56 暗殺計画
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紅葉と自分の部屋に戻る。
昨夜の計画の半分は成功と言っていいだろう。残るは手に入れた情報をどこまで使うかということだ。部屋につくと既に頭中将が待ち構えていた。
「お疲れ様です、東宮様。昨夜はお楽しみいただけましたか?」
嫌味な奴だとほんの少し睨みつける。
「頭中将も新婚気分を味わえたのではないのか?」
こちらも少し嫌味を言ってみる。
「ええ。とても楽しかったです。香奈殿の着飾った姿もさることながら美味しい料理を二人でとることが出来ましたから」
「香奈には不満もあろうがいずれ何か礼をするとしよう」
「香奈殿も楽しんでいましたよ」
にこやかに言う頭中将にこれまた嫌味かと疑いたくなる。賊の囮にさせたのだ。それを楽しかったとはおかしいだろう。
「疑っておられますね。当然です。私もはじめは信じられませんでしたから。香奈殿をはじめ麗景殿の女房達はここ最近、まともに訓練をしていなかったため腕が鈍っているのではないかと気にされていたようです。昨夜は実践でその動きを確認出来て嬉しかったと皆に言われました」
「はっ、ははははははぁ~」
脇息に肘をつき頭を抱えた。
やはり、麗景殿の女房達はどこか感覚が違うのだ。賊を捕まえるのに楽しかったと返ってきたぞ。
「左大臣の北の方は養成所でも作る気だろうか」
ふと漏れた。少し前から気になっていたことだ。
「北の方は後宮内での出来事を姉である弘徽殿女御様から聞いていたはずです。そして、東宮様とも年齢の近い姫がお生まれになった。その姫の性格的なことを差し引いてもお血筋やお立場的に後宮に入ることはある程度想定できます」
「初めからこうなることは想定内だったということか」
綾姫は幼いころから武術をはじめあらゆる分野の教育を施されている。そしてそれは左近中将も同様だ。左近中将に至ってはその能力を前面に押し出すことなく隠し通している。それを左近中将は身を守るためだと言っていた。それなら、東宮妃やその女房達も同様と考えていいだろう。
気の遠くなるくらいの年月をかけて左大臣の北の方はこの状況に対応できる術を準備してくれていたのだろうか。
「昨夜の襲撃犯はどこの者か分かったか?」
「内大臣様の手の者でした。しかし、ここに皇太后様は関わっておりません」
「検非違使に引き渡せ」
「よろしいのですか?」
「東宮と東宮妃を殺害しようとしたと言っておけ」
頭中将は自分の考えを察したようですぐに部屋を出ていった。先ずは一人、皇太后の味方を潰すことが出来た。
あと、何人いるだろうか?
「ところで、紅葉。私に何か隠していることはないか?」
部屋の隅に控えている紅葉に声をかけた。本当のことを言うか甚だ疑問だが。
「何のことでしょうか」
惚けるつもりなのか表情を変えることもなく返事が返ってくる。
「東宮妃に何をした?」
もう一度聞いてみる。
「今、御子をなすことはお控えください」
「それで、東宮妃に何をした?」
昨夜の東宮妃はただ、疲れたというには明らかにおかしかった。あれだけ武術に優れている者が傍であれだけ話声をしても起きなかったところを考えると答えは一つしかない。
「食事に眠り薬を入れました」
「今後はそのようなことをするな」
「ですが!」
「まだ、油断は出来ないと言いたいのだろう。それでも、しばらく東宮妃のところには通う。もし、私に何かあれば東宮妃を連れて後宮を出ろ」
「東宮様……」
「心配するな、そんな簡単にはやられはしない。東宮妃に守ると約束したのだ」
「分かりました」
皇太后が大人しくしているわけがない。現に昨夜は昭陽舎に襲撃してきた者がいた。その者に皇太后が指示していたのならそれこそ皇太后を問い詰めることも出来たが、今回は皇太后派の者が勝手にやったのだろう。皇太后を孤立させたことが功を奏したようだ。それならその者達の罪を問い、皇太后を更に孤立させておけばいい。
「東宮様。左近中将様が来られました」
「通せ」
黒の束帯を着て涼やかな表情に口元には笑みを湛えている。怒ったところをほとんど見たことがない。同僚や女房達にも気を配り宮中での人気も高い。しかし、それを鼻にかけることもなく己の責務に忠実にこなす。宮中での評価はそんな感じだ。
しかし、彼の本当の姿はもっと別のところにある。常に最善のことを考え、時には手柄を他者に渡しても厭わないくらいの度量は高官の子息として生まれついた余裕なのだろうか。
出会った頃はそんなことを思っていたが、頭中将と話していてそれが間違いだったと考えを改めた。
左近中将も母君の教えに忠実なため、むやみやたらに周囲に能力をひけらかさずともこなせてしまうのだ。その余裕があるため、自分に必要でないことに無駄な力を注ぐことはないのだ。
「太政大臣と話がしたい。呼んできてもらえるか」
「何かありましたか?」
「そなたたちの母君のことで尋ねたいことがある」
そこまで言うと左近中将は何かを察したようでそれ以上聞かれることもなかった。皇太后をそして帝を説得する材料は多いほどいい。何か知っていると確信していた。
「紅葉。東宮妃を見張っていてくれ。何かするような気がしてならない」
「分かりました。そのように手配いたします」
紅葉は何か勘違いしているような気もするがさっさと部屋を出ていった。
一人になった部屋で考えを巡らす。すべてのことに対処することは難しいかもしれないが出来るだけ準備をしておかなければいけない。
〇〇〇
「香奈。これはどういうことかしら?」
綾はいつも仕事をしている部屋の隣の襖が取り払われてそこに文机や棚が運び込まれるのを横目で見ながら声を潜めて香奈に聞いた。
「東宮様が姫様と離れがたく~」
「なに言っているのよ。それなら夜でも会えるでしょう。どうしてここに東宮様の文机があるのよ!」
綾は今から自分がやろうとしていることは東宮には秘密にしておきたかった。
文机が運び込まれてから様子を伺っていると紅葉が仕切っていた。東宮は私がやろうとしていることに気づいているのだろうか。仕方がない。それでもどうしても確かめたいことがある。
「香奈。中務卿に文を届けて」
香奈の体の動きが珍しく変だった。なにか隠しているのか?
「どうしたの?」
「いえ。どうして今更?」
「確かめたいことがあるの」
「確かめたいことって、例のことですか?」
訝しげに聞いてくる香奈を相手ににこやかに返す。
「当然じゃない。不正をしていたのは確かなんだから、それにあの荘園の税収は馬鹿にならないくらいの金額よ。私はその見返りが気になっているのよ」
「見返りですか……」
笑顔が消え遠い目をした香奈は呆れたように言ってくる。どうせ、東宮か兄様に止められているのだろうが、大人しくしているつもりはない。
昨日も、食事に何やら仕込まれていたのは分かっていたが、それが毒ではないことは東宮も同じものを食していたので特に気にしていなかった。ただ、目が覚めたら朝だったことを除いては。
昨夜、何かあったのだと推測出来た。部屋の外の護衛はいつもより多い。きっと、誰かが東宮と私を狙っているのだろう。
その誰かは、皇太后とその一派。その中に中務卿が含まれているかはまだ分からないが見返りが気になる。
どうしてもっと早く気づかなかったのか、それが悔やまれる。
取り敢えず、香奈に正当な理由をいくつか上げて説得を試みる。これでいて綾には忠実な女房なのだ。東宮や兄様に頼まれても、綾の言葉を優先してくれたことは何度かある。
「分かりました」
小一時間ほど説得をし続け何とか香奈を納得させることが出来た。そして、迎える側の準備も頼んだ。
流石に手ぶらで迎えるつもりなどない。場合によっては強硬手段に出てもいいとさえ思っているのだ。
文を書き、香奈が届けに行っている間に、綾の部屋と東宮の執務室の間にあった襖はもう一度つけられて隠された。その部屋には頭中将が控えてくれている。更に奥の部屋には二人の女房が控えている。
中務卿が部屋に入ってからは渡殿に数人の女房と護衛が待機する手はずになった。
どんな話が聞けるだろうか。
いざ、勝負よ!
綾は手を握りしめ闘志を燃やした。




