかさ」



 カイムは少年らしい明瞭な好みを口にした。



「たしかに。


 あの映画の主人公は、


 ちょっとなさけない感じでしたね。


 最前線で働くスパイというのは


 国防のかなめとなる存在のはずです。


 その一員として選ばれるのは


 もっと理知的でタフな人材のはず。


 あのように失敗ばかりのスパイが実在したら


 その国の未来が心配になってしまいますね」



「そうだよな。一流のエージェントはあんな失敗……」



 そう言いかけて、カイムの口が止まった。



 ここ最近の自分のヘマの数々を思い出したのだった。



「いや……そうでも無いかもな。はは……」



「カイムさん? 顔色が悪くないですか?


 映画にやられてしまいましたか?


 あの唐突に、何の伏線も無くサメが出てくるくだりは


 人類の知性を破壊するのに


 じゅうぶんな破壊力でしたが」



「いやだいじょうぶ。


 サメくらい何でも無いさ」



 トップエージェントであるカイムの精神異常耐性は高い。



 つまりB級映画に対しても高い耐性を誇るということだ。



 C級映画やZ級映画であっても、簡単にカイムの精神を破壊することはできない。



 サメの一匹や二匹、どうということも無い。



 ルイーズが心配するようなことにはなっていなかった。



 カイムは気を取り直してルイーズにこう尋ねた。



「それよりさ、他に行きたい所とかねえの?」



「ええと……。


 本屋さんに寄っても構いませんか?」



「良いぜ。


 サメに奪われた知性を活字で回復させるとしよう」



「はい。サメには活字ですね」



 けだし名言であった。



 ……などということも無いが、カイムたちは本屋へと向かった。



 途中、カイムたちは神殿の前を通りかかった。



 冒険者の街にも神殿は有るんだな。



 そんなふうに考えながらカイムは建物を見た。



 カイムにはあまり信仰心は無い。



 神々を祀る神殿にも、同僚の葬儀でくらいしか訪れたことはない。



 あるいは任務で罰当たりな大立ち回りを演じた時くらいしか。



 そんな縁の無い建物の敷地に、大勢の人々が見えた。



「何だろ?」



 カイムが疑問を口にし、ルイーズが答えた。



「結婚式のようですね」



「結婚ねえ」



「興味ありませんか?」



「どうかな。何にせよ、俺たちにはまだまだ先の話だろうな」



「どうでしょう。私と同い年で


 家庭を持っている方もいらっしゃいますけどね」



「ふーん?」



 誰のことだろう。



 親戚の話かな。



 皇族だとそういうことも珍しくないのかな。



 カイムはうっすらとそう考えた。



 だが、わざわざ尋ねるまでも無いかと思い、口には出さなかった。



 神殿前を通り過ぎたカイムたちは、本屋に到着した。



 中に入るとルイーズは、棚からどんどんと本を取っていった。



「そんなに買って読みきれるのか?」



「カイムさん。


 友人が居ないぼっちの学生というものは


 凄まじい速度で書物を消化してしまうものなのですよ。


 これくらいはあっという間です」



「だったらこれからは必要無くなるかもな」



「えっ」



「悪い噂が無くなったら、


 ルイーズにもいっぱい友だちができるかもしれない。


 そうなったらさ、


 本を読んでる暇なんて無くなるかもな」



「それはそれで困るかもしれませんね。


 本を読むのは好きですから」



「すまんな。


 俺のせいで友だちまみれになってしまって」



「やれるものならやってみてください。


 相当なものですからね。私のぼっちは」



「やってみるさ」



 ルイーズの買い物が終わると、カイムたちは本屋から出た。



 ルイーズは大量の本を抱えて、人の多い通りを歩くことになった。



 危なっかしいな。



 そう思ったカイムは、ルイーズにこう尋ねた。



「持とうか?」



「いえ。だいじょう……あっ」



 言い終える前に、ルイーズは通行人にぶつかってしまった。



「どこ見てやがる!」



 相手がすぐさま怒鳴りつけてきた。



 ルイーズがぶつかった男は、全身に武具を身につけていた。



 いかにも冒険者といった感じの相手だった。



「っ……すいません」



 謝りながら、ルイーズは視線を上げた。



「ルイーズ……!」



 カイムはルイーズを庇いに入ろうとした。



 だがそれより前に、ルイーズと男の目が合った。



「っ……! レオハルトさん……!?」



 カイムがルイーズの前に立った時には、冒険者の顔色は、真っ青に変わっていた。



「えっ? はい。そうですけど……」



 カイムの後方でルイーズがそう言った。



 すると。



「申し訳ありませんでしたっ!」



 男は脱兎の如く、ルイーズから逃げ去っていった。



「えぇ……。


 ルイーズの噂って、学校の外にも広まってんのか?」



「……不名誉ながら」



 ルイーズは恥ずかしげに俯いた。



「なんとかしないとなあ。……ん?」



 ルイーズの方を見て、カイムは何かに気付いた様子を見せた。



 カイムの視線は、ルイーズの左袖へと向けられていた。



 袖口から、青い腕輪が姿をのぞかせていた。



 オリハルコンリングのようだった。



「オリハルコンリングを持ってるんだな。


 そこに収納できないのか?」



「あっ、できますね。うっかりしていました」



 ルイーズはそう言うと、本を腕輪に収納した。





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