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57 偽装

 万全の態勢で挑むつもりだが、どこまで成功するかは定かではない。

はぐらかされる可能性もある。それでも集めた証拠は疑惑を大きくするだけのものだ。


 東宮は大臣たちを連れて帝の元へ行っている。皆がそちらに気を取られているうちに片付けておきたかった。


 耳を澄まして中務卿が来るのをまった。


 傍には香奈もいたが、これからすることに反対はしなかった。それどころか頭中将や他の女房達に声をかけて準備を整えてくれた。外にいる護衛たちもこれからこの部屋で起きることは簡単に説明してある。


 手元にある扇には今日聞くことが書かれている。少しのミスも許されない。しっかりと証言を取らなければ意味がないのだから。


 遠くでざわざわと騒がしい声が聞こえた。しばらくすると急に静まり返り部屋の外にいる女房は中務卿が来たことを告げる。


「お呼びと伺いました」


 二ヶ月ぶりだろうか。久しぶりに見る中務卿は少しやつれ表情も陰りが見えた。


「ずっと、参内していなかったと聞きます。どうされたのですか?」

「風邪をこじらせており寝込んでおりました」

「それは表向きの言い訳でしょう」

「本当です。体調がすぐれず参内を取りやめておりました」


 そこも調べてある。本当の理由は……。


「皇太后様とこれ以上関わるのが怖かったためではないのですか?」


 頬が引きつるのが見えたが、ほんの一瞬でしっかりと見ていなければ見過ごしていただろう。


「どうして私が皇太后様を恐れるのですか」


 宮中の女房達を魅了する微笑みを浮かべるがやはり表情は少し硬い。少しは追い詰めているのだろうか。そんなことを考えながら目を伏せ、その隙に扇を確認する。


「皇太后様に何か言われるのを避けるためでしょう」

「皇太后様とはそのような関係ではありませんよ。どこで誤解が生じたのか」


 あくまでも誤解だと言いたいようだ。

 中務卿の様子を窺いながら香奈に目配せをする。


「中務卿がお持ちの嵯峨の荘園はとても税収が多いですね」

「あそこは良質の木材が取れるため収入が多いです。ですが、そこはしっかりと報告書を提出させていただいておりますよ。疑われることは何もありませんが」

「そうでしたね。ではあの荘園はいつから中務卿が所有していますか?」

「五年ほどになります。報告書にはそのように記載をさせていただいておりますよ。ご存じないですか」


 中務卿は綾たちが東宮に言われて財務関係の書類を確認していることを知っているのかその内容について反論をしてきた。表情に少し余裕が見られる。


「五年も前から所有されていたのですね」


 再度確認をする。


「はい。そうです」

「間違いないですよね」

「間違える訳がありません」


 中務卿は先程までの緊張した表情からは少しくだけた様子が窺えた。綾は扇で隠していた口元に弧を描いた。


「そうですよね。あれほどの税収を手にできれば宮家の威厳も体裁も保てますものね」

「なにが言いたいのですか?」


 怪訝な表情になった。警戒したか。早く結果を出したくて気持ちが焦ってくる。再度、扇を見る。一番端に香奈が書いてくれた文字が見えた。


(深呼吸)


 大きく息を吸って吐いた。先ほどまで体に力が入っていたのが適度に抜けて落ち着きを取り戻した。


「あの荘園はどのようにして手に入れたのですか?」

「右大臣様から買い取りましたよ。帝からも許可をいただいております。その書類もあります。お調べいただければお判りになるはずです」


 その言葉を待って、香奈が一枚の書類を中務卿の前に置いた。


「そうです。この書類です。既に見られていたのならどうしてそのようなことを言われたのですか。事と次第によってはこちらも黙ってはいられません」

「これが公になって困るのはどちらかしら?」


 どういうことなのかその理由を一番知っている中務卿の手が震えていた。

 最後の詰めに入る。


「ここに押されている帝の印は二年前に変わったものです。東宮様が即位したときに帝の玉璽は新しいものへと変えられました。ご存じなかったようですね。そしてこれが五年前に提出された書類です」


 綾は扇でもう一つの書類を指示す。その書類には帝の印も署名もなかった。

 それの意味することは……。


「あの荘園はもともと皇太后様が所有していたものですよね。先右大臣様が皇太后様へお譲りになったものです。その当時の帝の許可はこちらの書類になります。その後、どういうわけか、皇太后様から中務卿の所有となりました。ただし、その時の帝の許可は出ていません。おそらく、帝もご存じないことだったのでしょう」


 ここまで言うと今まで見たことのない中務卿がそこにいた。中務卿は体を浮かせて立ち上がろうとしている。綾は身構え、香奈は懐に隠している短剣に手を伸ばしているのが見えた。

 部屋中に緊張が走る。


「中務卿。お座りください!」


 香奈とも違う威厳に満ちた声がして中務卿の体は止まった。綾も慌てて声のする方に視線を移した。

 いつの間にか部屋の隅には紅葉が控えていた。やはり、東宮は自分がやろうとしていることを予測していた。それなら遠慮はいらないはずだ。


 綾は最後の言葉を告げた。


「初めて中務卿とお会いしたとき、麗景殿の護衛に入り込んだ者がいました。その時、中務卿様は帝の印が押された書類があったと言っていましたね。貴方が偽装したのではありませんか」


 中務卿が立ち上がる。

 香奈と紅葉が素早く中務卿の左右から短剣を首元へ、隣の部屋から女房達が、部屋の外から護衛が出てきて中務卿を取り囲んだ。


「貴方が帝の玉璽を使っていたのは皇太后様の命ですか?」


 綾も立ち上がり、中務卿の前に進み出た。

 先帝の子として産まれてもしっかりとした後見がなければ今の地位に就くことすらできない。中務卿は帝と幼いころから一緒に過ごすことで皇太后や帝から目をかけられてその地位に就くことが出来た。そのことはいつの間にか皇太后の命に逆らうことが出来ないようになっていったはずだ。


「皇太后様から東宮妃様と帝を内緒で引き合わせるようにと言われました。麗景殿の情報を手に入れるため護衛を潜入させました」

「では、あの時の賊は中務卿様の仕業ですか?」

「誓って、私ではありません」


 予想は当たっていたが、ただ帝に引き合わせるだけというには腑に落ちない。あの状況で帝は言われるまで自分が東宮妃だと知らなかった。引き合わせるだけなら呼び出せばいいだけの話だ。


「東宮妃様。どうされますか?」


 紅葉が聞いてくる。少し考えて、隣の部屋に隠れている頭中将へ引き渡した。これ以上は私の管轄ではない。東宮に任せた方がいいと判断した。


 護衛と頭中将に促されて部屋を出ていく中務卿の後姿を見て虚しさを覚えた。東宮はおそらく、柾良親王や直貞親王の未来を重ねてみていたのかもしれないと思い自分に何が出来るのかと考えさせられた。


「東宮妃様。素晴らしい采配でした」


 紅葉が丁寧にお辞儀をしてくる。

 果たして、自分のやったことは本当に良かったのだろうかと疑問に感じた。

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