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37 東宮妃としての務め

 翌日、綾はほとんど眠れずに朝を迎えた。


「姫様。大丈夫ですか」


 目の充血に隈を作った綾の姿を見て心配する女房達にひたすら大丈夫だと伝えて身なりを整えてもらった。どうせ御簾越し几帳越しだ。顔色なんてわかるわけもない。それに香奈に代わりに答えてもらえば綾はただ座っているだけでいい。もっと言うなら気配だけ感じさせればいいのだ。

 女房に渡された冷たい手拭いを目に当てて几帳の後ろに座る。

 東宮妃の気配と言うことで、母様がこの日の為に作ってくれた香を存分に焚き、外にいる者たちにその香りで綾がいるということを感じ取らせる作戦に出た。


「姫様。私たちはこちらの部屋で待機しております。何かあればすぐ駆け付けます」


 そういって香奈を除く女房達は部屋の奥の扉を閉めて身を潜めている。

 何か…それは綾が答えに詰まった時や無理やり部屋に入り込もうとする輩がいないとも限らない。その為に待機してもらっている。

 ただ、この部屋には女房たちだけではなく。綾の横に更にもう一つ几帳が置かれていて、そこにはなぜか頭中将が澄ました顔で鎮座している。

 昨日、というより今日、綾より遅くまで東宮と話していたと聞いたのに寝不足など感じないくらいの涼やかな顔をしている。

 承香殿の女房、美和は見張りをつけることになり、今後どうするのか検討中だと言っていた。


「東宮妃様、そろそろ」


 頭中将が渡殿をみて言う。

 今日の来訪者たちは東宮に挨拶をした後、東宮妃である綾のところへ挨拶に来ることになっている。東宮に挨拶が終わった者がこちらに向かっているようだ。綾は居住まいを正して来訪者を待つ。


「東宮妃様におかれましては……」


 この声は!


「父様?」

「はぁ~。綾よ。ここではその呼び方は止めなさい。仮にも東宮妃になられたのですぞ」


 早速お小言で返ってきた。

 だが、父の元気な姿を見られたことはとても嬉しく先ほどまでの眠気は吹っ飛んでしまった。


「中に入って」

「それでは失礼するよ」


 そういいながら新左大臣となった綾の父は入ってきた。


「元気だった?」

「大丈夫だよ。それより、怪我はもういいのか」

「この通り、大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」

「いいんだよ。東宮様も屋敷までお越しいただいて綾を危険な目に合わせて申し訳なかったと頭を下げられたんだよ。大事にされているんだね」


 父様は優しく微笑む。色々なことがありすぎて自分の心が分からなくなりかけていたがこうして自分のことを案じてくれる者がいることがこんなに嬉しいものだと改めて感じた。


「うん。まだお会いできていないけど、とてもよくしてもらっているの。この間は東宮様自ら採られた梨をいただいたわ」

「昭陽舎のお庭でなっている梨かい? あの梨は東宮様が本当に信頼した者にしか配らないと言われているんだよ。よかったね」

「そうなんだ」


 綾は頭中将を見ると頷いていた。

 東宮に信頼されているのか。なんだか嬉しくなってくる。


「宮中ではいろいろ言う者もいるだろうけど、しっかり東宮様にお仕えしなさい」

「はい。父様」

「こらこら、さっき行ったばかりではないか」

「そうだった。左大臣様、この度は昇進おめでとうございます」


 綾は居住まいを正して祝いの言葉を告げた。


「ありがとうございます。東宮妃様」

 

 父が頭を下げる。

 それと同時に二人は笑い出す。


「やはり、変です。父様のままでもいいですよね」

「他の方がいるときは気をつければいいだろうね」


 父は几帳の陰に隠れている頭中将の方を見て言う。


「そろそろ帰るよ。困ったことがあれば連絡しなさい」

「ありがとう。父様も体に気を付けてね」


 家にいるときとは見違えるくらいにかっこいい。母様はもう少し太ると貫禄が出ていいと仰っているけど、綾はあまりお腹が出ていない父様が素敵だと思う。

 部屋を出るときの身のこなしも普段の父様とは思えないくらい素敵だ。父様の娘でよかったと心底思う。


「東宮妃様、例の方が来られるようです」


 頭中将の言葉に綾はもう一度座りなおし、今度は扇を顔の前にしっかりと広げた。御簾の向こうに右大臣が現れた。

 皇太后は右大臣を太政大臣しようとしたが周囲の反対もあって叶わず、据え置きとなった。


「東宮妃様。この度はお会いする機会をお与えいただき誠にありがとうございます」

「綾と申します。承香殿女御様には親しくさせていただいております」


 父様よりかなり年は言っているが、すっきりとした顔立ちは承香殿女御様によく似ている。それにとても穏やかな性格なのか顔にも嫌味がない。


「今日はそのお礼を申し上げに参りました。柾良親王様の病の原因を突き止めていただいたとか。柾良親王様は最近、とてもお元気になられて承香殿女御様も東宮妃様にとても感謝しております」

「柾良親王様のご病気はどんな様子ですか?」


 綾はあれからの詳細を聞いていなかったので心配していた。それに、数日前に柾良親王にまた砒素を送り込もうとした者がでたと聞いている。


「日に日にお顔の色もよくなり、食欲も出てきているご様子。医師からも少しずつ運動をしてもいいと言われたそうです」

「よかったわ。もう大丈夫ですね」


 右大臣の表情からも柾良親王の体調はいいことが分かる。綾は心から安堵した。


「東宮妃様にそのようにおっしゃっていただけるとはありがたき幸せ。柾良親王様も早く元気な体になって東宮様をお支えしたいと申しております」

「ゆっくり無理をしないようにと柾良親王様にお伝えください」


 右大臣は何度もお礼を言って退席した。


「どう思いますか?」


 綾は頭中将に右大臣の様子を聞いた。

 右大臣は皇太后の甥にあたる人物だ。後宮に入ってすぐに皇太后様にご挨拶に伺った時、かなり厳しい言葉をいただいた。政治的なことにかなり積極的に口をはさんでくる皇太后はと違う印象を受けた。


「あの方の御母君は皇太后様とは異母腹です。正妻は皇太后様しかお生みあそばされなかったようで、右大臣にはもう一人兄弟がいらしたようですが、幼いころに亡くなったと聞いています。その為、家は右大臣が継ぐことになったそうです」


「右大臣様は皇太后様に意見を言えない?」

「難しいでしょうね。昔から外腹だと蔑んでいましたから」

「それでも、今は家を継いでいるのですから右大臣様がいないことには皇太后様の立場も悪くなるのでは?」

「そのようなこと考えられるお人ではないでしょうね。帝を産んだという自負だけが皇太后様の支えになっているのですから」


 はあ~っ。

 なんだか面倒だ。


 桜子から美和を助けてほしいと言われたが、柾良親王を病にした犯人は捕まっていない。その為、皇太后は後宮での問題はまだ片付いていないと言っている。美和を突き出せば、東宮は後宮の問題を解決したことになるだろうが、そうすると桜子の頼みを聞くことは出来ない。先程の右大臣は犯人逮捕までのことは言っていなかった。どういうことだろうか。本来なら柾良親王を病にした人物を憎く思うだろう。


「東宮妃様。また、面倒な方が来られました」


 頭中将が渡殿を見て怪訝そうな顔をしている。

 一体、だれが来るのだろうか。頭中将が面倒というからにはそれなりの理由があるのだろう。

 綾はもう一度居住まいを正して扇で顔をしっかり隠した。

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