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46 密通の容疑

細々と書いていたのですがブクマが少しずつついていて有難いです。

読んでいただいてありがとうございます。

 帝に会うために急いで着替えてから呼びに来た女房について清涼殿へ向かった。


 清涼殿。

 本来なら私が出向くところではない場所だ。一体何が起こっているのだろうか。兄への言伝の返事もまだ来ないままなのが綾を更に不安にさせる。

 渡殿を歩き続け、いくつかの角も曲がり清涼殿が見えてきた。立ち止まり深呼吸をする。


 大丈夫!

 心を落ち着かせて更に歩みを進める。

 清涼殿につき中を見て一瞬頭が真っ白になってしまった。


 清涼殿の一番奥、上座には帝がいる。

 そして綾からみて左側には皇太后と東宮、右側には弘徽殿女御と父様の左大臣が座っていた。更にそれより少し下がって兄の左近中将と頭中将も座っているのが見えた。みんなここにいたから見当たらないのかと妙に納得してしまった。

 謎は帝の正面、中央がぽっかりと空いるのを見て綾の心臓は激しくなりだす。


「こちらへ」


 先導していた女房にその場所への着席を促される。

 扇で口元を隠しそっと東宮を見ると視線だけ綾に投げかけ小さく、本当に小さく頷いていた。どういうことだろうか。

 綾は視線だけで弘徽殿女御を見るとこちらは目をしっかりと見て力強く頷く。その隣の父様を見るが目を伏せたまま微動だにしない。嫌な予感がする。


「皇太后様、皆が集まったがこれからどうするのですか?」


 帝は皇太后に聞いている。自分を呼んだ本当の人物は皇太后だったのか。

 綾は気合を入れた。


「今日は、東宮妃の密通をお知らせしようと集まってもらいました」


 皇太后はまるで獲物を捕らえたかのような得意げな表情でこちらを見てくる。


 密通だと!


 思わず声を上げそうになるが押しとどめた。

 皇太后は傍にいた女房から文箱を受け取り帝へ差し出す。その文箱に綾は見覚えがある。つい先ほど頭中将からだと文を持ってきた者に渡した文箱だ。

 なるほどね。あの女房は皇太后の差し金だったらしい。綾は小さくため息をついた。綾の言い分をどこまで信じてもらえるか分からない。どうやって逃げ切ろうか。

 帝の手に渡った文箱には香奈が結んだ飾り紐が見えた。誰も開けていないということは……。

 女房が飾り紐を刃物で切り、文箱の蓋を開けて帝に手渡す。

 何重にも封がされている文は帝の手によって封が開けられる。


「なにも書かれていないが」


 帝は無表情で白紙の紙をひらひらとさせた。


「なっ。そんなわけありません!」


 信じられないといった表情で帝を見ているが帝は傍の女房に手にした紙を渡す。女房は皇太后の元へ持っていく。皇太后は紙を手にしたとたん表情がどんどん変わっていくのが分かった。


「何かの間違いです。東宮妃は以前から頭中将に恋文を貰って返事を書いていたのです」


 チラリと東宮を見ると今度はしっかりと頷いた。これは反撃してもいいってことよね。それなら遠慮しない。


「その文がどうして頭中将からの恋文の返事だと言えるのですか?」


 まさか綾が反撃するとは思っていなかったようで驚いた顔で見られた。


「麗景殿に頭中将からの恋文が届けられるのを見たものがいます」

「頭中将様からの文はただの挨拶かもしれませんのに、どうして恋文と言い切れるのでしょうか?」


 恋文だという証拠を見せてほしいものだと内心怒りが込み上げてきた。


「頭中将から恋文を東宮妃に届けるようにと言われた者がいます」

「その紙はここに来るほんの少し前に訪ねてきた女房に渡したものです」

「ほら見なさい。やはり東宮妃が出した文ではないですか!」

「文ではなく。白紙です。お間違えないように!」


 思わず声を荒げてしまったがここはしっかりと訂正させてもらう。文と白紙の紙では意味が違ってくる。自分は恋文に返事など書いていないのだから。


「文には違いないでしょう。今更何を言うのですか。いい加減に密通の罪を認めなさい」

「ここに来る前に見知らぬ女房が頭中将様からだという文をもって訪ねてきました。ですが、その文は頭中将様が書かれた文ではありませんでした。必ず返事をするようにと女房に居座られたので仕方なく白紙の紙を文箱にいれて持ち帰らせました」


 皇太后は納得していないのか扇で自分を指しながら大声をあげだした。


「頭中将が書いた文ではないと分かることは常日頃から文を取り交わしていた証拠! 早く認めないと罪は重くなりますよ」

「私の傍仕えの者が頭中将様の筆跡を知っています。その者は頭中将様が書かれた物ではないと申しておりました」


 綾が言い終わるか終わらないかの時に綾めがけて何か飛んできた。条件反射のようにそれを持っていた扇で薙ぎ払った。とんできた物はどうやら扇のようで綾が払った拍子に父様の方へと飛んでいった。


 マズい!

 そう思ったが父様も母様からしごかれているのでこれしきなんでもないことが分かった。

 父様は目を伏せ、扇で口元を覆うようにしているので表情は分からないが微動だにせず、視線すら動かさずに左手で飛んできた扇を掴むと扇に視線を移すことなくすぐに手をはなした。そばに来ていた女房が慌てて手を出して扇を受け取る。


 な、なんか父様、怒っている?


 家にいるときは母様に怒られてばかりいるどちらかというと弱弱しい感じがあったが、宮中ではやはりそれなりの地位にいるだけあってかなり出来る人物として周囲の評価を受けているのを噂で聞いている。

 その父様が宮中でそれも帝もいる場でここまで態度に出すのはよほどのことだ。怖いな~。


「言い訳は聞きたくありません。東宮に隠れて頭中将と文を取り交わしていたのでしょう」


 父様に引き換え声や態度で怒りを表す、皇太后はどこまでも綾と頭中将の密通に仕立て上げたいようだ。


「恐れながら申し上げます」


 綾の少し後ろから頭中将の声がした。振り返ると頭中将が頭を下げている。その横にいる兄をチラリとみるとなぜか兄は笑っている。

 ここで笑えるなんて兄様も怖いわ~。


「なんだ」


 それまで黙って聞いていた帝が声を出した。


「私は東宮妃様の傍近くの者とは文を取り交わしておりますが、東宮妃様に文を送ったことはございません」


 頭中将の言葉に被せるように皇太后は更に言い放つ。


「傍近くの者を隠れ蓑にしてお二人は逢引きを重ねていたのではないですか」

「逢引きなどしておりませんが、どこでそんな話になったのでしょうか」


 頭中将の声に怒気が含まれているのが分かる。

 香奈と話す頭中将はとても甘く囁くような声だ、綾と話すときは基本、業務連絡のようなものだが優しさが込められている。それが今は数段低い声で冷たさをまとった声だ。


「麗景殿で東宮妃が頭中将を見ていたという話をよく聞きます。それも違うと言うのですか」

「それは、おそらく東宮妃様が心配されたのでしょう」

「なんの心配をするのですか。言い訳にもほどがあります」

「言い訳ではありません。先ほど東宮妃様がおっしゃられていた傍仕えの者とは私が求婚している女房のことでしょう」

「まだ、言い訳を重ねるのですか」

「言い訳などではありません。現にその者との婚姻は左大臣様や東宮妃様、さらに東宮様からもお許しをいただいております」


 頭中将は懐から文を取り出して傍にいた女房に渡す。女房はその文をもって帝まで運ぶと帝は文を眺めてため息をついた。


「左大臣、これは本当か」

「本当でございます。頭中将殿は東宮妃様の傍仕えをしております、女房の香奈を望まれ私の元へ訪ねてきました。私は東宮妃様がお許しになるのなら反対はしないと伝えました」

「東宮妃の女房、香奈と頭中将は婚姻の約束をしているようです」


 帝から今度は皇太后へ文が届けられた。たぶん、あの文は頭中将から以前頼まれて書いた一筆だ。頭中将はいつの間に父様や東宮様からも文を貰っていたのだろうか。あまりにも用意がよすぎて驚く。


「こんなものを信じろと言うのですか!」


 文を床に叩きつけるように投げ捨て真っ赤な顔をして怒りだす皇太后からまたしても扇が飛んできた。

 流石に綾も今度は怒りが増していて手加減なしでその扇を思い切り叩きつけるようにした。


 バーンと大きな音と共に扇は床に一度落ちてその衝撃で折れ曲がり、更に飛んでいった先に兄、左近中将がいた。

 兄は飛んできた扇を父様同様、無表情で掴み、なんということか扇を一瞥して自分の後ろへと放り投げた。


 えっ? 兄様も怒っている?


 受け取ろうと手を伸ばしかけていた女房は慌てて扇を拾いに行く。

 そっと東宮を見れば大丈夫だと言っているように見えた。イヤイヤ、全然大丈夫じゃないでしょう。

 肩で息をする皇太后は自分で投げつけた扇が戻ってこないことに腹を立てている。綾の視線はその先の帝に移った。

 帝はただ目の前に繰り広げられるのを呆然と見ているだけだ。そもそも、こいつが一番駄目じゃないか。

 いくら宮中で御子が亡くなったり病になる中、守ってくれたからと言っていつまでも母親の言いなりになっているのが問題だと綾は思っている。それに、この男の浅はかな考えで綾は後宮から連れ出され更に火事に巻き込まれて赤子を連れて逃げ出さなければいけない状況になったのもこの男のせいだ。帝でなければとっくの昔に殴り倒している。

 この状況を治めることすらしないで皇太后は二度も扇を綾に投げつけているのに諫めようともしない。いい加減この茶番を仕掛けたのが皇太后だと気づけよと言いたい。

 皇太后の女房が新しい扇を手渡しているのが見えた。また、飛んでくるのかと身構えた。


「頭中将から恋文は届いているのでしょう。それが証拠です」


 まだ言うか!


「皇太后様、先ほども申し上げております通り私は東宮妃様に恋文はお送りしていません」


 頭中将が再度、訂正をしているが聞いていない。


「女房が頭中将から恋文を届けるようにと言われているのを聞いたものがいるのに?」

「それはどちらの女房でしょうか。こちらに連れてきていただけますか?」


 それまで様子を窺っていた兄が問いただす。


「そんなことどうでもいいでしょう。頭中将が東宮妃に恋文を送っているのは事実ですから」

「その文が偽物だと東宮妃様が証言されていますが、それはどう説明されるのでしょうか」


 兄の追及は続く。


「密通を隠蔽するための東宮妃のでっち上げです」


 皇太后は綾を睨みつけている。

 皇太后は今までこうやって怒鳴りつけ時には睨みを利かせて自分の意見を押し通してきたのだろう。他の姫君であれば恐ろしくてたとえ何もしていなくても罪を認めてしまうだろうが、綾は違う。脅したってそんなもの怖くないし、綾も簡単に脅しに屈するつもりもないので皇太后を睨みつけた。


「東宮妃様、先ほど私からだという文を受け取ったと仰いましたが、それはどうされましたか?」


 頭中将が聞いてくれた。綾は待っていましたとばかりに懐から文を取り出した。それを見た途端、皇太后が慌てているのが分かった。おそらく、今頃別の者が綾の部屋でこの文を探しているのだろう。


「見せない!」

「お待ちを!」


 皇太后自ら手を伸ばし綾の手元から文を奪い取ろうしたとき東宮が止めた。


「昨今、偽の文が出回っているようです。現に後宮を騒がせていた賊もある者から文で指示があったと言っておりましたが調べていくと別の者が成りすまして文を出しているのが分かっています。今回も同じことが起こったのでしょう」

「麗景殿や藤壺を襲撃した賊たちのことだな」


 東宮は皇太后と帝に説明をしている。帝も報告を受けているので賊のことは知っている。

 後宮を騒がせた賊の中には直貞親王を誘拐した常茂も含まれているのだろう。あの者も偽の文で騙されていた。その文を書いた人物はまだ見つかっていないと聞いている。


「そこで、この件も含めて私が捜査したいと思っております。おそらく、同一人物の仕業かと思われますので」

「あてはあるのか?」

「既に数人に絞り込んでいます。決め手に欠けていて特定はできていませんが、証拠となる品が多いほうが見つけやすいかと」

「分かった、好きにすればいい」


 東宮と帝のやり取りで一旦は収まったように見えた。


「帝、それでは問題の解決にはなりません。東宮妃は東宮を裏切ったのですよ」


 尚も容疑をかけようとする皇太后を呆れてみていると父様がとうとう怒り出した。


「問題も何も、文は偽物で東宮妃様は返事も書いていない。ましてや頭中将は別の者との婚姻を希望しているというのに東宮妃様と恋仲になるはずもないでしょう」

「ですから今、ここで詮議をしようと言っているのですよ。東宮妃の密通は麗景殿の警護に当たっている者からも報告が入っています」

「ほう。麗景殿の警護の者ですか? おかしいですね。麗景殿の警護は私が信頼する者ばかりです。その者たちからそんな話は出ていませんが」


 父様に続いて東宮様も皇太后の話の信ぴょう性に疑問を投げかける。


「そういえば、先日から麗景殿の周囲を探っている怪しい者がおりましたので捕まえております。この後、その者を尋問する予定ですのでこの話も聞いてみましょう」


 兄も参戦する。


「皇太后様、もし、東宮妃様の疑惑が解明されましたら、それ相応の謝罪を要求します。これがどういう意味かご理解いただけますよね」


 最後のダメ出しのように父様が言うと皇太后は急に立ち上がり飛び出していった。綾は大丈夫かと心配になり父様を見ると笑っていた。大丈夫みたいだ。


「帝、一つ私からお願いがあります」


 それまで静かに見ていた弘徽殿女御が声を上げた。


「なんだ。申してみよ」

「はい。東宮は後宮の問題のほとんどを既に解決しております。そろそろお許しいただけないでしょうか」

「あぁ、例の件か。よい。許す」

「ありがとうございます」


 帝はそれだけ言うとすぐに席を立ってしまった。

 結局事態の収拾は東宮や父様たちが収めたと言ってもいいくらいだ。一体なんのための帝なのだと聞きたい。

 それにしても帝の許すとは何を言っているのか綾はさっぱり分からないが東宮を見ると今までで一番の笑顔を見せた。


「やっと堂々と会える」


 東宮のその一言で理解した。

 綾も嬉しくて自然と笑顔が溢れてきた。

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