47 侵入者
帝が出ていったあとでもさすがに清涼殿で話し込むのは誰が聞いているか分からないということで部屋に戻ることにした。
東宮様は父様にこのようなことになったことを詫びていたが父様は東宮様というより皇太后様に対して怒っていたため気にしないでほしいと言っていた。
更に私にもこんなことになって申し訳なかったと謝罪された。私も悪いのは皇太后様で、東宮様はいつも私を守ってくれているのを知っていたため気持ちだけ受け取った。
弘徽殿女御様からも後宮に引き込んだために争いに巻き込んでしまったことでお詫びの言葉をいただいたが、父様も私も皇太后様に怒りを覚えていたのでこちらも丁重に断った。
時間を置くと証拠を消される可能性があると言うことで東宮様は兄たちに次の指示を出している。その為、父様が部屋まで送ってくれることになった。
「東宮妃様。最近、忙しくてゆっくりできなかったから今日は少し話をしてもいいですか」
「もう、父様。そんなに改まって」
「そうか」
当様は苦笑いを浮かべているが、娘でも東宮妃である自分の方が身分としては上だ。そういう気遣いがかえって堅苦しく寂しく感じる。出来ればやめてほしい。
麗景殿の部屋につくと渡殿に女房達、庭先に護衛が集まっていた。庭先にいる護衛からは驚きの表情をされ渡殿の先にいる女房達と目があった。
「どうしたの?」
「まずはお部屋に」
渡殿にいた女房の一人が綾に話しかけてきた。
香奈の出迎えがないことに疑問を感じながら父様と部屋に一歩踏み入れて立ち止まった。
部屋の中央に二人の男が縛られ座っている。その背後には香奈を含めて四人の女房達が各々薙刀をもってその男たちを取り囲んでいて男の正面には護衛が三人立っていた。
「姫様!」
香奈が気づくのと護衛が振り返るのと同時でみんなが一斉に綾を見る。
「なにがあったの?」
「姫様がお出かけになられた後、部屋の掃除をしようと他の女房達とこの部屋で片づけをしておりましたところこの者たちが侵入してきたのです」
侵入?
何が目的……、あっ。もしかしてあの偽の文を探しに来たのかしら?
綾が考えているうちに父様は捕まった者たちの顔を見るとすぐさま行動した。
「このことは外には知られていないな?」
護衛の責任者だという男に声をかける。
「はい。私たちが侵入者に気づき部屋に入った時には、既に女房殿がこの者たちを制圧した後でした。女房殿達は声を上げることなくことを収めたため、ここに集まっている者以外は知りません」
「では、箝口令をだしてこのことは一切漏らさないように。それとここには護衛二人を残し後の者はいつもの警護に戻らせよ」
「はっ!」
庭先にいる護衛たちに話をするため、護衛の一人が部屋を出ていく。父様は香奈に兄を呼んでくるように伝える。残りの女房はそのままこの者たちを見張るように言う。
「左近中将殿に聞いていましたが実はあまり信じておりませんでした。女房殿達がここまで武術に長けているなど普通では考えられませんから」
護衛の責任者の呟きともとれる言葉に女房殿達から笑いが漏れる。
「北の方が教え込んだんだよ。何が起こるか分からないから自分たちの身は自分たちで守れるようにと。はじめはそんなことと思っていたが存外ここでは役に立っているようで安心だな」
「流石です。他の殿舎では何か起こると女房達が大騒ぎしてかえって賊や侵入者を捕まえる妨げになることもありますが、ここではそれが一切ありません。私たち護衛もとても助かっています。ありがとうございます」
護衛の責任者に頭を下げられた女房達は心なしか嬉しそうに頬を赤らめた。
自分を守るために日夜、警護をしてくれている者たちに負担を強いているのではないかと心配していたが女房達のおかげでうまくいっているようだ。
今度、女房達にも特別手当を出さないといけないなと思った。
「左大臣殿。この後はどういたしますか」
「左近中将にこの後を任せよう」
父様はおそらくこの侵入者が誰なのか分かったようだ。その為このことを利用することを思い立ったのだろう。
「姫様。今のうちにお着替えを」
「そうだな。この後、少し話が長くなるから今のうちに着替えてきなさい」
渡殿にいた女房が声をかけてきた。綾も丁度着替えたいと思っていた。いつまでも十二単を着ているのは窮屈でたまらない。
父様からも着替えてくるように言われて綾は女房と別の部屋で着替えることにした。
渡殿に出ると先程まで庭先にいた人たちがいなくなり、通常の警護に戻ったのが分かった。綾は急いで着替えを済ませ侵入者のいる部屋に戻ると兄が来ていた。
女房達は既に退出していて、先程の護衛二人に父様と兄様が捕まえた者たちを囲んでいた。
「東宮妃様。この者たちの正体と目的が分かりました」
侵入者は内大臣家の侍従で侵入した目的はやはり例の偽の文だった。
兄様からはあの場に文を持ち出したことを褒められた。それを聞いた侵入者の顔が青ざめていくのが分かった。
この間、挨拶に来た時に内大臣は綾のことをよく思っていないことが態度に出ていた。それを考えると皇太后の協力者としては十分に説明がつく。
その後、香奈と一緒に頭中将がやってきて連れてきた検非違使たちと共に侵入者二人を連れて行った。
香奈から連絡を貰った兄様はまだ、清涼殿にいて東宮と頭中将と今後のことで話し込んでいた。香奈からの説明を受けた後、兄様は麗景殿へ、頭中将は侵入者を捕まえるための手続きをして検非違使たちと共に麗景殿を訪れたのだ。その間、東宮は別の者を使って皇太后の様子を探るように指示を出したという。きっと、今頃、侵入者たちから連絡が入るのを待っているはずだからと。
侵入者がすでにこちらの手に渡っていることは暫く秘されることとなった。
侵入者たちがいなくなった部屋で父様と兄様の三人で今後のことを話し合っていた。
「皇太后様も愚かなことをしたものだ。ここまで仕出かしてしまったらもう東宮様でも隠し通すことは難しいだろう」
「どうして東宮様が皇太后様のことを庇わなければいけないの?」
兄様が言うのに疑問を感じた。
「皇太后様のご実家は右大臣家、皇太后様の罪は右大臣様はじめ、承香殿女御様、柾良親王様にまで塁が及ぶ、綾も知っていると思うけど東宮様は望んでおられなかったことだ」
あっ!
そうだ。今日、綾にかけた疑いはいずれはっきりするだろう。それを仕掛けたのが皇太后だと判明したとき、一族に塁が及ぶのは明白だ。それすら分からなくなっているのだろうか。それに、あの時の帝はそれを諫めることすらなかったことも気になる。
「ねぇ、父様。帝は皇太后様のことをどう思っているのかしら」
「あの方が帝になれたのは皇太后様の尽力されたことが大きい。ただ、今日の様子を見ていて失望したよ」
先帝の時代、帥宮様を東宮にという声が大きかった。実際、先帝が存命の時は帥宮を東宮にしようと先帝は動こうとしていた。しかし、皇太后は当時の大臣たちを説得し今上帝を東宮に据えることになった。それがあるからきつく言えないようでもある。
「どうするの?」
父様が危険な目に合わないか心配したが、父様の決意は固く。更に言うと、綾に密通の容疑をかけたことにかなりご立腹の様子で必ず綾に謝罪させると意気込んでいた。
兄様は私があの文を偽物と判断してとった行動は良かったと言ってくれた。もし、綾はあの恋文に何らかの形で返事を書いていたら言い訳は通らなかった可能性があったということ。
ひいては綾のことを庇うことも出来なくなるだけではなく、不貞を働いた罪で綾は東宮妃を下ろされ、父様は責任を取って辞任しなければいけなくなるところだった。そうなれば東宮の後ろ盾はなくなり孤立することになる。皇太后それを狙っていたようだと兄様が言っていた。
少し前から次に起こることをいくつか予測して動いていた東宮や兄たちは今回のことは候補としてあったが、そこをついてくるとは思っていなかった。その為、別の動きを察知していた東宮たちはその為の対策を立てるため最近ではそちらに気を取られていたらしい。
兄様が言うにはそのおかげで既に怪しい者たちを数人捕まえていると言っていた。それに、今日あそこまで追い詰めたことによって、きっと何か動きがあるはずだと笑っていた。
その動きこそ今度こそ皇太后を追い詰めるものになると。今度こそ逃がさないと言った意気込みが感じられた。




