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54 審議

 審議の場は清涼殿で行われることになった。


 私は東宮と一緒に向かい、席も上座の帝のすぐ下で東宮の隣に座っている。主だった大臣たちに加えて弘徽殿女御もいる。


 今日の主役の皇太后は中央に座っている。いつものように派手に着飾って扇で顔の半分を隠しているが、東宮と一緒に部屋に入ってきた時に一瞬睨まれたが表情も変えずにその後は目を閉じたままでいる。


 今日の審議は証人としてあの時、文を持ってきた女房や頭中将、香奈たちが呼ばれていた。そして肝心の審議官は宰相が務めることとなった。

 この審議官を決めるまでにかなり揉めたという。皇太后は自分が有利になるような人選を伝えてきたようだがその人物たちは綾が調べた帳簿の偽装のため別件で取り調べ中や処分を受けて既に流刑になっている者もいた。

 東宮も今回の件は出来るだけ公平にことを進めたかったため、中立派の宰相に白羽の矢が当たった。


 審議が始まって宰相は何が起こったのかを説明している間も皇太后は目を瞑ったままだ。綾は皇太后の少しの変化も見逃さないようにしっかりと観察した。


 証人への尋問が始まる。


 先ずは、文を持ってきた女房の証言を聞いている。


「では、蔵人所で頼まれた文を届けただけだというのですね」

「はい。書類を持っていくと、頭中将様から文を渡され東宮妃様に届けるように言われました」

「その文は頭中将殿から手渡されたのですか?」

「はい。直接渡されました」

「その時、何か言われませんでしたか?」

「手紙を渡すだけでいいと言われただけです。それ以外はなにも」


 女房は蔵人所の女房だと思っていたが違っていて、偶然書類を持ってきた別の部署の女房だった。そこで頭中将様からの文を届けてほしいと言われて持っていったと証言している。

 それを聞いて綾はそれまで皇太后を見ていた視線をその女房へ移した。


 確かにあの時の女房だ。あの時、返事を持って帰るよう言われたと言っていたことは証言していない。何か隠している。慌てて東宮を見ると頷いていた。すべてが想定済みだということだろうか。


「まず、文を届けた女房殿は頭中将殿から直接、文を受け取ったと言っていますがその時間、頭中将殿は蔵人所にはいなかったことが分かっています。これはどう説明されますか?」


 頭中将から文を受け取り届けるように言われてと言っていた時間、頭中将は宣陽殿で東宮や大臣たちと柾良親王の元服後のことを話し合っていたのだ。紫宸殿をはさんで反対側にある蔵人所で女房に文を渡すことなどありえないのだ。


 次に香奈の証言が始まった。


 香奈はあの時、あったことを詳細に証言している。そして返事を必ず書くように言われたことも証言していた。その時、文を持ってきた女房の表情が一瞬険しくなったのを見逃さなかった。


「文を持ってきた女房殿は手紙を渡すだけでいいと言付かったようですが……」

「返事を書くまで帰れないと居座られました。それで東宮妃様に言われ文の準備をしました」


 香奈は文の字についても証言している。そしてその証拠に香奈は頭中将との文のやり取りをはなし、数枚の文を証拠として見せていた。そのことから頭中将の筆跡の違いが分かったと言っている。


「頭中将殿にお聞きします。東宮妃様に文を書いたことはありますか?」

「皆さまもご存知でしょうが、綾姫様が東宮妃になられる前には何度か文を送ったことはありますが、東宮妃になられてからは一度もありません」


 頭中将の証言については、麗景殿の他の女房達に確認を取っていたようで頭中将から東宮妃あての文は受け取っていないと判明している。


「女房殿にもう一度聞きます。誰に頼まれて東宮妃様に文を届けたのでしょうか?」


 今度は少し威圧的に宰相が聞いている。

 文を持ってきた女房は明らかに動揺が見える。その視線は部屋の一番入口に控えている女房に注がれていた。

 その女房は皇太后がここに来る時に伴ってきた女房だ。皇太后がなにかしたことを物語っていた。


 宰相はその視線の先を確認してから皇太后にどうして東宮妃の密通を知ったのかと問いただしている。それまで目を瞑っていた皇太后はまっすぐ帝を見つめた。


「東宮妃が東宮を裏切って他の公達と会っていると噂を聞きました。そこで調べていくと頭中将と頻繁に会っているのが分かり、東宮妃が頭中将へ宛てた文を偶然見ることがありました。それで、問いただしたまでです」

「東宮妃様が頭中将殿へ宛てた手紙はどなたが持っていたのでしょうか?」

「偶然、私の女房が拾った文がそうだったのです」

「それはどうされましたか?」

「あまりにも不吉だったので処分させました」


 皇太后が一瞬こちらを見て言った。

 皇太后の言い分に怒りを覚えたが、隣に座った東宮がそっと手を握ってきたので今は大人しくすることにした。

 宰相も私を見たがすぐに皇太后へと向き合って話を続けた。


「文を処分したなど、密通の容疑だと大騒ぎした方にしては腑に落ちませんね。本当は初めからそんな文はなかったのではないのですか?」

「文はありました。この目で確かめたのですから」


 自分を疑うのかと言った表情で宰相を睨みつけた皇太后だがその宰相は気にする素振りもなかった。


「頭中将殿が東宮妃様の元を訪れていたのは東宮様の命で東宮妃様の兄君、左近中将殿と交代で様子を伺いに行っていたそうです。護衛たちもそう証言しています」


 その後も、文を受け取った女房と皇太后にいくつか質問をした宰相は最後にとっておいたように偽文のことを話し始めた。


「東宮妃様に届けられた文は頭中将殿の筆跡ではありませんでした。それは何人かに鑑定をさせて証明されています」

「誰かに書かせたのではないのですか?」


 皇太后の言葉を待っていたかのように宰相は笑みを浮かべた。


「そう。誰かに書かせたのでしょうね」

「やはり、頭中将ではないのですか?」

 

 自分の言い分を認めさせようと皇太后が意気込んだ。


「偽の文を証拠として残したくない者たちは東宮妃様が清涼殿に呼ばれているうちに処分しようとしたみたいです」

「えっ?」


 皇太后は侵入者が捕まったことを知らされていなかったようだ。もとより偽文はあの時綾が持っていてそれはあの場で東宮の手に渡ったため侵入者のことは忘れていたようだ。


「この者達をご存じですか?」


 宰相が合図をすると数人の男たちが皇太后のすぐ後ろに連れられてきた。その者達は麗景殿に忍び込んだもの達だった。


「知りません」


 皇太后は連れられてきた者達を一瞥して即答した。


「この者達は、ある方から麗景殿にある文を盗んでくるように言われたそうです」


 綾は集まった大臣たちの中に紛れている内大臣を見た。今にも倒れそうな真っ青な顔をしている。それもそうだ。自分のところの従者がこの場に連れてこられて、罪人扱いになっているのだ。青くならないことのほうがおかしい。


「私は知りません。この者達が勝手にしたことでしょう」


 あくまでもシラを切るつもりだ。何かないのかと東宮を見ると笑っていた。


「わ、私たちは内大臣様に言われて麗景殿に行きました」

「私は皇太后様に頼まれただけだ。東宮妃様のお部屋に政の重要な書類が隠されているからと聞かされていた」


 内大臣の従者が声を上げる。それと同時に内大臣も喚き散らかす。


「なにを言うのか!私はそのようなことは申しておらぬ」


 皇太后も必死だろう。思わぬところで自身の行動を明かされたのだから。


「帝、賢明なご判断を」


 宰相はこれ以上審議をする必要なないと判断したのだろう。


「謹慎でいいだろう」

「お待ちください!」


 綾は我慢ならなかった。これのどこが謹慎でいいのか。ふざけるなと言いたい。東宮をみると力強く頷いている。好きにしていいと受け取る。


「私への謝罪がまだです」


 父様は謝罪させると言っていた。それならここではっきりと謝罪してもらわなければいけない。


「そうであったな。だが、今の状況ではとても無理かろう」

「またですか。先日も、私の密通の疑いはなかったと分かっても皇太后様は謝罪すらされませんでした。更に嘘をつくなとまで言われました」

「あの時は気が動転していたのだろう」

「気が動転していたのなら、どうしてあの時、帝は皇太后様をお諫めにならなかったのですか。今日もまた皇太后様をお庇いになるような態度を取られています。皇太后様が今後もこのような問題を起されても帝はお諫めすることはないのですか」

「私からもいいでしょうか」


 父様も前に進み帝に言う。


「許す」


「では。東宮姫様に不正実な噂を作り上げ、無実の罪をきせたこと、このままにするわけにはいきません」


 一歩も引かない様子の父様に大臣たちがざわつき始めた。それでも綾はここではっきりしておきたかった。


「帝、私からも報告があります」


 突然、東宮が懐から文を数通取り出し帝に見せている。


「そちらの文は今回、東宮妃に当てた文と同じ人物が書いたものだと判明しました。それは藤壺にある男を招き入れる文です。それを書いたのは中納言殿と言われていましたが、調べていくとそれも中納言殿の筆跡に似せた偽の文であることが判明しました」

「これと今回の件とどう関わってくるのだ」


 帝は綾の追及を逃れるように話題を変えようとしている。だがそれも東宮の計略だと分かった。


「その文に書かれている内容はすべて嘘の情報です。それも皇太后様が仕向けたもの。直貞親王を陥れようと目論んだことの証拠です」


 その言葉を合図に皇太后の前には左中弁が突き出された。


「皇太后様に言われてこの者が藤壺に賊たちを招き入れたと証言してくれました。後宮を騒がせていたのは紛れもなく皇太后様です。これでも皇太后様の処分は謹慎のみでしょうか」


 捕まえた賊たちに左中弁を確認させたところ、自分たちに仕事を持ってきたのは間違いないと分かったらしい。

 偽文も常茂が持っていた文と綾に届けられた文は同一人物が書いたものだとわかった。ただし、文を書いた人物までは見つけられていないと言っていた。


 最悪なのは、帝はすぐに判断出来ないと言ってさっさとその場を立ち去ってしまった。それでも東宮と父様は皇太后にきつく謝罪を要求して主だった大臣たちの前で綾への謝罪を引き出した。


 何となくすっきりとしない状況で審議は終わった。

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